ムツゴロウ王国。
小さい頃、「ムツゴロウ王国」というテレビ番組があった。北海道で沢山の動物たちと楽しそうに暮らす畑正憲さんを追った番組であり、私の好きな番組だった。
(田舎で動物たちとのんびり暮らすのもいいな)
私はそんなふうに思いながら、この番組を眺めていた。
当時、私は既に学校で社会不適応ぶりを発揮しており、「普通の人生」は送れないことを自分でも察知していた。田舎で動物たちと暮らしたいというより、本音では、人間社会から逃げたいと思っていた。ムツゴロウさんがどうやって現金収入を得ていたのか分からないが、人間から離れられれば、それは私にとって「生き易い」生活だった。
人間関係が不器用な人たちにとって、ムツゴロウ王国はある種の希望だったのではないか。人間と接することを最小限にし、動物たちとのんびり暮らす。それは間違いなくある種の人間を惹きつける生活の筈だ。テレビ画面を眺めながら、私は、
(もし自分が生きられるとしたら、こんな社会ぐらいしかないのかもしれない)
と思っていた。父もなんとなくそう思っていたようで、しきりに、
「淳也、お前、牧場で働いたらどうだ?」
と勧めてきた。
だが、今から思えば、田舎暮らしもまた私には困難だったと思う。都会の生活と違い、田舎には人間関係がつきものである。都会と違って、田舎では近所の人と会ったら挨拶をしなければならない。もうこの時点でストレスである。相手が近づいてきて挨拶するまでの僅かな時間が私にとっては緊張感を伴うし、挨拶に対する相手の反応もまたストレスの原因になる。田舎だと地域の共同作業もあるだろうし、無報酬の手伝いに駆り出されるかもしれない。それは都会の生活よりもストレスだ。そう思うと、私にはムツゴロウさんの生活はできそうにない。ひきこもりになって、ようやくそんなことが分かった。
ひきこもりの人は人間関係が不器用である。ゆえに田舎で暮らせばいい。そんなふうに考えている人がいたら、それは少し違うと思う。田舎だからこそ、濃密な人間関係が要求されることもある。
ムツゴロウさんのような生活はしてみたかったけど、自分には都会でひきこもる生活ぐらいしか出来ないのかなあ、と思っている。