スケープゴート。

その職場には、すごく不器用な人がいた。

そこに長く勤めているみたいなのだけど、とにかく仕事ができない。新人として入った私に色々仕事を教えてくれるのだけど、間違ったことばかりを教えてくる。Mさんというのだが、いつも周囲から、

「Mさん! 何やってんの!」

と大声で叱られていた。

態度もまたオドオドしていて、いかにも頼りなさそうだった。

入社して三日目ぐらいで、私は妙な安堵感を得ていた。

(この職場には自分よりダメな人がいる。この人がいる限り、自分が攻撃されることはない。安心だ)

そんな気持ちになったのだ。事実、Mさんがいる限り、私が攻撃対象になることはなかった。

どんな職場でも、大抵「ダメな人」がいる。誰からもバカにされるような人がいる。実際、スケープゴートがいると、その職場は安定するものなのだ。学校でもひどくいじめられている人がいると、それ以外の人は少なからず安心するのではないか。自分以外に標的がいると、幾ばくかの安心感が得られるものなのだ。

ダメな人がいると安心する。

そんな自分を、とても浅ましいと思う。正直、その「ダメな人」より私のほうがどうしようもないと思う。

このMさんにしても、他の職場にしても、攻撃されている人の多くは、驚くほど優しい人だった。Mさんはとても不器用な人だったけれど、彼なりに一生懸命仕事を教えてくれたし、休憩時間も話し相手になってくれた。朝出勤して、私に、

「二条さん、おはよう!」

と挨拶してくれたのは、Mさんだけだった。そんな人を私は見下して、安心感を得ていたのだ。人として恥ずかしいと思う。

今まで色んな職場で働いてきたけど、理解力や集中力がないので、人並みに働けなかった。職場内に序列があれば、私はどんな職場でもその序列の最下位付近にいたと思う。だから、たまに自分より下がいると、すごく安心してしまう。偏差値27の生徒が、25の人を見つけて安心する気持ち。それと同種の心境を感じてしまう。

Mさんが今、どうしているのか、私には分からない。もしかしたら、今も色んな人にバカにされながら働いているのかもしれない。

あの職場を辞めた今、

(やっぱりMさんと友達になっておけば良かったなあ)

と思う。

そして、Mさんに自分の浅ましさを謝りたいと思う。

2 Responses to “スケープゴート。”

  1. kyotosometime Says:

    またもや、ほぼ、me tooでございます。。

    いや、細かくコメント付けてませんが、付けてない日記分の中にもme tooが多いです。。

    一部の人にしか当てはまらないけど、しかし確実に現存する事象の発掘名人ですね。

    こういった視点が、物書きへの道に繋がると良いんでしょうけどね。。

  2. 二条淳也 Says:

    kyotosometimeさん

    me tooと言って頂けて、少しホッとしました。私以外の人も同じ経験しているんだなあと思って……。

    私の文章を読んで共感して頂けると、私も嬉しいです。

    これからもよろしくお願いします。

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