ラーメン屋さん。
近所にラーメン屋さんがある。味は普通だけれど、安くて愛想の良いおじさんが接客している。
この店に初めて入ったのは、十年近く前だった。いつも家で自炊しているので、気分転換のつもりで入ったのだ。
何度かその店に行っているうちに、向こうも私の顔を覚えたらしく、そのうち世間話をしてくるようになった。
「昨日は阪神が勝ったね」
「最近ガソリンが値上げしたね」
そんな世間話をするようになった。
それが私にとって、けっこうなストレスだった。
この店に行けば、おじさんの話し相手をつとめなければならず、無言でラーメンを食べて帰る訳にはいかない。昨日阪神が勝ったのかどうか、前もって調べなければならず、社会情勢のことも知っておかなければならない。
一番苦痛なのは、店の前を通り過ぎる瞬間だ。駅へ行こうとして、バッタリ店のおじさんと出くわすと、なんだかおじさんにとても悪いような気がする。
(お客さん、今日はラーメン食べてくれないの?)
そんなおじさんの感情を暗に感じ取ってしまい、店の前を素通りすることに、とても罪悪感を覚えるのだ。
私は友人が欲しいと思っているくせに、いざ相手と友情めいたものができ始めると、とたんに臆病になり、距離を置こうとしてしまう。ラーメン屋のおじさんはとても親切で腰が低く、すばらしい好人物なのだが、そんな人に対しても、私は妙なストレスを感じ取り、逃げようとしてしまう。
これまで色んなお店に入ったが、常連さんになり、店の人と世間話をするような関係になると、大抵その関係を断ち切ってきた。ラーメン屋さんで無言でラーメンを食べているうちはいい。カフェで無言でコーヒーを飲んでいるうちはいい。だが、お店の人が世間話をしてくると、とたんに「相手の気に入るような発言をしないと」というプレッシャーを感じてしまい、疲れてしまう。明らかに人付き合いに向いていない。
あのラーメン屋さんから足が遠ざかって、もう五年以上になる。
正直、あのおじさんにとても会いたい。すごく話がしたい。
だが、それは私にとって、大変なストレスだ。
あの店に行きたい行きたいと思いつつ、今日も私は顔を伏せながら、あの店の前を素通りしている。
6月 3rd, 2012 at 11:30 AM
そんなお店があるだけでも羨ましいです。
特に気負わずに話を聞いてるだけでもいいんじゃないでしょうか。
6月 3rd, 2012 at 2:13 PM
この感覚は、私も70%位分かります。
そして、この状況を「ハリネズミのジレンマ」みたいな安易な分析で語られると正直腹が立ちます。
6月 4th, 2012 at 3:53 PM
kyotosmoetimeさん
そうですか、共感して頂けますか。たしかに、ハリネズミのジレンマのような分析をされると、いい気分はしませんね。
6月 4th, 2012 at 3:54 PM
みみさん
たしかに、話を聞いているだけでいいのかもしれませんね。とにかく、何をするにも考えすぎてしまうのが良くないところですね。
2月 3rd, 2014 at 4:28 PM
話しかけてくる店と言えば床屋や美容院ですね。ひきこもりの人にとってかなり苦痛だと思います。自分は仕方なく数ヶ月に一回行ってますが。
2月 4th, 2014 at 11:59 PM
りゅまさん
そうですね、美容師さんとの会話も厄介ですよね。かといって、カットの最中ずっと沈黙っていうのも息が詰まるんですよね。