生の強制。

この世に生まれた以上、生きていかなければならない。そんな義務感で生きている人も多いと思う。私もそうだ。「生きていたい」という自然な欲求ではなく、「生きなければならない」という世の中のルールによって、生きることを強制されている。

だが、生きることを強制することは、果たして正しいことなのだろうか。

だいぶ前だけど、介護の仕事に就いたこともあり、また親類のお見舞いのために病院に足繁く通った時期もあったので、色々な人を見てきたのだが、正直、「早く殺してあげればいいのに」と思うようなケースを私はいくらでも見てきた。

「早く殺してあげればいいのに」

このような記述を、世の中の人はとても嫌う。その裏には「みんな生きたがっているんだ!」という確信があり、「生きていることは素晴らしい筈だ!」という思い込みがある。

だが、果たしてそうだろうか? 世の中の人間、七十億人全員が「生きていたい」と思っているだろうか? 七十億人全員が「生きるって素晴らしい」と思っているだろうか?

基本的に世の中は、強制参加制を採用している。生まれた以上、必ず生きなければならないことになっている。どんなに苦しくても、自然と死ぬ日が来るまで、生き抜かなければならないことになっている。

正直、地獄のような制度だと思う。

私は、この世に生まれたみんなが生きる必要はないと思う。生きたいと思う人は生きればいいし、生きていたくないと思う人は、安らかに眠らせてあげたほうが良い。そっちのほうが、むしろ自然なことだと思う。

「どうしても生きなければならない」

そんなルールを課したために、「死刑になりたいから」と殺人を犯す人が現れる。その犯人に自殺を認めてあげていたら、理由もなく殺される人もいなかった筈だ。生の強制は、明らかに社会に害をもたらしている。

断言してもいい。生の強制は、殺人に匹敵するほどの罪悪である。

生きていたくない人にも、生きることを強制する。これほど間違ったことがあるだろうか。生きることを強制しているという意味において、現代社会は明らかに狂っていると言わざるを得ない。

「自殺は苦しいよ。どんな方法を採っても、苦しいよ」

そんなことを言う人がいるが、そうではない。医者の協力さえあれば、人間はとても安らかに死んでいくことができる。ある外科的疾患で全身麻酔の手術を受けたことがあるが、「これほど簡単に意識を失えるのか」と、正直、感嘆した。

私にとって「死」は大した恐怖ではない。私にとっての強い恐怖は「老い」であり「病気」であり「就労」である。「死」もたしかに恐怖だが、絶命する瞬間の苦痛さえクリアすれば、あとは大した問題ではない。

生きていたくない人は、本人の希望によって、苦痛なく死ぬことができる。

そんな世の中が来ることを、心から願っている。

22 Responses to “生の強制。”

  1. kyotosmoetime Says:

    「また、思っていたことを書かれてしまった。。」
    と思っている人が、多分ここには何人も来ていると思います。

  2. 二条淳也 Says:

    kyotosmoetimeさん

    同じことを考えている人、私の他にも沢山いるんでしょうかねえ……?

  3. バラ Says:

    お久しぶりです。

    私も生について、よく考えます。一度、死を考えたんですが自分で自分を殺す勇気もなく、だらだらと生きています。

    とあるスピリチュアルで有名な芸能人が自殺をしてはいけない理由に「自殺をしたら、来世もまた同じ人生を歩む事になり、骨折り損のくたびれもうけだ。」と言っていてその時は納得していたのですが、果たしてそうなのだろうか…?証明するものは何もないし、それらしい事を言って自殺を防いでいるのでは……?

    ニュースで自殺の名所でパトロールをしている人が怪しい人を見つけ、説得していたが正直その光景に疑問を感じました。

    自分の命をどうしようと自由であって他人がどうこう言う筋合いがないのです。

    まぁ名所に行く段階で真剣に死は臨んでないと思いますが…。

    今、自分に起きている事全てに意味がある。そう言うならば自殺を誘発している以外の何ものでもない。早く死ねと背中を押されているのかもしれません。

  4. 安室怜二 Says:

    まず。
    二条さんは自殺願望がおありとの事で、よく死に隣接していると言われますが、正直そんなに強い自殺願望ではないのでないかと思います。
    http://www.futoko.info/zzblogd/?p=90
    こちらの記事で、ご自身でも死にたくないと仰ってますし。
    これを読む限り、自殺願望はあるんでしょうけどそれはあまり強くはないだろうし、本当は生に執着があるんだろうなぁと思います。
    私はいわゆる被災三県に住んでますけど、あの時、二条さんのように生に執着しませんでしたし。
    また、何かで津波で流される家の中で部屋から出ようしなかった引きこもりの人が居るとの記事も読みましたし。

    さて。
    今回の記事を読んで思うのは、自分の目線でしか物が見れないんだなと思いました。
    >医者の協力さえあれば、人間はとても安らかに死んでいくことができる。
    それは自殺ではなく安楽死です。
    安楽死を要求された医師の精神とか、考えてみましたか?
    治療法も確立されてない難病とかならいざ知れず、自殺目的の安楽死なんてそれを行う医師の精神にかなりの負担をかけると思うのですが。

    さらに、残された方の気持ちとか考えてみましたか?
    二条さんのお父様は貴方に何かあったら気が狂ってしまうよと仰ったそうですね。
    また、恋人からは徹底的に愛されていると仰ってますね。
    仮に二条さんが自死したとしたら、その人たちはどう思うんでしょうね。
    二条さんのお考えをお聞かせください。

    逆にお父様やリツコさんが自死されたら、二条さんはどう思われますか?

    最後に申し添えておきますが、安楽死に対して私はあまり否定的ではありません。
    自殺願望や希死念慮が起こることも、ある意味において仕方がないとも思っています。
    したがって、自死・安楽死の記事を書くことに嫌悪感を抱いている訳ではありません。
    ただ、あまりにも自分目線でしか物を見ていない、残された者や安楽死を施す者の事を考えてないように感じます。

  5. 二条淳也 Says:

    バラさん

    バラさんも、死を考えることがありますか。

    「スピリチュアルな芸能人」の言い分は、来世を信じている人には説得力があるでしょうが、信じていない人には、説得力はないでしょうね。

    私も自殺の名所えパトロールする人のニュースを見たことがあります。バラさんとまったく同じように、疑問を感じました。自殺を制止することは、相手に対して「もっと苦しめ」と言っていることと同じだと思えるのです。

    世の中に蔓延する、生に対する無条件の美化は、そろそろやめるべきだと思うのですが。

  6. 二条淳也 Says:

    安室怜二さん

    人間が自分の目線でものを言うのは、ごく当然のことだと思います。

    私は安楽死を施す医師にその行為を強制する訳ではなく、あくまでもその医師が同意すれば、そのような行為もありだと思っています。

    また、「残された者のことを考えて生き延びる」ということに以前から強い疑問を持っているので、自分勝手な文章だとは思っていません。

    安室さんは、私の記述に対してしきりに日本語表現の言い方を変えようとしたりしますが、何か意味があるのでしょうか。また、やけに批判的な意見が多いですが、このブログにそれほどマイナスの感情を持つのなら、ここを覗くのはやめたほうが良いと思います。私もいい気分がしませんから。

  7. 安室怜二 Says:

    私の書き込みで気分を害されたなら、申し訳ありません。
    が。
    二条さんのブログを読んでマイナスの感情は抱きませんし、むしろ更新を楽しみにしています。
    また、多少批判的に見えるかなと思う部分もありますが、”やけに”というほどの批判をしたつもりもありませんので、このレスには少々驚いています。

    また、日本語表現を変えようとは思いませんが、拝読していると論理的に矛盾してる箇所や、大げさな表現が多いように感じています。
    こと自分とは違う考えに対しては、なぜそう考えるのかとの疑問を抱くので、書き込みをしてるのですが。

    さて。
    >あくまでもその医師が同意すれば、そのような行為もあり
    確かに医師が同意すればアリかもしれませんが、少なくとも自分には、医師からすれば殺人と思うのではないか、と思われます。
    同意したから精神的に負担が無いとも言えないと私は思います。
    また、自死を自ら決めておきながら、最後にその手段は他人に委ねるのはズルイような印象もあります。

    >「残された者のことを考えて生き延びる」ということに以前から強い疑問を持っているので
    そうですか。
    私は残された者のために生きてるように思っている面がありますので、なおのこと、残された者(お父様や恋人)の事をどのように考えているのか教えていただきたいです。
    私は父親を病気で亡くしていますし、母はそれがキッカケでウツになりました。
    その時の悲しみや母の状態を見たら、やはり自分は大切に思ってくれてる人を悲しませたくないと思います。
    これは私の思いなので二条さんに押し付けるつもりはありませんが、ぜひお父様や恋人に対するお考えをお聞かせください。

    また、二条さんが残された者になった時にどう思うであろうか、も併せて聞かせていただきたければ、と思います。

    最後に。
    >人間が自分の目線でものを言うのは、ごく当然のことだと思います。
    仰るようにそれは当然な事です。
    ですが、自分の目線だけではなく他人の目線にも立ってみると言う事が客観的に物を判断する上で大事な事ですし、(100%は無理ですが)そうしようとするのが大人だと思うのですが。

  8. kyotosmoetime Says:

    二条さん、安室さんへ

    お二人のやり取りに横入りするような書き込みですみません。
    私にとっても関心の高いテーマですので便乗書き込みさせてください。

    ■「死」と言う価値観はやはり、世の中の主流の価値観から忌諱されるものであるのと
    後、安易な自殺容認を誘発しないためにと
    安室さんの書き方が珍しく、二条さん否定的になってしまったのだと思います。

    ■ひきこもり、ニート、ダメ人間属性のブログをある程度見て来れば、「何も要らないから早く死にたい、消えたい、最初から居なかったことにして欲しい」と言う人が一定数居るのは容易に見て取れると思います。

    そして(ちょっと蔑視っぽい書き方になって難しいのですが)、死ぬ死ぬ構ってチャン(もっと生きていくのに良い条件くれたら生きてやるよ)と上記の人等を同一視する人も多いですが、私は両者は違う要素の方が多いと解釈しています。

    生きているのが普通に楽しい人からは「死にたいは生きたいの裏返し」としか解釈できないのでしょう。これは、もう根本が違いすぎて、議論する気になれないです。。

    ■安室さんsaid:>自殺目的の安楽死なんてそれを行う医師の精神にかなりの負担をかけると思うのですが。

    この発言、ネットでよく見かけるのですが、私は、別の価値観を持っています。
    「私は、仕事として、頼まれたら、粛々と感情を交えずに、出来ます。」

    違う価値観の人種からすると信じられない発言かも知れませんが、実はアメリカですが
    こう言う方達が居ます。

    例1)http://blog.livedoor.jp/ki2ch/archives/51255146.html
    >>自殺希望者に眠るように死ねる「安楽死セット」を5000円で販売していた女を自殺幇助で取り調べ. … アメリカなら銃があるのに 58 :名無しさん@涙目 …. 老いて死の病を患ったときだ安楽死の選択肢があることでどれだけ救われることだろう …

    例2)http://unkar.org/r/news5plus/1307317582
    >>【米国の「死の医師」が死去、130人を安楽死させ大論争にも

    容認しにくいかも知れませんが、価値観の相違という言葉に収斂されてしまうと思います。

    ■安室さんsaid:>>私は残された者のために生きてるように思っている面がありますので、なおのこと、残された者(お父様や恋人)の事をどのように考えているのか教えていただきたいです。
    私は父親を病気で亡くしていますし、母はそれがキッカケでウツになりました。
    その時の悲しみや母の状態を見たら、やはり自分は大切に思ってくれてる人を悲しませたくないと思います。

    この思いは、他者の心中ながら、理解できます。
    また、社会の主流の多くの人が共感してくれるでしょう。しかし、それとは別のマイノリティーの苦しみを有する層がいるのです。そういう方は、そっとしといてあげませんか。。

    ■安室さんsaid:>>拝読していると論理的に矛盾してる箇所や、大げさな表現が多いように感じています。

    二条さんの回答ではなく、横入り者の所感ですみませんが、この表現は、一般には気を悪くする人の方が多いと思います。(勿論、一回の書き込みだけでなく、過去の累計の書き込みから、そう判断されたんだと思います。)

    「認識が自己中寄り」「世の中には、もっと大変な人もいるのに大げさだ」と言っているように聞こえます。
    二条さんが自身の中のみっともないドロドロを書き出しているのは充分自覚されていると思います。そして、その表現に救われた気持ちになっている人の方が多いような気もします。

    (私がブログ主二条さんに好かれる為にゲストの安室さんを貶めて書いてるなどとは解釈なさらないでください。)

    ■まとめると
    お二人の議論のやり取りは、この種の議論で何時も出てくる2種類の見解で、それ以上でもそれ以下でもないと言う気がします。

    後、この手の意見は、ブログコメントとして公開状態より、メールで2者間でやり取りされていた方が。ギクシャクしなかったのかもとも思わされました。。

    ■最期に個人的な付け加えをすると
    私自身は、やはり身内の心労を考慮して、”事故に見せかけて”と言う工作を一度試みましたが、下準備に抜かりがあって失敗しました。あの時の状況をもう一度作るのは多大なエネルギーを要するので、当面は無理そうなので、生きる材料探しをしているところです。そう簡単には見つかりそうにはありませんが。。。

    (チラ裏的持論なら、自分のブログに書けば済む話なんですが、ブログを持っていません故ですので、ご了解願います。内容不適当なスレでしたら、記事ごと消していただいても、私は特に異存有りません。)

  9. 二条淳也 Says:

    安室怜二さん

    一見、私の記述には矛盾点が沢山あるように思えますが、嘘は書いていないつもりです。「友達が欲しい」と書いたかと思えば「友達なんていらない」と書いているかもしれません。ですが、これは矛盾ではなく、あくまでもその両方の気持ちの中で揺らいでいるということです。

    安室さんは一貫性や強固な意志を求めているようですが、私の場合は、色んな気持ちが混ざり合ってその中で揺れ動いています。

    >確かに医師が同意すればアリかもしれませんが、少なくとも自分には、医師からすれば殺人と思うのではないか、と思われます。
    同意したから精神的に負担が無いとも言えないと私は思います。
    また、自死を自ら決めておきながら、最後にその手段は他人に委ねるのはズルイような印象もあります。

    >私は残された者のために生きてるように思っている面がありますので、なおのこと、残された者(お父様や恋人)の事をどのように考えているのか教えていただきたいです。
    私は父親を病気で亡くしていますし、母はそれがキッカケでウツになりました。
    その時の悲しみや母の状態を見たら、やはり自分は大切に思ってくれてる人を悲しませたくないと思います。

    そうですか。世の中には色んな考え方の人がいますから、それはそれでいいと思います。

    私はコメント欄を使って討論をすることは望んでいませんので、私のブログを読んで不可解な箇所があっても「ああ、この人はこんな考え方なんだな」ぐらいに思って下さい。

    私はつねに他者のことばかりを優先させてきたため、ひきこもりになりました。「こんな場所で怒りだしたらみんながびっくりするかもしれない」などと思って、怒るべき場面で怒りを抑制したりしてきました。「他者の優先」は自己の精神を破壊することがあります。健全な精神を養うためにも、私はもう少し自分勝手さを身に着けたいです。

    百人いれば百通りの考え方があります。無理に意見を一致させる必要はありません。それぞれが、それぞれの意思に従って生きればいいだけです。

    最後に、「更新を楽しみにしている」というお言葉。大変嬉しく思いました。

  10. 二条淳也 Says:

    kyotosometimeさん

    自殺を容認したくない人が沢山いますが、生きることを強制することは大変な罪だと思っています。また、命の大切さを知ったがゆえに、自殺希望者を許せなくなることは分かりますが、「自殺は絶対に許せない」となれば、これからも「死刑になりたくて大量殺人に及ぶ人」は出てくるでしょうね。宅間や加藤に向かって「一人で死ねばいいのに」と言いながら、それを許さなかったのは「世間」なのですから。

    私の記述に救われた人がいるというお言葉、大変ありがとうございます。コメントしてくる人の中には、とても共感的な人もいて、私の情けない文章に対して共感してくれると、本当に嬉しいですね。

    ひきこもりは、生きているだけで非難される存在です。そんな中にあって、「私もそうだよ」と言って頂けると、こっちこそ救われる想いです。

    kyotoさんのおっしゃる通り、私と安室さんが何度もやりとりしても、話は平行線を辿るだけであり、結論は出ないと思います。また、これ以上のやりとりは、これを見ている第三者を不快にさせる可能性があります。

    関係ないkyotoさんを巻き込んで、ごめんなさいね。

    kyotoさんがストレスの少ない人生を送れることを願っています。

  11. 安室怜二 Says:

    >二条さん。
    >これは矛盾ではなく、あくまでもその両方の気持ちの中で揺らいでいるということ
    人間だから、矛盾やジレンマは当然抱えています。
    しかし、「二つの気持ちの間で揺らいでいる」と言う事を書かずに「友達が欲しい」と書いたかと思えば「友達なんていらない」と書いてたら、読んでる側がこの人のどう考えてのか分からないですよ。
    揺らいでいるという推測はできなくもないですが、それはあくまで読み手側の推測にすぎません。

    >一貫性や強固な意志を求めているようですが
    強固な意志は求めていませんが、一貫性というより)整合性は求めています。
    それは不特定多数の人が見る場で発言する以上、当然求められる事だと思いますが?

    >無理に意見を一致させる必要はありません
    私も討論しようとも思いませんし、意見を一致させたいとも思いません。
    しかし、疑問に思うことを聞くのは読み手の権利だと思いますし、発言する側は自分の言葉に責任を負うのが発言の権利に対する義務だと思います。

    >話は平行線を辿るだけであり
    平行線以前に論点がズレています。
    端的に私が訊ねているのは、もし仮に二条さんが自殺した場合に貴方を大切にしてる人がどう思うか、と、貴方が大切してる人が自殺した時に貴方はどう思うか、と言う点です。

  12. 二条淳也 Says:

    安室怜二さん

    そうですか。いろいろなとらえ方がありますね。

    ※kyotosmoetimeさんへのコメントは、消去させて頂きました。コメント欄を使って、読者同士が意見を交換しあうのは避けたいからです。

  13. アウトロー Says:

    全く同意見です、もっと世の中は合理的になるべきです。
    死にたいと思う人が死に、生きたいと思う人が生きる
    それが全身麻酔の安楽死で叶うと思います。臓器提供やその他部位の提供もろもろ
    こんな合理的かつ素晴らしい方法はないと思うのですが・・・
    ちなみに私は死にたい派です

  14. 二条淳也 Says:

    アウトローさん

    アウトローさんも同意見ですか。「死にたいひとが死に、生きたい人は生きる」というほうが自然ですよね。

    生きることを強制させる現代は、私には「狂った時代」のようにすら感じられます。

  15. kindaichi Says:

    はじめまして、初めて投稿いたします。
    やはりこのような意見に対する抵抗感はまだまだ根強いようで・・・・
    実は以前、このようなテーマで動画をいくつか作成してみました。
    とりあえず、一度お時間のある時に見ていただけませんか?

    https://www.youtube.com/user/UFJmemory/videos?view=0&flow=grid

  16. 二条淳也 Says:

    kindaichiさん

    はじめまして、こんにちは。

    動画、時間があるときに見てみますね。

  17. ララ Says:

    突然失礼します。
    ブログの内容にとても共感しました。

    安楽死、死ぬ権利についてのスライドです。

    暇なときにでも見てください。

    「発達障害者にも安楽死を」
    http://www.youtube.com/watch?v=JY6Je1mLcRQ

    「死ぬ権利 認めてもらえませんか?」
    http://www.youtube.com/watch?v=nU4-DNbKDJM

    「死ぬ権利についての基本的な考え」
    http://www.youtube.com/watch?v=q9AVNvpFoxk

    「末期という条件は安楽死に必要か? 」
    http://www.youtube.com/watch?v=NjB2PSqqipo

  18. 二条淳也 Says:

    ララさん

    時間がある時に読ませて頂きます。

  19. アホ40 Says:

    生きることの強制という言葉で検索すると、
    検索結果の上位に、このページが来ます。

    全く同感です。
    今でも、お考えは、変わらないのですか。

    でも、みんなが悲しむとか、言われたら、
    何も言い返せないよね・・・。

  20. 二条淳也 Says:

    アホ40さん

    あの記事が上位に来るんですか。初めて知りました。

    考えは、まったく変わってないですね。

  21. アホ40 Says:

    しつこくて済みません。
    お考えは、お変わりない、とのこと。

    しかし「周りの人が悲しむ」とか言われたら何も言い返せないのです。
    「周りの人が悲しむのが分からない自分勝手な人」とか言われるのです。

    この常套句を言われたら、言い返せなくて、黙ってしまうしか、ないのでは?
    管理人さんは、これ言われて、反論できますか?

  22. 二条淳也 Says:

    アホ40さん

    どうもです。

    はい、考えは変わらないですね。

    ただ、実際のところ「周りの人が悲しむから」と言われると私も言い返せないですね。ただ、言い返せないけどこの考えじたいが変わる訳ではないので、こちらは反論はせずに、なおかつ自分の考えは変えないというスタンスでいます。

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