なんでこんな人が。
ヘルパー2級の資格を取って、老人ホームに就職した。今から5年以上前の話だ。パートで入ったのだけど、男性ということもあり、施設側は「いつかは正社員に」と思っていたようだった。それを知っていただけに、私もパート特有の気楽な気分で働くことはできず、真剣に取り組もうと思った。
ところが、職場の主導権を握っている人が、あまりタチの良い人物ではなかった。とにかく、いつも誰かの悪口を言っている。大学を出たばかりの、まだ22、23ぐらいの若い男だったのだが、とにかく悪口を言うことに全身全霊を傾けているような人だった。
この人の悪口は、特に年上に向けて発せられた。ある日、別のフロアから40代の男性が助っ人に来てくれたのだが、要領の悪い人で、なかなかスムーズに仕事ができない。すると、この男は、
「あのおっさん、ホント、使えねえよなあ!」
とかなり大きい声で言うのだ。面と向かって言う訳ではなく、かといって小声で言う訳でもない。聞こえるぐらいの声で、別の同僚に言うのだ。自分の息子ぐらいの若者に「使えない」と言われたこの男性の悔しさは、察するにあまりある。だが、もともと大人しい男性だったようで、悪口を言われるまま、ずっと耐えていた。
こんなことを言う人だから、間違いなく私の悪口も言っている(私も仕事ができないのだ)。そう思うと、仕事に行くのが本当にイヤになり、明日が来るのが本当に怖くなった。
(あんな人は、誰からも信頼されていない筈だ)
(いつも誰かの悪口を言っているような人は、心が貧しい人だ)
そう思って職場に行くのだけど、そんな私の「きれいごと」は、現実には当てはまらなかった。この男、いつも多くの人に囲まれているのだ。いつも悪口を言っている人である。軽蔑されて当然なのだが、実際は逆で、いつも大勢の仲間に囲まれて楽しく過ごしている。そして、「仕事ができない心優しい人」は、いつだって一人ぼっちだった。
なんでこんな人が仲間に囲まれているんだ……。
人格者が周囲の人を引きつけ、心貧しい人は軽蔑される。そんな幼稚な私の考えは、打ち砕かれた。意地の悪い人が大勢の仲間に囲まれ、穏やかで優しい人が孤立する。そんな現実を目にして、本当にイヤな気分になった。
世の中には「なんでこんな人が」と思うような人が、幸せになっていることがある。逆に「こんないい人がなぜ」と思うほど優しい人が、ひどい目に遭っていることがある。
そんなことをいちいち気にしていたら働けないのだけど、それを敏感に感じ取ってしまう自分がいる。