良い辞めかた③

ある日突然「今日で辞めます!」と告げて退職したことが何度もある。そのたびに、言いようのない敗北感のようなものを感じていた。退職の理由はつねに人間関係だったのだが、辞める際に、不満をぶつけておきたかったのだ。

「今日で辞めます」だけでは、何が不満で辞めたのか、相手に伝わらない。そうではなく、「こんなところがイヤだった。だから辞めてやる!」と不満をぶつけておきたかったのだ。

「今日で辞めます」だけでは、職場からの敵前逃亡になってしまうが、不満をぶつけておけば、それは戦闘の末の撤退のような気がした。不満をぶつけて辞めれば、自分の気の弱さも、克服できるような気がした。

ある職場でとてもイヤな人が何人もいて、精神的に追い詰められた私は、会社のトップに不満をぶつけて辞めることにした。私にしては、かなりの勇気である。

「辞めたい」

と告げた私に対して、「突然辞めるなんて、お前は勝手だな!」と、会社のトップは言った。私は、今まで先輩や主任から言われたひどい発言を問題にし、

「こんなことを言うなんて、あなたたちのほうがおかしい!」

と大声で言った。大人しい(と思われている)私が声を張り上げたのと、職場でひどい発言があったショックなのか、その男はしばらく沈黙し、

「こちらも悪かった。謝ります」

と頭を下げた。

やった、と思った。やはり不満をぶちまけてから辞めるもんだな。そう思った。

……ところが、である。

この辞めかたが最悪であることに気付くのに、そう時間はかからなかった。職場が自宅の近所のため、その会社の前を通るたびに「以前の同僚に会うのではないか」とビクビクするようになった。「失踪」より「衝突」のほうが、はるかに悪い辞めかただったのだ。

怒りを爆発させて辞めることは、自分自身に大きなダメージを与える。本の読後感は最後の一ページで決まるように、職場の思い出も最後の一日で決まる。最後の一日が最悪なら、その職場の思い出すべてが最悪になる。

精神的に成熟した人なら、「不満をぶちまけて辞める」ようなことは、まずしない。怒りをぶつけて辞めれば性格が強くなるのではないかという私の目論見は外れていて、より円満なかたちで辞めることのほうが、社会では大事なことだったのだ。

働いていれば、イヤなことは山ほどある。

だが、「怒りをぶちまけて辞める」ことは、絶対にお勧めできない。

ぶつけた怒りは、自分にも確実に跳ね返っているから。

Leave a Reply