ナミさんのこと。

ある会社で働いていた時のこと。同僚に、ナミさんという女性がいた。二十代前半の人だったと思う。なかなか愛嬌のある女性で、休憩時間に彼女とかわす会話は、なかなか面白かった。

ナミさんは、不器用で仕事の覚えが悪いらしく(私と同じだ)、同期の人と比べ、やや周囲からの評価が芳しくないようだった。私とは、ちょっと離れていた所で働いていたので、彼女の正確な働きぶりはよく分からないが、本人もそのことを気にしていたようだった。

だが、ナミさんの不器用さは、周囲をかなり苛立たせていたようだった。ある日、職場に大きな叱責の声が鳴り響いた。なんだろうと思って振り返ってみると、ナミさんが先輩の女性から大声で叱られていた。

「いい加減に仕事を覚えてよッ!」

大声でそう叱られているあいだ、ナミさんは下を向いて、じっと耐えていた。それがなんだか、見るにたえない光景のように感じられて、私はすぐに目をそむけてしまった。

ナミさんが叱られているあいだ、職場の中はシーンと静まりかえっており、みんながその二人を注目していた。それは叱られている当人にとっては、とてもつらいことだったと思う(私も経験がある)。

その日、一日の勤務が終わり、帰ろうとすると、自転車置き場のほうから人の気配がした。それとなく覗いてみると、ナミさんがいた。

ナミさんは、自転車置き場の端っこで、ずっと泣いていた。

鼻をすする音が、夕暮れの自転車置き場に、静かに響いていた。

私は慰める言葉も見つからず、そっとその場を離れた。

大勢の前で叱られることがどれほどつらいことか、経験した人にしか分からないと思う。「社会人になれば、みんなそんなこと味わっている」と言われるかもしれないが、それに耐えられる人と耐えられない人がいる。

ナミさんは、その職場からいなくなってしまった。

異性として意識するような女性ではなかったけれど、穏やかにゆっくり話す彼女の表情と、自転車置き場で泣いていた光景が重なって、言いようのない心の痛みを感じる。

ナミさんが今、何をしているのか、私には分からない。

ただ、彼女が今でも元気に働いていることを願っている。

ひきこもりにならずに元気に働いていることを。

2 Responses to “ナミさんのこと。”

  1. あい Says:

    私も職場では仕事覚えが悪くよく怒られていました。勤めて1年以上経っても怒られていました。私より若い10代の新人さんはテキパキこなしているのに情けないですね。業務中に他の職員とおしゃべりばかりしていたりしごとをしていなくても何も言われない人もいますがやっぱり怒られやすい人っているのでしょうか?

  2. 二条淳也 Says:

    あいさん

    あいさんも、覚えが悪くて怒られやすいのですか。ホント、つらいですよね。「覚えが悪い」のを改善することはかなり難しいように思われます。私も、「覚えをよくしよう」と決意を固めますが、うまくいくことはありません。

    いい加減にやっている人が何も言われず、真面目にやっている自分が怒られる。私もそんな境遇を何度も味わってきました。結局、「仕事ぶり」より「その人の好感度」で人間関係が決まるようですね。とても不公正だと思います。

    怒る側というのは、きちんと相手を見ているもので、「孤立してる人」や「反撃が来なそうな人」を選んで怒っているように見えます。

    お互い、鈍感に生きていきたいですね。

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