母のことを何も知らない。

私生活に触れられると、とても不愉快である。職場の仲間と雑談をしていても、ちょっとでもプライバシーの詮索を感じ取ると、すぐ不機嫌になる。

母とまったく同じである。

私の母も、プライバシーの詮索を極端に嫌がる人である。母は自分のことを絶対に話したがらない。小さな子供は、自分の母親のことをよく訊きたがるものだが、母はそのすべてをシャットアウトした。

「お母さんが子供の頃は、こんな時どうしたの?」

と訊くと、

「そんなことはどうでもいいの!」

と叱られた。子供心に、なぜこんなことで母が不機嫌になるのか、まったく分からなかった。自分が叱られた理由も、まったく分からなかった。

母には友達がほとんどいない。私生活に触れられるとすぐに不機嫌になる、そんな人に友達ができる筈がないのだ(私とまったく同じだ)。

私は、母のことをほとんど何も知らない。母が何人兄弟なのか、私は知らないし、母が若い頃何をしていたのか、私はまったく知らない。中卒なのか高卒なのかもよく分からないし、父とどんな繋がりがあって結婚に至ったのかも知らない。母は自分の息子に対しても、まったく情報を開示しなかったからだ。

この歳になっても、私は母のことを「母親」だと思えない感じがある。うまく言い表せないのだけど、「このおばさんにはお世話になったなあ」というような、「親切な他人」のような感覚しかない。

「自分のことを話さない人」には、どうしても親近感を感じない。それは親子であってもそうだ。「個人的なことは一切話さない」という母に、私は情愛を感じていない。この歳になっても、「母にプライベートなことを訊いたら気分を害するのではないか」といった懸念がつきまとい、とても気を遣う。料理が上手で家計簿をきちんとつけている母は、妻としてはとても立派なのかもしれないが、息子にしてみれば、「大好きな母」ではなかった。自分のことを一切話さない母親に、好感が持てる筈がない。十八年間一緒に暮らしてきたけれど、未だに彼女に対して「得体の知れない人」という感覚がある。

私は母のことを何も知らない。それは親子のかたちとして、とても悲しいことのように感じられるけれど、そのようにしか生きられなかったものとして、諦めるしかない。

それにしても、どうしてあんなに自分のことを話したがらなかったのだろう……。

2 Responses to “母のことを何も知らない。”

  1. エリナ Says:

    お母さんも何か苦しみを抱えていたのかもしれませんよ。
    お母さんの過去を、お父さんに聞いてみたことはないのですか。

  2. 二条淳也 Says:

    エリナさん

    たしかに、母もなんらかの苦しみを抱えていたのかもしれません。

    父に、母の過去を尋ねたことは、そういえば一度もないですね。今度、機会があったら、それとなく訊いてみようかと思います。

    気分を害さないといいのだけど……。

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