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貴族のお坊ちゃんだけど、世界平和のために勇者のヒロインを奪います 作者:大沢 雅紀
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エレキシール

「あーあ。なんか轢いちゃったよ」
澄んだ声がして、赤い頭巾をかぶった少女が鉄の魔物から降りてくる。彼女はぐちゃぐちゃになったグールの死体を見て、顔をしかめていた。
「トーラの下手糞。もう一回車の運転の練習をやり直す?」
「す、すまねえリトルレットの姐さん。まさかこんな天気の時に魔物が歩いているなんて思わなかったから」
言い訳しながら降りてきたのは、真冬なのに薄着をした背の高い美少女だった。
「……緑色の魔物?ということは、ゴブリン?かわいそう」
続いて、厚着をした黒い髪の少女が降りてくる。彼女は寒そうに鼻をすすっていた。
「ゴブリンさん。ごめんなさい」
「……悪いことしちゃったな。かわいそうだからうめてやろう」
後部座席から小柄な少年と水色の髪をした少女が降りてきて、全員でスコップで穴を掘って埋める。吹雪の中だというのに、実に手際よかった。
そして最後に、五歳くらいの幼女が降りてくる。
「哀れなゴブリンよ。運と巡り合わせの悪さによって命を奪ってしまったが、そなたの冥福を祈ろう」
美幼女が墓に向かって手を合わせると、清らかな光が天から降りてくる。
その光の中に、昨年死んだはずの祖父シンタロウがいるのをサブロウは見た。
(な、なんだ!)
サブロウが動揺していると、天から降りてきたシンタロウはやさしくグールの墓の前に降り立つ。
(オハナ、待たせたな。迎えに来たぞ)
(シン様!ヒャッハーーーーーありがとうですじゃ!)
すると、墓からオババの姿に戻ったオハナの半透明な姿が現れ、二人で手を取り合って天に昇っていくのだった。

「あれ?今上がっていったのは、人間の婆ちゃんだったよな。だとすると、あれってもしかして……」
リトネは汗を浮かべて天を仰ぐ。
「きゃー!ついにやっちゃったの?」
リトルレットは恐ろしそうに肩をすくめた。
「……トーラ、正直に自首してお縄に付く」
ナディは無表情な顔をしてトーラをつつく。
「じ、冗談じゃねえ。弁護してくれるよな!」
「トーラ様、牢屋に入れられちゃうの?」
大混乱になる勇者パーティだったが、美幼女の一括が響き渡った。
「静かにせい!まったくこの小娘どもが……やつはグールじゃ。それもあそこまで魔物化したら元にはもどらぬ。奴は死んで人間に戻れたのじゃ。本望じゃと思うぞ」
「そ、そうです。オババは幸せそうに天に昇っていきました」
いつのまにかそばに来ていた、白装束の男が同意する。
「……てか、誰?」
気配を感じさせずに近づいてきた男を見て、リトネたちは警戒する。
「怪しいものではござらぬ。拙者、このアンデスの地に住むサブロウ・フーマという者。グールと化した者に追われ、ここまで逃げてきたのでござる。先ほどの浄化術、感服仕った。失礼ながら、シャイロック家のお方でござろうか?」
サブロウと名乗った男は、自動車についているエンブレムを確認して聞く。たしかにそこにはシャイロック家の紋章がついていた。
「はい。私はリトネ・シャイロックと申します」
リトネが名乗ると、サブロウは涙を流して跪いた。
「おお!あなた様が!なにとぞアンデス領を救ってくだされ!領都ナスカでは大勢の民がグールに襲われているのです!」
サブロウは懐からゴールドの手紙を出す、それを読み進めていくうちに、リトネの表情は変わっていった。
「ナスカは大勢のグールに囲まれているのか……」
「お父様……すぐに助けにいかないと!」
ゴールドも閉じ込められているのを知って、ナディも焦った顔になる。
「すぐに行きましょう!乗ってください!」
サブロウをトラックの後部に乗せて、リトネたちは雪道を進むのだった。

領都ナスカの城壁が見渡せる小高い丘の上で、自動車を止める。
リトネが双眼鏡で見ると、正門前には多くのグールたちが押し寄せていた。
「グルルルル……」
風に乗ってうなり声も聞こえてくる。押し寄せていたるグールは幼女から老人まで実にいろいろな者がいたが、全員白目をむいて口からよだれをたらしていた。
「さて、どうしようか。まあ、この軍用トラックは頑丈だから、このまま突っ込んでいっても勝てるとは思うけど」
リトネは腕組みをして考え込む。
「それより、面倒だから糞水をぶっかけて盛大に丸焼きにしないか?」
トーラはトラックにつんである大量のガソリン缶をペチペチと叩きながら笑っている
「……外は寒い。私にはぴったりの環境。『闇氷』で全員氷漬けにできる。
ナディは杖を振り上げてそう提案する。
グールをみてもちっとも怖がらないどころか、過激なことをいう子供たちに、サブロウは戦慄した。
「あ、あの……彼らは元は我が村民なので、できれば助けたいのですが……」
「どうやって?」
リトルレットの冷静なツッコミが入り、サブロウはがっくりと肩を落とす。
「ああ……コガラシ!カレハ!」
リトネから借りた双眼鏡で確認したサブロウは、さらに嘆き悲しむ。今回のグールの急襲で一番被害をこうむったのはフーマの里であり、何人もの村人の変わり果てた姿を見るたび、サブロウの目から涙がこぼれた。
リトネはそれを見て、何とかしてやりたいと思う。
「そうだ!師匠のお乳なら、グールを治せるんじゃ?ツチグーモの毒にも効いたし」
リトネの言葉にマザーは頷く。
「たしかに、ワラワの乳をわずかでも飲ませれば、進行が進んでないグールなら治るじゃろう」
「よかった。それじゃ師匠、お乳をください」
にこにことペットボトルを差し出すリトネに、マザーは冷たい目を向けた。
「たわけ者!今のワラワにどうしろというのじゃ!」
マザーはプンスカと手を振り上げて怒る。たしかに今のマザーは五歳児程度にまで縮んでいたので、胸もペッタンコである。
「そ、そうか……」
頭をかくリトネを、サブロウは思わず冷たい目でみてしまった。
(リトネ様は各地で魔物退治をしているというが……もしや筋金入りの変態なのか?幼女に乳を求めるなどと……)
完全に誤解している目で見られているリトネだった。
「そうなると、手持ちのミルクじゃ数人しか助けられないということか……」
荷物からわずかに白い液体が残っているペットボトルを出して、考え込む。
「いや。これだけあれば何とかなろう。リン、手伝うのじゃ」
「はい!」
リンはバケツを用意して、杖をふる。
「水の精霊ウンディーネさま、力を貸してください。『薬水(メディカル)』」
バケツには、空気中の水分から精製した、状態回復の魔法がかかった清らかな水ができあがっていった。
「この水にワラワの乳をわずかに混ぜれば、どんな状態異常も回復する伝説の水の完成じゃ」
ペットボトルに入っていたすべての乳をバケツにたらす。乳は薬水と混ざり合い、やがて銀色に代わっていった。
「乳を薄めて、効力を状態異常回復に特化させた『エレキシール』じゃ。これならほんのわずかな量を摂取させるだけで元にもどるじゃろう」
マザーの言葉を聞いて、リトネは考え込む。
(なるほど。でも一体ずつ捕まえて無理やり飲ませるのは面倒だな。もっと簡単に摂取させる方法は……そうだ)
リトネは思いついたものを召喚しようと、杖を振り上げた。
「異世界でゴミとして捨てられている、霧吹き型の臭い消し洗剤の容器よ、こい!」
リトネが魔法を使った瞬間、たくさんの奇妙なものが現れた。
変な絵が描かれた容器のようなもので、上部に口とレバーがついている。
「お兄ちゃん、これはなに?」
「異世界で掃除に使われている、臭い消しを吹きかける容器だよ。ここにエレキシールを入れて」
リトネはキャップをはずし、中身を捨てて銀色の薬を入れる。
「そして、このレバーを引くと!」
「ひゃっ!」
いきなりシュッという音と共に冷たい霧が出ていて、リンはびっくりする。銀色の霧は一瞬だけその場に漂っていたが、すぐに空気に溶けるように消えていった。
「これをグールの顔面に吹きかけてやれば、簡単に治してやることができるよ」
「よっしゃ、やろうぜ!」
戦闘力が高いリトネ、トーラ、ナディ、リトルレットが車を降りる。
「師匠は車の中で待っていてください。リン、師匠とサブロウさんを守っていてくれ」
「わかったよ。お兄ちゃん!」
リンは信頼に満ちた笑顔で、リトネたちを見送った。
「ま、待ってください!わ、私も戦います」
慌ててサブロウも車を降りようとしたが、後ろから強い力で引っ張られ、車の中に倒れこんだ。
「いたっ!な、なにを?」
「無理をするでない。そなたはけが人の上、ワラワの加護も得ておらん。グールに囲まれたら瘴気を吹き込まれて、グールになるのがオチじゃ」
「ですが!ぐえっ!」
なおもわめくサブロウだったが、マザーに一発殴られておとなしくなる。
「黙って見ておれ。ふふふ、懐かしいのぅ。400年前にもグールが大発生して、アルテミックとその仲間たちと一緒に戦ったものじゃ。今回はワラワは参加できんがな」
そう目を細める美幼女に、サブロウは惧れを感じる。
「400年前?あなたはいったい……」
「始まるぞ!」
マザーに言われて、慌てて城壁のほうをみる。
新たなる勇者パーティとグール集団との戦いが始まろうとしていた。
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