死ぬときは一緒。

4年以内に、70%の確率で首都直下型地震が起こる。そんなニュースが流れた。私の住んでいるところは関東の住宅密集地であり、直下型地震が起これば、まず生還はできない。木造アパートのうえ、近隣には住宅がびっしり建っており、大きな地震が起きれば、確実に火災も起こると思う。

死の恐怖を強く感じるが、かといってどうすることもできない。おそらく、明日からも、みんないつも通りの生活を送るのだろう。「今この瞬間、大地震が起きるかもしれない」と思いつつ、いつもの仕事をこなし、ウォーキングやサイクリングをし、趣味にいそしむ。たぶん、そんな感じだと思う。

だが、「4年以内に全財産を失い、死ぬかもしれない」という恐怖は、簡単に消えてなくなるものではない。私は恋人に電話をした。

「4年以内に、俺たち、死ぬかもしれないんだね」

そう言うと、彼女は「……そうね」と言ったあと、こう続けた。

「もし死ぬとしたら、最期の瞬間は淳也君と一緒にいたいな」

嬉しかった。やはり、嬉しかった。

私は中年期まで生きたけど、ほとんど何も残していない。財産も家族も、何も残していない。そんな私が唯一残したものは、「心の底から愛してくれる女性を得た」という満足感だったかもしれない。長期間自室に籠もり、ほとんど毎日ムダに過ごしてきたけど、「死ぬ瞬間はあなたと一緒にいたい」と言ってくれる女性を、私は得ることができた。恥や屈辱ばかりの人生だったけど、「あなたと一緒に死にたい」と言われるほど、一人の女性から愛されることができた。この「満足感」こそが、私の人生の収穫だったかもしれない。

4年以内に、私は死ぬのかもしれない。私に限らず、一千万人以上の人間が大災害を被るのだろうが、「一緒に手を握って死んでくれる人」がいることは、やはり幸福なことだ。彼女と死ぬことが本当に実現するのかどうかは分からないけれど、それにしても、こんなセリフを言ってもらえること自体が、男として名誉なことだ。

ひきこもり続けた自室で、愛してくれる女性と手を握りながら死ぬ。

それはある意味、私らしい死にかたなのかもしれない。

2 Responses to “死ぬときは一緒。”

  1. 低学歴中年ひきこもり Says:

    おのろけ話はつまらないです。

    全国にいる9割以上の彼女がいない孤独なひきこもりに対してやはり優越感を感じてますか。

  2. 二条淳也 Says:

    低学歴中年ひきこもりさん

    優越感も劣等感も感じていません。

    私が文章を書く理由は、「ひきこもりの生活を書くことによって、ひきこもり問題解決のヒントとして欲しい」ということだけです。

    私の文章を読んで、勝手に優越感を感じる人もいるでしょうし、勝手に劣等感を感じる人もいるでしょう。それは、人それぞれの感じ方であって、私には読み手の感情まで責任が持てません。

    本でも映画でも、見たいものは見て、見たくないものは見ない。それは、作り手の問題ではなく、読み手が選択することです。

    私はこれからも「友達が一人もいないこと」「母親から否定され続けたこと」「職場で失敗を繰り返したこと」「恋人から徹底的に愛されていること」を書き続けると思います。

    それになんらかの不快感を感じるのであれば、私のブログには来ないほうがいいと思います。

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