あきらめないこと。
あるお店に行った。このお店は営業不振で、三月に閉店する。今まで、ちょくちょくお世話になったお店だ。
色々な思い出のあるお店なので、なくなるのは実に寂しい。せめて、閉店するまでに沢山買い物をして、豊かな思い出を作っておきたい。そんなふうに思って、久し振りに出かけてみたのだが、行ってみて、すごく驚いた。
店自体にまったく活気がないのだ。商品棚はガラガラで、「ものを売るぞ」という気迫がまったくない。ラインナップされている商品も、どれも在庫処分のような感じで、お客さんに喜ばれるものを売ろうという姿勢がまったくない。
それ以上に驚いたのが、店員さんたちの対応だ。
このお店は、接客態度がとても良かったので気に入っていたのだが、今日行ってみると、そんな接客はまったくなかった。いつも笑顔だった店員さんたちの顔に、もうそんな笑みはなかった。完全にあきらめているのだ。閉店後、従業員たちは他店舗に行ったり退職したりするそうなのだが、それまで残った営業日を頑張り抜こうという姿勢はまったくなかった。ただただ、「売り場にいる」というだけなのだ。
以前はちょっと通り過ぎただけで、「いらっしゃいませ!」と元気な声がかけられたのだが、今日行ってみても、「いらっしゃいませ」を言う店員さんはほとんどいなかった。売り場に近づいても、商品をじっくり見ていても、まったく寄ってくる気配すらない。「頑張ろう」という気持ち自体をなくしてしまっているようだった。
なにかをあきらめるということは、他者をとても不快にさせることなのかもしれない。あきらめている人からは、なにも得るものはない。あきらめからは、生産的なものは生まれない。あきらめは、精神的な「死」ですらある。
あるいは、私もそんな不快感を他者に与えているかもしれない。時々、「生きていてもしょうがないな」と思うことがある。顔や態度には出さないようにしているけど、もしかしたら、敏感な人はそれを感じ取って、不愉快な想いをしているかもしれない。
「あきらめ」は時には必要だけど、積極的に獲得するような境地ではない。
ひきこもりの皆さんたちにも、あきらめないで、希望を持って欲しいと思う。