177/205
ミルキーの誘拐と異変の始まり
ミルキーの部屋。
「グォーーーーー」
「クルクルクル……」
豪快ないびきを立てている妙齢の女性に抱かれて、一匹の白いドラゴンが寝ている。
マザードラゴンとその子供のミルキーだった。
彼女は最近は山に帰らず、ずっとこの部屋で寝泊りしている。
「クル?」
母からたっぷり乳をもらっていい気持ちで寝ていたミルキーだったが、ふと何かの気配を感じて目覚める。
目を開けても何も見えず、匂いも感じなかったが、何かが入ってきたような気がした。
「きゅいきゅい!」
あわててマザーを揺らして起こす。
「うん?どうしたのじゃ?」
「きゅい!」
ミルキーは必死にマザーに訴えるが、彼女はまだ寝ぼけている。
「大丈夫じゃ。ワラワの結界を張ったこの部屋には、誰も入ってはこれぬ……ぬ?」
次の瞬間、マザーの目が目いっぱい開かれる。
部屋に緑色の瘴気が漂い始めたのに気がついたからである。
「き、貴様は……まさか!」
「ツレテク……」
暗い声が響いたかと思うと、ミルキーの体に瘴気がまとわりつく。
「きゅい!きゅいきゅい!」
ミルキーは何とかして逃れようとするが、瘴気に包まれて、次第にその姿が薄くなっていった。
「貴様か!また我が子をさらおうと!」
マザーが全力で魔力を振るおうとした瞬間、緑色の瘴気が襲い掛かってくる。
「こ、これは!……え?どういうことじゃ!わらわの魔力を封じるとは……貴様にはそこまでの力はなかったはず!」
マザーの魔力がどんどん小さくなっていき、意識もぼやけていく。
それを見届けると、緑色の瘴気は静かに消えていった。
次の日
なかなかおきてこないマザーとミルキーを不振に思ったリトネが部屋でみたものは、5歳くらいの白い肌をした美幼女がベッドに寝ている姿だった。
「え?マザーとミルキーは?」
あわてて部屋を見渡すが、二人の姿はどこにもない。
その時、幼女の目がパッチリと開かれた。
「リトネ!一大事なのじゃ!」
目が覚めるなり、あわてた様子でリトネの袖をひっばる。
「え?君は?」
「ええい!ワラワがわからんか!この馬鹿弟子め!」
幼女は地団駄踏んで悔しがる。その口調には覚えがあった。
「弟子って……まさか、師匠?」
「そうじゃ!ミルキーがさらわれた!すぐに取り返しにいくのじゃ!」
幼女になったマザーはリトネの耳をひっばって訴える。
リトネは慌てて婚約者たちを呼び寄せて、一緒に事情を聞く。
「え?この子がマザー?」
「かわいい!」
ナディやリンが抱き上げて可愛がろうとするが、マザーはそれどころではないと喚く。
「ミルキーをさらったのは、風の魔公シーフじゃと思う。じゃが、奴にはワラワに呪いをかけるほどの魔力はなかったはずじゃ!まちがいなく、その背後に何者かがおる」
「何者かって……師匠以上の力をもつ存在って、神か魔王か、それとも……」
「奴しかおるまい」
マザーに言われて、リトネの背筋が凍る。
「もしフェザードラゴンが復活したら……」
「アルテミックもおらんし、ワラワも封印されておる。もはや奴を止められる者はおらんな。世界は風の嵐に包まれて、滅ぶじゃろう」
二人で顔を見合わせて、身震いする。
「……何の話?」
事情を知らない婚約者たちも、マザーとリトネがそろって真っ青な顔をしてるので不安になった。
「……途中で話すよ。とにかく、今は一刻も早くミルキーを取り戻そう」
「うん」
リトネとマザー、婚約者たちは、風の墓場があるアンデス領に向かうのだった。
アンデス平原
領都ナスカの近くのコダワラ村に、フーマ家の館があった。
外は冷たい吹雪が吹いているが、家の中は暖かい。
つい先日シャイロック家から10アルで購入した石油ストーブの前に座ったフーマ家の当主、サブロウは、わくわくした様子で本を読んでいた。
彼が夢中になっている本の題名は、『勇者アルテミックの冒険。アンデス高原を埋め尽くすグールの群れ』と書かれていた。
「うむ……勇者様はやはり格好いい……」
本の中ほどのページには、グールの群れを素手で蹴散らす一人の男の絵と、彼の後ろでグールの首を掻き切っている若者の絵が描かれていた。
彼が読んでいるのは、400年前に実際にアンデス高原で起こった大乱の物語である。
その時は王都から来た勇者アルテミックとその娘を名乗る謎の美少女、魔術師ソレイユの三人と、アンデス高原で活躍していた正義の暗殺者コタロウ・フーマが勇者パーティを組んで戦ったといわれる。
(私もいつか、勇者と組んで悪と戦う日がくるのだろうか……幼いころから修練は積んできたが)
サブロウにとっては勇者はあこがれであり、祖父から施されるつらい修業に意味を持たせる希望そのものであった。伝説によれば、勇者に仕えたコタロウはアルテミックの加護により、羽より軽い体を手に入れ宙を舞ったといわれる。
「ふふふ……私は正義のアサシン、サブロウ・フーマ!おぞましき悪よ!闇に滅せよ!」
ついつい妄想に浸り、部屋の中で決めポーズをとったりする。
気がつけば、呆れた顔をしたオババに見られていた。
「オババ!いつからそこに!」
「さっきからずっといましたじゃ。フェッフェッフェ、坊ちゃんもまだまだ可愛いところがございますなぁ」
父にも母にも省みられず、捨てるようにフーマ家に預けられた彼を育ててくれたオババが笑うと、サブロウは真っ赤になった。
「い、いや、これはな……」
「よいですじゃ。精進なされよ。伝説の暗殺術『風魔流』を継ぐのはぼっちゃんなのじゃからな」
しわだらけの口をすぽめて笑っていた。
「……だが、果たして勇者は現れるのだろうか。この400年、アンデス高原は平和そのものだが」
「油断してはならぬですじゃ。今この瞬間にも、『風の墓場』の封印が破られて、グールがわんさか出てきているかもしれんですじゃ」
オババはわざと怖がらせるように言う。
「はは、そんなことはありえんさ。もはやこの地にソレイユ家の血を引くものは、私とカエデしかおらん。我々以外に風の墓場の封印がとけるものはいないのだからな」
「そうでしたな。そのカエデ嬢ですが、大丈夫ですかいの?お嬢様育ちの彼女には、この地は辛いとおもいますじゃ」
オババはカエデのことを気にする。
「問題ない。ゴールド様はシャイロック家家臣の子息と見合いをしてくださるそうだ。なんと御曹司であるリトネ様にも会わせてくださるらしい。彼は女好きと聞く。カエデは器量だけは良いから、もしかして見初められるかもしれんな。そうなれば玉の輿だ。カエデも貴族の生活に戻れるだろう」
そんな期待をこめて笑う。
「まさか……いやいや、縁はどこに転がっておるかわからぬ。そうなればよいですのぅ」
オババも冗談のつもりで笑う。
しかし、実現すればさらにアンデス高原に富をもたらしていたであろう未来は泡と消え、カエデはアベルと共に去り、その代わりに彼女によって最悪の災厄がアンデス平原にもたらされる。
窓の外に広がる吹雪の中には、何体もの黒い影が蠢いている。フェザードラゴンの魔力によって動き出したグールは、コダワラ村に次々と入り込んでいった。
「あれ?あいつら、何しているんだ?」
吹雪の中で人が立っているのをみて、サブロウは不審に思う。
「ヒッヒッヒ!ワシが見てきましょう」
オババは一礼して、退出していった。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。