「失敗は許されない」
以前、ひきこもり関係のテレビを観ていたら、ひきこもりの息子に対し、父親がこんなことを言っていた。
「一人暮らしをしてもいいが、戻ってくることはできないぞ。失敗は許されないぞ」
私はこの言葉を聞いて、
(このひきこもりの息子は、当分ひきこもりから抜け出すことはないな)
と思った。「失敗は許されない」という言いかたは、ほとんど全てのひきこもりが嫌がる言葉だからである。案じていた通り、この息子さんは、一人暮らしをすることも、バイトをすることもなく、今もひきこもり続けているらしい。
「失敗は許されない」という言いかたは、ひきこもりの親にとって、ある種の本音かもしれない。特に、中年ひきこもりの親たちは既に老齢に達しており、危機感を痛感させるために、このような言いかたをするのかもしれない。
だが、このような言いかたは、まず間違いなくマイナスに作用する。「失敗は許されない」と言われて奮起するひきこもりは、まずいないと感じる。
「失敗は許されない」と言われてひきこもりが思うことは、「許されないなら、最初からチャレンジしないほうがマシだ」ということである。他のひきこもりがどうなのか分からないけど、私に関してはそうだ。失敗が許されないのに失敗したら、もう戻る場所はない。それならば、チャレンジしないで今の状態を継続したほうが、ダメージは少なくて済む。大抵のひきこもりたちは、そう考えるのではないか。
親たちは、なんとかして我が子にひきこもりから脱出して貰いたいと思う。だが、このように危機感を煽るというタイプの「励まし」は、最悪だと感じる。長期間、労働から離れているひきこもりは、社会に出ても失敗することが目に見えている。大抵のひきこもりは、社会復帰するにしても、何度もの失敗を繰り返しながら復帰していくのだと思う。
「いくら失敗してもいいから、とりあえず挑戦してみたらどうか」
といった励ましのほうが、よほど効果があると思う。
失敗を怖れない人はいない。多かれ少なかれ、みんな失敗を怖れながら生きている。
「親が生きているうちに、どんどん失敗しろよ」
と言ってくれれば、ひきこもりの子もかなり助かると思うのだが。
(ひきコミ95号掲載文)