私を必要として下さい。
特に職場の上司に不満はないのだけど、近いうちに衝突しそうな気がする。というか、心のどこかで衝突を願っているような気がする。
上司と衝突して、「じゃあ僕はここを辞めます」と、言いたくて仕方がない。そのような場面を想像するだけで、興奮してくる。
私は、上司から「辞めないで下さい。あなたに辞められると困るんです」と、言われたくて仕方がない。「辞めて欲しくない」という言葉を引き出したくて、仕方がない。
私はこれまでの職業経験で、自分が大切にされたという経験がない。いつだってゴミのように、粗末に扱われてきた。それは全てのバイトや派遣たちが味わっている、ごく当たり前の環境なのかもしれないけど、私にはそれがとても我慢できないことのように感じるのだ。
「辞めたいなら辞めていいから」
「あなたの代わりはいくらでもいるから」
そんな言葉を、今まで腐るほど浴びてきた。私はいなくても構わない。私の代わりはいくらでもいる。そのような言葉をいつも浴びていると、人間は自分のことを無価値だと思うようになる。自分はいなくても良い存在であり、生きている価値もないと思い始める。
社会から撤退してひきこもるようになったのは、その言葉を浴びることに耐えられなくなったからでもある。二回や三回は我慢できても、十回も二十回も我慢できるものではない。どんな人だって、我慢には限界がある。秋葉原で通り魔殺人を犯した派遣社員がいたけれど、どこに行っても無価値なように扱われたら、私だって――殺人は犯さないだろうが――何らかのかたちで爆発していたかもしれない。それほどまでに、「代わりはいくらでもいる」という言葉は暴力的だ。
正直に言って、私は上司との衝突を望んでいる。そして、「辞めないで下さい」という言葉を貰うことを期待している。それはとても小さな願望だけど、人間なら多かれ少なかれ望んでいるものだと思うのだ。
世界のどこかに、私をどうしても必要としてくれる職場がある。そう願いながら、この歳になった。
まだ、そんな職場に出会っていない。