忙しくない。
「忙しいから」と言って、なにかの誘いを断る人がいるが、とても羨ましい。ひきこもり生活をしていると、忙しくならないからだ。
内面はとても忙しく回転しているのだけど、肉体はつねに停滞している。驚くほどの長い睡眠時間と、ほとんど動かない生活。忙しい筈がない。
明日も忙しくないし、多分来週も忙しくない。おそらく、来月も忙しくないだろう。
だから、ごくたまに何かの誘いがあると、すぐに応じてしまう。これが、結構な自己嫌悪をもたらす。
どうして俺はこんなにヒマなんだという自責感と、相手の誘いに簡単に応じてしまうという軽々しさが、自分の価値を極端に低めるような気がして、正常でいられなくなる。
同年代の男性たちは、みんな忙しい毎日を送っている。家庭を持ち、部下を持ち、住宅を持っていたりする。みんながみんな、そうではないだろうけど、私のように週に七日、家にいるという人はめったにいない筈である。
同年代の男性たちは、時には「忙しいから」と言って、誘いを断ることもあるのだろう。誘いを断ること自体に、私は憧れてしまう。誘いを断ったところで、他に行くところもないのだ、私には。
ヒマでいられれば、それだけ私生活を楽しむことができるけれど、その一方で余計なことも考えてしまう。ホームレスの人たちは、何かをしていないと自殺してしまうというけれど、その気持ちがすごく良く分かる。豊富な時間は、時として死をも招くことがある。生きるためには何かに忙殺されることも必要なのだ。
私は、忙しくないということに、劣等感を抱いている。ヒマがありあまっているということに、かなり恥ずかしい思いを抱いている。中年の男として、忙しくないという状態は普通ではないからだ。
周囲と比べることは良くないし、比べたところで何かが解決する訳ではないけれど、脳が自動的に周囲を私を比べてしまう。
比べるという行為をすることによって、私を忙しくさせているのかもしれない。