123/205
密約書
「それでのう。第三夫人とはいえ、その父が最下級の騎士では格好がつくまい。それで、なんとかして貴様に領地を返してやりたいのだが……」
それを聞いて、トーマの顔に笑顔が浮かぶ。
「あ、ありがとうございます」
「まあ待て。あわてるでない。領地を召し上げられて没落した他の大騎士にとってみれば、なんの功績も挙げてないのに卿だけ大騎士に復帰するのは納得いかぬであろう。ワシも孫の婚約者だからという理由でひいきをしてしまっては、宰相としての公平性に欠けるとして非難される」
「はあ……たしかに……」
トーマは今度はがっかりとする。
「だから、卿の考えを聞きたい。ロスタニカ王家の直臣という身分を捨てて、我が家につかえる覚悟はあるか?」
「えっ?」
トーマはおもわずイーグルの顔を見返す。
「アッシリア家は、勇者に仕えた伝説の武道家を祖とする名門じゃ。それが王家を離れ、シャイロック家の家臣になるというのは相当な覚悟が必要であろう。だが、我が家に仕えてくれれば卿を代官としてアッシリア領に派遣して支配を任せよう。そして、リトネとトーラの間に生まれた子供に領地を分与してアッシリア家を再興させよう」
イーグルの顔を真剣だった。
「しかし……アッシリア領は国の直轄地に編入されているのでは?」
「問題ない。富裕な貴族に対して100万アルで売りに出されておるが、まだ買い手はついておらん。我が家は国に対して1000万アルの貸金がある。そのうちの一部と相殺すればよい」
「……」
そういわれて、トーマは考え込む。
「いかがかな?これは名を捨て実をとるかどうかじゃ。卿が直臣の騎士から陪臣の騎士まで堕ちたとなると、他の騎士どもの嫉妬も買うまい。ああ、別に卿がこの話を断っても、シャイロック家はアッシリア領を購入する。その場合、卿は二度と故郷にはもどれんのう」
イーグルはそういって退路を断ってくる。そこまで言われて、トーマは決心した。
「……わかりました。今日からシャイロック家に忠誠を誓います」
トーマはイーグルの前で膝をつく。
「おお、よく決心してくれた。心配せずともよいぞ。シャイロック家はアッシリア領に口はださぬ。今回の代官の失敗で、あそこを統治できるのはアッシリア家以外にはないと思い知ったからのう」
イーグルはそういって豪快に笑う。トーマもようやく安心することができた。
「ただし……じゃ」
イーグルは今度は悪人顔になったので、トーマはドキっとする。
さっきから何度も期待と不安を繰り返していて、小心な彼はもう勘弁してほしかった。
そんな彼にかまわず、イーグルは続ける。
「ただし、アッシリア領のあるものを採掘し、シャイロック家に捧げよ」
そういわれて、トーマはなぜシャイロック家がアッシリア領に目をつけたのか理解した気になった。
「……砂漠で見つかる金剛石や紅玉、青玉や魔石などの宝石をとりあげられたら、アッシリア領は立ち行きません。もし宰相閣下が我が領から搾取するつもりなら……」
厳しい顔になって首をふる。
「待て待て。慌てるではない。我らが欲しいものは、お前たちにはまったく無用のものじゃ。砂漠から湧き出る『糞水』じゃよ」
綺麗な水を汚すだけの黒い水をよこせて言われて、トーマは驚く。
「く、糞水ですか?それは必要ないというか、むしろ邪魔になる水ですが、なぜそんなものを」
「世の中には、糞が益になるということもあるのじゃよ」
ぐふふとシャイロックは笑う。
「はあ……そんなものでよろしければ……」
「決まりじゃな。では、後から揉めぬように、今話し合ったことを文書にしておくぞ」
イーグルは事前に用意していた密約書を二部持ってきて差し出す。
トーマは首をかしげながらも、書類にサインするのだった。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。