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貴族のお坊ちゃんだけど、世界平和のために勇者のヒロインを奪います 作者:大沢 雅紀
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セイレーン

ピラミッドの最上階では、トーラたちが苦戦していた。
彼女たちの周りにいる黒いサソリがいっせいに黒い油を吐きかけ、セイレーンの発する超音波が苦しめる。
トーラたちにかかっていた『剛竜拳』のガードも音波によってはじけ飛んでいた。
(ふふ。すべって転んですってんてん)
魔公セイレーンを操る中の人であるネリーは、床をゴロゴロと転がるトーラたちを見て笑っていた。
(さて。お坊ちゃまに代わって、私たちを誘拐したお仕置きでもしましょうかね。ちょうどいいです。一度試してみたかったんです)
ゆっくりと男たちに近づき、うつぶせにして巨大サソリの尻尾の針を近づける。
「お、おい。まさか……うそだろ。な、やめてくれよ……」
尻に近づいてくる針を見て、トーラの直臣である男たちは青ざめた。
「い、いやだぁ……やめ」
(えいっ)
ネリーは泣き喚く男たちの尻に、容赦なくプスっと針を突き刺していった。
「うっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!はいってくる!」
「アーーーーーっ!」
人生で初めて感じる痛みと快感を味わい、男たちは気持ちよく気絶していった。
(きゃははは。面白い!いつかリトネ様にも……)
勝利を確信しながら危ないことを考える、セイレーンの中の人であるネリー。
「て、てめえ……よくも…」
部下たちが倒されたのを見て、トーラが近づいてきた。
(トーラさんか……彼女も必要な人なんですよね。うーん。どうしようかな。さすがにリトネおぼっちゃんの婚約者になる人の初めてを先に奪っちゃうのは、メイドとしてあるまじき行為ですし……)
アホなことを悩むが、すぐに結論がでる。
(ま、後ろならいいですか)
そう決めると、巨大な鋏でトーラの足元を払った。
「なっ!」
ただでさえ油ですべりやすくなっていた上に不意打ちを食らって、トーラはうつぶせに倒れる。
(うふふ……いただき!)
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
ピラミッドの屋上に、トーラの叫び声が響き渡るのだった。

(うふふ。完全勝利。麻痺薬を注入したから、これでおとなしくなるでしょう。あとはお坊ちゃんがくるのを待てば……)
そう思って変身を解こうとすると、地獄の底から聞こえてくるような声が響き渡る。
「て、てめえ……清らかな乙女の尻になんてことを……ぜってえ許さねえ!)
振り返ったセイレーンが見たものは、尻を押さえながらゆらりと立ち上がったトーラだった。
(あらあら……がんばりますね。何か薬でものんだのかしら?)
余裕たっぷりのネリーだったが、すぐに動揺することになる。
トーラの拳に炎が宿ったからである。
(な、何考えているんですか!ここでそんな技を使ったら!)
内心で大慌てするネリーだったが、トーラはかまわず攻撃してくる。
「くらえ!燃焼拳!」
トーラはセイレーンを渾身の力をこめて殴る。巨大な黒サソリは吹き飛ばされ、仰向けに倒れた。
(ば、ばかーーーー!)
焦りまくるネリー。もちろんその程度では大したダメージは受けなかったが、問題はそこではない。
(ここは油がいっぱい撒かれているんですよ!火の魔法なんか使ったら!)
次の瞬間、ネリーの思ったとおり油に火がついて、あたり一面は炎に包まれた。
「や、やったぜ……ついに倒した。がくっ」
あおむけに倒れたセイレーンを見て、トーラは満足そうに力尽きる。
(このお馬鹿!どうしてくれるんですか?……仕方ないですね。セイレーン、元に戻りなさい)
ネリーは自らの意思でセイレーンの魂を元のサファイアに封じ込め、人間に戻る。
「『水膜』」
気絶しているトーラや男たちを水の防御壁で包んで守ろうとしたが、杖を振っても魔法は発動しなかった。
「……くっ、魔力切れですか。やはり、そう簡単に魔公を制御できないみたいですね……」
魔公セイレーンの魂を制御するのに魔力を使い果たしてしまったらしい。
「なんとかして、リトネ坊ちゃんたちが助けに来てくれるまでこの人たちを守る方法は……そうだ!」
この場にもう一人水の魔法を使える人間がいるのを思い出す。
ネリーは寝ているリンの元にかけよると、眠りの魔法を解いた。
[リンさん。起きてください」
「あれ……ネリーさんの目が真っ赤……ふえ?」
起きだしたリンは寝ぼけ眼をこする。
「リンさん、寝ぼけてないで、力を貸してください」
ネリーはリンに青いサファイアを渡す。
「これは?」
「水の魔公の魂を封じ込めた『水のサファイア』です。私は起動する魔力も残ってないので使えませんが、リンさんなら……いいですか。心を鎮めて、サファイアに魔力を集中させてください」
ネリーのアドバイスに従い、目の前のサファイアをじっと見つめる。
すると、すさまじい魔力が伝わってきた。
「ネリーさん。来たよ!」
「いいですか!ここにいる人たちを炎から守るのです」
「うん。『水膜』」
リンの手からでた青い光が水となり、トーラたちを覆う。
迫っていた炎に焼かれる寸前だった彼女たちは水の結界によって守られた。
「……やれやれ、これで一安心ですね」
そうつぶやきながら、ネリーは床に座り込む。
「ネリーさん。なんだか疲れたみたい」
「ええ。無鉄砲なヒロインのおもりとか、ヒロインの救出に間に合わない勇者様のフォローとか、とにかくいろいろ疲れたんですよ」
ネリーはそういいながら、力なく笑うのだった。
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