■■2020東京大会 エンブレム委員会顛末
2016 / 5 /27
2020東京大会のエンブレムの当初の諸開発プロセスにつき、外野からブログで私見を呈しておりましたところ、仕切り直しの仕儀に至り、今度は自分自身がその選考委員に加わることになってしまいました。その経緯は前回のブログでも書いた通りですが、結果、全14回にもわたりエンブレム委員会に出席することに相成りました。そして、皆様ご存知のように新しいエンブレムは決定し、本日、オリンピック・パラリンピックのポスターが事務局から送られてきました。

送られてきたオリンピック・パラリンピックのポスター
エンブレム委員会は、報道されているごとく総勢21名からなり、法律の専門家はもちろん、ソフトバンクホークスの王貞治さんから大学生まで実に多彩ですが、どうしてこのメンバーが選ばれたのかは私には分かりません。
委員会で討議された内容につきましては、一切外部に漏らしてはならない旨の約束書に最初にサインをさせられてスタートしましたので、私も口を閉ざさざるを得ません。
「単にエンブレムだけ決めても、むしろ決まったものを今後どう展開し育てていくのが重要でしょう。その問題は?」と尋ねても、どなたからも一切の応答はありませんでした。
また今回の過程で不可思議なことは、正式発表式典の前に、決定案がメディアに漏れ出てしまったことです。ごく限られた関係者しか会議室に入れない筈なのに奇妙なことが起こるものです。
ともあれ世間の耳目を集めた2020東京大会エンブレムは決まりました。
作者の野老(ところ)朝雄さんは、もともと建築のご出身の方ですが、今回のエンブレムのモチーフは江戸時代の市松文様で、それをアレンジされた腕はなかなかのものとお見受けします。
発表後に野老さんと少しお話ししましたが、真摯な姿勢の素晴らしい造形作家の方との印象を持ちました。
この後は、このエンブレムがうまく活かされる事を願うのみです。

■■STRAMD第7期生募集記念シンポジウム
2016 / 2 / 3
早いもので、自主企画の教育プログラムSTRAMD(ストラムド)も設立7年目に入ろうとしています。
来たる2月6日(土)には「経営戦略+デザイン思考」をテーマに、7期生募集記念シンポジウムを、お茶の水のデジタルハリウッド大学院にて開催します。
「公開シンポジウム」ご案内
http://stramd.asia/data/160206_Symposium.pdf





講義風景
STRAMDとは Strategic Management Design (戦略経営デザイン人材育成講座) のことですが、創立以来6年間で約150名の修了生を送り出してきました。
(大阪にもサテライト講座「STRAMD OSAKA」があり、こちらは阪神電鉄社が文化事業として開催。東京と連携を図りながら5期目に入ろうとしております)
これまでの受講者は、20代から60代におよび平均年齢は36.5才。職業分野は、経営系、マーケティング系、デザイン、Web系、建築設計系 等を中心に実に多彩で、資格保持者も弁護士・弁理士・一級建築士・学芸員・管理栄養士・薬剤師・大学教員などと広がりを見せ、今やデザイン思考は分野を越えた先進プロフェッショナルの基本教養の感を呈しつつあります。同時に、社会生活やビジネス上でも欠かせぬ素養ともなりつつあると感じます。
また講義を引き受けて下さっている講師の先生方も、第1期生から充実の顔ぶれは変わっていませんが、講義内容は時代のトレンドや諸分野の時代趨勢を常に配慮いただき毎年アップデートされているのも有難い限りです。
このたびの記念シンポジウムでは、STRAMD起講の理念から始まって、その目指しているところを時間の許す限り丁寧にご紹介して参りたいと考えております。
終了後には講師や修了生、参加者の皆様の交流パーティも予定しておりますので、ご興味おありの方はお誘い合わせの上どうぞお気楽にご参加下さい。
参加お申込先
https://openstramd.doorkeeper.jp/events/36781
■母ゆずりのお節(せち)料理
2016 / 1 / 8
お正月のお節料理を、出来合セットで買うのではなく自宅でつくるお宅は、今や2%しか無いとか。その意味で、もはや我が家のお節は貴重なのかもしれません。薄味の味付けやお重の中身の品揃えも、結構昔の伝統のままのように思えます。
毎年、それを年末から家族が時間をかけて丹念に作ってくれているのです。

今年のお節料理
昔の話ですが、神戸の中西家の本家では、かつては新年には親戚一同が次々と挨拶に訪ねて来るのが慣例でしたので、亡き母が大量のお節を暮れからせっせと用意するのが、長く続く慣わしになっていました。
そして私も、子供の頃はそれを眺めていたわけではなく、年末は結構忙しく、家中のガラス磨きと障子張りを役割としてやったものでした。都心の小さな住宅と違って、我が家は母屋(おもや)の建坪だけでも80坪以上ありましたので、家中の障子を張り変えるだけでも、小学生であった私にはなかなかの難事でした。建具を外して洗い、古い障子紙を剥がす作業からしてそれなりに技術の要る仕事で、…と言ってみても、今時の若い人たちには理解できないことでしょう。
加えて、お節の私の担当は卵焼きで、毎年年末には、およそ150個もの卵を割り、卵焼きを作ったものです。だし巻き卵ではなく、いわゆる卵焼きです。ですから、さすがに今はもうやりませんが、卵焼きには相当自信を持っています。日本酒をたっぷり入れると、ふわふわになり味がまったりとして美味しくなるのです。ただし用心していないとすぐに焦げてしまうからやっかいな代物でしたが。
今年、我が家で拵えてたお節の品数は30点位だそうですが、準備をし、お重に盛りつけをする女房殿や娘の作業はなかなか大変のようです。
私は煮物なども薄味にして少し田舎風の大ぶりな仕様(切り分け)が好きで、その大ぶりの盛りつけが、今でも我が家らしくていいなと思えます。ただ、昨今はだんだん料理を量多くは食べられなくなってきており、一品ごとの作りを小ぶりにしてもらわないといけなくなってきているのか?とも感じていますが。
ともあれ、飲んで食べての平和でのんびりとした正月を、今年も過ごしました。そして1月2日は私の誕生日でもありましたので、その祝いも和やかにして貰いました。
幸いにして、後期高齢者になりながらもほぼ健康体をキープしてはいるのですが、果たしていつまでこれが続けられるでしょうか?
■■新年、核拡デザインのすすめ
2016 / 1 / 6
2016年の新年、明けましておめでとうございます。
今年も平和な日和のおだやかな新年が言祝(ことほげ)ています。
ありがたいことです。
思えば「核拡(かくかく)デザイン」を掲げ続けて、間もなく桜の季節がやって来ますとPAOSも設立48年、個人事務所のアップデザイン時代から指折り数えますと、丁度創業50周年を迎えることになります。
当然のことながら、永き挑戦の日々は、振り返れば波風の多い歳月の連続でしたが、ようやく、世の中のデザイン分野への認識も核拡デザインと呼ぶにふさわしい時代の曙光が見えつつあるように思えます。
「核拡デザイン」は私が仕事人生の過半をかけて使い続けてきた表現であり生業ですので、過去に講演や講義を聴かれた方、また拙文に接せられた方々は既にご存知のことかと思いますが、基本的に私はこの理念や方針を貫き、デザインの影響領域や活用範囲を少しでも広く深く位置づけようと努力を重ねて来たと考えています。ですからこれからもこうした発想や理念については、重ねて探求を続けていくつもりです。
「核拡デザイン理念」については、学生時代の最初の発想から指折り数えますと五十年余になります。
元々はデザイナーになろうと桑沢デザイン研究所で学んでいたある日の気づきで、「世の中にあるデザインを存在させた最終的意思決定者は、企業の経営者や行政の長であり、デザイナーは絵を描いたり原型モデルを作っているだけではないか?」と思い始めたのです。そしてこの疑問への解決策、つまりトップマネジメントの人たちに理解され採用されるデザイン理論や手法の開発も、デザインの重要な仕事と思い立ち、その研究のための時間が欲しいと求めて進んだのが、早稲田大学でした。
そこで精力的に活動をした結果が、全学部の学生500人以上が参加してくれたデザイン研究会で、その活動の延長で出来上がっていったのが今のPAOSグループです。振り返ってみますに、結果的にPAOSの仕事事例の原型は、早稲田大学という、良い意味での雑居大学に端を発していたのだと思えます。
その後の世の中の流れも、重要なのはCI(コーポレート・アイデンティティ)だとか、やれ次はブランド戦略だとか言われながら今日に至っていますが、そうした広く深くのデザイン思考のお陰か、たとえば中国最大のサイト百度(バイドゥ)で中西元男と検索すると「アジア(最近では東半球?)CIの父」等と記されており、さすが「李白は一斗詩百編」等、何ごとにも大袈裟な表現が得意な国らしい称し方です。しかし、呼称の問題は苦笑以外の何物でもなく、重要なのは中身やその成果です。そして外してはならないデザインの核心は、すぐれた文化を広く世の中に生み出していくということではないでしょうか?これぞ「デザインの使命」と考えてきました。
当然、デザインという受注産業の多くは、企業等の依頼があって成り立つビジネスですから、当該クライアントのために役立つことが何より重要です。言い換えれば、生産機関・経済機関としての成果を残すという要求に応えることが大切であるのに加え、広い意味での文化機関としての機能をクライアントが果たしてくれることを、PAOSでは常に重視しています。そうした発想から、これまでご依頼を受けるプロジェクトでは、所謂、表現のデザインだけでなく、企業理念や事業指針の提案まで、総じて見えないデザイン・見えるデザイン共々に提案させて頂きました。
それが結果的に「デザインという切り札を持った経営コンサルタント」としての実績を積み上げてくれたと感謝していると同時に、PAOSのような事業分野を専門とする人たちが、もっと多く出てきてもよいのではないかと考えています。
それがSTRAMD(ストラムド/戦略経営デザイン人材育成)という講座を始めた所以でもあります。
そもそもデザインという分野は、産業革命と共に生まれたとも言われますが、確かに、1851年の第1回ロンドン万国博の頃、当時の爛熟したヴィクトリアン調の過剰装飾に異を唱えた、J.ラスキンやW.モリスらが「西洋の優れた時代には必ず歴史を彩る文化があった。それは、ギリシャであり、中世であり、ルネサンスであった」とするところから、アーツ&クラフツ ムーブメントが起こり、それが今日に続くデザイン史の始まりになったと言われます。しかしここでの成果が、逆に今となってはデザイン教育を美術教育の範疇にのみ留めてしまう、という弊を招いたと私は考えています。
先般、韓国の著名なデザイン教育機関:弘益大学が、入学試験から実技を外し、知的に優秀な学生を入学させることを優先させると聞かされ、驚きました。実技は4年間の大学教育期間の中で何とか養えるから、と。確かにこれからはデザイン分野においても、企業や自治体のトップマネジメントとの会話が成り立つ人材が必要とされる時代がやってきたようです。いつまでもデザイナー村の狭隘な社会の中で叫んだり議論し合ったりしていては、デザインの持つ可能性の広がりの芽を摘んでしまうのではないでしょうか。
特に、メガチェンジ(大変革)の時代と呼ばれる今日、言い換えれば、成長の時代から成熟の時代への転換期に当たって、デザインという職業や教育はもう一度根本的に見直されるべきだと考えています。
これはデザインというプロフェッションそのものの見直しであり、同時に、デザインが諸分野の垣根を越えてインフラストラクチャー化していく時代を迎えた証しでしょう。

産業や組織構造の流れは、上図でシンボライズして示しましたごとく、工業化時代、情報化時代、網策(もうさく)化時代と世の中が進むに従い、企業の組織なども理路整然と解が出せる時代、多数決で物事が決められる時代では無くなりつつあります。
しかし、理路不全だからといって無価値なのかというと決してそういうわけでもなく、むしろ思いもしないような素晴らしいアウトプットをもたらしてくれたりもします。しかも、それはかたまりとしての群市民へのソリューションではなく、まさに個々人に対する最適解として具現化されようとしているのが、「AI(人工知能)時代 」と呼ばれる現代です。ロボティクスを産業や社会に導入していく時代のデザインとは果たしてどうあるべきか?そうした課題を、現代のわが国のデザイン界は突きつけられていると思います。
上図のラビリンス(迷宮)のようなオープンアクセスとしての網策化、俗っぽく言うとタコ足配線化は、必要な時に必要な物同士が最適に結び合うことが可能な状況を示しています。つまり、今日のAI化の進捗によって、個々人のいろいろな問いかけや要求に対し、「あなた一人だけのための解」が出せる時代にもなりつつあるのです。
諸分野での解の出し方も、こうしたアナログとデジタルを横断するソリューションを生み出せる状況を、どのように捉え活かしていくべきか?まさに興味深い迷宮化が始まろうとしています。デザインとても例外ではありません。
私はこのような課題に脈絡を与えることが、自身にとって今年1年の最大のテーマとなろうかと考えています。
新年早々またまた固い拙文をものしてしまいましたが、
本年もよろしくお付き合いの程お願い申し上げます。
2016年正月
■■思いがけず「東京2020大会 エンブレム委員会」委員に
2015 / 12 / 4
これまで2回にわたって、オリンピックのエンブレム問題に関し、専門的立場からどちらかというと批判的に、当初のプログラムやプロセスの浅薄さ等について、ブログを通じ私見を書き綴ってきました。
ところが突然、エンブレムデザイン選考のやり直しにあたり、委員として関わって欲しいとの依頼が、私自身も会員であるJAGDA(日本グラフィックデザイナー協会)の方から、降って湧いたように持ち掛けられたのです。当初はお断りしたいと固辞し続けていたのですが、JAGDAがそのための臨時理事会まで開き議決事項とされてしまったものですから、結果的にお引き受けせざるを得ないことになってしまいました。

2020東京大会 エンブレムデザイン応募要項
一旦決定した段階から類似問題で破綻をきたしたエンブレムデザインのプロジェクトを再生するのは、正直、容易なことではありません。しかし、8月のリオ・オリンピック開催時には東京大会のエンブレムが使用できる状況になくてはならないという期限も控えておりますので、もはや時間の猶予はありません。
私が委員の一人として参加せざるを得なくなった時点では、既にそれまでに2回にわたる委員会が開催されており、募集に関する大綱がおおよそ決まってしまっていました。その後の第3回からの出席で、私自身は個人的には多くの部分で賛同し難い応募要項を前提に、作業を進めなければならない状況にあります。
もちろん、お引き受けした以上は最善を尽くす心づもりではありますが、委員会そのものは、委員21名+事務局という大きな組織です。
コンペは、幼稚園児でも応募出来るという、国民参加型のものとなっており、参加資格は、年齢と国籍の条件のみです。しかし、最終1点に求められるのは国際的にも認められるデザイン水準ですから、そのギャップは多大です。応募要項は表面的には広く開かれたイメージではありますが、大体、子どもから一流プロまでが参加しての競争など前代未聞です。
しかも、前回の失敗騒動で明らかなように、現代のネット社会では誰でもが、「好き・嫌い」と「良い・悪い」を混同した上での、匿名の言いたい放題の状況であり、「選考は国民投票で」などといった意見すら飛び交う事態ですから、本当に先が読めません。
失敗に終わった第1回目の選考の内容が、私のようにこの分野の仕事に長く携わってきた者には、あまりにも内容の乏しいいい加減なそれであったゆえ、そのことを専門的見地から私見としてブログで指摘したのが、結果、仇(あだ)となったというか、「その通り」と認められ、それが委員への推薦理由となったようです。皮肉なことではありますが、いずれにしても国内外から注目されている国家的大事ですから、こうなったからには努力し最善を尽くしてみましょう、としか言いようがありません。
前述の私見ブログに関しては、発表後、一週間ほどの間に何と14万件余ものアクセスがあり、この問題に関する関心の高さに驚きました。
委員会に参加してみますと、メンバーはそれぞれの世界を代表する人物揃いで、皆さん立派な方々です。しかしエンブレムデザインなるテーマとは、大部分がプロフェッショナルとしては縁遠いかとお見受けします。しかも、数万点の応募があるのでは?との予測とのことで、まさに今、応募は最盛期になりつつあります。
ともあれこれから始まる大変な選考をどのように行うべきか。委員会ではたびたび検討討議が続いていますが、もはや猶予はありません。
果たして、一体どうなることでしょうか?