時代の正体〈346〉政治家のレイシズム(上) 規範なき荒涼照らす
【記者の視点】報道部デスク・石橋学
- 特報|神奈川新聞|
- 公開:2016/07/02 13:19 更新:2016/07/02 13:36
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教 訓
梁さんが強調するのは、関東大震災での朝鮮人虐殺は単にパニックが引き起こした悲劇ではないということだ。植民地支配により朝鮮人を抑圧しているがゆえの報復への恐怖が背景にあったことに加え、「デマは軍隊・警察によって流布されたことで強い扇動効果を持った。国や政治がレイシズムをあおったとき、差別は人を殺す。デマによるヘイトスピーチが虐殺に結びついたメカニズムに目を向け、公のレイシズムがいかに恐ろしいかを示す具体的事例として捉えるべきだ」。
小坪氏はしかし、歴史の教訓に言及することなく、書き進める。
〈私は、被災時において外の人を恐れるのは仕方ないし、当然のことだと受け入れている。極限状況になればそうなることが自然だと考えるためだ。疑われるのは「外の人」である。もっとも身近な外の人が朝鮮人というだけだろう。そのことに目くじらを立てても仕方ない。良いとか悪い以前に、仕方がないというスタンスである〉
〈外の人が疑われる理由だが、長年その地で生きて行くわけではないためだ。極限状況下においては暴発リスクが高いと推定されるからだろう。やぶれかぶれになって何をするかわからない。これは朝鮮人が、ではなく。引っ越してきたばかりの人、相互に深くは知らない人物という意味である。不安も募る被災時には、その傾向は強まるのだろう〉
〈例えば食料がギリギリであった場合、皆で少しずつ分け合ったとしよう。いよいよ足りなくなった際、やはり地域になじんでいなかった者が暴発する危険性は否定できない。これで共助という支えが破壊された場合、公助まで辿(たど)り着けない。外の人を恐れることは、自然なことでもあり、共助を守る上では必要なものだと考えている。誉(ほ)められはしないけれども〉
大災害時には、ただちに国や行政の公的援助ですべてを賄えないのだから、当面は自分の身は自分で守らなければならないと説き、「外の人」を恐れるのは当然で、偏見のまなざしを非難しても仕方がなく、危険視することは必要だと言う。そして、やはり関東大震災の惨劇に重なる自警団を奨励するに致る。
〈治安に不安がある場合は、自警団も組むべきだろう。やるべきだと考える。それが共助を守るために必要で、公助に辿り着く手段であればなすべきことだと考える。一人でも生き残って欲しいからだ。しかし、疑心暗鬼から罪なき者を処断する・リンチしてしまうリスクも存在する。そうはなって欲しくないが、災害発生時の極限状況ゆえ、どう転ぶかはわからない〉
梁さんは言う。「つまり非常時には、きれい事を言っていないで、生きるべき人間と死ぬべき人間を分けろと言っている。関東大震災の教訓を無視している点では歴史否定(歴史修正主義)の言説でもある」
差別は受けた人を壊すにとどまらず、する側の人倫を壊し、社会を壊す。梁さんは「災害や戦争といった非常時に国や政治は差別を用いて生きるべき人間と死ぬべき人間を分ける。小坪氏の文章が発するメッセージの危険性はどれだけ認識されているだろうか」と問い掛ける。
歴史を顧みれば、93年前に虐殺された「外の人」には社会主義者や自由主義者など日本人も含まれた。国による実態調査はなされず、社会として反省する機会はなかった。結果、植民地支配を正当化するためにつくりだされたアジア人への蔑視は温存され、その後の朝鮮半島におけるより以上の搾取を可能にし、大陸での侵略戦争への道を開いた。異論を唱える者への迫害もまた、全体主義という破滅へと社会を導いた。
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