「人生とは貯蓄した資産をつぎ込む投資ゲーム」ということは人生というものを経済的な利害得失や打算、損得で考えようということですね?
だとすると、投資に失敗して破産したら、人生は終わりだから、自殺するしかないですね?
彼女と結婚するときも利害を計算して、損か得か、計算して決めるということですね?
投資につぎ込める資産のない貧しい労働者は人生を生きる意味がないから、人生という舞台から消えろ、という訳ですか?
そんな人間はそもそもゲームに参加する資格が無い、と?
だとすると、私のような老人はさっさと、この世からおさらばするしかないですね?
資産もないし、社会に貢献しているわけではないし、むしろ社会に寄生している方だから、人生を生きる価値なんて無い、と。
要するに強者の論理ですね?
弱者は切って捨てろ、強者だけ生き残ればいい、と。
ところで今のあなたは強者なんですか?
資産が掃いて捨てるほどある?
それとも資産がなくて、負け惜しみで、そういうことを言っているんですか?
人生を経済にたとえて、資産のない弱者を切り捨て、資産のある強者だけの社会が残ればいい、という訳ですか?
だけど今の社会では、変動が大きくて、いくら資産があっても、それを投資して全財産を失うというリスクもありますよ。
全財産を失い、投資するにも資産が残っていなかったら、むしろ借金が残ったら、どうするんですか?
債権者に自殺してお詫びするんですか?
投資して、絶対に儲かるという保証があればいいですが、そんな保証はありませんよ。
むしろ、私みたいに資産がなくて、出来るだけお金を使わず、清貧の暮らしに満足を見出し、悠々自適に暮らす方が精神的にもいいし、悩むこともないし、毎日、天を見上げて、ああ、今日もお日様が私を照らしてくれる、ありがたいなあ、とのんびり暮らした方がいいのではありませんか?
私は現代の「仙人」のつもりでいますよ。
世俗のことに一切、関心なんてありません。
お金を儲けようなんて思ったこともありません。
行雲流水、無為自然、何もせず、何も思わず、自然でいるのが一番。
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