アピタル・高山義浩
2016年7月4日12時00分
月曜日に担当している内科外来でのことです。待合室で患者さんがご立腹とのことで、早めに診てほしいと看護師より声がかかりました。
「たかだか風邪でこんなに待たせるなんて、他の病院では考えられないぞ!」
ずいぶんと待たされたんでしょうね。申し訳ありません。でも、「たかだか風邪」と分かっておられるなら、総合病院の感染症内科ではなく、地域に密着している診療所を受診していただきたかった。こうした医療の適正利用についての説明が、まだ地域の方々に届いていないことも問題です。
平成26年の医療法改正では、「国民は(中略)医療を適切に受けるよう努めなければならない」(第六条の二第三項)とする条文が加えられました。これまで、医療提供体制を定める法律にあって、医療者と行政がどうあるべきかは書かれていましたが、利用者である住民がどうあるべきかは書きこまれていませんでした。この改正で、医療の質の向上と効率化に向け、住民の責務が明記されたことは画期的なことだったと思います。
ただし、住民に責務が課せられたということは、行政には「住民が適切に医療を利用できるよう、分かりやすく説明する義務がある」ということでもあります。そして、医療には「行政が住民に適切な医療利用について説明できるよう、医療連携の方針について明確化させておく義務がある」ということでもあるでしょう。医療を密室化させず、行政や住民としっかり向き合えるようにしていくことが、これまで以上に求められるようになったのです。
とはいえ、こうした医療提供体制を住民に明示しえたとしても、適正とは思えない受診行動や要求をする「困った患者さん」はいなくならないでしょう。いや、なくそうとすべきではないのかもしれません。私は臨床医の端くれとして、すべての患者さんには「不条理である権利」があると理解しています。初見では「困った患者さん」のようであっても、よくよく調べてみると重大な疾患が明らかになることもあるからです。
たとえば、救急車の適正利用について普及する活動を行えば、10件の不適正利用を5件に減らせるかもしれません。それはいいことかもしれませんが、さらに5件を0件に減らすよう求めてはならないということ。残りの5件のなかの1件には重大な疾患が隠されているかもしれないからです。その患者さんのためだったら、4件の不適正利用は甘んじて受け入れるぐらいの柔軟さが必要だってことですね。
患者さんが言語化できずにいたり、症状軽微であったとしても、患者さんの身体が騒ぐというか、これはマズいと直観的に感じていて、傍目には不条理にうつる行動をとられることだってあるのです。つまり、「たかだか風邪」で騒いでいる患者さんがいたとしたら、医療者は「何かあるんじゃないか」と胸騒ぎする謙虚さが必要だってこと。こうした患者さんの不条理さというのは、ときに大切なアピールなので、看過するわけにはいきません。
というわけで、私は、冒頭の騒いでおられる患者さんを優先的に診察することにしました。フェアであることよりも守らなければならないものが、私たち医療者にはあるからです。
<アピタル:感染症は国境を越えて>
http://www.asahi.com/apital/column/takayama/(アピタル・高山義浩)(アピタル・高山義浩)
感染症診療や院内感染対策、在宅緩和ケアに取り組む。かつて厚生労働省で新型インフルエンザ対策や地域医療構想の策定支援にも関わった。単著として『ホワイトボックス ~病院医療の現場から』(産経新聞出版)などがある。
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