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第百八十話「トリスティーナ」
翌日。
盗賊団の縄張りに入った。
追手は無い。
オーベールも、他の兵士たちも追ってくる気配は無い。
どのみち、この森を抜けるなら関所を通るしかないと考えて、街道の先で待ち構えているのだろう。
本来なら。
ヒトガミはそういった未来を予知するはずだ。
しかし、と俺は腕を見る。
龍神の紋章が刻まれた腕輪。
こいつのおかげで、ヒトガミは俺が提案して変化した未来を見ることができない。
つまり、こうして別ルートを通る事は、ヒトガミの予知範囲外になる。
はずだ。
ヒトガミが、日記の内容を真面目に覚えていたら、あるいは予測できるかもしれないが。
オルステッドの口ぶりからすると、あまりそういった事はしそうにもない。
日記の内容は覚えられていないと考えても間違いないだろう。
なんて考えていると、ふと、風向きが変わった。
「っ……止まれ!」
同時にやや後ろを歩いていたギレーヌが、俺の肩を掴んだ。
「いるぞ」
ギレーヌの短い言葉で、エリスが前に出ようとした。
俺はそれを押しとどめる。
エリスが先頭じゃ交渉は拳でのものになってしまう。
エリスはおとなしく後ろに下がる。
だが、その視線は、前方ではなく横を見ていた。
「囲んでいるな……どうする、今なら突破できる」
「話、聞いてなかったんですか?
俺が交渉します」
「……ああ、あたしは姫様を守る」
ギレーヌは短くいうと、後ろへと下がった。
ちらりと後ろに目をやると、ギレーヌがシルフィたちに何事かと話していた。
アリエルと目が合う。
アリエルは「よろしく」と合図してきた。
彼女は、昨日のことがなかったかのように振舞っている。
ルークの事や、他貴族のことは任せろと言っていた。
道中、ルークともポツポツと話していたようだが……どうなることか。
ともあれ、オルステッドは彼女にルークを任せた。
俺はそれに従うだけだ。
「……」
などと考えつつ、盗賊が話しかけてくるのを待つ事とする。
会話の有利は先手必勝。
自己紹介から。
というのが俺の持論だが、相手が姿を現してからでも遅くはない。
「……ふん」
エリスは、俺のすぐ後ろに控えつつ、周囲を見ている。
森の奥、時折チラチラと見える黒い影を目で追っている。
この一日。
いや、昨日。
襲撃があった直後ぐらいから、俺との距離がやや近い。
昨日はオーベールに奇襲されたから、それに備えてくれているのだろう。
しばらくして。
エリスの視線の動きが止まった。
どうやら、包囲が完成したらしい。
「5人ぐらいね。なんとかなるわ」
エリスが小声で教えてくれる。
いつのまに、そんな索敵スキルを身につけたのだろうか。
なんて考えていたら、前方から茂みをかき分け、一人の男が姿を現した。
ほぼ同時に、周囲の木陰から、木の上から、次々と人影が現れる。
1……5……10……。
おいおいエリスさん、20人はいますよ。
5人はアバウトすぎやしませんかね?
先頭の男。
毛皮のベストに無精髭。
腰には山刀を携え、手には火のついていない松明を持っている。
要するに山賊ルックだ。
そいつがこちらに聞こえるように、声をはりあげた。
「山彦はなんと返す?」
合言葉はオルステッドから聞いている。
「兎の穴蔵、それと鶫の囀り」
この符丁は、すなわち
「何の用だ?」
「密入国、それと盗賊団の構成員に用がある」
という事を意味する。
他にも人身売買が「子育ての狐」。
国内での人探しが「猫のお使い」
赤竜の顎ヒゲを通る者の殺害が「寝起き熊」
といった感じで、細分化されている。
この符丁を知らずに迷い込むと、周囲の彼らが追い剥ぎにジョブチェンジするというわけだ。
「あぁん……?」
俺の返事を聞いて、山賊氏は訝しげな表情を作った。
「鶫のヒナは?」
「縞模様のドングリ」
トリスの事である。
山賊氏はそれを聞いて、訝しげな表情を強めた。
その後、まあいいかとばかりに肩をすくめ、片手を上げた。
周囲の人影が、すっと下がっていく。
「来な」
短くそう告げて、山賊氏は松明に火をつけた。
背後に「オッケー」と合図すると、心なしかアリエル周辺の空気が緩んだように見えた。
さて、行くかと前を向くと、エリスと目があった。
なんか、ワクワクした目をしている。
「さすがルーデウスね」
今のやりとりのどこに、流石な部分が含まれていたのだろうか。
まあいいか。
「行こう」
「わかったわ!」
俺達は森の盗賊団について、奥へと向かった。
---
連れて来られた場所は、森の中にポツンと作られた小屋だった。
外にはご丁寧にも馬を止める場所があり、中にはリビングと寝室と物置。
寝室には三段ベッドが並んでいた。
虫の湧いてそうな湿ったシーツと毛布だが、一応はベッドだ。
名付けるなら木こりの山小屋、という感じだろうか。
山賊氏。
名乗らなかったので名前はわからないが、彼は俺から金を受け取ると、
「鶫を連れてくる。抜けは明日の明け方に行う。
その間にここを出たら、話は無しだ……」
と告げて、どこかへと行ってしまった。
本部に戻って、トリスを連れてきてくれるのだろう。
俺たちの詳細は聞かれなかった。
こういう所は、顧客の詮索をしないのだ。
金さえ払えば、だが。
「ふぅ」
ひとまず荷物を置いて、周囲にこれからの予定の説明をした。
明け方に国境越えをするという事。
これから来る女に、案内を頼むという事。
今晩は、ここに泊まるという事。
「明け方になったら、ダリウスに引き渡される、なんて事にならないように、祈るだけだ」
ルークが皮肉めいた言葉を言った。
それに関しては、俺もそう祈りたい。
今のところ順調だからこそ、何かそろそろ嫌な事が起こりそうな予感がする。
まあ、所詮は予感だが。
「夢破れて、賊の慰み者……ですか。
ルーデウス様。その場合、エルモアとクリーネは逃がしてくださいね?」
アリエルは冗談めかして言った。
彼女はこれから起こる事を知っているだろうに……。
あ、ほら、エルモアとクリーネに睨まれた。
やめてよね、冗談でもネガキャンするのは。
「ひとまず、今晩は屋根のある所で眠れそうですね。
明日からは国境越え……厳しい道を通る事もあるでしょうし、
今夜はゆっくりと休みましょう」
アリエルの言葉を受けて、他の面々も各々動き始めた。
アリエルは疲労の色が濃い。
普段、あまり森を歩き慣れていないのだろう。
従者二人もそうかと思ったが、この二人は元気だ。
今はアリエルの足を揉んでいる。
なんでも、この時に備えて、七年間で鍛えたらしい。
ルークは窓際で、油断なく小屋の外を見ている。
時折、俺に向けて鋭い視線をくれる。
やはり疑われているのか。
ヒトガミから、仲間に一人、敵に通じている者がいる、とか聞かされているのかもしれない。
もっとも、それはルークではなく、ヒトガミにとっての敵だろうが。
まあ、彼の事はアリエルに任せる事となっている。
ひとまずは彼女のお手並みを拝見だ。
ギレーヌは部屋の隅、全体を見渡せる位置に立っている。
いつもどおりだ。
視線を向けると、頷きを返してくれる。
多分、この首肯に意味はない。
シルフィは寝室に行き、掃除をしている。
俺は別にいいが、あのシーツと毛布で寝るつもりなのだろうか。
いや、布系は持ってきているし、寝台だけ使えばいいのか。
エリスは俺の後ろで、剣の手入れをしている。
ニマニマと満足気に笑いながら、剣を磨いている。
剣が放つ不気味な光と相まって、なんとも危ない奴に見えた。
まあ、頼もしいと見ておくべきだろう。
俺はこの時間にオルステッドと連絡を取りたい所だが……。
出るなと言われて出るほどアホではないつもりだ。
ひとまず、自分の装備の点検をしておくことにしよう。
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二時間ほど経過しただろうか。
外には、いつしか雨が降り始めていた。
大森林の雨季のような大雨ではないが、大粒の雨が小屋の天井にバチバチと当たる音が聞こえる。
アリエルは眠ってしまった。
シルフィが用意した寝床に入り、すぐに寝息が聞こえ始めた。
従者のエルモアが共に寝室に入り、ルークは扉の前を門番のように陣取った。
シルフィとエリス、従者のクリーネの三人は何やら小声で話している。
時折クスクスとシルフィとクリーネが笑う所から、あまり真面目な話をしているわけではないらしい。
彼女らも、常に緊張しているわけにはいかないだろうし、リラックスは大事だ。
ギレーヌは先ほどから動かない。
すでに立ってはいないが、入り口の近くに座り込み、目を閉じている。
寝ているという事は無いと思う。
会話はない。
すでに装備の点検は終わり、俺も手持ち無沙汰だ。
この空き時間に何かをすべきか。
「……!」
そんな事を考えていると、ギレーヌの耳がピクリと動いた。
「誰か来たわね」
呼応するように、エリスが立ち上がる。
二人は腰の剣に手を掛けていた。
部屋の中に緊張が走る。
ややあってから、扉がノックされた。
ガンガンと大きな音。
「……」
ギレーヌが目配せをしてくる。
俺が頷きを返すと、ギレーヌは扉を開けた。
入ってきたのは、フードを被った女だった。
彼女は魔物の革で作った雨具に身を包んでいた。
だが、雨具の上からでも、その体つきが豊満であることはよくわかった。
「ったく……さっさと開けろってんだい、ウスノロが!」
女は悪態をつきながら、雨具を脱ぎ払った。
アスラ王国では珍しくもない小麦色の髪と、
アスラ王国では珍しい胸元の大きく開いた服が露わになった。
凄いな。
エリスよりでかいんじゃなかろうか。
「で、誰だい、あたいに用があるってのは?」
女は室内を見渡しながら、大声で言った。
「てっきり、どっかの馬鹿があたしを娼婦代わりにでもしようとしたのかと思ったけど、
そういうわけでもないみたいだし、さっさと用件を言ったらどうなんだい!
あたしゃ忙しいんだよ!」
そのイライラとした大声は、小屋の中を威圧するように響いた。
エリスが顔をしかめ、クリーネが咎めるような視線を送ってくる。
俺が何かを言う前に、シルフィが言った。
「えっと、すみませんが、奥で一人寝ているのです。もう少し静かに話してもらえませんか?」
「はぁっ!?」
その途端、女の機嫌がすこぶる悪くなった。
「こんな雨の中呼び出して! 用件が静かにしてもらうこと!?
あんた、あたいを舐めてんのかい!?
この『せっかち者』のトリスさんを馬鹿にしてんのかい!?」
この女は、トリスでいいらしい。
ちょっと日記の印象と違うな。
もう少し、静かな人物を予想していた。
しかし、いきなり怒らせてしまったな。
日記ではかなり尊敬されていたようだが、それはあくまで、ミリス教団から聖典を盗み出したって理由があるからだ。
今の俺に、トリスとの接点は無い。
だが、その点に関してはすでにオルステッドと打ち合わせ済だ。
「あーあー、チッ、なんなんだい。ふざけやがって。
あたいはね、機嫌が悪いんだ。
賽で負けてドノヴァンにでかい面されるし!
新しく奴隷になった女にはツバはかれるし!
雨の日に呼び出されてびしょ濡れになるし!
用件言わないんなら帰るよ!?
今日は日が悪いからね!
今度からはあたいの機嫌のいい日にするんだね!」
呼び出し以外は、どれも俺達とは無関係だ。
さっさと話を進めたい所だが、今はこの怒りを沈める方が先決だろう。
そう思って言葉を選ぼうとした時、スッとルークが前に出た。
彼はトリスの手を取り、ハンカチで彼女の額に流れる水をぬぐい取った。
「突然呼び出してしまい、申し訳ありませんでした。
トリスさん。どうか、そのお怒りを鎮めてはくださらないでしょうか。
そして、その貴重なお時間を、私達の話を聞くことに使ってはくださらないでしょうか」
キザったらしいセリフと仕草。
手を取られたトリスは、突然の事にポカンと口を開けていた。
しかし、みるみるうちにその顔が赤くなり、目を伏せた。
「ま、まあ、あんたがそう言うんなら、聞いてやるぐらいはするけどさ……」
効果は抜群だ。
すごいな……これがイケメン力か。
「……」
ルークは振り返り、俺に目配せしてきた。
あとはお前の仕事だと言わんばかりだ。
スッと離れるルークに、トリスは追いすがるように声を掛けた。
「あ、あのさ。話する前に、あんたの名前聞いても、いいかな……?」
「……ルークです」
ルークは家名は名乗らず、ただそう告げて後ろに下がった。
トリスはその名前をうっとりと……いや、むしろ訝しげな表情で聞いた。
どこかで聞いた事がある、とでも言わんばかりの顔だ。
よし、今度こそ俺の出番だ。
「初めまして、トリスさん」
俺は、精一杯微笑みながら挨拶をした。
「なんだあんたは」
すると、トリスの訝しげな顔が、あからさまに嫌そうな顔に変化した。
胡散臭そうなものを見る目だ。
相変わらず俺は、あまり笑顔が得意ではないらしい。
今度、暇を見つけて笑顔の練習でもしとこうかな。
笑うのがうまいやつ……アイシャあたりに手伝ってもらって。
まあ、それはいずれだ。
「ルーデウスと申します」
そう言って頭を下げる。
トリスは俺の全身を舐めまわすように見て、片眉を上げた。
「ルーデウスね……どっかで聞いたような……あ」
彼女は思考の途中で何かに思い当たったらしい。
両眉が上がり、驚きの表情に変化した。
「『泥沼』か」
む、俺の名前が知られている?
「シャリーア最凶最悪の魔術師が、なんでこんな所に……」
最凶最悪て。
どんな情報が出回ってんだろう。
と、思った時。
カチン。
と、音が鳴った。
トリスはその音を聞いて、口をつぐんだ。
俺もなにか、ケツのあたりにムズムズするものを感じた。
「……」
カチン、カチンとリズムを取るように、音が鳴る。
音の鳴る方を見るとエリスが視界の端で、剣の柄頭を爪で叩いていた。
警戒を音で示すように。
不機嫌さを音で示すように。
まるで縄張りに侵入されたガラガラヘビのように。
その音を聞くと、なぜか全身に震えが走るのだ。
尻から頭まで登ってくる、恐怖の震えが。
「あ、悪い」
そして、震えたのは俺だけではなかった。
トリスもまた、肩を小さく震わせていた。
「べ、別に詮索するつもりじゃなかったのさ」
その言葉は俺というより、エリスに言い訳をするようだった。
エリスは「ふん」と鼻息を一つ、柄頭を叩くのをやめた。
なんなのあれ。
「この商売では情報が命だからね。
危険人物の名前と風貌は知ってるのさ」
「言うほど危険ではないつもりですがね」
「ああ、そうだろうさ。わかってるわかってる。
あんたは、無名のルーデウス、
巷で有名な『泥沼』じゃあ、ない。
そっちの女も『狂剣王』じゃないし、そっちの獣族も『黒狼』じゃない。
それでいいんだろ?」
「……じゃあ、それでいいです」
名乗ったのは、迂闊だったかもしれない。
それにしても、エリスの事まで知ってるとは。
もしかして彼女もヒトガミの使徒?
……いや、それはさすが無いだろう。
彼女は『泥沼』のルーデウスを情報として知っており、
『狂剣王』や『黒狼』が『泥沼』とつるんでいるって事を、情報として知ってるってだけだろう。
なんでもかんでもヒトガミに結びつけると、判断を誤りそうだ。
「それで、その無名のルーデウスさんが、国外れのチンピラのトリスさんになんの用だい?」
さて、本題に入ろう。
彼女には最終的に「ダリウスの悪事をバラして失脚させる」のを手伝ってもらう。
けど、いきなりそんな事を要求しても、拒絶されるだけだ。
だから、ここで単刀直入に「あなたは元アスラ貴族のトリスティーナ・パープルホースですね」と聞くわけにもいかない。
相手はアスラの大貴族。
こちらの立場を説明しても、勝機を見出してはくれないかもしれない。
物事には、順序ってものがある。
まずは、仲良くする所から、だ。
それから、勝機を旅の中でそれとなく伝える。
最後に、「もしダリウスを失脚させる手立て……例えば彼に奴隷にされていた貴族でもいればなぁ……」とチラチラする。
それで乗ってくればよし。
乗ってこなければ、多少強引にでも頼み込むとしよう。
よし。
「貴女、もしかしてトリスティーナ・パープルホースではありませんか?」
その声は、俺の後ろから聞こえた。
予定がぶち壊しだ。
ゆっくりと振り返ると、そこには金髪の美女が立っていた。
アリエルだ。
彼女は寝起きなのか、いつもより少しだけ髪が乱れていた。
だが、いつもどおりのカリスマ性の高い声音を発した。
彼女を見て、トリスの眼が見開かれた。
「な、なんでその名前を……」
「ああ、やっぱりトリスティーナでしたか。
……ほら、覚えていませんか?
私の五歳の誕生日の時に、お会いした事があったでしょう?」
俺がどうすべきか迷っていると、アリエルは俺を手で制した。
そして、パチッとウインクを送ってくる。
任せろとばかりに。
「あ……アリエル様……!?」
トリスは目を見開き、驚きの表情でアリエルを見ていた。
そして記憶を照合しているのか、まじまじとアリエルを見て、
見覚えがあったのか、驚いた表情のまま静止する。
「な、なぜ、アリエル様が……こんな場所に……?」
トリスはガクガクと足を震わせながら、その場に膝をついた。
アリエルは俺を押しのけるように、彼女の前へと出た。
「父上が臥せったという報を受けて帰ってきたのですが、どうやら兄上には歓迎されていないようで……」
アリエルは自嘲げに笑って、答えた。
そういう事を言ってしまっていいのだろうか。
と、俺のような奴は思ってしまうのだが……。
こうして包み隠さず教える事が、相手への信用につながるのだ。
「あ、なるほど。それで国境を安全に越えようと、あたい達に接触したと……」
トリスは納得したように頷いた。
俺たちが森で襲撃された、という情報はすでに掴んでいたのかもしれない。
「トリスティーナこそ、なぜこんな所に……。
行方不明になったと聞いていたのですが?」
「それは……」
その問いに、トリスは一瞬、迷った。
だが意を決したように、口を開いた。
「実は――」
---
その後、話はトントン拍子で進んだ。
俺が何を言うまでもなかった。
トリスは懺悔でもするかのように、アリエルにそれまでの半生のほとんどを明かした。
幼い頃に攫われた事、
ダリウスの性奴隷として生活していた事、
盗賊団に売られた事、
そして、しばらく盗賊の親分の女として生活した事。
親分の気まぐれで盗賊としての修行を初めた事。
親分が代替わりして自由の身となり、今に至る事。
中にはかなりエグい内容もあったが、トリスは泣くでもなく笑うでもなく、淡々と会話を終えた。
アリエルは彼女の人生の辛さに涙を流した。
心からの涙に見えた。
涙を流しながらアリエルは「その辛さはわからないが、彼女を地獄に突き落とした張本人に天罰を与える」と約束した。
そのため「ダリウスに性奴隷にされていたという証言をしてほしい」と懇願した。
迫真の演技である。
トリスはすぐには了承しなかった。
アスラ王国が強大な国であり、ダリウスが狡猾な男であり、
いくらアリエルと言えども勝つことはできないと主張した。
アリエルはそれに対し、否と答えた。
シルフィや俺、エリス、ギレーヌ、そしてペルギウスの名を出し、ダリウスを失脚させ、王位を取る事ができると説得した。
トリスは迷った。
時間にして、一時間。
長い、長い沈黙の末、最後には、首を縦に振った。
アリエルを無事に王都へと送り届け、
そしてダリウスを討つ手助けをすると、神に誓った。
トリスは、アリエルの仲間になったのだ。
俺は、何もしなかった。
アリエルは巧みに言葉を操り、見事にトリスを仲間に引き入れた。
無論、トリスを仲間に引き入れる、という点に関しては、オルステッドとの会合で話してはあった。
しかし、その方法に関しては、特に打ち合わせはしていなかった。
俺が周りくどいやり方をしているのを見て、居ても立ってもいられずに出てきたのだろう。
さすがアリエル、というべきか。
言葉通り、貴族たちの事は彼女が自分自身でなんとかするのだろう。
じゃあ、俺も自分の仕事に専念するとしよう。
明日からは、また旅が始まる。
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