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イスラム系のテロがしばしば起こる。このたびもアメリカのフロリダで銃乱射事件が起こった。また、半年前にも、パリのテロ事件があった。
→ テロ予防には国外追放: Open ブログ
また、欧州では難民問題が続出しているが、これは IS というテロ国家みたいなものが問題を引き起こしている。
まったく、混迷の極みだ。第二次大戦中、日本が侵略した地域は、独立して、次々と近代化されつつあるのに、日本が侵略しなかったアフリカや中東では、今なおとんでもない混迷状態が続く。( → 別項 の項末。)
では、どうしてこういう問題が起こるのか? これについて、良い解説があった。書籍の紹介という形だが、「我が意を得たり」と思ったので、紹介する。
→ 『アフガン・対テロ戦争の研究』 : 読売新聞・書評欄
短い文章なので、全文を読んでほしいが、一部抜粋しよう。
今日の世界は相次ぐ国際テロに見舞われているが、元をたどれば9.11(米同時テロ)の復讐戦として始まったアフガン・対テロ戦争に行き着く。
ブッシュは、アメリカ型民主主義の普遍性を信じ込み、テロリスト(アル・カーイダなど)を匿うタリバン政権を倒せばアフガンは安定すると考えた。タリバン政権が簡単に崩壊したので、同じ理屈でイラクにも攻め込んだ(タリバンは単に都市を明け渡しただけだったが)。しかし……
著者は、アル・カーイダの大物に標的を絞る作戦に特化していれば、タリバン政権やフセイン政権が存続し、人権状況に懸念があるにしても、社会は安定し、「イスラム国」の誕生を見ることもなかったと総括している。
「タリバン政権やフセイン政権が存続しても」という話があるが、「フセイン政権が存続しても、今のような混迷よりははるかにマシだった」という見解は、他の政治学者も論じている。(読んだことがある。)
中東のこの地域を西欧流に近代化しようとなどしないで、イスラムの支配に任せたまま、単に社会的な安定性だけを求めれば、混迷状態(戦争や破壊や虐殺など)は避けられたはずなのだ。
朝日の書評もある。
9・11テロへの反撃としての、アフガニスタンへのアメリカの「対テロ戦争」は、世界に何をもたらしたか。アメリカの当初の目論見(もくろみ)に反して、アフガニスタンは安定化せず、隣国パキスタンまで破綻(はたん)国家寸前の状態に陥り、テロリズム全般のリスクもかえって高まったのではないか。
欧米では諸悪の根源とされるタリバンも、現地では他の勢力よりマシと評価され、女性の待遇も含めて、彼らのやり方は「アフガンの農村ではごく普通のことだった」。「アフガン一般民衆にとって民主主義は聞いたこともない」ほど遠いことをアメリカは考慮しなかった。
アフガン民主化といった「大それた夢」をもたず、オサマらだけに「的を絞る作戦に特化していればよかった」というのが著者の結論である。
( → 書評:アフガン・対テロ戦争の研究 | 朝日新聞社の書評サイト )
イスラム社会と民主主義がまったく水と油みたいな関係だということは、前にも述べた。
→ イスラム移民との共存は可能か?: Open ブログ
にもかかわらず、欧米社会は、自らの信じる民主主義を絶対的な善だと信奉した。
そのあげく、子ブッシュは、フセインの人権侵害や虐殺を問題視して、イラクに侵攻した。しかしそのブッシュ
《 撤退中のイラク兵を狙い民間人もろとも集中爆撃 》
「撤退しているイラク軍兵士たちを虐殺したことは、民間人および戦闘行為から離脱した戦闘員や捕虜の保護するために結ばれた1949年のジュネーブ条約に違反している。イラク軍は……ただ撤退して、家に帰ろうとしていただけだ。このような状況で、ただ国に帰ろうとしている兵士を攻撃するのは戦争犯罪だ」
ブッシュと米軍は、ただひたすらできるだけ多くのイラク人を殺すという暴挙に出たのだ。
米中央軍の最高司令官は、ブッシュ陣営からひとりもクウェートから出すなという命令を受けていた。
( → カラパイア )
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結局、こういう滅茶苦茶が、中東の秩序を破壊し、世界の秩序を破壊した。その連鎖が、米国ではイスラム系のテロとなって現れ、欧州では難民問題という形で英国のEU離脱問題に発展した。自分のもたらした中東の滅茶苦茶が、自分自身の国内で滅茶苦茶をもたらしている。自業自得というべきか。
こういう根源を理解しないと、いつまでたっても、イスラムのテロもなくなりそうにない。
[ 付記 ]
子ブッシュがイラクを攻撃したのは、正当な理由があったからではない。9.11 テロのあとで、「とにかくイスラム社会に反撃しなくては」という思いで、ろくに相手も定めず、適当に見つくろって、イラクを攻撃しただけだ。
父ブッシュのときなら、イラクはクウェートを侵略したので、まだしも名分はあった。しかし子ブッシュの場合には、イラクはクウェートを侵略したわけではないし、大量破壊兵器をつくっていたわけでもない。なのに「大量破壊兵器をつくっていた」という証拠を捏造して、国家を戦争に導いた。
STAP なんかとは桁違いの、史上最大の捏造と言えそうだ。
【 関連項目 】
7年前に書いた、次の項目も参考になる。
→ 「テロとの戦い」の真相: nando ブログ (2009年04月21日)
・ 朝日の書評の箇所
・ 最後の [ 付記 ] の箇所。
タイムスタンプは 下記 ↓
比喩で言うと、「手を上げろ。武器を捨てろ」と言ったあとで、武器を捨てて手を上げた相手を虐殺するようなもの。
その良し悪しもわからない?
比喩的に言えば、日本が 1945年に降伏して武装解除したあとで、日本が米国に皆殺しにされるようなものだ。
停戦が結ばれたのは3月になってからだ
> 2月23日から陸上部隊による進攻が始まった。多国籍軍はこれに圧倒的勝利をおさめ、クウェートを解放した。陸上戦開始から100時間後、多国籍軍は戦闘行動を停止し、停戦を宣言した。
http://j.mp/29awvoQ
参考
> 湾岸戦争中の1991年2月26日から27日に掛けての夜間に、撤退するイラク軍がアメリカ軍の航空機に攻撃された
http://j.mp/29jNJV2
http://nyti.ms/29C2tva
たとえると、「2月に雨が降った」と私が書いたら、あなたが「3月に雨が降ったんだ。そんなことも知らないのか」と文句を言っている状態。トンチンカンも極まれり。
自分が引いてるページも読めないのか
思いっきり関係があるじゃない
そちらも認識しているからコメントで停戦だと主張してきただろ
自分のコメントくらい読み返せば?
まあ、あなたの目的が、事実や真実を示す(伝達する)ことではなくて、ただの罵詈雑言だけだ、ということはわかった。
良い開設
>そのあげく、子ブッシュは、フセインの人権侵害や虐殺を問題視して、イラクに侵攻した。しかしそのブッシュ自身が、不正をはるかに上回る虐殺をした。
>《 撤退中のイラク兵を狙い民間人もろとも集中爆撃 》
付記で書かれているように、湾岸戦争は父親の時期の出来事
そしてカラパイアの記事も湾岸戦争で、当然父親の話
カラパイア記事には湾岸戦争、父親、クウェートなどの語句が記されてる
この記事をイラク戦争と勘違いすることは普通では考えられないです
もしかして父親と子それぞれの任期中の出来事を混同している?