デマの時代の民主主義
当たり前すぎることもしつこく言わなくてはいけない、デマの時代の民主主義においては、「ルクソール事件」について再確認しましょう。
1997年11月17日、エジプトのルクソールのハトシェプスト女王葬祭殿で、「イスラーム集団」が観光客を襲い、58名の外国人を殺害した。そのうち10人は日本人だった。
なお、エジプト人で殺害されたのは4名のみ。
遺跡の閉ざされた敷地で、丸腰の外国人を追い詰め、順に殺害し、刃物で切り裂いた。「日本人である」ことなどもちろん助かる理由にはならなかった。日本人の旅行者の多くは、新婚旅行中のカップルだった。命乞いをする観光客たちを無慈悲にいたぶって殺害していった様子が伝わる。
いうまでもなく、ルクソール事件は、9・11テロよりも、イラク戦争よりも、自衛隊派遣よりも、「イスラーム国」への対峙よりも、前のである。とっくの昔に日本人はジハード主義のテロの対象になっていた。
当時、非常に大きく報じられたはずである。ただし、事件の意味については、適切に解説されなかったと記憶している。
「かつてアラブ人(あるいはイスラーム教徒、等々)は親日であり、日本の何らかの政策によってテロの対象になった」などという言説は、基礎的な情報を踏まえずに行われているものであり、考慮に値しない。
しかし「値しない」と言って放置していると、ある時に熱に浮かされて、社会が誤った選択をしてしまうかもしれない。
デマの時代の民主主義とは、このように、最低限の情報も踏まえずに嘘を言い切る、不満を募らせた(小)エリートたちが、社会を奈落の底に導く危険を、常に秘めている。
編集部より:この記事は、池内恵氏のFacebook投稿 2016年7月3日の記事を転載させていただきました。転載を快諾された池内氏に御礼申し上げます。
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