「利用者がまず何をほしいと思っているのかから始めた」「モバイルファーストで考えた」。
普段筆者はITサービスやそれを手がけるベンチャー企業を取材することが多く、上記のような言葉をよく聞く。
一方、これを誰が話したかを聞くと、少し見方が変わってくるかもしれない。上記の言葉は、6月24日に日経FinTech(フィンテック)が開催した「Nikkei FinTech Conference 2016」で登壇したふくおかフィナンシャルグループ 営業企画部 部長代理兼iBankマーケティング社長の永吉健一氏が発した言葉だ。
これを聞いた時、ちょっと驚いてしまった。フィンテックとは、「Finance(ファイナンス)」と「Technology(テクノロジー)」を合わせた造語で、簡単に言えば、預貯金や融資といった銀行、保険、投資などの世界をテクノロジーでより使いやすく便利なものにするといった流れを指して使う。
2015年頃からにわかに流行となり、2015年末には日経ビジネスでもフィンテックの特集を組んだ。そのとき取り上げた企業は、ほとんどが「銀行以外」の企業。ヤフー、米アマゾン・ドット・コムといったEC大手、Makuake(マクアケ)といったクラウドファンディングベンチャー、クラウド会計など、すべて銀行の外側で起きていることがほとんどだった。
銀行はといえば、マネーフォワードといった一部のベンチャー企業と提携するにとどまり、自ら手を動かして利用者へ新しいサービスを届けようとしているところはほぼ皆無だった。
銀行は「ドアノック」を待っているだけ
そもそも銀行は、これまで「個人」の顧客と向き合ってこなかった業種だ。当時取材をしたメガバンク出身の小村充広ジャパンネット銀行社長はそうした状況をこう嘆いた。「銀行は、店舗に来る顧客の内5%とか10%を“大切なお客様”という風に考えている節がある。よく僕は“2階のお客様”というのですが、大きな銀行になると1階に個人の利用者が使うATMや窓口があり、2階には大口のお客様に対応する窓口があります。大手銀行はこの“2階のお客様”をメインにした商売をやってきました。1日平均1000人程度来店したとしたら、そのうちの50人とか100人のことしか実質的に見ていない」(参考記事:フィンテックは目的ではなく、手段に過ぎない)。長い歴史と風習がある銀行は、テクノロジーを使って、より多くの「個人」に便利なサービスを届けよう、ということ自体がなかなかに難しいとされてきた。
また、ある投資家は、先日銀行幹部との会話を聞いて驚いたと吐露する。「『フィンテック、やろうと思っています』と言いながら『でも誰も話しに来てくれないんですよね』という感じなんです」。つまり、銀行側はやらなくてはと思いながら、「ドアがノックされるのを待っている」というケースが少なくないというのだ。
ほかにもよく聞くのは、「上から『何でもいいから“フィンテック”をやれ』と言われてしまって……」と部長クラスが悩むケース。とにもかくにも、当時取材した限り、銀行主導でのフィンテックは、どうも進みそうにないと思わざるを得なかった。