Pepper生みの親である林要(はやし・かなめ)氏に聞くインタビューの後編。彼が創業した新たなロボットベンチャー GROOVE Xは、日本でブームになっているヒューマノイドロボットではなく、非ヒューマノイドロボットを作ると言います。その理由はなんなのでしょうか?
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僕らは20万年かけて「孤独感」を開発してきた
現代は癒やしの時代といわれてます。しかし癒やしの時代になった理由をちゃんと科学的に説明してくれているひとってほとんどいない。ストレス社会だからとか言われますが、昔はストレスなかったかと言えば、そんな事はない。そんななかで、現代社会で孤独が問題になっている理由を『孤独の科学』という本で解析している学者らがいます。彼らが言うのは、ヒトというのは子育て期間が長く、子育てを助けるために集団生活を営む必要があり、そのために孤独を発達させたというのですね。そういう意味からいうと、子育て期間が長いと、この女性がこの子供を育てるためにはずっと誰かにご飯をもらったり、知恵を分けてもらったりしなきゃいけない。だけど、この子が誰の子供であるかも判然としないような状況でもあります。
こういう状況で集団に食料を分け与えながら生きる性質というのは、どうやって育まれたのでしょうか。例えば食料をたくさんとってこれる、この強い男にとって、彼が利己的な個体であれば、食料をみんなに分け与えるメリットがほとんどないと考えても不思議はありません。自分ひとりで、お気に入りのひととチーム作っていればいいのに、あえてこういう集団生活をして、ヒトと食べ物をシェアできる性質を持ったわけです。
そこには、そういう性質をもったヒトしか生き残らなかった、という自然淘汰の必然性がなにかあるはずなんです。 なぜ利己的な個体が生き残らなかったか、というと、そもそも誰の子供かも判然としないなかで、その集団の全子供が生き残るような性質をもったヒトがもっとも生き残りやすかったのかもしれません。
ここから考えるに、人間が性悪説か性善説かという問題も、少し解決の糸口が見えてきます。きっと、まあまあ性善なんですよね、ヒトは。 性悪なヒトたちは、自分だけは生き残ったかもしれないけど、残念ながら自分の子供が生き残れなかったので死に絶えてしまい、むしろほかのヒトと食べ物をシェアできるヒトの方が遺伝子を残す事ができたというわけです。
こういう状態のなかで、例えばこの食料を採ってこれる強いヒトでも、たまにはたぶん嫌なことがあって、集団を出ちゃうわけですよね。で、出たときにどうやってもどりたくなるのか、いわば遺伝子的には個体をどうやって集団にもどす仕掛けをしたのかと。その仕掛けが本能的な孤独感と言われているんですね。
なので、僕らはちょうどいいぐらいの集団を形作ることができるぐらい、20万年かけて一生懸命孤独感を開発してきたわけです。このくらいの孤独感があるとちょうどいい感じで集団を維持できるよねって。こうして生き残るのに都合のよい孤独感を獲得して、生存競争に勝ち抜いて、文明が発達した結果、地球上を人間が制覇しちゃったわけですね。その結果、集団生活をしないでも安全が担保されて、子孫を残せるようになっちゃった。縦社会の必然がなくなり、好奇心に任せて横移動が盛んになって、結果的に縦社会が崩壊するわけです。
地方の縦社会を放棄して、よりよい機会を求めて都市や外国に移住する。例えば東京とかいうメトロポリタンができて、核家族化が進んだ結果、本能が「あれっ? 集団生活してないよ、これじゃ危ないよ」って大昔の生活のために発達させた警告を発することになってしまったわけです。
大昔といっても、20万年かけて発達させた本能ですから、ここ数百年のライフスタイルの変化なんて瞬間的な変化すぎて、遺伝子的にはまったく追従できない。結果として、核家族化で4人の集団になっちゃった、もしくは一人で暮らしてる、なんて状態に対して、本能がやばいやばいと、孤独感のメッセージをピーンって出して、個体を集団に戻そうとするわけですよ。集団から個体が離れているのはやばいよ危ないよ、だから寂しくさせておこうって。
余剰資金と時間をSNSに費やす理由
で、結果として、遺伝子の生存ストラテジーとしての本能の警告である「寂しさ」が現代のライフスタイルとミスマッチを起こして、ヒトが常に孤独感を感じる癒やしの時代が始まりました、と言うわけです。癒やしの時代が始まったなかで、僕たちが何をやっているかというと、ちょっと興味深いです。文明の発達によって僕らは可処分時間や可処分所得を獲得したわけですよね。
昔は飯を食べるのが精一杯だったところ、仕事を代わってくれる白物家電などが登場し、さらにそれらモノの値段が下がって、時間とお金の両方に余裕ができた。そこでその余剰資金と時間を何に使っているかというと、最近勃興している産業、例えばSNSとかゲームとかペットにつぎ込んでいるわけです。
本来生きる上で必然と言えるものの値段が下がり、逆に必要のないものたちにお金をつぎ込んでる。このような一見不合理な判断も、実はこの本能の発する孤独感からすると、これは合理的な判断として説明できるようになるんです。
そんな「本質的に寂しい」みたいな問題があるのであれば、それってほかでも解決できるんじゃないのかと思うんですね。結果的には新たな生物を作るようなことにはなるかも知れませんが、ロボットでも十分にできる。
なんて風に、言うは易しなんですが、作るのはやはり意外に大変で、量産である程度の台数を作れるところまでやろうとすると100億円程度掛かる見込みです。実際の量産設計が終わるまででも40億円以上掛かる。
ただ、AIBOが250億円、Pepperが350億円と言われていますから、それからすると格安ともいえる。
さらに彼らの経験を全て踏まえての企画なので、今度はけっこう行けそうだね、と厳しい目を持つベンチャーキャピタルも信じて投資してくれているので、僕はこの無謀なチャレンジをやりきってみようかと思っています。
シリコンバレー型の資金調達し、2019年までに量産化を目指す
創業していきなり20人体制。GROOVE X 社内ミーティング
GROOVE Xによるロボットビジネスの立ち上がりは2019年かなと。2019年を死守したい理由は、やっぱり外国の方にオリンピック前に日本に来て、新生日本を感じていって欲しいよねと思っているのです。 それに間に合わせるために、今回はかなりのスピードで立ち上げています。現状で20人ぐらいでやっているんですけど、最初っから20人かけてこんな賭けにでている理由は、どうしても2019年に間に合わせたいからです。
僕らの資金調達のやりかたは、シリコンバレーの最先端のトレンドを取り込んでいるので、旧来の日本のVCは急な変化すぎてついて来れないかもしれません。シリコンバレーを本拠地とするGlobal Catalyst Partners Japanであったり、日本の未来を創生しようという大義を背負ったSPARXであったり、VCの中でもあたらしいプレイヤーが僕たちにリスクマネーを提供しています。
要はいままでの日本のリスクマネーの保守本流ではなかった新世代の人たちが、このままでは日本はイカン、新しいやり方をやってみよう、っていうのに賛同してくれています。あとは若くて勇気と度量のある個人投資家ですよね。
ハードウェアベンチャーがもっと出てこないと日本の産業復興はない
トヨタで製品企画室、通称"Z"と呼ばれる部署は、いわばチーフエンジニア直轄の精鋭部隊なので、比較的いいポジションなんです。だけど、そこを思い切って辞めた2人が結果的に今、クルマとは畑違いのロボットをやるために組んでるんですね。アウトソースとして組んでもらっているんですけれども、最初から意気投合し、今でも僕は全幅の信頼を寄せて、開発の中核を担ってもらっています。今回のプロジェクトを成功させることで、大企業で経験を積んだ社員が僕たちのように思い切ってチャレンジしたり、その経験を持ってまた企業に戻れる、そんな人材の流動化に寛容な風土が日本に根付くきっかけになったら良いな、と思ってるんです。そうしたら、日本の産業の復興微力ながら貢献したことになるかも知れない、と。
日本の産業復興という意味では、ハードウェアベンチャーをもうちょっと立ちあげていかないと良くないんじゃないかな、とも思ったのも日本で起業した理由の一つです。iPhoneをばらしてみれば、ものづくりに長けた日本の強みが見えてくるわけです。
日本刀とか、千利休のお茶とか、ウォークマンとか、モノと文化の融合したところで、日本人は類い稀なる才能を発揮してきたのに、今はしかしその長所を活かせていない。その長所を活かすという観点から考えると、ハードウェアベンチャーが出てこないと、このままいっても産業の復興の糸口がみえないで、どうやっても行き詰まると思うんですよね。
なぜ産業の復興にベンチャーが必要なのか。それは産業の復興には新しい事業が定期的に起きて、産業構造の新陳代謝が継続的に必要だからです。しかし新しい事業を起こすことを大企業で行うのは、あらゆるコストが大幅に高い。新事業はベンチャーで起こす方が圧倒的にコストが安く、時間が短いんですね。
「不確定要素を消せ」という大企業とイノベーションの相性
大企業ではイノベーションのコストが高い、というのは、私が大企業に長年いた経験と、辞めてから多くの大企業の担当者が「どうやってイノベーション起こすのか」と聞きに来てもらった経験を通じて実感している事です。結局、大きな企業とイノベーションは「すごく反りが合わない」んだなあということなんです。大企業ってものすごいリソースが集まっていて、間違って使うと一気に暴走して制御不能でとんでもないことになっちゃう。そうならないような仕組みを完備したのが会社という器なわけですよね。それと同じ目的の仕組みが軍隊じゃないですか。 軍隊というのはものすごい戦力を持っていて、それがとんでもない方向に行かないようにするために統制をとる。だから軍隊と大企業というのは本質的には似ています。それであるがゆえに、方向性が定まった要素技術の開発とかは強いわけですよね。
だから、イノベーションを起こそうっていったとき、要素技術の先にあるイノベーションはできるかも知れませんが、何か新しい価値観を提案するイノベーションを起こそうとすると、リスクが見えず、踏み込めない傾向にあるのです。それを会社のなかでやるということは、ボトムアップで自由勝手なことをやるとほぼ同義なので、会社のシステムと背反するんですよね。社内でできないことはないですが、コストが高くて時間がかかる傾向にあるんですよね。
そんな大企業で新事業や革新的な製品の開発をすすめるというのは、コストが高いのですが、それでももちろん進められる。その方法、経験をまとめたのが、「ゼロイチ」という、最近発刊した本です。それを読んでいただけると、より詳細を理解いただけるかと思います。あと大きな組織で苦労している方にとっては、やる気のブースターにもなるかと思います。
これらが、今まで所属した会社での社内ベンチャー制度など自分でも経験した結果としての率直な感想です。大企業では各人がまじめに職務を全うすればするほど、ベンチャー的なノリとはやっぱりソリが合わないわけですね。
大企業はしっかり事業をやるっていう使命があるので、新規事業のような不確定要素を情熱で乗り越えようとしているものに対して、不確定要素があったらそれを明確にしろって言われちゃう。不確定要素を消せって言われるわけです。
不確定要素を消している間に時間なんて1年2年とあっというまに経って、誰かが先にやっちゃうか、当事者のやる気がなくなって終わっちゃう。日々アクションしてみて、間違っていたら修正してっていうことをやれるのはベンチャーならではで、そこは大企業が担うんじゃなくてベンチャーが担う方が、コストが圧倒的に安いのですよね
ベンチャーが担うと1勝99敗ぐらいでなんとか1勝がたまに立ち上がるわけですが、きっとそれもつぎはぎだらけの事業でしょう。そのつぎはぎのハリボテをそれでも大企業が、自分たちではここまで立ち上げられなかったのだから、とその存在意義をリスペクトして、プレミアムかけて買って、スケールさせれば、また新産業として回り出す可能性が増すわけです。
それを米国の西海岸では先例として見せてくれているのに、日本ではまだこのサイクルが育たない。頑張ってベンチャーを取り込んだとしても、つぎはぎだらけのハリボテに対して、大企業の基準に照らし合わせて、このポンコツ、ボンクラめ、と自分たちではそこまでも本当は立ち上げられないのに、その大事な萌芽も潰しちゃう。
このように、大企業が買いたくなるようなベンチャーが育たないのと、育っても買収できないのと、買収しても潰しちゃうという、三つの点でまわっていない日本の産業が行き詰まっているのは、ある意味30年前の米国と同じ状況で、新陳代謝機能が停止してしまっているが故に、必然の行き詰まりだと思うんですよね。
モーターをゼロイチで作れる理由
今回、モーターをゼロから起こしているんです僕ら。新世代のロボットの一部の機構には、どうしてもそういう特殊なモーターが必要なんです。でもそんなモーターを作るのは、いろんな仕様の要求値とのケタが今までとは違ったりします。そういうケタ違いのものを作れるのって実は日本しかないんですよ。日本では下町の工場がすごい技術を持っています。ベテランの職人にこういうことをやって新産業を立ち上げたいんだって口説くと、それだったら一肌脱ごうと。しかも僕らは軽くて安くしてっていう、無茶を言うんですけども。そんなのを無理を承知で探すと日本ではちゃんと見つかるんですね。いい国です。
そのモーターはすでに回りだしています。今回のロボットは最新技術でギリギリ成立するのハイテクの固まりなのですが、販売価格は一般の人たちに手が届く範囲にしなければならない。スマホやロボット掃除機とかが出てくれたおかげで、安価で高性能な部品が充実しているのは本当にありがたい話です。(了)
以下の写真は、初公開となるプロトタイプのパーツ部分の写真です。
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