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第百七十二話「腹を決める」
例の指輪でオルステッドを呼び出した所、翌日には郊外の小屋に来るようにと手紙がきた。
案外、近くにいたらしい。
なら、直接声を掛けてくれればいいのに……。
ともあれ、俺は言われるがまま郊外の小屋へと赴いた。
オルステッドは、腕を組み、眠っているかのようなポーズで待ち構えていた。
まさに『待つ』という言葉を体現したかのような待機ポーズだった。
なんだか、待たせてしまったのが申し訳ない気分になる。
「遅くなりました」
「いや、今きた所だ」
そんな付き合い始めたばかりのカップルみたいな挨拶をしつつ。
俺は彼に挨拶をした後、この一週間のことを伝えた。
まずは、守護魔獣になったレオの事。
これについては問題ないらしい。
むしろ、そんな大物が出て来るとは、と驚かれた。
聖獣が召喚されたのであれば、家族の安全は保障されたようなものである、と太鼓判を押してくれた。
それほどまでに、聖獣というのは大きな存在であるらしい。
ぽつりと小さな声で「やはりロキシーの子供は特別か」とつぶやいていたのが印象的だった。
自分の子供が特別であると知らされると、少しニヤけてしまう。
それから、クリフに解呪を試してもらうということ。
これに関しても、オルステッドは受け入れてくれた。
何日かに一度、クリフがこの小屋にきて、オルステッドの呪い用の魔道具を開発する。
その成果が出るかは分からないが、呪いが今のままであるうちは、「俺はオルステッドに家族を人質に取られて無理やり従わされている」というポーズを取ることを話しておいた。
オルステッドは表情を変えなかったが「そうか」と一言頷いて、了承してくれた。
十日間、アリエルらに接触しなかった事については、少々お叱りを受けた。
エリスとレオが心配だった、タイミングを見てギレーヌを紹介するのを口実に接触するつもりだった、と言っても言い訳にしかならない。
一ヶ月の猶予があると見て、軽く見ていた。
怠慢だったと認めよう。
俺がそんな怠慢をしている間に、オルステッドはペルギウスと一度顔を合わせていたらしい。
アリエルを王にするために協力を要請するも、断られたそうだ。
頑とした態度で、アリエルが王としてふさわしいと見極めるまで、我は動かんと言い放ったのだとか。
すごいな、ペルギウス様。
オルステッドにかなりビビっていたはずなのに、はっきりと拒絶するとは。
ちょっと憧れる。
さて、それは置いといて。
一応ながらルークが我が家にきて、接触を図っていた、という話もした。
ルークが協力を要請してきたこと。
ルークがヒトガミの使徒である可能性。
アリエルに協力することへの不安。
その三つについての考察を述べ、これからの行動に変更はあるかと聞くと、オルステッドは毅然として答えた。
「アリエルを王にする方針に変更は無い」
アリエルを王につかせる事がヒトガミの思惑通りである、という説は否定された。
アリエルを王にすることは、オルステッドにとって大事な事であるらしい。
だが、ルークの処遇に関しては、オルステッドはやや考えた。
数分ほど考えた上で、ぽつりと言った。
「ルークは、殺すか……」
ギョっとした。
唐突につぶやかれた言葉は物騒すぎた。
「殺すんですか?」
「……」
オルステッドは、怖い顔をしている。
いや、怖くない。
デフォルトのツラだ。
その顔のまま、考えこむように顎を引いて、テーブルの一点を睨みつけている。
…………怖い。
「ヒトガミの使徒は、何をしでかすかわからん。殺しておいた方が後々の禍根にならん」
「……そう、ですか」
ルークを殺す。
その事に関して、俺は覚悟していたはずなのに、少し不安感を覚えた。
あんなに、必死にアリエルのことを考えていたルークを殺す。
俺は、なんだかんだ言って、この世界で人を殺していない。
間接的に誰かが死んだことはあるだろうが、俺は誰も手にかけていない。
その最初の相手がルークになる。
初の殺人が知りあいになる。
そう考えると、なんとも言えない気分になる。
だが、それと同時に、「まあ、それも仕方がないか」という気持ちもあった、
俺の敵になり、最終的に危険となるのなら、殺した方がいい。
一時の情に流されて、窮地に陥るわけにはいかない。
そういった気持ちだ。
でも、仕方がないで人を殺してもいいものだろうか。
俺は殺人に対して道徳的な事を言うつもりはない。
けれども、やはり抵抗はある。
俺は、思った以上に人殺しに対して、忌避感を覚えるタイプなのだ。
「でも、まだ、ヒトガミの使徒と決まったわけではありませんよね?」
それは希望のような言葉だったが、オルステッドは首をふる。
「いや、このタイミングで声を掛けてきたのであれば、間違いあるまい」
「タイミングというと?」
そう聞くと、オルステッドは深く頷いた。
「ペルギウスとの交渉が完全に決裂したわけでもなく、
国王が病気であるという知らせが届いたわけでもない。
そんな状況で、お前に声を掛けたのだ。
ヒトガミの思惑が透けて見える」
最後の言葉を発したオルステッドの声音は、実に憎々しげだった。
やはり、オルステッドはヒトガミを憎悪しているのだ。
「……だったらどうして、アリエルに協力するようにと言ったんでしょうか。むしろ逆では? アリエルを王にさせたくないなら、俺は遠ざけておいた方がいいはず」
「アスラ王国の誰かを操り、罠に落とすのが目的だろう。今のヒトガミにはお前の姿が見えん。ゆえに、ルークを用いたのだ。さながら、壁越しに音を聞くように、お前の行動を監視するつもりだろう」
「ルークは監視役ですか」
「監視役では済まない可能性もある。道中で何かをされるリスクを考えるなら、ルークは消しておいた方がいい」
俺の行動や言動から、オルステッドの狙いを知られる可能性。
それを考慮すれば、確かに監視役なんてものはいない方がいい。
ルークにだけ必要なことを隠しつつ、アリエルたちを誘導するのは難しいだろうからな。
「でも、ルークを殺して……例えばアリエル様や他の人物に影響はありませんかね?」
「……どういう事だ?」
先日聞いた話を元に、考察を出してみる。
ルークを殺してしまう危険性についてだ。
「『デリック・レッドバッド』でしたか?
本来の歴史で宰相になるとかいう。
今は、そいつがいない。
だから、アリエルは、精神的にルークに頼っている可能性もあります」
ルークを殺せば、アリエルは一人だ。
まあ、従者やシルフィもいるが……。
やはりルークの占める割合は一番大きいように感じる。
恋とか愛とかではなく……言ってみれば、俺がクリフやザノバに向ける感情に近い。
何があっても絶対に裏切らない相手、ってやつだ。
「ヒトガミは、ルークが使徒だとバレるのは織り込み済み、あえて俺やオルステッド様にルークを殺そうとさせようとしているのかもしれません」
ルークが死ねば、アリエルがどうなるかはわからない。
人は弱い。
強そうに見えても、あっさりとダメになってしまう事もある。
俺は、そういった例は幾つも知っているつもりだ。
傀儡として操るのであれば、それでもいいだろうが……。
そう考えつつオルステッドの顔色を伺う。
彼は怖い顔のまま、さもありなんと頷いた。
「……その可能性もあるな。俺の知るアリエルも、ルークという男を重宝していた。奴がいなければ、アリエルは王として立ち行かぬかもしれん」
オルステッドは、アリエルが木偶人形になるのは困るらしい。
「ともあれ、しばらく、ルークは泳がせた方がいいかと思います」
もちろん、殺したくないって気持ちもある。
ルークはシルフィの親友でもあるし。
一応、俺の従兄弟でもある。
関わりは薄いが、死んでほしいと思える相手じゃない。
と、言葉にするとその程度だが、個人的な感情として、やはり人殺しを忌避する部分は強い。
それを汲み取ったのか、オルステッドは静かに答えてくれた。
「そうだな、そうしろ」
「はい」
結局、最後には殺すかもしれない。
殺せば、俺はシルフィに恨まれるだろうか。
離婚など迫られるのだろうか。
考えるだけで胃が痛む。
でも、どうしても殺さなければいけないとなれば……俺も覚悟を決めよう。
とりあえず、ルークの件はそれでいいとして。
「前にヒトガミは一度に多くの人間を操れない、とおっしゃいましたよね?」
聞きたい事をいくつか掘り下げておく。
「それは、最大何人ぐらいまで操れますかね?」
以前にもチラッとオルステッドが話していたが、ヒトガミは「そう多くの人数を同時に操れるわけではない」と言っていた。
それはつまり、同時に複数の人間を操れることを意味するのではないだろうか。
「確実ではないが、過去に三人の使徒と同時に戦った事がある。ゆえに、恐らく三人までだろう」
三人か。
意外と少ない。
「それ以上の人数を操れる、という可能性は?」
「俺を殺すのに、たった三人しか用意せず、その後は直接的な攻撃は無かった。ならば、三人までと考えた方がよかろう」
「誰と戦ったんですか?」
「剣神と、北神、そして魔王だったな」
オルステッドは、そんな彼らを返り討ちにした、と。
七大列強クラスが二人に、魔王。
それだけの戦力を集めても排除できないとなれば、ヒトガミも諦めるか……。
正直、そんなのを差し向けられたら俺に勝ち目は無いが……まあ、出来るならやってるか。
俺の時のように、長い時間を掛けて運命とやらを調整しなければいけないのだろう。
ヒトガミはピタゴラスイッチとか好きそうだ。
「なんで三人まで、なんでしょうね……」
「それが、奴の未来視能力の限界だからだ」
「つまり、三人の未来を同時に見ることができるけど、それ以上は無理と?」
「そうだ」
てことは、未来視を用いなければ、四人目を操る事もできるって事だろうか。
いや、未来視を使える人間が、それに頼らずに博打を打つとは思えない。
基本的には、三人以上は増えない、と見ていいだろう。
そう仮定して、今回の一件について照らし合わせてみよう。
「一人がルークだとすると、残りは二人ですね」
「三人同時に操るとは限らんがな」
「そうですね。でも、最低でも一人はアスラ王国にいる可能性が高いと思うのですが、どうでしょうか」
「どうしてそう思う?」
「ヒトガミが、アリエルを王にするのを嫌がるなら、アリエルと敵対している者と、アリエル側の人間とをそれぞれ操って、情報の横流しのようなものをした方が、得策でしょう?」
「ヒトガミはそんな真似をせずとも……いや、お前の行動を相手側に伝える事に意味はあるか」
オルステッドは一人で納得し、頷いた。
まあ、考えてみればヒトガミは人の心も読めるし、情報の横流しなんてする必要は無いのか。
俺のせいで不明瞭になったアリエルの動向だけを伝えるだけで、十分なのだ。
「まったく別の所で、何かをやっている可能性もありますがね。例えば、俺が出かけている時に家族を襲うとか」
「聖獣が守護魔獣となったのであれば、ヒトガミもおいそれと手は出せまい。かの獣には、それだけの力がある」
「アルマンフィ以上に?」
「ペルギウスの作った精霊などとは、比べ物にならん」
オネショする犬を見たばかりなので、イマイチ信じられん言葉だが……。
しかし、オルステッドが言うなら、きっと大丈夫なのだろう。
どうせ、確かめる術はない。
「ともあれ、お前の予想通り、ヒトガミの使徒、アスラ王国に一人はいるだろうな」
「それを見つけ出すのが、ヒトガミとの戦いの鍵、ですね」
「そうなる。最後の一人はわからん。あるいは、俺達の動向とはまったく別の件で動いているかもしれんが……警戒は怠るな」
ヒトガミとの戦いは、三人の使徒を見極め、それを倒しつつ、こちらの目的を達成する。
そんな事を繰り返す事になっていくのだろう。
今回の場合、目的はアリエルを王とすること。
一人目の使徒はルーク(可能性大)。
二人目、三人目は不明という所だ。
「確実に使徒ではない、といえる人物はいますか?」
ダメモトで、それも尋ねておく。
別に誰が使徒になっても、やることは変わらない。
それでも、ザノバやクリフが使徒になって、それを殺さなければならないとなると。
俺はどうしていいか、わからなくなってしまうだろう。
「お前の家族は大丈夫だ。その腕輪に加え、守護魔獣の影響下にある」
「クリフやザノバは……?」
「……奴らは可能性はある、注意しておけ」
マジかよ。
いやだな……。
「どうにかして、彼らを操られないようにする方法はありませんかね?」
「そんなものは無い。必要とあらば、ヒトガミと名乗る者からのお告げには従うなと忠告しておくのだな。無駄だと思うが……」
無駄か。そうか。
困ったな。
まあ、可能性の問題だ。
ヒトガミも、誰も彼もを操れるわけじゃない。
ザノバとクリフは対象外……そう祈ろう。ヒトガミ以外の神に。
「とりあえずは、アリエルを王にするため、ペルギウスに協力を要請する。という方針でいいんですね?」
「ああ。ヒトガミの使徒への警戒を怠るな」
「はい」
ひとまず、行動方針は変わらない。
今度こそ、アリエルに接触を図るとしよう。
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オルステッドは最後に、魔力付与品を貸与してくれた。
貸与である。
オルステッドはくれると言ったが、ここは備品として、貸与という形にしているのが望ましいという判断だ。
貸与されたのは、約束通りローブだった。
頼んでもいないのに、ネズミ色のローブだ。
今まで俺が身につけていたものより、やや灰色に近いか。
「そのローブは、1000年ほど前に大賢者ティティアナが使っていたものだ。
材質はデスアダーラットの外皮を用い、魔力の付与された糸で縫製されている。
かなりの魔術耐性に加え、高い防刃性を持っている。
また、長らく迷宮においてあったため魔力付与品化しており、
身に付ければ、着用者の体重は半減し、風のように動く事が可能になる。
闘気を纏えないお前には、ちょうど良かろう」
とは、オルステッドの説明である。
話を聞く限り、すさまじい一品に聞こえるのだが。
「気になるお値段の方は?」
「この数日の間に、龍族の貯蔵庫より持ってきた。
売れば、それなりにはなるだろうが……お前の身を守るものだ。身につけて使え」
釘を刺された。
龍族の貯蔵庫ってなんだろう。
こんなアイテムがゴロゴロしてるんだろうか……。
してるんだろうなぁ。
宝箱を蹴り開けられるブーツとか、隠し扉の見つかるラッパとか……。
ひとまず、このローブがあれば戦闘力は上昇だ。
魔導鎧に比べれば雲泥の差だろうが……。
足りない分は、知恵と勇気で補おう。
って、どっちも持ってないか……。
うん、がんばろう。
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その晩。
俺はシルフィを寝室へと呼んだ。
アリエルに協力するというのなら、まず彼女に話を通さなければいけない。
俺のまじめな表情を察したのか、シルフィは寝間着に着替えず、普段着のままで部屋にきた。
真面目な話をするのだから、それぐらいが丁度いいだろう。
「それでルディ。話って、何かな?」
シルフィは警戒色の強い表情で、そう聞いてきた。
「シルフィ。単刀直入に言うけど」
「うん」
「俺は、アリエル様を王にするための手伝いをすることになった」
その言葉で、シルフィは一瞬、訝しげな表情を作り。
次いで喜んで笑おうとして、再度、訝しげな表情に戻った。
「なった?」
「ああ」
「てことは、ルディの意思じゃない?」
「オルステッドの命令だ」
そういうと、シルフィの顔色が明らかに変わった。
やはり、オルステッドが、という点については言わない方がよかっただろうか。
いや、逆か、全て言っておくべきか。
場合によっては、ルークを殺す可能性についても。
だが、言うべきなのか?
可能性の段階で。
それを聞いて、シルフィはどう考える?
オルステッドはやっぱり敵だと認識するんじゃないのか?
逡巡する俺に、シルフィは言った。
「オルステッドは、どういった目的でアリエル様を王にしようって思ってるの? そんなことをして、オルステッドに利益はあるの?」
「俺を通じて、アスラ王国にツテが出来る。今は特に何をしてもらおうってつもりは無いみたいだけど、将来的に手伝ってほしい事があるらしい」
「でも、龍神だよ? 魔導鎧をきたルディをボコボコにできるような相手だよ? いくらアスラ王国が世界最高の国だからって、協力関係を結びたがるかな?」
「権力ってのは、腕力では解決できない事を解決できるからな。オルステッドだって欲しがるさ。いつか、使うためにね」
今回の一件は布石だ。
アリエルを王にしておくことが、百年先の未来へと生きてくる。
と、言っても説明は難しい。
オルステッドは大まかな歴史を知っている。
その歴史において、オルステッドがアリエルという存在をどう使うか、あるいはまったく使わないかは分からない。
少なくともヒトガミにとって、アリエルが王になるのは都合が悪いってのは、日記を見ればわかる。
それを阻止するのだ。
嫌がらせの側面が強いが、相手のやりたいことをさせないってのは戦いの常套手段だ。
オルステッドにとっては、大きな意味を持つだろう。
ただ、俺にとってはあまり意味はない。
アリエルが王になるのを手伝った場合、俺もアリエル派と認定されるのは間違いない。
そりゃもう、貴族同士のドロドロなアレに巻き込まれるだろう。
デメリットはある。
正直、俺は『アスラ王国とのパイプ』にデメリットに釣り合うほどの価値があるとも思ってない。
俺の個人的な感情としては、アリエルを手伝いたいとは思わない。
けど、今回はポジティブにいこう。
アリエルが王になって、アリエルは万歳。
親友が目的を達成して、シルフィも万歳。
ヒトガミの思惑を阻止できて、オルステッドも万歳。
シルフィは俺に惚れなおし、オルステッドは俺を使える奴だと確認する。
よし、メリットだらけだ。
「まあ、オルステッドが何かを企んでいたとしても、アリエルにとっては悪い話じゃないはずだ」
「うーん……まあ、そうだね。アスラ王国には悪い奴も多いし、悪い奴に悪い奴をぶつけるって考えれば、いい考えかもしれないね」
シルフィが辛辣だ。
彼女の目には、オルステッドがどう映っているのだろうか。
俺の目からもかなりの悪人面に見えるが、それ以上に補正がかかって見えるのだろうか。
出会い頭に相手を殺すような相手にでも見えるのだろうか。
まぁ、否定できないけど。
「オルステッドの協力を受け入れるかどうかはアリエル様が決めることだけど……」
シルフィはそう言いつつ、スッと目を細めた。
「ボクとしては、オルステッドが裏切らない保証がほしいね」
「保証か」
「そうだよ。ルディはなんでオルステッドが裏切らないと思ってるの?」
別に裏切らないと思っているわけじゃない。
実際、何か隠し事もしているみたいだしな。
でも、ヒトガミと比べれば信じられる。
呼べばすぐ来るしさ。
「裏切らないと思っているわけじゃない。
けど、オルステッドの対応は真摯だ。
俺が敵対せず、俺が有用であると示し続ければ、あいつは敵には回らないよ」
「そっか……」
シルフィは、まだ少し、不可解な顔をしていた。
「わかったよ。オルステッドが信じられるかどうかは、この際置いておくね」
「いいのか?」
「だって、今ここで問答してもしょうがないでしょ?
ルディは信じるって決めてるみたいだしさ」
「まあね」
「じゃあ、押し問答になるだけだよ」
シルフィはそう言って、深呼吸を一つついた。
背筋をピッと伸ばし、俺の目を見てくる。
「それより、これからの事を話し合った方がいい。ルディ……いや、オルステッドはどうやって、アリエル様を王にするつもりなの?」
キリッと。
普段俺の前ではあまり見せない、アリエルの護衛としての顔。
こういう顔をすると、彼女のボーイッシュな面が全面に押し出され、非常に凛々しくなる。
「ひとまず、ペルギウス様を説得するつもりだ」
「龍神と龍王だったら龍神、つまりオルステッドの方が上位だと思うんだけど、それでもペルギウス様を説得するの?」
「ペルギウス様は、アスラ王国への発言力も強いし、政治的な影響力もある。
対するオルステッドに、アスラ王国への影響力は無いからね」
とは、オルステッドからの受け売りである。
「でも、ペルギウス様はそう簡単には折れてくれないよ。
アリエル様が何を言っても聞いてくれないし、
ボクやルークが間に立って説得しても無駄だった」
「みたいだな」
ペルギウスは、オルステッドが頼んでも、素直にしたがってはくれなかったらしい。
わりとビビってたから、オルステッドが一言言えば十分かと思っていたが……やはり何か考えあってのことなのだろう。
「でも、ザノバはうまくペルギウス様に取り入ってるんだよね。ルディも結構気に入られてるみたいだし……。何が違うんだろう」
「違いと言えば、俺とザノバは王様を目指してないことぐらいかな」
「王様を目指すってのが、ペルギウス様の気に障っているのかな?」
それは、ちょっと視野狭窄すぎる考え方ではないだろうか。
でもペルギウスは「王」という存在に、一家言もってそうな感じではあった。
「ペルギウス様はアリエル様に協力するつもりなんて、最初から無いのかな?」
「いや、最初から協力するつもりが無いなら、ハッキリ断ってるはずだ。何か、アリエル様を試しているんだよ」
「そうかな……うーん」
シルフィは腕を組んで首をかしげてしまった。
「とにかく、近日中にアリエル様と話をさせてもらいたい。いいかな?」
「わかった、じゃあ、ボクがセッティングするよ。ルークにも言っとく……ボクとルークが相席する事になるけど、いいよね?」
「ああ、問題ない。ただ、オルステッドの事は伏せて、ルークとシルフィに説得されて協力するって形にしてもらっていいかな?」
「なんでオルステッドの事を隠すの? ルディはオルステッドの配下になったんだし、上の命令で動いてるって言えば、アリエル様も安心するかもしれないよ?」
龍神の後ろ盾。
……けど、ルークに、ヒトガミの使徒に必要以上の情報を与えたくないというのもある。
まだ、ルークがヒトガミの使徒と決まったわけじゃあないが。
「ヒトガミの手の者がどこで聞いてるか分からないから、オルステッドの目的とか指示は、出来る限りボカしていきたい」
「……オルステッドは、ヒトガミと戦ってるんだよね? ヒトガミって、そんなに悪い奴なの?」
「悪いかどうかはともかく、ロキシーを殺そうとして、シルフィも狙って、俺をオルステッドにぶつけて殺そうとした。敵だよ」
「えっ、ボクも狙われてたんだ……」
シルフィはそう言って、周囲を見渡した。
「今も?」
「どうかな、諦めてはいないと思うけど……」
「じゃあ、背中には気をつけるね」
「夜道にもな」
そう言うと、シルフィはくすりと笑った。
「この町で、夜にボクに襲いかかってくるのなんて、ルディぐらいだよ」
ははぁ、こいつは一本取られたな。
では、今晩あたりも遠慮なく襲いかからせてもらうとしよう。
こうして、シルフィと共に、アリエルと会う算段をつけた。
---
「……でさ」
しかし、話はまだ終わらなかった。
「アリエル様を手伝うっていうなら、ルディもアスラ王国に行くんだよね」
「まぁ、そうなるだろうな。説得だけして、はいさようならってわけにはいかんだろうし」
アスラ王国にいるであろう、ヒトガミの使徒も倒さなければいけない。
トリスティーナとかいう女を捜すのも、やらなきゃいけない。
と、確認するまでもなく、アスラ王国には行く。
「ボクも連れて行ってほしいんだ」
「……え?」
「ルディがボクに、ルーシーを見ててほしいって思ってる事は知ってるよ。
アリエル様とルークが、ボクはこのままシャリーアで幸せになってほしいって思ってる事も知ってる。
けどさ、やっぱりボクは、手伝いたいんだ。
今までずっと、アリエル様と一緒に、やってきたから」
シルフィはそう言って、俺の手を握った。
柔らかい手が、俺の手を包み込む。
ギュっと、強く握られた。
「お願いだよ、ルディ。ボクも連れて行ってください」
俺はシルフィの手を握り返した。
正直、シルフィには家にいてほしい。
俺のエゴだが、シルフィは安全な場所で、ルーシーの事を見ていてやってほしい。
女房は旦那の三歩後ろを歩いて、なんて考えを持っているわけではない。
けれども、シルフィはこう……うまくいえないが、危険な目に会ってほしくないと考えてしまっている。
でも、シルフィは、アリエルやルークと、何年も一緒にいた。
転移事件からこのかた、ずっとだ。
それこそ、俺にとってのエリスやルイジェルドだろう。
エリスは……とりあえず置いといて。
ルイジェルドがピンチになったら、俺は何があっても駆けつけるつもりだ。
ルイジェルドにはそれだけの恩がある。
家族の命と天秤にかけると迷うだろうが。
それでもルイジェルドを助ける事は、俺の中での優先順位として上位を占めている。
シルフィも、きっと、そうなんだろう。
家族はもちろん大事だし、ルーシーも育てないといけない、とは思っているはずだ。
でも、やっぱり友人のピンチとあれば、助けたい、尽力したいと思うのは当然だ。
「わかった。シルフィ、手伝ってくれ」
「……うん!」
シルフィはパッと顔をほころばせ、嬉しそうに頷いた。
そこで、ふと、ヒトガミの言った事を思い出した。
アスラ王国でシルフィが死ぬのが運命だという話だ。
まさかとは思うが、こうしてシルフィに手伝ってもらうのは、彼女の寿命を縮める事になったりするんじゃなかろうか。
……考えすぎだろうか。
歴史は変わっている。
あの日記のとおりになるとは限らない。
でも、やはり言っておかなければいけないだろう。
「……シルフィ」
「何?」
「ヒトガミは、姿を現さず、誰かを操って、俺やオルステッドを邪魔しようとしてくる」
「……ルディが、オルステッドと戦わされたみたいに?」
「ああ」
「じゃあ、その操られた奴にも気をつけないとね」
「…………うん。その、身近な相手が操られる事もあるらしいんだ」
「身近って、例えば?」
「ルークとか」
そう言うと、シルフィの顔色が険しくなった。
「……ルディ。それは無いよ。オルステッドがアリエル様を王にするために動いてくれるってことは、ヒトガミはアリエル様を王にさせないために動くって事だよね? つまり、ルークはアリエル様を王にさせないために行動する事になる。そんなのはありえない。ルークがアリエル様の敵に回ることは、絶対にありえない」
「でも、ヒトガミの口車に載せられているかもしれない。あいつは、そうやって人を陥れるんだ」
「……」
シルフィに睨まれた。
殺気すら混じっているのではないだろうか。
シルフィにこんな目を向けられたのは、初めてかもしれない。
「もし、ルークが自分を失ってアリエル様を害するなら……ボクはルークを殺すよ」
シルフィは、強い口調でそう言った。
殺すと言った。
シルフィを怖いと思ったのは、初めてだ。
「ルークだって、ボクだって、アリエル様を裏切っていいなんて思ってない。もし誰かに誑かされてアリエル様を裏切るなら……死んだ方がマシだよ」
けれど、俺もシルフィがそう言う気持ちはわかる。
もし俺が、本気でルイジェルドを害しようとしたら、エリスだって俺の敵に回るかもしれない。
それと同じことだ。
「そっか……ごめん。変なこと言って」
「ううん。ルディが謝る必要はないよ。ルディはちゃんと警戒しろって、ボクに忠告をくれたんだからね……」
シルフィは静かに笑いながら、そう言った。
その笑顔を見て、なぜか俺の中で、ふと腹が据わった。
もし、ルークを殺さなければならない時が来るとしたら……。
その時は、シルフィにやらせちゃいけない。
俺がやろう。
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