『闇経済の怪物たち グレービジネスでボロ儲けする人々 (光文社新書)』(光文社)

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 6月は、夏のボーナスが支給され、懐があたたまる時期。けれども、給料2カ月分なんていう額面は夢のまた夢。雀の涙ほどの支給額を見て「どこかにおいしい仕事はないだろうか……」とため息をつく人も少なくないだろう。

 ヤクザを中心に裏社会を描いてきたノンフィクション作家・溝口敦の新著『闇経済の怪物たち グレービジネスでボロ儲けする人々』(光文社新書)は、適法すれすれで金を稼ぐグレービジネスの「勝者」たちに迫った著作だ。ホワイトでもなく、ブラックでもなく、「グレー」というすき間で金を得る人々の姿から、いったい何が見えてくるのだろうか? 本書の内容を見てみよう。

 出会い系サイトの主宰者P氏は、オモテの稼業として広告代理店を営んでいる。社員100人のオフィスを構え、それなりに利益をあげているP氏はホワイトな世界でも成功を収めている人物。しかし、P氏が「ウラ」として営む出会い系サイトは、数あるサイトの中でも1、2を争う収益を上げているのだ。

 そもそも、彼は出会い系サイトを手掛けるつもりなどまったくなかった。オモテの元社員が開発した出会い系サイト専用のシステムを「退職祝い」として偶然購入したP氏。このシステムは、サクラを雇い荒稼ぎをする出会い系サイトのビジネスモデルとは一線を画し、システムによる自動書き込み、自動配信だけでユーザーとやり取りを行うものだった。このシステムを導入し、サイトを立ち上げると、もくろみ通り人件費がほとんどかからずにサイトの運営に成功。今では、月に1億5,000万円もの売上を獲得し、利益は2,000万円以上。その“すべて”が懐に入るようになっている。

 そう、P氏の「グレー」たるゆえんはここからだ。

 P氏の運営する出会い系サイトでは、税金を1円も支払っていない。警察や税務署に睨まれないように、ダミー会社を仕立て、別会社として法人登記。さらに、会社所在地とは別のところに事務所を構えたり、従業員への給与も手渡しと、会社経営の流れを不透明にすることによって、当局からその姿を徹底的に隠しているのだ。かつて、出会い系サイト運営という疑いから、調査に入られたことはあったものの、税務署側は疑惑を立証することができず10万円程度の「お土産」で帰ってもらったという。

「性格的にビビリ屋だから、それが税務署対策、警察対策に役立った」というP氏。念には念を入れた対策を講じて、グレービジネスは成功を収めたのだ。

 また、2014年まで「日本の危険ドラッグ業界の半分を仕切っている男」と評されていたK氏は、酒もタバコも、覚せい剤にも興味がなく、風体も普通の人物。しかし、サブカルチャー的な興味からハッキングに手を出し、続いて独学で薬学の知識を身に付けることで、危険ドラッグ界の最重要人物にまでのし上がった。

 10年に流行した脱法ハーブ「スパイス」をきっかけにして、その世界のおもしろさにのめり込んだK氏。独自の研究の結果、「スパイス」の中心物質が「JWH-108」であることを突き止めた彼は、この物質の製造を中国の工場に発注し、通信販売を始めた。最初の1カ月こそさっぱり売れなかったものの、その「効果」の大きさが口コミで広がり、飛ぶように売れていった。

 それまで、危険ドラッグの業者にはヤミ金出身者が多く、薬学についての知識は誰も持っていなかった。一方、猛勉強によって「化学式を見ただけで、これはドラッグとして人体にどう働くか、おおよそ見当がつく」までに知識を蓄えたK氏の作るドラッグは圧倒的なクオリティを誇った。「危険ドラッグに愛を感じていた」という彼の作った会社は、最盛期には月商1億円を売上げたが、金よりも自分の作った商品が業界を席巻するほうが快感だったという。

 しかし、13年ごろから徐々に危険ドラッグに対する締め付けが厳しくなっていく。K氏はニュージーランドをモデルにした検査認証機関の設立、自主検査の徹底による危険ドラッグ業界存続を厚労省に働きかけたものの、残念ながらそれが奏功することはなかった。そして、社会の厳しい目から、ますますブラック化していく危険ドラッグ業界に見切りをつけ、あっさりとその業界から引退してしまった。

 彼にとって危険ドラッグの魅力は金や反社会的なスリルではなく、単純な「おもしろさ」だった。その証拠に、税務署に財務資料の提出を求められたところ、K氏の作った完璧な書類に「これほどキッチリした財務資料を作ったのは業界でも初めてだ」と驚かれたという。

 危険ドラッグから足を洗った今、K氏は他の「おもしろいこと」を探している。

 上記の他にデリヘル、闇カジノディーラー、「裏」情報サイトの運営者など数々の人々を取り上げた本書を読めば、グレービジネスといっても、濡れ手で粟の楽な商売ではないことがわかるだろう。むしろ、ホワイトな業界以上に真摯に、丁寧な仕事を実践しており、その経営者本人は「ブラック」な人ではないこともしばしばだ。「オモテもグレーも同じように経営努力しているのであり、職種は違うものの、両者の間にさほど隔たりがあるとは思えない。ましてグレーは新規ビジネスに対する着眼と企画の点でオモテの発想の限界を超えている」と溝口はグレービジネスの実態を語る。

 グレーかオモテかにかぎらず、どんな社会でも目の前の仕事には懸命に取り組まなければ「成功」の二文字は見えてこないようだ。
(文=萩原雄太[かもめマシーン])