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第百七十一話「ルーク」
目が覚めた時、俺はザノバに抱きついていた。
当然ながら、俺はホモではない。
昨晩、飲み過ぎた結果によるものだろう。
昨日はいい酒だった。
正直、前世では男と飲むなんて誰の得になるんだと思っていた。
だが、違った。
気の合う男友達と飲む酒ほど、美味しくて気持よく酔えるものはない。
ともあれ、俺達は痛む頭を解毒魔術で解消し、宿で気だるく朝食をとった後、解散した。
季節は夏。
もうすっかり雪もなくなった。
しばらくすると、獣族の発情シーズンもやってくるだろう。
俺の獣は年中発情しているから、シーズンはあまり関係ないが。
だが、やはり周囲がそわそわしていると、俺もそわそわしてしまうものだ。
ロキシーのお腹も大きくなってきて、そろそろ学校も休まなければならないだろう。
生まれてくる子供の名前を決めるのが今から楽しみだが、一ヶ月後には、アリエルについてアスラ王国に行かなければならない。
転移魔法陣を使えばすぐに帰ってこれるだろうが、向こうで何ヶ月過ごすかはわからない。
出産に立ち会えないのは、やっぱり嫌だ。
だって、俺の子供を産むために、10ヶ月も不便な思いをさせているのだ。
その途中で俺にできる事は少ないが、感謝の気持ちとかその辺は、行動で表さないといけない。
ロキシーとの子供。
男の子だろうか、女の子だろうか。
ルーシーが女の子だし、今度は男の子がいいかな。
いや、男でも女でもいいんだけど。
そういえば、エリスは男の子がほしいとか言ってたな。
前世だと、産み分けってどうやるんだったっけな。
たしか、なんかすると男が生まれやすい、女が生まれやすいとか聞いた事がある。
酢を使うとかなんとか……。
この世界だと、魔力でコントロールとか出来てしまうんだろうか。
まあ、どっちでもいいか。
男の子でも、女の子でも、しっかり愛情を込めて育ててやればいいのだ。
エリスとの間にも、そう遠くない未来には出来てしまうだろう。
エリスが妊娠中におとなしくしていられるかどうか、そっちの方が問題だ。
それにしても、エリスはやっぱり、ちょっと焦っているんだろうな。
最中でも、「これで出来るのよね?」「間違ってないわよね?」と何度も確認してきた。
エリス自身の性欲も相当強いってのもあるが、ルーシーや妊娠中のロキシーを見て、出遅れたと思っているのかもしれない。
アスラ王国では、堂々と妻を名乗れるのは子供を産んでから、という認識も少なからずあるのだろう。
エリスがどう思っているのかは分からないが、子供を作れば安心するというのなら、早めに安心させてやりたい。
---
そんな事を考えているうちに、家の近くまで来てしまった。
昨日は外泊すると言ってなかったから、やっぱ怒られるだろうか。
いや、そんな厳しい家じゃないけど。
でも外泊とか門限とか、そういうルールはもう一度、キッチリと決めた方がいいな。
この世界では、人さらいがブームだし、ヒトガミも何するかわからない。
ルーシーも最近、どんどん大きくなってきてるし、これからできる子供のためにも……。
そう、子供のためのルールだ。
「ん?」
ふと、家の前に誰かがいるのに気づいた。
男はやや大きな声で、誰かと話していた。
話している相手の声は聞こえてこない。
目を凝らして見てみると、男の方が誰かわかった。
さらりとした茶髪を持つ、ちょっと濃い目のイケメン。
この魔法都市シャリーアで、もっともモテると噂の男。
ルーク・ノトス・グレイラットだ。
「……」
オルステッドの言葉と、日記を思い出す。
オルステッドは、ヒトガミは人を操ると言っていた。
日記には、ルークがヒトガミに操られ、シルフィを陥れた、というような事も書いてあった。
日記の俺はかなり被害妄想に取り憑かれていた。
しかしアリエルやシルフィを陥れたいなら、ルークを操るのは有効だろう。
シルフィも、なんだかんだ言って、ルークの事は信頼しているようだし。
ヒトガミとの戦いにおいて、ヒトガミの使徒を見つけ出し、その目的を見極めるのは重要なことであるのは、間違いない。
そう思い、俺は少し、様子を見る事にした。
腰を落として物陰から物陰へと移動し、声がハッキリと聞こえる位置まで移動する。
「ああ、こんなステキな方がこの町に来ていたとは!
あなたは素晴らしくキュートだ。その美しく意思の強い瞳、その流れるような髪。
まさに天使……いや、この世に舞い降りた美の女神だ!
一目みた時から愛していました!」
頭の痛くなりそうな声が聞こえてきた。
ひどい口説き文句だ。
俺だってこんな臭いことは言わない。
でも、この世界ではこういうのがいいのだ。
こういう事をいうと、シルフィが顔を真っ赤にして「そんな熱心に口説かなくても、もうボクはルディのだよ、えへへ」とかはにかんで笑うのだ。
「おっと、これは申し訳ない。
申し遅れました。
私はルーク・ノトス・グレイラット。
アスラ王国の四大地方領主ノトス・グレイラットの次男です」
……仮に、ルークがヒトガミの使徒だとすると。
こいつがここまで熱心に女を口説くというのは、ヒトガミの指示である可能性が高いな。
なにせ、ルークは女に不自由していない。
シルフィいわく、ルークは女なんてそこらのティッシュと同じようなものだと認識しているらしい。
ていうか、誰を口説いてるんだ。
門の影になっていて、相手が見えない。
うちにいる中で天使の形容詞が似合うのはシルフィだが、ルークもシルフィは口説くまい。
女神という表現がもっとも的確なのは、まさにロキシーだが、これも違う。
てことは……アイシャ?
「できれば、あなたのお名前もお聞かせ願えませんか?
ああ、もちろん、家名など、言いたくない場合は結構です。
どうか、美しいあなたのお名前を心に刻み、せめてもの慰めとしたいのです」
誰を口説いているのかは分からないが、相手の名前がわかりそうだ。
ルークが誰を落とそうとしているのか。
それを知れば、ヒトガミの狙いもわかるかもしれない。
……まあ、あくまでルークがヒトガミの使徒だと仮定した場合の話だ。
単純にルークが一目惚れして口説いている可能性も、なきにしもあらず。
「ああ、お名前は教えていただけないのですね。
では、せめて、その美しい御手にキスをする栄誉をお与えください。
それだけで、私は……」
ルークが腰を落としつつ、相手へと手を伸ばした時。
ルークの頭が、一瞬ブレた。
動きが止まった。
何かあった。
だが、何があったのか、わからない。
ヒトガミの攻撃か……?
もしや、今、この瞬間、ヒトガミからお告げがあったとか……?
「……」
と、思ったら、ルークがガクリと膝をつき、真横にばったりと、倒れた。
ピクリとも動かない。
気を失ったのだ。
何が起きたのか。
俺はこの光景を知っている気がする。
ブレて、倒れて、気を失う……うっ、頭が……。
「……ふん」
ルークが倒れたのを見て、門から一人の女が出てきた。
彼女は、倒れたルークを一瞥し、気絶した頭をつま先でコツンと蹴飛ばした。
エリスだ。
エリスがルークをぶっ倒したのだ。
「なによ、突然現れてワケの分からない事言って……」
エリスは不愉快そうな顔でルークを出入りの邪魔にならない所まで蹴り転がした。
それから、何事もなかったかのように、家の中へと戻っていった。
俺は物陰から出て、ルークに近寄った。
彼は白目を向いて倒れていた。
人の嫁を口説くとは、こいつにはモラルってものがないんだろうか……。
あ、いや、そういえば、アリエルとルークには、帰還報告はしたが、結婚したとは言ってなかった気がする。
エリスとは初対面か。
それにしても、ルークがエリスを口説くとはな……。
やっぱり、こいつがヒトガミの使徒なんだろうか。
それとも、元の歴史の影響なんだろうか。
判断がつかんな。
「……」
とりあえず、ここで寝かせておくのもまずいし、家に入れてやろう。
目が覚めたら尋問だ。
---
「ただいま」
「……」
ルークを背負って家に入ると、エリスが出迎えてくれた。
彼女は俺の顔を見ると一瞬嬉しそうな顔をしたが、ルークを見ると眉根を寄せて腕を組んだ。
「…………そいつ、知り合いだったの?」
「ああ、俺のというより、シルフィの仕事仲間かな」
「そ、そう……ごめん、殴っちゃったわ」
おや、なんだかエリスがしおらしい。
「いいよ。どうせこいつが何か変なことを言ったんだろう」
「言ったわね」
「じゃあ、こいつが悪いのさ」
俺のエリスに手を出そうとした、こいつがな。
でも、悪いにしても、一応は寝かせてやろう。
ええと、リビングは邪魔になるから……、一階の空き部屋にでも放り込んでおくか。
「ねぇ、ルーデウス」
と、エリスに呼び止められた。
「なんだいエリス?」
「ルーデウスも、私の手にキスしたいって思う?」
エリスの手を見る。
剣タコの出来た、ごつい手だ。
エリスらしくて、じつにいい手だ。
「手よりも口にしたいね」
そう言うと、エリスがドスっと腹を殴ってきた。
あまり力ははいっていないが、的確なレバーブロウだった。
「そういうのは、夜だけよ」
エリスは顔を赤くしながら、リビングへと戻っていった。
そっかそっか、今日はエリスの日だったか。
楽しみだな。
「あ、そういえば、他の皆は? 皆でお出かけ?」
「昨日、遅くまで騒いでたから、まだ寝てるわよ!」
なんそれ、騒いでたって。
俺抜きで宴会ってこと?
あたいが仲間はずれってこと?
……俺が男と男の花道を歩いている間に、女は女の集会をしてたって事かな。
悪口とか言われてないといいけどなぁ……。
「あ、お兄ちゃんおかえりー」
と、台所からアイシャが出てきた。
「誰それって……ルーク様じゃん。どうしたの?」
「アイシャ。ルークに様なんて付けなくてもいいんだよ」
「でも、ノルン姉が、学校ではルークの事をルーク様って呼ばないと、女子の先輩に怒られるって言ってたし」
「マジかよ」
そういう取り決めまであるのか。
でも、学校って自分たちでそういう変なルールを作るもんか。
そんで、それを破った奴をイジメたりするのだ。
ノルンはイジメられないように頑張っているのだ。
…………まさか、ノルンの好きな人がルークってわけじゃないだろうな。
お兄ちゃんは許しませんよ?
「そうだ、聞いてよお兄ちゃん。みんな酷いんだよ。
あたしが寝静まった後に皆で飲んで騒いじゃってさ」
「ああ、お前は参加してなかったのか」
「レオと一緒に寝てたよ……あ、そーだ、聞いてよお兄ちゃん。
レオと寝てたんだけどさ、朝になんか冷たいなーと思ったら、レオったらオネショしてんだよ。
そんで、叱ったらシューンってなってたよ、シューンって。
おっきくみえても、まだ子供なんだね、レオって」
アイシャは毎日が楽しそうだな。
俺はルークを空き部屋へと放り込んで、アイシャの話を聞いてやることにした。
彼女とも、ずいぶん会話をしていない気がする。
いや、そんな事は無いはずなんだが。
「で、それからどうしたんだ? 洗濯したのか?」
「当たり前だよ。あ、そしたらエリス姉が手伝ってくれてね。自分にも経験があるから、黙っててくれるって。あたしがしたんじゃないって説明しても、信じてくれなくてさー。お兄ちゃんからも説明してよ。あたし、生まれてこのかたおねしょなんて一度もしてないってのに……」
「そっかそっか」
アイシャと話しつつ、リビングへと移動した。
エリスもうちに馴染んでいるようで、何よりだ。
---
ルークが目を覚ます前に、シルフィたちの様子を見て回った。
二階の踊り場にはレオがいて、お行儀よく座っていた。
オネショをしたとは思えない、キリッとした顔だ。
部屋をいくつか見てまわる。
ロキシーの部屋は着替えが散乱しているも、無人だった。
ジローもいない所を見ると、すでに学校に行ったのだろう。
そういえば、ロキシーもお酒を飲んだのだろうか。
この世界には解毒があるとはいえ、妊婦が酒を飲むというのはどうなのだろうか。
ちょっと心配だ。
シルフィは自分の部屋で寝ていた。
なぜか、エリナリーゼと一緒に。
昨晩は、エリナリーゼがうちに来ていたらしい。
クリフが家にいないから、暇だったのだろう。
ともあれ、起こすのは悪いから、俺はそっと扉を閉めた。
リーリャとゼニスも就寝中だった。
子供のように丸まって寝るゼニスと、その脇で横になって寝るリーリャ。
ちょっと酒の匂いがする所を見ると、昨日は二人も飲んだらしい。
普段、酒なんて飲まない二人だが、それほど楽しい酒宴だったのだろうか。
一瞬、そのベッドに潜り込みたい衝動に駆られたがひとまず階下へと戻った。
リビングを覗くと、エリスがルーシーをあやしていた。
エリスの手に捕まってソファの上に立つルーシーと、彼女を緊張の面持ちで支えるエリス。
なんとも心暖まる風景を目の当たりにしてから空き部屋に戻った。
すでにルークは目を覚ましていた。
「夢を見たんだ。赤い髪の天使の夢だ。
美しく、可憐ながらも力を感じさせる天使だった。
まさに俺の理想とも言える天使で、
その手にキスをしようとすると目が覚めたんだ」
ルークは上半身を起こし、うつろな目でワケの分からない供述をブツブツと繰り返していた。
きっと、エリスに殴られた時に、脳に障害が残ったのだろう。
いや、天使だの何だの言ってたのは殴られる前からか。
「落ち着いてください、ルーク先輩。赤い髪の天使なんていません」
「ああ……ルーデウスか……」
ルークは、ボンヤリとした顔で、俺をみていた。
「なんで、ルーデウスがいるんだ? あれ、ここは……ルーデウスの家の中? さっきまで、門で、天使が、あれ?」
記憶の混濁。
記憶を失っている間に、ヒトガミと会った感じは……しないな。
「あぁっ!」
と、ルークが俺の後ろを見て叫んだ。
振り返ると、そこにエリスがいた。
開けっ放しの扉から、中を覗いていた。
「ふん!」
彼女はルークを一瞥すると、鼻息を一つ、リビングへと戻っていった。
一応、心配していたのだろうか。
まさか、エリスもルークが気になってるってことは無いよな……?
俺の乙女デウスな部分が、そこに警鐘を鳴らしてるけど、大丈夫だよな?
「あっ、待ってくれ、名前を、名前を聞かせてくれ!
ついでに住所と、どんな花が好きかも! 好みの男のタイプも!」
「落ち着いてくださいルーク先輩。彼女の住所はここです」
俺は寝台から飛び出そうとするルークを押しとどめる。
ルークは俺の肩を掴み、必死の形相で詰め寄ってきた。
「ルーデウス、お前の家にいるということは、お前の知り合いか!? 教えてくれ、彼女はいったい何者なんだ?」
「彼女は、エリス・グレイラット。先日、俺の妻になってくれた女性です」
「なっ……妻だと……」
ルークが凍りついた。
「じゃあ、お前の女って事……か?」
「ええ、そうなりますね」
俺が彼女の男、といった方が正確かもしれない。
意味は一緒だ。
「そうか……」
「すいませんね」
反射的に謝ると、ルークは首をかしげた。
「なんで謝るんだ? こういうのは、早い者勝ちだろう?」
「まあ、そうですが」
なんか、オルステッドの話を聞いたせいか、罪悪感があるな。
ルークとエリスがくっつくはずだった歴史。
本来なら俺の手元に来るはずがなかった宅配物が、俺の所まで届いてしまったかのような感覚がある。
いや、だからといって、俺がエリスの家庭教師をして、魔大陸を共に旅して、お互いの初めてをチョメチョメしたって事実は変わらないんだがね。
なんて悩んでいると、ルークがため息をついた。
「いい女に複数の男が惚れることは、よくある。
いい男に複数の女が惚れることだって、よくある」
なんか、唐突に語りだした。
「男は、自分が許容出来る範囲で何人もの女を囲える。
ただ、逆は無い。
神は人間を、そのようには作っていない。
なにせ、男は同時に複数の女に種を仕込めるが、女は一人分しか子供を作れないからな。
魔族の中には、複数の男の子供を同時に作れる女ってのもいるみたいだが、人族はそうじゃない」
随分とまぁ、男本位な考え方である。
逆もあってもいいと思うけどな。
一人の女に複数の男、逆ハーレムってやつだ。
「そして、いい女ってのは、一番実力のある男の所に行くもんだ。
お前は実力も、金も、地位も名誉もある。
あの天使のような方、エリスさんがお前の所にいくのも、納得できる。
だから……」
と、ルークはそこまで話して、首を振った。
「いや、そうじゃない。こんな話をしに来たんじゃない」
そして、大きくため息をついた。
「今日はお前に、一つ、頼み事をしにきたんだ」
「ほう」
俺は、椅子に座りなおした。
---
この時期、このタイミングでの接触。
ヒトガミの使徒。
歴史の改変。
関係ないわけがないだろう。
さて、何を頼まれるのか。
俺を破滅へと導くための、何かか……。
あるいは、アリエルを王にさせないため、ヒトガミが打つ一手目。
「俺たちに……アリエル王女に、協力してくれないか?」
その言葉に、俺は混乱せざるをえなかった。
どういう事だ。
俺を協力させる?
逆じゃなくて?
「お前の魔術の腕や、気むずかしい者達と交友を深める会話術。
龍神と戦って生還し、なおかつ配下として迎えられるだけの戦闘能力。
それは、凄まじいものだ」
改めてそう褒められると、少しむず痒い。
「だが、お前を巻き込めば、シルフィの幸せが壊れる」
ルークは言いよどみ、顔を上げた。
「だから、今まではあまり、積極的に協力してくれとは言わなかったし、言えなかった。俺も、アリエル様も、シルフィをこれ以上、アスラ王国の争いに巻き込むつもりはないんだ」
それは、たしか前にも言われたな。
ルークと決闘させられた時だ。
「だが……」
ルークは俯いた。
影のあるイケメンのポーズ。
なんかそこらの女の子がコロッと騙されそうだな。
「アリエル様はペルギウス様を説得する事を、諦めかけている」
「まあ、あの状況では、そうでしょうね」
「俺たちは、この6年間、魔法三大国に働きかけ、何人もの貴族や技術者を仲間に引き入れてきた。
中には、アスラ王国出身の貴族や、国への政治的な影響力を強く持つ者もいるが……それでも、決定打にはなりえない。
所詮はアスラ王国の外にいる者達だからな」
「ふむ……」
「だが、ペルギウス様は、その決定打となりうる人物だ。
アスラ王国への絶大な影響力、発言力、戦闘力。
あの方がいれば、アリエル様の王への道は、大きく躍進する。
もちろん、それでも確実とはいえないが……」
ルークは真剣だ。
少なくとも、嘘やごまかしを言っている感じはしない。
アリエルが王位につくために必要な人物として、ペルギウスを評価している。
「しかし、もともと、降ってわいた話だ。
俺たちは、ペルギウス様がいなくとも、なんとかなるとは思っている。
準備に費やす時間が、もうあと数年は掛かるが……。
それでも、勝機はあると思っている」
この言葉は、どうだろう。
オルステッドの話では、国王が病気という知らせまで20日は掛かるはずだ。
それを前もってヒトガミから助言として聞いているなら、あと数年なんて言葉は出てこないと思うが……。
「そして……俺は、その勝機を確実にする決定力として、お前に力を貸してもらいたい」
「……俺は、政治の事なんてまったくわかりませんよ? なんの役にも立たない可能性もあります」
「お前は、俺達が思っていた以上に大きい人間だ。きっと、普通にしているだけで十分な力になってくれる」
「別に、俺は大きくありませんよ」
「大きくなくても、武力面でも頼れるし、人脈もある。
ペルギウス様に、龍神、魔王、他国の王子、ミリス神聖国の教皇の孫、ドルディア族、サイレント・セブンスター。
お前個人の人脈だけでも、ちょっとしたものだ。
その人脈を俺たちに使ってくれとは言わない。
だが、こういう人脈を持っている奴は『何か』を持っている。
俺はその『何か』を、ほんの少しだけ、アリエル様に向けて欲しいんだ」
「……」
褒め言葉には裏がある、と考えてしまうのは、ルークとの付き合いが浅いからだろう。
それにしても、どっちだろうか。
ルークは、ヒトガミの使徒か、そうでないか。
オルステッドの指令でもあるし、ルークの頼みがなくとも、アリエルには協力するつもりだった。
だが、それがヒトガミの思惑かどうか……。
……一応、カマを掛けてみるか?
「それは……誰の指示ですか?」
「指示……? いや、アリエル様のご意思ではない」
「……他の誰かに助言されたとか?」
「俺の独断だ」
「ヒトガミという名前に聞き覚えは?」
「ヒトガミって……ペルギウス様の所でも聞いたが、なんの事なんだ?」
まあ、仮にヒトガミの使徒だとして、正直には答えないか。
俺の時は他言無用とは言われなかったが……。
ルークは不可解な顔をしていたが、後ろ頭をポリポリと掻いた。
「確かに、矛盾しているように聞こえるかもしれない。
俺たちはシルフィの幸せを願っている。
アスラ王国の争いに引き込めば、その幸せは壊れるだろう。
アスラ王国の逆賊として扱われれば、魔法三大国だって庇い立てはしてくれないだろうしな」
俺も、そのへんは怖い。
日記でも、ザノバがミリス神聖国に殺されていた。
国を敵に回すってのは、何をされるかわからないって事だ。
確かに、俺は、そこそこ戦えるだろう。
本気で魔術を放てば、かなり広範囲の敵をいっきに殲滅できる。
魔導鎧の修理が済めば、ある程度の相手には接近戦でも圧倒できるだろう。
オルステッドも、本気を出さねばならなかったと言っていた。
かといって。
正面から戦って勝てれば敵対しても大丈夫、なんてのは子供の理論だ。
プロレスラーに素手で喧嘩を挑むバカはいない。
後ろからナイフで刺すか、毒を盛るか、あるいは金銭的な圧力を掛けるか。
力で勝てない相手には、力以外で勝てばいいのだ。
日記の俺は、国と強く結びつく事で、自衛をしていた。
幸い、アスラ王国には追われていなかったようだが、
ミリスからの引き渡しに対して「ノー」と言ってもらえる程度には、国に重宝されていたようだ。
今回はどうだろうか。
レオがいれば、他国は獣族との関係悪化を恐れて、手出しを控えてくれるだろうか。
レオは、どこまで家族を守ってくれるのだろうか。
オルステッドは守護魔獣がいれば大丈夫だと言った。
強い運命を持つ守護魔獣が守ろうとすれば、俺の家族は守られる、というようなことを言っていた。
けど、あんな犬コロ一匹で、本当に大丈夫なのだろうか……。
「……だが、お前なら。龍神の後ろ盾があるお前なら、巻き込みつつも、シルフィを幸せなままでいさせてくれるんじゃないかと、そう思っている」
どうだろうなぁ。
オルステッドは、各所への影響力って薄いし。
この世界に生きる人達も、「七大列強」という言葉や存在は知っていても、どれだけ強いのか、凄いのかってのは、ピンときてないみたいだし。
「龍神の後ろ盾があっても、個人レベルでの命の危険はありますよ」
「……まあ、そうだな」
ルークはすっと息を吸った。
まっすぐに俺の目を見てくる。
「だから、今のは、あくまで建前に過ぎない。
俺は、シルフィの幸せが壊れても、アリエル様を王にしたいんだ」
ルークはギラついた目で、睨むように俺を見てきた。
俺は目をそらすことなく、その視線を受け止めた。
不思議と、シルフィが蔑ろにされた事を不快には思わなかった。
ルークの目が、思いのほか、強かったからかもしれない。
目的のために全てを捨てているのではないかと思えるほどの眼光の強さに、ルイジェルドを思い起こすような凄みを感じる。
「頼む。アリエル様に力を貸してくれないか?」
アリエルがアスラ王国の王になったら何を与える、という話をしないのは、これがアリエルに話を通していない、独断であるからこそ、なのだろう。
だからこそ、「頼む」なのだろう。
「……」
思い返せば。
例え、ヒトガミに操られていたとしても、俺は俺だった。
助言をもらった上で、必死で自分で考えて、より良い方向に行こうとしていた。
ルークも、そうなのかもしれない。
ルークも、ルークなりに、手探りで頑張ろうとしているのかもしれない。
そう考えると、ぜひとも力を貸してやりたいと思えるが……。
しかし、俺が戦っているのは、アスラ王国でも、アリエルでもない。
ヒトガミだ。
もし俺がアリエル側についたとして、それがヒトガミの思惑通りである可能性があるなら、その事について、オルステッドに相談しておかなければなるまい。
「少し、周りと相談させてくれ」
そう言うと、ルークは泣き笑いのような表情を一瞬作った。
断られた、と思ったのだろう。
そして、ふらりと立ち上がった。
「………………わかった。すまなかったな、無理を言って」
「いえ、正式な返事は、後日。必ず返します」
ルークは、肩を落としつつ、部屋から出た。
俺は彼を送るように、その後に続く。
小部屋から廊下を抜けて、玄関へ。
途中、階段の上を見上げると、先ほどと変わらぬ姿勢のレオがいた。
二階の踊り場でお座りをしつつ、ここは通さないとばかりに低い唸り声を上げていた。
やはり、ルークはクロだろうか
レオにヒトガミの使徒かどうかを判別する嗅覚があるかどうかはわからないが……。
「あっ……」
唸り声を聞いたのか、リビングからエリスが顔を出した。
彼女を見たルークは即座に胸に手を当て、優雅な礼をした。
「奥様、知らぬこととはいえ、先ほどは失礼しました。
またお会い出来る日があらんことを」
「……」
エリスはスカートの端を摘んでもちあげようとして、ズボンである事に気づき、気まずい顔をして、腕を組んだ。
「次は、ちゃんと、お客としておもてなししてあげるわ!」
「ありがとうございます、では、失礼します」
と、その時。
「ふぁ……エリス、まだ皆寝てるんだから、あんまり大きな声出さないでよ」
ちょうどシルフィが二階から降りてきた。
眠そうな彼女は、俺とルークの姿を見て動きを止めた。
「あ、ルディおかえり……あれ? ルーク来てたんだ。どうしたの? アリエル様に何かあったの?」
「……少し、所用で寄っただけだ」
「ふぅん……まあ、ゆっくりしていってよ。お茶でも飲んでさ」
「いや、今から帰る」
「そっか。ボクももう少ししたら戻るから、それまでアリエル様をお願いね」
「ああ」
ルークは寂しそうに笑って、我が家から出て行った。
俺とシルフィは、彼が門を出るまで見送った。
ルークの背中は、疲れ果てたサラリーマンのような哀愁が漂っていた。
「……」
何かが動き出した。
そんな予感が胸をよぎった。
もう準備期間は終わりか。
何をやったかと言えば、守護魔獣レオを召喚して、クリフにオルステッドの解呪を頼んだだけ。
やれた事は少なく、準備不足の感も否めないが……せめて気合だけは入れていくとしよう。
そう思いつつ、俺はオルステッドを呼び出すことにした。
+注意+
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