「インサイド・ジョブ 世界不況の知られざる真実」(原題:Inside Job)は、2010年公開のアメリカの社会派ドキュメンタリー映画です。チャールズ・ファーガソン監督が、金融業界を代表する投資家、政治家、大学教授などキーパーソンとなる人物へのインタビューや徹底的なリサーチによって、2008年に起きたリーマン・ブラザーズの経営破綻と世界金融危機の全貌に迫ります。第83回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー映画賞を受賞した作品です。
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監督:チャールズ・ファーガソン
出演:マット・デイモン:ナレーション
ギルフィ・ゾエガ:アイスランド大学の経済学教授
アンドリ・マグナソン:アイスランドの作家
シグリドゥル・ベネディクトスドッティル:アイスランド議会特別調査委員会
ポール・ボルカー:アメリカの経済学者
ドミニク・ストロス=カーン:IMF専務理事
ジョージ・ソロス:投資家
バーニー・フランク:下院金融委員会委員長
デイヴィッド・マコーミック:ブッシュ政権 財務次官
スコット・タルボット:金融サービス円卓会議 主席ロビイスト
アンドリュー・シェン: 中国銀行業監督管理委員会 主席顧問
リー・シェンロン:シンガポール首相
クリスティーヌ・ラガルド: フランス経済財務相
ジリアン・テット:フィナンシャル・タイムズ米編集長
ヌリエル・ルービニ:ニューヨーク大学レナード・N・スターン・スクール教授
グレン・ハバード:コロンビア大学ビジネススクール院長
エリオット・スピッツァー:元ニューヨーク州知事・司法長官
チャールズ・モリス:法律家、元銀行家、著作家
ロバート・グナイズダ:消費者団体グリーンライニング協会元理事、弁護士
マーティン・ウルフ:フィナンシャル・タイムズのチーフ経済解説委員
サタジット・ダス:デリバティブ・コンサルタント、作家
ラグラム・ラジャン:元IMF主席エコノミスト
【あらすじ】
【プロローグ】 2000年、アイスランド政府は大幅な外資規制緩和を行い、同時に国営3大銀行を民営化しました。銀行は自国GDPの10倍近い1200億ドルを国外取引で借り入れ、アイスランドはバブル景気に沸きました。KPMGなどのアメリカの会計事務所はアイスランドの金融機関に問題はないとし、ムーディーズなどのアメリカの格付け機関も高評価を与え、金融監督機関も何もしませんでした。そして2008年末、これら大銀行が破綻すると、アイスランドの失業者は半年で3倍になりました。その頃アメリカではリーマン・ブラザーズとAIGが破綻し、世界各国が景気後退に突入しました。
【第1部:経緯】 大恐慌後、アメリカの金融業界は規制されていましたが、1980年代以降、長期に渡って規制緩和されました。1980年代の終わりまでに税金で賄われたローンや預貯金の救済は1240億ドルに上りました。1990年代の後半には、金融業界はいくつかの大企業に統合されました。2000年3月、投資銀行の暴走によりインターネット株のバブルがはじけ、投資家は5兆円の損失を被ります。1990年代に、デリバティブ(金融派生商品)が人気となり、市場が不安定になりますが、これをを規制しようとする動きは、2000年の商品先物取引近代化法に阻止されます。2000年代には、業界は5つの銀行(ゴールドマン・サックス、リーマン・ブラザーズ、メリル・リンチ、ベアー・スターンズ)、2つの金融コングロマリット(シティグループ、JPモルガン)、3つの証券保険会社(AIG, MBIA, AMBAC)、そして3つの信用格付け会社(ムーディズ、スタンダード&プアーズ、フィッチ)に支配されていました。投資銀行は住宅ローンを他のローンや負債と束ね、債務担保証券(CDO)として投資家に販売しました。格付け会社はこれらの多くにAAAの評価を与えました。多くの人々が、返済できないローンを組んで家を手に入れました。
【第2部:バブル(2001年〜2007年)】 住宅ブームの中、投資銀行は自己資金に比してかつてないほどの額を借入しました。クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)はいわば保険のようなものですが、投機家は所有していない債務担保証券(CDO)に対するクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)を購入することができました。証券化の連鎖で1000億単位の資金が流れ込み、ローンは組みやすくなり、住宅価格は高騰して史上最大のバブルが起きました。1996年から2006年までに住宅価格は2倍、サブプライムローンの組み入れ額は年300億ドルから、10年で6000億ドルを超えました。最大の貸し手カントリーワイド社は、970億ドルもの貸付を行い、110億ドル以上の利益を上げました。ウォール街のボーナスは急騰し、トレーダーやCEOは大金を手にしました。ローン引き受けのトップ、リーマン・ブラザーズのCEOは、任期中に約5億ドル受け取りました。住宅所有権担保保護法により、住宅ローン業者を規制できたはずでしたが、連邦準備制度理事会(FRB)も証券取引委員会(SEC)も動きませんでした。
【第3部:危機】】 債務担保証券(CDO)市場は崩壊し、投資銀行は数千億ドルの負債、債務担保証券(CDO)、不動産という下ろすことのできない重荷が背負いました。2007年の11月に大不況が始まり、2008年3月にはベアー・スターンズが資金不足に陥いりました。9月には、連邦政府が破綻寸前のファニー・メイとフレディ・ マックを国有化しました。その二日後、リーマン・ブラザーズが破綻しました。これらにはその直前まで、AA あるいは AAA の格付けがなされていました。破綻の瀬戸際にあったメリル・リンチはバンク・オブ・アメリカに買収されました。救済されずに倒産したリーマン・ブラザーズが、約束手形市場に崩壊の引き金となりました。9月17日には、支払い不能となった AIG を政府が引き受けました。翌日、銀行の負債処理の為に7000億ドルを拠出することが議会に求められました。衝撃は世界的な金融システムにも広がりました。2008年10月3日、ブッシュ大統領は不良債権買取プログラムに署名しますが、世界の株式市場は下落を続けました。レイオフや差し押さえが続き、米国とEUの失業率は10%まで上がりました。2008年の12月までに、GMとクライスラーも破産に直面しました。米国における差し押さえは、かつてないレベルまで増えました。
【第4部:責任】 破産した会社のトップらの個人資産は、無傷のままでした。彼らは政府の救済の後も何十億ドルというボーナスを取締役たちに支給しました。主要銀行は反改革勢力を倍増させました。経済学者は何十年もの間、規制緩和を提唱し続け、米国の政策を支援しました。彼らは2008年の危機の後も、依然として改革に反対しています。アナリシス・グループ、チャールズ・リバー・アソシエイツ、コンパス・レグゼコン、ロー・アンド・エコノミクス・コンサルティング・グループなどのコンサルティング会社も関わっていました。これら多くの経済学者は、金融危機に関係した会社やグループのコンサルタントとして収入を得ていました。
【第5部:現状】 1980~2007年の間にアメリカ全人口の90%は負け組となり上位1%だけが勝ち組となりました。ブッシュ政権下の2001年、ブッシュ減税はそのわずか1%の富裕層にしか恩恵を施しませんでした。アメリカは、史上初めて平均的国民の教育と給与水準が親の世代を下回りました。オバマ就任後の2010年半ばに始まった金融改革「ドッド=フランク・ウォール街改革・消費者保護法」は腰砕けになり、格付け機関やロビー活動報酬などの肝心な部分は殆ど手つかずでした。顧問の大半が、金融危機の構造を作った者たちでした。オバマが財務長官に任命したのは、2009年まで連邦銀行の総裁を務め、ゴールドマン・サックスがCDSを全額もらえるよう指示した男でした。第10代連邦総裁は、元ゴールドマンサックス主席エコノミストで、デリバティブを賞賛する論文を書いた男でした。その補佐官は、ゴールドマン・サックスのロビイストでした。上級顧問は、サブプライムで何十億ドルもの利益をあげたヘッジファンドを主宰していました。商品先物取引委員会の委員長も、元ゴールドマンサックスの重役で、規制反対派でした。SECの委員長は、銀行の自主業規制機関 FINRA の元 CEO 。フレディ・マックの重役が大統領補佐官になりました。金融危機の構造を作った経済学者らが経済諮問会議に入り、ラリー・サマーズは国家経済会議委員長になりました。2009年9月、フランス、スウェーデン、オランダ、ルクセンブルク、イタリア、スペイン、ドイツの蔵相らは、アメリカを含むG20諸国に対し、銀行の報酬の規制を求め、翌2010年7月に欧州議会は法案を成立させましたが、アメリカでは規制は実現しませんでした。
2008年の世界金融危機を厳しく追及する本作は、なぜ危機が起きたかのかわかりやすく描くとともに、拝金主義で規制嫌いなアメリカの本質を赤裸々に浮き彫りにする、優れたドキュメンタリーです。
本作の素晴らしい点は、単にリーマンショックの原因となったサブプライム・ローンに特化する事なく、
- 1980年代以降の規制緩和と当局の不干渉
- 金融機関の寡占化による市場支配力の増大
- リスクを厭わぬ、飽くことなき利益追求
- 資金力にものを言わせた強力なロビイイング
- 政府要職への回転ドアによる政策への影響力
- 格付け会社や経済学者の抱き込み
など、業界の構造的な問題として描いていることです。別の言い方をすれば、この問題は起こるべくして起きたという背景をしっかりと描いています。
映画の中で図解されるなど、特に金融用語に詳しくなくても大きな流れは把握できる映画ですが、基本的な用語としては以下のものがあります。
サブプライム・ローン
アメリカで貸し付けられるローンのうち、サブプライム層(優良客=プライム層よりも下位の層)向けとして位置付けられるローン商品。ローンの債券化により資金調達が容易になった為、返済できないような貧困層にもローンが組まれて焦げ付き、リーマンショックの契機となりました。
株式、債券、預貯金・ローン、外国為替といった基本的な金融商品のリスクを低下させたり、高い収益性を追及する手法として考案された派生商品。基本となる金融商品について、
といった商品がありますが、投機的な運用資産として多額の損失を生じ、問題となることが少なくありません。
ローンや債券などから構成される金銭債権を担保とする証券化された商品。複数のローンや債権などの所有者が、それらを特別目的事業体に譲渡し、債券の売出や受益権の譲渡などを行うことで投資家から資金調達を行う仕組み。リーマンショックでは、担保となっていたローンが数多く破綻、高格付けとして運用されていた債務担保証券も毀損し、世界中の多くの投資家が巨額の損失を計上することになりました。担保となっていた資産の不透明さや流動性の低さなどのリスクが浮き彫りにされました。
債権などのリスクを移転するデリバティブ取引の一つで、いわば債権の保険のようなものです。保証料を支払ってクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)を買うと、そのCDSが対象としている債権がデフォルト(債務不履行)となった場合に、その損失を保証してもらうことができます。通常の保険と異なり、CDSは保証の対象となる債権を所有していなくても購入することができます。CDSを売った人は、その債権がデフォルトとなった場合に買い手に損失分を支払うことになります。リーマンショックの際、毀損された債務担保証券(CDO)を大量のクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)で保証していた AIG が連鎖的に破綻しました。
【債務者】
↑ 返済できないローンを貸し付け
【サブプライムローンの貸し手】
↓ 債権
【投資銀行】 ←クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)
【投資家、投機家】 ←クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)
【信用格付け会社】
住宅ブームの中、投資銀行は自己資金に比してかつてないほどの額を借入しました。債務担保証券(CDO)やクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)など、証券化の連鎖で1000億単位の資金が流れ込み、ローンは組みやすくなり、住宅価格は高騰して史上最大のバブルが起きました。1996年から2006年までに住宅価格は2倍、サブプライム・ローンの組み入れ額は年300億から、10年で6000億ドルを超えました。最大の貸し手カントリーワイド社は、970億ドルもの貸付を行い、110億ドル以上の利益を上げました。ウォール街のボーナスは急騰し、トレーダーやCEOは大金を手にしました。ローン引き受けのトップ、リーマン・ブラザーズのCEOは、任期中に約5億ドル受け取りました。
こうした一連の流れについて、フィナンシャル・タイムズの主幹経済コメンテーターのマーティン・ウルフ氏は、次のように語っています。
It wasn't real profits, it wasn't real income; it was just money that was being created by the system, and booked as income two, three years down the road. There's a default; it's all wiped out. I think this was, in fact, in retrospect, a great big national — and not just national, global — Ponzi scheme.
それは本当の収入でも、利益でもなかった。それは金融システムが作り上げ、2年、3年と計上し続けた金に過ぎず、債務不履行があれば吹き飛んでしまうものだった。今思うに、これは実は、国を挙げた、いや、世界規模のネズミ講事件だ。
本作の原題「Inside Job」には「内部の者による犯行」といういう強い意味が込められたいます。つまり、リーマンショックは外的要因ではなく、金融業界の中にいる者によって引き起こされたことをズバリと強調しています。残念なのは、
- 多くの金融機関を破綻させ、
- 多額の公的資金を注入させただけではなく、
- 世界的な不況の契機となり、
- 多くの失業者を生み出した
にもかかわらず、騒ぎを起こした張本人たちは、誰一人として刑事罰を受けていないことです。さらに、これらの危機の原因を作った金融機関のトップや幹部たちは、
です。この危機の構造を作り出した金融のキーパソンたちも無傷のまま政府の要職についたりしています。特に、ゴールドマン・サックスの影響力が大きいのが目立ちます。ゴールドマンは、ギリシャ経済危機の発端となったギリシャ政府の粉飾決算に深く関与していましたが、節度なく利益を追求する彼らの体質を象徴しているようです。
1980年代以降、経済成長を維持しているアメリカの秘密は、こうした無節操さにあるのかもしれません。泥沼化したベトナム戦争から撤退以来、アメリカは植民地的支配には慎重にならざるを得なく、地理的なフロンティア開発が難しくなりました。代わりに政府事業を民間に切り出して擬似的なフロンティアを創造したり、産業を金融シフトさせ電子空間にフロンティアを創造することにより、経済成長を維持して来ました。リーマンショックのみならず、インターネットバブル、ワールドコムやエンロンの粉飾決算、ギリシャ政府の粉飾決算への関与など、成長のため倫理よりも金銭的利益を優先するアメリカの歪みとも言えるかもしれません。
日本は貿易摩擦以降、グローバル化に出遅れた為、低成長が長く続いています。「極めて稀な長期にわたるゼロ金利が示すものは、資本を投資しても利潤の出ない資本主義の終焉である」と主張する人もいます。アメリカのサブプライム・ローン問題も、無理に投資先(フロンティア)を作った結果と解釈することもできますが、経済成長を続ける為に歪みを生み出し、騒ぎを起こすのがアメリカならば、アメリカに引きずられながらも思い切ったことができずに悶々としているのが日本なのかもしれません。
グローバリゼーションが進展する中、エスタブリッシュメントは国外に安い労働力を求め、国内に経済格差が生じると言われていますが、欧米における移民受け入れへの反発は空洞化への追い打ちに対する労働者たちの怒りでしょう。知識階級のエスタブリッシュメントからみれば、グローバリゼーションは不可避であり、移民を受け入れながらより強い経済を目指すのは当然の選択ですが、それで格差が拡大するならば労働者層の反発は不可避です。格差の拡大がカタストロフを招くことは歴史が証明しており、イギリスの EU 離脱はその予兆と捉えることができます。日本でも格差が拡大しつつありますが、これからは洋の東西を問わず、成長と富の配分のバランスをとる必要があるでしょう。そういう意味では、自分たちの金儲けの為に金融を破綻させ、世界中に失業者を作り出したリーマンショックのエスタブリッシュメントたちに、世界はもっともっと厳しい目を向けて良いのではないかと思います。
゚・゚*・(゚O゚(☆○=(`◇´*)o 怒
因みに、2015年に公開され第88回アカデミー賞で脚色賞を受賞した「マネー・ショート 華麗なる大逆転」も、リーマンショックを題材にした映画ですが、リーマンショックがなぜ起きたのかということ、それに関連するいくつかの金融用語を知らないと理解できないという人が少なくありません。本作でリーマンショックをおさらいしてから見た方が賢明かもしれませんね。
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「ウォール街」(1987年)
「ザ・コーポレーション」(2004年)
「エンロン 巨大企業はいかにして崩壊したのか?」(2005年)
「キャピタリズム~マネーは踊る~」(2010年)
「インサイド・ジョブ 世界不況の知られざる真実」(2010年)
「マージン・コール」(2011年)
「ウルフ・オブ・ウォール・ストリート」(2013年)
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