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奴隷
ナディの思惑は当たり、すぐに隣の倉庫を利用したいという業者は現れた。
リトネからもらった倉庫の資料を参考に、業者から適正な使用料を取り、冷凍倉庫を提供する。
「ナディのお壌ちゃんのおかげで、ほんとうに助かっていまさぁ。来月もお願いします」
「こちらこそ」
笑顔を受け取り、ナディも笑顔を返す。
いつの間にかナディは金を稼ぐことに対する嫌悪感がなくなっていた。
(私の魔法が誰かに役立っている、そのおかげで喜んでもらえて、正当な報酬がもらえる)
冷凍屋をやって、ナデイは本当によかったと思っていた。
おっちゃんたちから感謝され、なおかつ自分も大金を得ることができるからである。
(ふふふ……今月の収入は20アル+隣の倉庫の売り上げが200アルで、支出は倉庫の賃料10アルだけ。210アルももうかった)
笑いがとまらないナディ。もちろん彼女がうまく商売できているのは、シャイロック家の庇護とリトネの陰での商人たちへの営業があってのことだが、ともかくも事業はうまくいっていた。
「よし。第二段階「高い専門性を生かして大金を稼ぐ」ことを学んだな。いよいよ次の段階に入ります。ゴールド様、お願いします」
リトネはゴールドの出番だと告げる。
「わかりました。ふふふ……すでに領地からあの子と親しい女の子で、氷の闇魔法が使える者を呼び寄せて待機させています。これから面白い芝居が始まりますな」
ゴールドはシャイロック家の一員らしく、黒い笑みを漏らすのだった。
午前中の仕事を終えて図書室で本を読んでいると、父親のゴールドがやってきた。
「ナディ、外出の支度をしなさい。領地のコロンポ村からある知らせが来た」
ゴールドの顔は渋く、痛みでも我慢しているような顔をしている。
「ある知らせって?」
「道中で説明する。これは領主の娘として知っておかねばならないことだ」
父親から強引に言われ、基本的には出不精のナディだったがしぶしぶ支度をする。
ゴールドとナディを乗せた馬車は、いつも通る表通りではなく、薄汚くてゴミゴミとした裏町に向かっていった。
周りには飲み屋やいかがわしい店も多く、潔癖なナディにとってはあまり好ましい雰囲気ではない。
「お父様、こんな汚い所にきて、どこにいくの?」
「奴隷商人の店だ」
そういうゴールドの顔は、苦悩に満ちていた。
「奴隷商人……なんでそんな所に?」
「すぐにわかる。この機会を逃したら、二度と会えなくなってしまうかも知れぬからな」
父親にそういわれて、どんどん不安になるナディだった。
馬車が止まったのは、とある奴隷を取り扱っている大きな商会である。貴族や富裕層向けの店で、裏町の店の中では比較的大きく清潔だった。
「連絡したゴールドだ。あの奴隷を見せてほしい」
「かしこまりました」
恭しく頭を下げる奴隷商人に案内され、とある檻に近づく。
そこにはしょんぼりとした様子のメイド服をきた、15歳くらいの少女がいた。
「ドロン姉さま!!!」
彼女を見て、ナディは心底驚く。彼女は遠い血縁とはいえシャイロック家の血を引き、ゴールドの領地であるコロンポ村の代官の娘だった。幼いころよく遊んでもらった幼馴染でもある。
「ナディちゃん……」
ドロンは力なく笑顔を浮かべて、鉄格子から手を伸ばしてナディの頭をなでる。
彼女の首には「隷属の首輪」がきっちりとついていた。
「ゴールド様。ナディちゃんを連れてきていただいて、ありがとうございました。もう思い残すことはありません」
「そうか……済まぬ。非力な私を許してくれ」
ゴールドも目に涙を浮かべて、頭を下げた。
「お父様!なぜドロン姉さまが奴隷なんかに!」
ナディは父親に詰め寄る。すると、ゴールドは今まで見たこともないような厳しい顔で、そのわけを話しはじめた。
「これは仕方がないことなのだ。今年は麦が凶作なため、コロンポ村では決められた租税が納められなかった。そのような場合、村民の誰かが奴隷となって足りない分を補うのだ」
「でも、何もドロン姉さまが奴隷にならなくても!」
ナディは絶叫するが、ゴールドは厳しい顔をして首を振る。
「魔法が使える代官の娘は、平民10人の価値がある。10人が不幸になるところを、一人の犠牲で済ます事ができるのだ。代官などの貴族は、いざというときに真っ先に民の犠牲とならねばならん。なればこそわれらは民の上に立っていられるのだ」
「でも……」
「どこの家もそうやっておることだ。シャイロック家のメイドたちの中にも、貴族出身の奴隷が多い。お前は今まで気がつかなかったか?」
そういわれて、初めてナディはメイドたちに魔法が使える者が多かったのに気がつく。みんな貴族や騎士階級の娘で、実家の危機を救うために売られた者ばかりであった。
「……ドロン姉さまは、どうなるの?」
しばらくして、ナディが聞く。
「わからぬ。貴族出身の娘には高い値がつくので、どこかの貴族が買っていくとおもうが……運が悪ければ、どこかの大商人の爺のもとに売られていって、無理やり愛人に……」
その光景を想像して、ナディは嫌々と首を振る。
「なら、私が買う!」
そういうと同時にナディは店を飛び出し、表に停めてある馬車に乗り込む。
「大至急シャイロック城まで戻って!」
御者に命令して、ナディは城に帰っていった。
「ふふ。可愛い。必死でしたね」
「すまんな。芝居につき合わせてしまって」
後に残されたゴールドとドロンは、顔を見合わせて笑う。もちろんこれはやらせであった。
「しかし、ゴールドおじ様の演技は上手いですね。ナディちゃん本当に私が奴隷にされると信じていましたよ。コロンポ村は凶作どころか、リトネおぼっちゃんの新しい麦と作物で大豊作なのに」
「これも、ナディに社会のことを教える教育の一環じゃ。ここから出たら、またナディを支えてやってくれ」
「もちろん。私にとってナディちゃんは妹同然ですからね」
シャイロック家の血を引く悪人たちは、ぐふふと同じ表情で笑うのだった。

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