求められる人材像
大規模災害時には各支援団体ともに人材が不足します。
特に、被災者の置かれた状況は多様であり、そのニーズや必要とされる配慮が刻一刻と変化するため、これらに柔軟に対応できる幅広い能力と知見を有している人材が求められます。また、緊急時には新任者に対して十分なオリエンテーションなどを行えない場合も多々ありますので、NGOや国際協力分野における組織的な活動経験が有用です。
以下、「1.支援分野」は実際に東日本大震災で必要とされた支援分野とそれに対応するプロジェクト数をまとめたものです。また「3.求められるスキル」ではこれらの分野で求められるスキルをまとめました。
1.支援分野
以下は東日本大震災時にNGOが活動した支援分野の例ですが、今後起き得る大規模災害においても、同様の支援分野で人材ニーズが発生することが予測されます。
2.東日本大震災におけるNGOの人材ニーズ
東日本大震災において日本の国際協力NGO(以下、NGO)はこれまでにない規模で支援活動を展開しました。JANIC会員団体だけでも6割に当たる59団体が、100以上の市町村で500に上る多様な分野の支援プロジェクトを展開しました。初動も比較的早く、4割のNGOが発災後3日以内に現地入りし、10日以内に始動したNGOは支援活動を行ったNGOの6割に達しました。NGOが派遣したボランティアは実数で1万人(延べ7万人)を超えています。また、JANIC会員団体が調達した支援金総額は147億円程度と推定され、これは民間の資金調達額(373億円)の40%、支援金総額(4,072億円)の9%に当たり、資金ベースで見てもNGOの貢献度は無視できない規模になりました。
その一方で、NGOが求める多くの人材を量・質共に確保するには困難が伴いました。「職員のやり繰りや、新規職員の採用」は震災対応において最も困難であった点であるという調査結果もでています。
東日本大震災対応でNGOが投入した正規・非正規職員数は実数で少なくとも312人~488人に上り、異例の人数の投入となりました。中には職員数が震災前の2倍に膨れあがったNGOもありました。調査によると、多くのNGOが震災対応に3人~10数人程度を当てたと回答しており、新規の臨時雇用を行った団体も多くありました。しかし、多くの団体が適切な能力を兼ね備えた人材を迅速に採用、配置することが極めて困難であったと振り返っています。これらのデータはNGOについてのみの数値です。
なお、人材不足は放射能リスクに晒される福島では一層深刻でした。
3.求められるスキル
求められるスキル | 業務内容 | 背景とニーズ (注1) | 期待される 研修例(注2) |
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プロジェクト管理 | 事業立案(計画書・企画書・申請書作成)、工程管理、予算管理、経理、労務管理、報告業務など | 多くのプロジェクト・対象地域に対応できる中核マネージメント人材が不足した | ・プロジェクトサイクルマネージメント(PCM) ・マネージメント |
ニーズ調査・情報収集 | 緊急時におけるニーズ調査と情報の整理・分析 | 重複した調査による被災者の疲弊を回避するために、多支援分野合同の迅速な調査の体制とそのスキルが必要とされた。情報収集方法のみならずその整理と分析に習熟した人材が不足していた | ・ニーズアセスメント ・農村迅速調査法 ・ITC |
モニタリング・評価 | 事業のモニタリングや評価を通じたニーズの見直しや事業の方向性の改善 | 事業開始段階で考慮されていないため事業の進捗や成果を測り難かった | ・PCM |
援助の質と説明責任 | 受益者に対する人道支援における援助の質と説明責任に配慮した支援を実施するための枠組みおよび計画作りと見直し | 海外では主流になっている「受益者に対する説明責任」の考え方に基づいた支援が希薄であった | ・Q&A (HAP、Sphere等) |
法的なケアと避難時の保護 | 被災者に対する法的アドバイスや避難所等での人権の保護 | 被災直後から被災者に発生するニーズにも関らず、その原則や法制度に習熟した人が不足していた | ・Q&A (HAP、Sphere等) ・法制度 |
ジェンダー・弱者 | ジェンダーや要援護者に配慮した事業計画と実施 | 避難所におけるプライバシーの問題や生理用品や下着の不足など既存の支援体制で配慮が不十分であった点への対応が必要とされた | ・Q&A (HAP、Sphere等) |
広報・渉外 | 緊急時における対象別の的確な情報発信と広報や対外的な窓口 | 海外の事務所等から専任の情報官が派遣されたNGOでは予め定められた規則や手順に従った対応が可能だったが多くの団体ではうまく対応できなかった | ・ITC |
心のケア | 心理的トラウマに配慮した被災者支援 | 心理的なケアを専門としない人でも緊急人道支援に関わる総ての人が踏まえておくべきとの認識が広まった | ・サイコロジカル・ファーストエイド(PFA) |
支援の調整 | マルチセクタの支援団体間の支援の調整 | セクター間の情報共有や支援の調整が不十分であった | ・Contingency Plan (不測事態対応計画)、防災・災害対応計画 ・災害マネージメント ・コミュニティ防災 |
ボランティアコーディネーション | 個人ボランティアを組織化して事業に生かす | ボランティアの組織化の重要性とそれを実行できる人材が不足した | ・災害ボランティアセンター設置・運営 ・災害ボランティアコーディネーター |
ロジスティクス | 緊急時における支援物資にかかる物流・倉庫管理 | 緊急人道支援時のロジスティックスに習熟した人材が不足した | |
ファンドレイジング | 資金調達と管理 | 適切な資金調達が滞ったケースも多く、透明性のある執行と報告多大な手間を要した | ・ファンドレイジング ・財務管理 |
人事・安全管理 | 緊急時における人事管理及び安全管理 | 既存の人事・安全管理の仕組みでは対応しきれない団体が殆どであった | ・安全管理 ・労務管理 |
(注1)東日本大震災の経験から明らかになったこと
【参考】「東日本大震災 市民社会による支援活動 合同レビュー事業検証結果報告書 ~国際協力NGOの視点から~」(2014年5月、JANIC)
(注2)研修例については「5.研修情報(例)」もご参照ください
4.東日本大震災での事例
(1) プロジェクト管理
震災現場では、平時と異なる環境の中で事業計画を策定し、刻々と変化する状況の中での柔軟な対応を行いつつも、適切な事業の実施運営が求められます。ある団体は、国際協力機構の在外事務所勤務経験者を同団体の現地(岩手県)連絡事務所長として派遣しました。緊急時で新規雇用の職員に対するオリエンテーションに充分な時間を割ける余裕がない中、この職員は海外でのプロジェクト運営の経験を活かし、事業計画の策定や人員、工程管理等をスムーズにこなすことができました。
(2) ジェンダー・弱者 / 援助の質と受益者に対する説明責任(i)
震災時には、施設や物資が不足するなかで、女性のプライバシーを守ることが難しかった避難所がありました。その一方で、海外の支援の経験からSphereスタンダードの知識を有するNGOが活動していた避難所では、避難者の声(クレーム)を拾い上げるための目安箱を設けて避難所の運営に反映することにより、受益者に対する説明責任を果たす等、ジェンダーや弱者に対しての配慮がなされていました。
(3) 法的なケアと避難時の保護
被災者は様々な手続きをしなければなりません。しかし、精神的・肉体的にも余裕がない被災者にとって、複雑な制度を理解して対応することは大きな負担となっていました。東日本大震災においては障害者、性的マイノリティ、外国人などが避難所に入れない、又は入りづらかったという事例が報告されていました。そこであるNGOは、プロテクション(保護)の観点から、支援から漏れている人がいないかを確認し、適切に支援を行うと共に、災害時に取り残されがちな外国人支援として、通訳や制度の翻訳などの8言語に及ぶ法律支援を行いました。
(4) 広報・渉外
ある国際NGOでは、発災直後から専門の広報担当官が海外から駆けつけ、こうした業務へのサポートを行った結果、国内外の両方から多くの支援を集めることができました。発災直後の初動対応時はとかく被災者への対応にのみ意識が集中しがちですが、団体として支援を行う意思をいち早く広報して募金を開始したり、活動立ち上げのプロセスも情報公開して、行動を開始していることをアピールすることが大切です。特に情報が乏しい初動段階では、被災地に直接人を派遣しているNGOの生の情報は貴重であり、メディアも大きく取り上げます。世界に報道され海外からの支援オファーにつながる場合もありますが、現場の実情にそぐわない申し入れに対しては交渉・調整する渉外力も必要です。こうした広報や渉外を上手に行うことができるか否かで、各団体に集まる追加支援の量に大きな差が出ました。
(5) 心のケア
心のケアには、専門家だけでなく、支援に関わる総ての人が踏まえておくべき必須事項もあります。あるNGOは、いち早くこどもの心のケアの必要性に注目し、現地の組織と共に、海外からの専門家を招いて学校で教員・保護者を対象とした研修会を実施しました。また、この経験をもとに「WHO版サイコロジカル・ファーストエイド(PFA)・フィールド・ワーカーズ・マニュアル」の翻訳にも取り組みました。
被災地では被災者だけでなく、支援者自身も精神的なストレスに見舞われます。あるNGOは阪神・淡路大震災の教訓を活かして、被災地に入る自団体の職員の心のケアにも取り組んでいました。
(6) ボランティアコーディネーション
石巻では、ある団体が中心となって、組織化されたボランティア活動と市民による支援団体調整の仕組みを整え、多くの市民の力を活かすことに貢献しました。この経験を活かし、同団体では、一定の研修を積んだリーダーの元で個人単位ではなくチーム単位で活動する手法を体系化した研修を提供しています。
(7) ロジスティクス
緊急時には支援物資の倉庫管理や輸送にも平時とは違ったやり方が求められます。多くのNGOでは他業務で忙殺されているロジには不慣れな人材が兼務しており、支援物資の管理や輸送に困難を伴っている状況でした。一方、海外の支援でロジスティシャンを雇用している団体では、このような問題は起こりませんでした。
(8) 人事・安全管理
ある団体は発災以前から国内災害の対応マニュアルを整えていましたが、東日本大震災では、マニュアルの範囲を超えた対応の検討と実施を余儀なくされました。 とくに支援にあたる人材の確保は急務であったため、海外事務所から緊急人道支援部門の外国人スタッフの派遣を受けました。
緊急援助の経験豊かな外国人スタッフの支援は発災直後の緊急期には有効でしたが、中長期の復興支援にあたっては、日本語が話せず日本の文化や習慣に通じていなかったため、被災者との直接のコミュニケーションには限界がありました。このため、多数のスタッフを新規に雇用し、最終的には全ての支援活動を日本人スタッフで行いました。これらの国内派遣に際しては、待遇と共に被災地におけるスタッフの安全配慮の観点から事故発生時の補償を含む不測事態に備える対応計画等、各種規程の整備も行いました。
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(i)「説明責任」というと、従来は主に資金的な支援者や組織に対する報告が重視されてきましたが、人道、緊急、開発支援における「説明責任」は、被災者等、その支援によって影響を受ける人びとに対する説明責任を意味しています。支援者は時に生死の境目にあるような深刻な状態にある人々・コミュニティに対し、絶大な影響力を持っています。受益者との間に存在する不均衡な力関係を認識し、被災者・受益者を支援の計画・実施・評価の過程に巻き込み、適切な支援を実現するとともに、支援計画や結果に対し、被災者・受益者側に苦情申し立てをする手段を与えること、また実際に申し立てがあった際は支援活動の改善と組織の学習に繋げる姿勢が求められています。
5.研修情報(例)
参考)英語・略語解説
Sphere (standard)
人道憲章と人道対応に関する最低基準(The Sphere Project: Humanitarian Charter and Minimum Standards in Humanitarian Response)。1997年に人道支援に関わるNGOと国際赤十字・赤新月運動により、人道支援の際に、支援の質を向上し説明責任を果たせるようにすることを目的に設立された。事務局ジュネーブ。http://www.sphereproject.org/
HAP (benchmark)
人道支援活動の説明責任パートナーシップ(Humanitarian Accountability Partnership)。人道支援を実施する際に、組織が最低限守らなければならない基準を、責務の責任と遂行、職員の能力、情報共有、参加、クレーム対応、学習と継続的な改善の6項目に分類して定めている認証制度。2003年創設。事務局ジュネーブ。http://www.hapinternational.org/
Contingency Plan(ning)
偶発事故対策(大災害や大規模地震等不測の事態に備える事前対策)や不測事態対応計画(国家レベルでの危機管理対策)のこと。日本の災害対策では、地域防災計画や地区防災計画等がこれに当たるが、海外の人道支援の現場のContingency Planは計画時から市民社会を含むマルチセクタ参加型であることが特徴となっている。http://www.janic.org/event/1118111921cp.phpなど
PFA
サイコロジカル・ファーストエイド(心理的応急処置)。深刻な危機的出来事に見舞われた人々に対して、支援者が心理社会的支援を提供するためのガイドライン。被災者のみならず支援者の心のケアの問題も扱う。PFA にはいくつかのバージョンがあるが、WHO(世界保健機構)版は精神保健の専門家以外にも普及が容易であるという特徴があるため、総ての支援関係者が踏まえておくことが望まれる。