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逢魔が刻の伝説
『もし死んだ人の未来を変えられるとしたら…貴方ならどうしますか?』
使い古された言葉が頭に浮かんできた。
誰もが一度は考えた事のある妄想。
俺の好きなSF小説の言葉にだって使われていた。
その物語は過去の分岐点に戻れる力を手に入れた主人公が、自分の都合の良いように過去の選択を変え人生を謳歌するといストーリーだった。最初は失敗や忘れ物等の挽回に力を使っていた主人公。
次第に力に取り付かれていき、好き放題をはじめる。しかし過去を変えたことによって発生した歪みが積み重なり、最終的に主人公は破滅するというバッドエンド仕様の作品であった。
因果応報を描くこの作品は、当時の流行りであったチートや転生最強モノとは全く違う斬新な面白さがあり、自身も影響を受けたのを覚えている。
・・・・・
そう覚えているのだ。
その物語の内容を。
・・・・
だからこそ、おかしいのだ。
・・ ・・ ・・・・・
…まだ、出版されていない本の内容を覚えているのだから。
~?side~
事の始まりは、俺が目覚めた時まで遡る。
何処か遠くの方から騒ぎ声が聞こえる。
靄の海に沈んでいた意識が徐々に浮上していく。
重たい瞼を開けると、そこは何処かの教室の中だった。
俺以外にも学ランに身を包んだ奴らが所々で騒いでおり、遠くの方から聞こえていたと思った喧騒は、存外すぐ近くで雑談している彼らの声を拾っていたようだ。
ぼーっとする頭の中で『あっ、これは夢だな』としばらくしてから気付く。
見覚えのある教室やクラスメイトの顔触れから、ここがかつて通っていた高校の教室である事を思い出したのだ。
いま着ている服が学生服であり、着慣れたスーツでないことからも夢を見ているのだという推測が強くなる。痺れた左腕には初ボーナスで買ったはずのGエクスの腕時計(定価28万)が着いたままであり、決定的な違和感として、その存在を主張していた。
変な夢だなーっと頬を掻きながらぼんやり思う。
夢の中で起きて夢と気づくこともそうだが、このころの記憶は俺自身が余り良く覚えておらず、記憶に出来た空白地帯となっている。
徐々にはっきりしていく意識の中で、ふと学ランに染み込んだ懐かしい臭いが鼻をくすぐる。
マイセン
昔し父親が吸っていた煙草の臭いだ。
モンスタースモーカーだった父は死ぬまで禁煙などしいと周りに公言する程の愛煙家で、こっちが食事の最中だろうと関係なくスパスパ煙草を吸ってくる迷惑極まりない存在だった。
そんな父が突然、煙草を止めて浮いたお金でサプライズ家族旅行などに時間を割くように心変わりしたのが丁度このころ。
家族みんなが驚いたし、ボケたかと本気で心配したものだ。
しかし、それが自分を気遣う為にやってくれているのだと気付いた時、俺はマジ泣きした。
親って偉大だっと本当に思った
そんな懐かしい臭いに思わず目を細めていると、漸く重大な違和感に気づいた。
・・・ ・・・・・・・
夢の中なのに腕が痺れている!?
ぼんやりしていた意識が急速に覚醒していく。
衝動的にガバッと勢い良く立ち上がると一瞬周りから注目を集めたが、直ぐに何事も無かったように雑談を再開するクラスメイトたち。
そのあまりにもリアルな反応に焦りが更に大きくなる。
心臓の鼓動が早鐘のように脈打ってうるさい。
・・ ・・・・
これは本当に夢なのか?
有り得ないとは頭で分かっているのものの、五感からもたらされる情報はやけにリアルで、俺の疑念を後押しする。
感触も寒さもリアルすぎだろ!?
余りにも非現実的な状況に混乱する中、思考を繰り返しあれやこれやの可能性を考える。
半ばパニックを起こしながら、この時叫ばなかった自分を誉めてやりたい。
それから数分後、脳ミソが思考出来る程度にまで回復した頭で、状況を整理するため再度辺りの様子を見回す。
南向きの窓から西日が教室内に紛れ込み、帰る身支度を終えた奴らが談笑に興じて騒がしい。黒板には11月25日と書かれており今の季節が冬であることが分かった。
俺は自分の手の甲を抓って確認する。
確かな痛みが走り、抓っている手を俺は離す。
現実
これは非現実か。
そう思いながらも、いまだ信じきれていなかった。
一体全体どうしてこうなったのか、検討すらつかない。
俺は混乱する頭を振り、こうなる前の記憶を思いだそうと再び目を閉じた。
過去~優side~
・・・
5年前に高校を卒業して会社員となった俺は、変わり映えのしない日々を過ごしていた。毎日が同じ事の繰り返しでただ、ただ無駄に時が流れていく。
特に楽しい事もハマってる事もない日々。
そんな中、何となく帰省しようと思い立った。
別段、家族に会いたかったわけでもなく、会社とアパートの往復しかない生活に嫌気がさしていて何かを変えたかった。
過疎化が進む現代において、大都市圏が近い自分の故郷は比較的にまだマシな方に分類されるだろう。
しかし、少子化と高齢化の影響は色濃く現れており、
人口は激減、かつてはベットタウンとして賑わいを見せた街並みも今では人が居住する住宅に迫る勢いで空き家が増え続ける寂れっぷりを晒していた。
優『よいっしょ!っと!』
俺は新幹線と電車を乗り継ぎながらやっとの思いで故郷の地に降り立った。
座りっぱなしで固まってしまった身体を解すように背伸びをし、そのまま各部位の体を解す。
ある程度解すとキャリーバックを転がし改札口へと足をすすめる。
くろの ゆうすけ
黒野 優友 24才 O型、独身
黒髪を短く切りそろえた髪型にそれなりに整った顔立ちと程よく鍛え上げられた筋肉質な体、何処か世捨て人みたいな落ち着いた雰囲気もあってか、老けて見えないこともない外見をしている。目の下にできた大きなクマがそれに一躍かっていることもあ。
優の周りから【残念】と称される一因でもあるその大きなクマは、活発そうな印象を打ち消し、不健康そうな草臥れた人間に優を見せるらしい。
実際、活動的で行動力も決断力もあり、協調性を大事にする性格なため慕ってくれる後輩も多く、決して社交性が低い訳じゃないのだが…
外見が不健康=根暗そうに見えて近づき辛い奴と勝手に誤解されがちなのだ。人は外見で第一印象の9割を決めるとはよくできた言葉だと素直に思う。
さて、久しぶりの帰省に感慨深い何かを感じながら、実家へと向かうため北口から通い慣れた道を歩く。
駅から実家までだとそこそこの距離があるのだが、鍛えてる自分にとっては大した距離ではない。
…決してタクシー代が勿体無いとか思ったわけじゃない。
金は有限なのだ。
………倹約は大事なのだ。
駅を出るついでに、角にある花屋で向日葵とカスミ草の花束を作ってもらい、崩れないようキャリーバックの上に優しく乗せて歩き出す。
・・・
俺は実家とは遠回りになる道を進んでいる。
忘れたくない想いのために。
俺の育ったこの『神領町』は結構古くから町として存在しており、遡れば鎌倉時代までたどれる由緒ある土地らしい。俺からしたら土地に由緒が有ろうが無かろうが関係なく、困るもんじゃなければどうでもいいのだが、古くから成り立つ歴史のためか、曰く付きの場所がいくつもある。
生け贄の首塚とか、子代わり地蔵とか、禍々しい名所が。
なんでも大昔は、この近辺で神隠しが頻繁に発生したらしく、『神の領域』として人が近づかないとこだったらしい。それ故に恐れられて名付けられた地名が『神領』なのだそうだ。
今も残る伝承には
『黄昏の光が闇に染まりし逢魔が時、大禍とかえに渡り越し霊刻の門ひらかん。禁忌を犯す者よ心せよ…うんたらこうたら……』
とかなんとか書いてあるらしい。
まぁ、他にも色々な話があるけれどその話は次回に取っておこう。
どれくらい歩いただろうか。前方に公園が見えてきた。
公園に近づくにつれて鼓動が早まり、足がふるえる。
辺りは夕日からの西日で黄金に照らされ、誰もいない公園をより一層儚く見せていた。
その何とも切ない光景を視たためだろうか。
封印した筈の感情がせり上がって胸を締め付け、悲しみと後悔が蘇ってくる。
優『全然、来れなくてごめん。』
俺は何もない場所に向かって跪き、花束を供える。
目を閉じれは鮮明に蘇ってくる思い出。
いつのまにか一緒に勉強するのが当たり前になって。
なんだかんだ言って俺は恋に落ちてしまって。
心を通わせ始め、想いをお互い意識し始めて。
想いを告げ、両想いになれたあの日。
死
恋した相手が壮絶な最期を遂げた。
余りにも酷い終わりに色々な感情が胸の中で嵐のように吹き荒れる。目が熱くなって息が詰まる。
ただ精一杯に黙祷を捧げる。
優『今でも後悔して止まないことだらけだよ。』
頬を伝って流れ落ちる雫が地面に吸い込まれ弾ける。
優『もう、吹っ切れたかと思ってたんだけどな…』
優友の弱々しい呟きが零れる。幸い辺りは人の気配もない。泣き顔を誰かに見られることもない。
せきを切ったように溢れ出す涙を無視して黙祷を続ける。
優友の脳裏に浮かぶのはあの日……
ニュースによってもたらされた訃報。
そこに映し出された彼女の写真と名前。
一瞬、世界が止まったように感じて、全身に冷水をぶっかけられたように血の気が引いていくのを感じた。
テレビから流れるニュースは残酷な事実を流し続ける。
愛がナイフを首に突き立てられた事による失血死したと言うのだけが耳に残った…
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