アクセル・ワールド~蒼き閃光~ 作:ダブルマジック
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Acceleration29「はっ! ほっ! うりゃー!」
花のバレンタインデーも疾風のごとく過ぎ去ってはや1週間。
テルヨシも災禍の鎧の一件でパドと交わしたフルシフト――とは言っても時間は短くされていた――でのバイトも終わり、ようやく土日に時間が空くようになった週末金曜日の学校の昼休み。
1ヶ月も領土戦とバトロワ祭りに参加できなかったテルヨシのフラストレーションはなかなかのもので、明日と明後日はその思いの丈を全てぶつけるつもりでいた。
そしてこの昼休みで今、テルヨシは1人の少女と学内ローカルネットにフルダイブして、その中に搭載されている大樹の中のレクリエーションルーム。
そこの一番人気のないゲームコーナーに来ていて、そこにある《バーチャル・スカッシュ・ゲーム》をプレイしていた。
正確には一緒に来ていた少女、倉嶋千百合がテルヨシの見学する前でひたすらにプレイしている。
VR空間では猫のコスプレのようなアバターを動かすチユリを見ながらに、テルヨシはその動きに毎回少しずつではあるが進歩が伺えて思わず笑みがこぼれる。
約1ヶ月前に、チユリから《ブレイン・バースト》をインストールできるように協力することを頼まれていたテルヨシは、1月の終わり頃からこうして互いの時間が合う時にここを訪れてはゲームをプレイする日々を送っていた。
何故どうしてこのバーチャル・スカッシュ・ゲームがブレイン・バーストに関係あるのかと言えば、それはこのゲームがきっかけで黒雪姫は有田春雪という子を見出したからであるが、どうしてこのゲームが子を見出すきっかけとなり得たのか。
ブレイン・バースト。正式名《Brain Burst2039》というアプリケーションをインストールするには2つの条件があるからだ。
まず1つは生まれた直後からニューロリンカーを常時装着し続けてきたことで、第1世代のニューロリンカーが市販されたのが、テルヨシの生まれる1年前の2031年であり、この条件によって最年長プレイヤーが存在しているわけだ。
そして2つ目の条件が、高レベルの脳神経反応速度を持つ者でなければならない。要はVRゲームの上手い人間がそれに当てはまりやすい。
しかしその基準値などは明確ではなく、どの程度でインストール可能かというのは、結局のところ運に任されてしまう。
その上で現実的な数値を『スコア』として残せるバーチャル・スカッシュ・ゲームは、ある程度ではあるがその適性を見極める基準を作れるとテルヨシは考えたのだ。
現在、このバーチャル・スカッシュ・ゲームでのハイスコアは『レベル166 スコア374万』であるが、これは黒雪姫がハルユキの興味を引くために加速を使った上で出した記録だと聞いていたため除外。
正確にはその次『レベル152 スコア263万』のハルユキの記録が数値としては正式なベストスコアだが、これがどの程度凄いものなのかは、1ヶ月前にテルヨシも挑戦して『レベル104 スコア180万』という本気の本気で出した記録でも遠く及ばないとあればわかるだろう。
もう1つのサンプルとして、テルヨシはタクムにも1度プレイさせてみたところ『レベル82 スコア142万』という記録を出したため、サンプルは少なく、得手不得手もあるがタクムとテルヨシの間かそれ以上の記録を出せるようになれば、インストールできる可能性に希望が持てて、1つの指針として十分なモチベーション維持と明確な目標が設定できたわけだ。
そういったことがあって、今もひたすらに壁へ向けてボールをラケットで打っては返し、打っては返しを繰り返すチユリの様子を見ていたら、丁度ボールのスピードが上がったタイミングで焦り出して空振りし、そこでゲームは終了。スコアは『レベル50 スコア86万』と表示される。
「あー、またここでつまずいたー! 急にスピード変わるから焦るんだよ! 不親切な設計!」
「それでも反応は悪くないよ。空振りも振り遅れじゃなくて当てる場所がズレただけだし、前進前進っ」
ゲームオーバーとなってコートに仰向けに倒れたチユリに対して、テルヨシは見学していた場所からコートへ向かいつつそんな言葉をかけると、チユリはそれでも悔しいのか寝たままで手足をジタバタさせて唸るので、テルヨシはその姿に思わず笑ってしまう。
「特訓初日がレベル25だったんだから、1ヶ月で倍になってるのは十分凄いことだよ。もう1ヶ月でまた倍になったら、新学期にでもタクム君の記録は抜いてるんじゃないか?」
「そんな簡単な話じゃないですよテル先輩ー。何かコツとかないんですか?」
「コツって……うーん……そうだなぁ……スピードアップしたら、1、2歩後ろに下がってみるといいかもしれないけど、そういう後ろに退くみたいなやり方はチユチユ好きじゃないでしょ?」
「当然ですよ! そんなやり方じゃ納得いきません!」
ガバッ! とテルヨシの言葉に反応して上体を起こしたチユリは、その強気な性格からそういったことを好まないと肯定。
そんなチユリのことが嫌いじゃないテルヨシは、そのやる気さえあれば問題ないとは思いつつ、伸び悩む少女に何か1つでもアドバイスをとまた頭を捻る。
「…………なんとなくだけどね。チユチユは来たボールをただ打ち返してるんじゃないかなって思うんだけど」
「えっ? スカッシュってそういうスポーツじゃないんですか?」
「それね、自分が打つボールがどういう軌道で壁に当たって、どういう跳ね返り方をするかって打つ前に想像するんだよ。どういう角度と強さで打てばどう返ってくるかって感じにね。来てから体を動かすんじゃなくて、来る前にもう動き出せるようにすると、半歩くらいは違ってくると思うよ」
今まで見てきた中で、見てから動くプレイスタイルだったチユリに対して、具体的にそんなアドバイスをしてみた。
それに対してチユリはふむふむと真面目な顔でアドバイスを頭に入れたようだった。
そこでちょうど昼休みが終わることを知らせるアナウンスがローカルネット内に流れたため、テルヨシとチユリも今日はそれで解散となり、次の特訓の日を確認してリンク・アウトしていった。
それからの放課後。
いつもと変わらずにバイトへ向かったテルヨシは、店に出てすぐに店頭の方に回されてイートインスペースを任されると、待ってましたと言わんばかりのお客さんの接客をしていき、30分ほどで手空きになった頃。
我がもの顔で店に入ってきたユニコがいつもの指定席に座って注文を取るので、テルヨシが対応すると案の定煙たがられてしまうが、お決まりみたいなものなので気にせずに接客をしていた。
「なぁテル。お前って子を作る気ってあんのか?」
「唐突だなぁ。そういう聞き方だとオレとニコたんで子作りでもするのかと疑われ……あ、いえなんでもないです」
注文を取ってから届くまでの少しの間で、店に自分しか客がいないとあってか、突然ユニコがそんなことを言ってきたため、テルヨシは意味がわかっていながらボケたはいいが、飛び蹴りでも食らわすつもりだったのか、席を立って臨戦態勢になるユニコにびびってすかさず謝る。
それでテルヨシのボケに芸人並みの反応をしてしまってる自分が悲しいのか、ユニコは後悔するようにグチグチと呟きながら再び席へと座ると、話題を元に戻す。
「子ねぇ……この人ならって確信が持てる人がいればいつでも作るつもりではいるけど、そう都合良くはいかないでしょ? そういうニコたんはどうなのさ。まだ子を作ってないんでしょ? 候補とかいたりするの?」
「あたしは、ちょっと狙ってんのがいる」
「マジで!? どんな子? 同級生とか?」
ここでユニコの話題の意図が理解できたテルヨシは、これでもかというくらいに食らいつくと、注文したケーキを店頭に持ってきてテルヨシに持っていくように言ったパドも話に加わってくる。
「テルも知ってる人」
「ニコたんとオレが共通で知ってる子って言うと、だいぶ限定される気が……まぁニコたんが目をつけるってことは、適性の方はあるんだよね?」
「それはわかんねーよ。ただ単純に誘いたいと思った。そんだけだ」
ケーキをユニコの前に運んだところで、意外にも適性云々を考えてないと言うユニコにテルヨシは少々ビックリする。
現プロミのレギオンマスターであるユニコ。赤の王《スカーレット・レイン》が、まさか誘いたいからと言うだけで、ただ1度きりのコピーインストール権を行使しようとしているのだから、驚くのも当然。
しかしそう思わせるだけの交友関係があり、テルヨシも知る人物となれば、かなり限定。いや、1人しかあり得なくなってくる。
「…………マリアか」
ユニコの言葉の後に少しだけ黙ってから、思い浮かんだ人物の名を言ってみれば、ユニコは目の前のケーキをひと口食べてから、フォークの先をテルヨシへと向けて「その通り」と示した。
今やこの店のプチ常連――1週間に1度は来てくれる――でユニコの妹分となっていた悠木麻理亜。
直近ではつい2日前に来店してユニコと楽しそうに雑談していたのは記憶に新しい。
「あいつさ、昔からおばあちゃんと2人暮らしらしいんだよ。同年代の親しい友達も人見知りな性格でほとんどいなくて、あたしとかといる時は楽しそうにしてくれてっけど、時々妙に寂しそうにする時があんだよ。たぶんだけどな、あたしやパドやテルと自分が『違う』ことを薄々感じてる。それが仲間外れにでもされてるって思われてたら、なんかな……」
違う、という表現はボヤッとしているが、聞いたテルヨシもパドもそれで十分に理解できてしまう。
要はテルヨシ達バーストリンカーと、普通の小学生のマリアでは肉体的な違いこそないが、1000倍の思考の加速による精神的な成長度が比べるまでもなく『違う』。言うなれば『生きる世界が違う』のだ。
それをマリアは確信はないながらも感じていると、ユニコは言ったのだが。
「オレもマリアのことは何気なく見てるけど、別に仲間外れにされてるなんて思ってないよ。この店にいる間は楽しそうにしてくれてる。ただ、寂しそうにしてる時があるのは確かだな。オレ達との違いを感じてるってのもあるかもだけど、それが原因って気はしないかな」
「お得意の心理学か? にしては今回はずいぶん曖昧な感じだな」
「だからなんでもはわかんないの。でも寂しそうにしてる原因は他にあるよ。その時は心ここにあらずって言えば分かりやすいかな」
「だとしてもよ。心に寂しさを持ってんなら、少しでもそれをわかってやりてーよ。あたしらバーストリンカーは、みんな何かしら心に傷を持ってるから、そういう寂しさってのもわかるし」
「っていうのが建て前。本音はマリアにお姉さんらしいことがしてあげたい」
「パド!!」
と、色々と理由を述べていたユニコだったが、実に簡潔にパドにまとめられて赤面しながら怒るが、図星じゃなければそうはならないから、テルヨシは「ちげーからな! ぜってーちげー!」と否定するユニコをなだめつつ、そういうことにしておくのだった。
しかし、この話でテルヨシは1つ、話さなかったことがあった。
それはマリアの表情から読み取れた感情。寂しさはもちろんあったのだが、読み取れたのはそれだけではない。それは恐怖と不安。
何に対して、誰に対して抱いた感情なのかまではテルヨシでもさすがにわからなかったのだが、少なくとも最近になって見えてきた感情だったので、ユニコほどではないがマリアのことは気になっていた。
そうして強く意識して気にすると放っておけなくなってしまうのがテルヨシという人間なのだが、今回はどう動けばいいか困る。
一番は本人に直接聞くのが良いが、普段はバイトの最中に雑談はすれど、悩み相談で親身になって話を聞くわけにもいかない。
そこでテルヨシは幸いにも明日と明後日が店自体の休みであることを利用しようと考えた。
マリアの学校は以前聞いて松乃木学園だということはわかっていたため、明日の放課後にでも直行すればもしかしたら会えるかもしれないと踏んだ。
そうして明日の行動を決定したテルヨシは、まだ走ることもできない自分の体に不安を残しつつもその日を終えたのだった。
翌日土曜日。
どこの学校も午前中は授業があって登校しているはずのその放課後。
いつものように黒雪姫との1日2度の対戦を休み時間に終わらせ、バイトがないならとクラスメートからの昼食の誘いも断って一目散に教室から出て梅郷中学校をあとにし、梅郷中学校より南に位置する松乃木学園目指して歩き始めた。
昨夜バイトから帰ってから、松乃木学園について少し調べていた。
学校の所在だけならものの1分ほどでわかったが、行くに当たっては問題も出てくる。
昨今はソーシャルカメラの普及によって治安自体は良いが、それがあまりにも『抑止力』となりすぎて、他所の学校の前で人を待つという行為すら咎められてしまう。
さらに悪いことに松乃木学園は古き良き『お嬢様学校』で、つまりは女子校なのだ。
そんなところで男のテルヨシが待ちぼうけなどしていれば、怪しまれること必至。
しかし連絡手段があるわけでもないテルヨシは、直接会いに行くしか選択肢はないため、難しいことは考えないでどうするかは着いてから考えることにしていた。
そうして辿り着いた松乃木学園の初等部校門前。
時間も時間なだけに下校する女子生徒が少なからずいて、仲良さそうに話しながらテルヨシの近くを歩いて行ってしまう。
そんな校門のど真ん中に立ってみたテルヨシだったが、やはり目立つのか、はたまた怪しいのか、すれ違う生徒が怪訝な視線を向けてきたが、予想はしていたので気にしない。
しかし、実際に辿り着いてみてもどうするか決まらない。このまま数分もいれば学校の方から教師でも出てきそうで内心びびりまくってるのだが、周りに入れそうな店もなく、本当に困ってしまった。
そんな時に、不意に校門から現れた女子生徒のグループがテルヨシに走り寄ってきた。
それは去年もバイト先のケーキ屋に来てくれていたマリアの昔の友達グループで、テルヨシを見てすぐにわかり近寄ってきてくれたのだ。
その女子グループと一旦校門の端に移動してから、キャッキャとはしゃぐのも制してマリアのことを尋ねる。
一応はクリスマスイヴの日まで友達として付き合っていた子達なので、当然クラスメートか何かで間違いない。
すると掃除当番でまだ校内にいると言うので、まだ学校にいるならと待つことを決め、その子達と話をしながら時間を潰し始めた。
1人でいるなら危ないが、これなら咎められることもない。
そうして15分くらいが経って、女の子らしくお菓子作りの話を楽しそうに聞いてくれる子達から校門へと視線を向けると、校舎から走って校門を出てきたマリアを発見。
何か急いでいるのか、その顔には少し余裕がなさそうだった。
「マリア!」
しかしテルヨシも用事があって来たからには手ぶらでは帰れないとあって、急ぐマリアに声をかけて呼び止めると、マリアは立ち止まってテルヨシへとその顔を向けてキョトン。
何でここに? という感じで固まっていた。
マリアが来たことで話をしていた子達とは別れてマリアへと近寄ったテルヨシは、まだキョトンとするマリアにいつもの笑顔で話をする。
「何か急ぎだった?」
「……あっ。病院」
「病院? どこか悪いのか?」
「私じゃない。おばあちゃん」
テルヨシに話しかけられてようやく思考が回復したマリアが思い出したようにそう言うので、テルヨシも一瞬、マリアの具合が悪かったのかと思ったためひと安心。
「テルはどうしたの?」
「ん? マリアに会いに来た。けど、まぁなんとなく用事は済んだ気がするかな」
続けてマリアがテルヨシがここにいる理由について尋ねれば、今の会話だけでテルヨシの目的が達せられたような感じになったので、意味がわからないとマリアも首を傾げてしまう。
テルヨシの目的はマリアの最近の不安やら何やらの原因を探ることだったが、おばあちゃんの具合が良くないならそれも納得のいくものとなる。
急いで病院に行こうとしていたところを察すれば、入院してるのもわかる。
「いやね、マリアが最近どことなく元気ないなぁって思って、ニコたんもちょっと心配してたから、今日は暇なテルヨシお兄さんがお悩み相談でもって思ったんだけど」
「…………一緒に行く?」
と、ちゃんとした理由を改めて述べてみると、何か考える素振りを見せたマリアは、自分が立ち止まってることに気付いて、言葉足らずではあるが、歩きながら話をと言ってきたので一緒に並んで病院目指して歩き始めた。
「ニコさん、心配してたの?」
「そりゃ妹分のことだから心配もするさ。マリアはどうしてニコたんに話さないの?」
「……話してもご迷惑かと思って」
その道中、おばあちゃんが入院してることをユニコに話さない理由をマリアは迷惑だと思ったからと答えるので、すかさずそんなわけないと否定。
しかしこれも人見知りゆえの弊害。仲が良くなっても、悩みを打ち解けずに溜め込んでしまうのは多い傾向にある。
「マリアはニコたんのこと嫌い?」
「好きです。私と違って明るくてカッコ良くて、憧れます」
「テルヨシお兄さんは?」
「…………それを女の子に聞くのはダメだと思います」
続けた質問でユニコに関してはすぐに好きだと言ったマリアだが、テルヨシはと聞かれて言うのを渋る辺りはやはり女の子だなぁと感じ、笑みがこぼれる。
ちょっとだけ頬を膨らませて言った辺りがまた可愛いと思ったのだが、それは悟られないように表情を隠す。
しかし、テルヨシが心配するよりもマリアはずっと明るい感じがしたので、そちらにも安堵して他愛ない会話を続けていたら、割とすぐにマリアのおばあちゃんが入院する病院に到着。
そこからはマリア先導で病院内を進んでいき、おばあちゃんのいる病室へと入ると、6基備えてあるベッドの一番奥。窓際まで一直線に進んだマリアは、そこにいた凄く温厚で優しそうなおばあちゃんのそばに座って空間を叩く動作。
ニューロリンカーの仮想デスクを操作するというのは今さらなので驚きもなかったが、目の前のおばあちゃんに声をかけるより先にそうした辺りで何か障害でもあるのかとテルヨシは予想。
その予想通り、おばあちゃんは耳が聞こえないらしく、ニューロリンカーのチャットを通して会話をするようで、テルヨシもチャットの許可申請をYESにして会話に参加した。
花のバレンタインデーも疾風のごとく過ぎ去ってはや1週間。
テルヨシも災禍の鎧の一件でパドと交わしたフルシフト――とは言っても時間は短くされていた――でのバイトも終わり、ようやく土日に時間が空くようになった週末金曜日の学校の昼休み。
1ヶ月も領土戦とバトロワ祭りに参加できなかったテルヨシのフラストレーションはなかなかのもので、明日と明後日はその思いの丈を全てぶつけるつもりでいた。
そしてこの昼休みで今、テルヨシは1人の少女と学内ローカルネットにフルダイブして、その中に搭載されている大樹の中のレクリエーションルーム。
そこの一番人気のないゲームコーナーに来ていて、そこにある《バーチャル・スカッシュ・ゲーム》をプレイしていた。
正確には一緒に来ていた少女、倉嶋千百合がテルヨシの見学する前でひたすらにプレイしている。
VR空間では猫のコスプレのようなアバターを動かすチユリを見ながらに、テルヨシはその動きに毎回少しずつではあるが進歩が伺えて思わず笑みがこぼれる。
約1ヶ月前に、チユリから《ブレイン・バースト》をインストールできるように協力することを頼まれていたテルヨシは、1月の終わり頃からこうして互いの時間が合う時にここを訪れてはゲームをプレイする日々を送っていた。
何故どうしてこのバーチャル・スカッシュ・ゲームがブレイン・バーストに関係あるのかと言えば、それはこのゲームがきっかけで黒雪姫は有田春雪という子を見出したからであるが、どうしてこのゲームが子を見出すきっかけとなり得たのか。
ブレイン・バースト。正式名《Brain Burst2039》というアプリケーションをインストールするには2つの条件があるからだ。
まず1つは生まれた直後からニューロリンカーを常時装着し続けてきたことで、第1世代のニューロリンカーが市販されたのが、テルヨシの生まれる1年前の2031年であり、この条件によって最年長プレイヤーが存在しているわけだ。
そして2つ目の条件が、高レベルの脳神経反応速度を持つ者でなければならない。要はVRゲームの上手い人間がそれに当てはまりやすい。
しかしその基準値などは明確ではなく、どの程度でインストール可能かというのは、結局のところ運に任されてしまう。
その上で現実的な数値を『スコア』として残せるバーチャル・スカッシュ・ゲームは、ある程度ではあるがその適性を見極める基準を作れるとテルヨシは考えたのだ。
現在、このバーチャル・スカッシュ・ゲームでのハイスコアは『レベル166 スコア374万』であるが、これは黒雪姫がハルユキの興味を引くために加速を使った上で出した記録だと聞いていたため除外。
正確にはその次『レベル152 スコア263万』のハルユキの記録が数値としては正式なベストスコアだが、これがどの程度凄いものなのかは、1ヶ月前にテルヨシも挑戦して『レベル104 スコア180万』という本気の本気で出した記録でも遠く及ばないとあればわかるだろう。
もう1つのサンプルとして、テルヨシはタクムにも1度プレイさせてみたところ『レベル82 スコア142万』という記録を出したため、サンプルは少なく、得手不得手もあるがタクムとテルヨシの間かそれ以上の記録を出せるようになれば、インストールできる可能性に希望が持てて、1つの指針として十分なモチベーション維持と明確な目標が設定できたわけだ。
そういったことがあって、今もひたすらに壁へ向けてボールをラケットで打っては返し、打っては返しを繰り返すチユリの様子を見ていたら、丁度ボールのスピードが上がったタイミングで焦り出して空振りし、そこでゲームは終了。スコアは『レベル50 スコア86万』と表示される。
「あー、またここでつまずいたー! 急にスピード変わるから焦るんだよ! 不親切な設計!」
「それでも反応は悪くないよ。空振りも振り遅れじゃなくて当てる場所がズレただけだし、前進前進っ」
ゲームオーバーとなってコートに仰向けに倒れたチユリに対して、テルヨシは見学していた場所からコートへ向かいつつそんな言葉をかけると、チユリはそれでも悔しいのか寝たままで手足をジタバタさせて唸るので、テルヨシはその姿に思わず笑ってしまう。
「特訓初日がレベル25だったんだから、1ヶ月で倍になってるのは十分凄いことだよ。もう1ヶ月でまた倍になったら、新学期にでもタクム君の記録は抜いてるんじゃないか?」
「そんな簡単な話じゃないですよテル先輩ー。何かコツとかないんですか?」
「コツって……うーん……そうだなぁ……スピードアップしたら、1、2歩後ろに下がってみるといいかもしれないけど、そういう後ろに退くみたいなやり方はチユチユ好きじゃないでしょ?」
「当然ですよ! そんなやり方じゃ納得いきません!」
ガバッ! とテルヨシの言葉に反応して上体を起こしたチユリは、その強気な性格からそういったことを好まないと肯定。
そんなチユリのことが嫌いじゃないテルヨシは、そのやる気さえあれば問題ないとは思いつつ、伸び悩む少女に何か1つでもアドバイスをとまた頭を捻る。
「…………なんとなくだけどね。チユチユは来たボールをただ打ち返してるんじゃないかなって思うんだけど」
「えっ? スカッシュってそういうスポーツじゃないんですか?」
「それね、自分が打つボールがどういう軌道で壁に当たって、どういう跳ね返り方をするかって打つ前に想像するんだよ。どういう角度と強さで打てばどう返ってくるかって感じにね。来てから体を動かすんじゃなくて、来る前にもう動き出せるようにすると、半歩くらいは違ってくると思うよ」
今まで見てきた中で、見てから動くプレイスタイルだったチユリに対して、具体的にそんなアドバイスをしてみた。
それに対してチユリはふむふむと真面目な顔でアドバイスを頭に入れたようだった。
そこでちょうど昼休みが終わることを知らせるアナウンスがローカルネット内に流れたため、テルヨシとチユリも今日はそれで解散となり、次の特訓の日を確認してリンク・アウトしていった。
それからの放課後。
いつもと変わらずにバイトへ向かったテルヨシは、店に出てすぐに店頭の方に回されてイートインスペースを任されると、待ってましたと言わんばかりのお客さんの接客をしていき、30分ほどで手空きになった頃。
我がもの顔で店に入ってきたユニコがいつもの指定席に座って注文を取るので、テルヨシが対応すると案の定煙たがられてしまうが、お決まりみたいなものなので気にせずに接客をしていた。
「なぁテル。お前って子を作る気ってあんのか?」
「唐突だなぁ。そういう聞き方だとオレとニコたんで子作りでもするのかと疑われ……あ、いえなんでもないです」
注文を取ってから届くまでの少しの間で、店に自分しか客がいないとあってか、突然ユニコがそんなことを言ってきたため、テルヨシは意味がわかっていながらボケたはいいが、飛び蹴りでも食らわすつもりだったのか、席を立って臨戦態勢になるユニコにびびってすかさず謝る。
それでテルヨシのボケに芸人並みの反応をしてしまってる自分が悲しいのか、ユニコは後悔するようにグチグチと呟きながら再び席へと座ると、話題を元に戻す。
「子ねぇ……この人ならって確信が持てる人がいればいつでも作るつもりではいるけど、そう都合良くはいかないでしょ? そういうニコたんはどうなのさ。まだ子を作ってないんでしょ? 候補とかいたりするの?」
「あたしは、ちょっと狙ってんのがいる」
「マジで!? どんな子? 同級生とか?」
ここでユニコの話題の意図が理解できたテルヨシは、これでもかというくらいに食らいつくと、注文したケーキを店頭に持ってきてテルヨシに持っていくように言ったパドも話に加わってくる。
「テルも知ってる人」
「ニコたんとオレが共通で知ってる子って言うと、だいぶ限定される気が……まぁニコたんが目をつけるってことは、適性の方はあるんだよね?」
「それはわかんねーよ。ただ単純に誘いたいと思った。そんだけだ」
ケーキをユニコの前に運んだところで、意外にも適性云々を考えてないと言うユニコにテルヨシは少々ビックリする。
現プロミのレギオンマスターであるユニコ。赤の王《スカーレット・レイン》が、まさか誘いたいからと言うだけで、ただ1度きりのコピーインストール権を行使しようとしているのだから、驚くのも当然。
しかしそう思わせるだけの交友関係があり、テルヨシも知る人物となれば、かなり限定。いや、1人しかあり得なくなってくる。
「…………マリアか」
ユニコの言葉の後に少しだけ黙ってから、思い浮かんだ人物の名を言ってみれば、ユニコは目の前のケーキをひと口食べてから、フォークの先をテルヨシへと向けて「その通り」と示した。
今やこの店のプチ常連――1週間に1度は来てくれる――でユニコの妹分となっていた悠木麻理亜。
直近ではつい2日前に来店してユニコと楽しそうに雑談していたのは記憶に新しい。
「あいつさ、昔からおばあちゃんと2人暮らしらしいんだよ。同年代の親しい友達も人見知りな性格でほとんどいなくて、あたしとかといる時は楽しそうにしてくれてっけど、時々妙に寂しそうにする時があんだよ。たぶんだけどな、あたしやパドやテルと自分が『違う』ことを薄々感じてる。それが仲間外れにでもされてるって思われてたら、なんかな……」
違う、という表現はボヤッとしているが、聞いたテルヨシもパドもそれで十分に理解できてしまう。
要はテルヨシ達バーストリンカーと、普通の小学生のマリアでは肉体的な違いこそないが、1000倍の思考の加速による精神的な成長度が比べるまでもなく『違う』。言うなれば『生きる世界が違う』のだ。
それをマリアは確信はないながらも感じていると、ユニコは言ったのだが。
「オレもマリアのことは何気なく見てるけど、別に仲間外れにされてるなんて思ってないよ。この店にいる間は楽しそうにしてくれてる。ただ、寂しそうにしてる時があるのは確かだな。オレ達との違いを感じてるってのもあるかもだけど、それが原因って気はしないかな」
「お得意の心理学か? にしては今回はずいぶん曖昧な感じだな」
「だからなんでもはわかんないの。でも寂しそうにしてる原因は他にあるよ。その時は心ここにあらずって言えば分かりやすいかな」
「だとしてもよ。心に寂しさを持ってんなら、少しでもそれをわかってやりてーよ。あたしらバーストリンカーは、みんな何かしら心に傷を持ってるから、そういう寂しさってのもわかるし」
「っていうのが建て前。本音はマリアにお姉さんらしいことがしてあげたい」
「パド!!」
と、色々と理由を述べていたユニコだったが、実に簡潔にパドにまとめられて赤面しながら怒るが、図星じゃなければそうはならないから、テルヨシは「ちげーからな! ぜってーちげー!」と否定するユニコをなだめつつ、そういうことにしておくのだった。
しかし、この話でテルヨシは1つ、話さなかったことがあった。
それはマリアの表情から読み取れた感情。寂しさはもちろんあったのだが、読み取れたのはそれだけではない。それは恐怖と不安。
何に対して、誰に対して抱いた感情なのかまではテルヨシでもさすがにわからなかったのだが、少なくとも最近になって見えてきた感情だったので、ユニコほどではないがマリアのことは気になっていた。
そうして強く意識して気にすると放っておけなくなってしまうのがテルヨシという人間なのだが、今回はどう動けばいいか困る。
一番は本人に直接聞くのが良いが、普段はバイトの最中に雑談はすれど、悩み相談で親身になって話を聞くわけにもいかない。
そこでテルヨシは幸いにも明日と明後日が店自体の休みであることを利用しようと考えた。
マリアの学校は以前聞いて松乃木学園だということはわかっていたため、明日の放課後にでも直行すればもしかしたら会えるかもしれないと踏んだ。
そうして明日の行動を決定したテルヨシは、まだ走ることもできない自分の体に不安を残しつつもその日を終えたのだった。
翌日土曜日。
どこの学校も午前中は授業があって登校しているはずのその放課後。
いつものように黒雪姫との1日2度の対戦を休み時間に終わらせ、バイトがないならとクラスメートからの昼食の誘いも断って一目散に教室から出て梅郷中学校をあとにし、梅郷中学校より南に位置する松乃木学園目指して歩き始めた。
昨夜バイトから帰ってから、松乃木学園について少し調べていた。
学校の所在だけならものの1分ほどでわかったが、行くに当たっては問題も出てくる。
昨今はソーシャルカメラの普及によって治安自体は良いが、それがあまりにも『抑止力』となりすぎて、他所の学校の前で人を待つという行為すら咎められてしまう。
さらに悪いことに松乃木学園は古き良き『お嬢様学校』で、つまりは女子校なのだ。
そんなところで男のテルヨシが待ちぼうけなどしていれば、怪しまれること必至。
しかし連絡手段があるわけでもないテルヨシは、直接会いに行くしか選択肢はないため、難しいことは考えないでどうするかは着いてから考えることにしていた。
そうして辿り着いた松乃木学園の初等部校門前。
時間も時間なだけに下校する女子生徒が少なからずいて、仲良さそうに話しながらテルヨシの近くを歩いて行ってしまう。
そんな校門のど真ん中に立ってみたテルヨシだったが、やはり目立つのか、はたまた怪しいのか、すれ違う生徒が怪訝な視線を向けてきたが、予想はしていたので気にしない。
しかし、実際に辿り着いてみてもどうするか決まらない。このまま数分もいれば学校の方から教師でも出てきそうで内心びびりまくってるのだが、周りに入れそうな店もなく、本当に困ってしまった。
そんな時に、不意に校門から現れた女子生徒のグループがテルヨシに走り寄ってきた。
それは去年もバイト先のケーキ屋に来てくれていたマリアの昔の友達グループで、テルヨシを見てすぐにわかり近寄ってきてくれたのだ。
その女子グループと一旦校門の端に移動してから、キャッキャとはしゃぐのも制してマリアのことを尋ねる。
一応はクリスマスイヴの日まで友達として付き合っていた子達なので、当然クラスメートか何かで間違いない。
すると掃除当番でまだ校内にいると言うので、まだ学校にいるならと待つことを決め、その子達と話をしながら時間を潰し始めた。
1人でいるなら危ないが、これなら咎められることもない。
そうして15分くらいが経って、女の子らしくお菓子作りの話を楽しそうに聞いてくれる子達から校門へと視線を向けると、校舎から走って校門を出てきたマリアを発見。
何か急いでいるのか、その顔には少し余裕がなさそうだった。
「マリア!」
しかしテルヨシも用事があって来たからには手ぶらでは帰れないとあって、急ぐマリアに声をかけて呼び止めると、マリアは立ち止まってテルヨシへとその顔を向けてキョトン。
何でここに? という感じで固まっていた。
マリアが来たことで話をしていた子達とは別れてマリアへと近寄ったテルヨシは、まだキョトンとするマリアにいつもの笑顔で話をする。
「何か急ぎだった?」
「……あっ。病院」
「病院? どこか悪いのか?」
「私じゃない。おばあちゃん」
テルヨシに話しかけられてようやく思考が回復したマリアが思い出したようにそう言うので、テルヨシも一瞬、マリアの具合が悪かったのかと思ったためひと安心。
「テルはどうしたの?」
「ん? マリアに会いに来た。けど、まぁなんとなく用事は済んだ気がするかな」
続けてマリアがテルヨシがここにいる理由について尋ねれば、今の会話だけでテルヨシの目的が達せられたような感じになったので、意味がわからないとマリアも首を傾げてしまう。
テルヨシの目的はマリアの最近の不安やら何やらの原因を探ることだったが、おばあちゃんの具合が良くないならそれも納得のいくものとなる。
急いで病院に行こうとしていたところを察すれば、入院してるのもわかる。
「いやね、マリアが最近どことなく元気ないなぁって思って、ニコたんもちょっと心配してたから、今日は暇なテルヨシお兄さんがお悩み相談でもって思ったんだけど」
「…………一緒に行く?」
と、ちゃんとした理由を改めて述べてみると、何か考える素振りを見せたマリアは、自分が立ち止まってることに気付いて、言葉足らずではあるが、歩きながら話をと言ってきたので一緒に並んで病院目指して歩き始めた。
「ニコさん、心配してたの?」
「そりゃ妹分のことだから心配もするさ。マリアはどうしてニコたんに話さないの?」
「……話してもご迷惑かと思って」
その道中、おばあちゃんが入院してることをユニコに話さない理由をマリアは迷惑だと思ったからと答えるので、すかさずそんなわけないと否定。
しかしこれも人見知りゆえの弊害。仲が良くなっても、悩みを打ち解けずに溜め込んでしまうのは多い傾向にある。
「マリアはニコたんのこと嫌い?」
「好きです。私と違って明るくてカッコ良くて、憧れます」
「テルヨシお兄さんは?」
「…………それを女の子に聞くのはダメだと思います」
続けた質問でユニコに関してはすぐに好きだと言ったマリアだが、テルヨシはと聞かれて言うのを渋る辺りはやはり女の子だなぁと感じ、笑みがこぼれる。
ちょっとだけ頬を膨らませて言った辺りがまた可愛いと思ったのだが、それは悟られないように表情を隠す。
しかし、テルヨシが心配するよりもマリアはずっと明るい感じがしたので、そちらにも安堵して他愛ない会話を続けていたら、割とすぐにマリアのおばあちゃんが入院する病院に到着。
そこからはマリア先導で病院内を進んでいき、おばあちゃんのいる病室へと入ると、6基備えてあるベッドの一番奥。窓際まで一直線に進んだマリアは、そこにいた凄く温厚で優しそうなおばあちゃんのそばに座って空間を叩く動作。
ニューロリンカーの仮想デスクを操作するというのは今さらなので驚きもなかったが、目の前のおばあちゃんに声をかけるより先にそうした辺りで何か障害でもあるのかとテルヨシは予想。
その予想通り、おばあちゃんは耳が聞こえないらしく、ニューロリンカーのチャットを通して会話をするようで、テルヨシもチャットの許可申請をYESにして会話に参加した。