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第百五十二話「空中城塞での一日」
あっという間に二日が経過した。
ザノバも目覚め、元気そうに城内の工芸品を見まわるようになった。
電撃の後遺症はないようだ。
よかった。これで意識不明の重体が続いたとなれば、ジンジャーになんと言っていいかわからない。
クリフには、少し変化があった。
彼はあの直後、キシリカと何やら話していた。
何を話しているのかと思っていたが、なんでも褒美を賜ったらしい。
キシリカからの褒美。
すなわち、魔眼である。
クリフのもらった魔眼は『識別眼』であった。
キシリカの知識の中にある限り、眼で見た物体が何かわかるというものだ。
今後、似たようなことがあっても大丈夫なようにと、自分で選んだらしい。
クリフ先輩はいつも男前だな。
その男前は現在、魔眼の制御ができず、色々と苦労しているようだ。
世の中のあらゆるものに、名前と説明文が浮いて見えるらしい。
文字だらけの世界というわけだ。
今はまだ、エリナリーゼに手を引かれないと歩けない。
だが、いずれは制御して、物知りクリフと呼ばれるようになるだろう。
それまでは眼帯かな。
---
さて、ナナホシの容態だが。
俺たちが持ってきた茶葉。
それを煎じて飲ませてしばらくすると、ナナホシが便意を訴えた。
その後、ナナホシはユルズの手によって医務室に連れ込まれ……まぁ彼女の名誉のために詳細は省くが、とにかく一安心ということらしい。
「体調の方はどうだ?」
ナナホシはまだベッドの上にいる。
彼女の顔色はだいぶよくはなったものの、まだまだ疲労の色が濃く、見るからに痩せていた。
一応、あと一ヶ月は安静ということだそうだ。
「かなり良くなったわ」
だが、気分の方はいいようだった。
いつもの張り詰めた感じは無く、寝起きのようなぼんやりとした表情をしていた。
ついでに、髪も寝癖がついていて、ボサボサだった。
普段は不健康な生活を送っていると思っていたが、あれで毎日梳かしていたようだ。
「今回は、ありがとうございました」
彼女はソーカス茶の入ったカップで手を暖めつつ、俺に頭を下げた。
珍しく、敬語だった。
「危険なところに、わざわざ薬を取りに行っていただけたようで。その……助かりました」
こいつが敬語を使うと、なんだか気持ち悪いな。
いや、きっと、体が弱っているから、気も弱くなっているのだろう。
「気にするなよ」
「前のときも面倒を見ていただいたし……私、けっこう酷いこと言ったのに……その、嫌な顔ひとつせずに助けていただいて、なんとお礼を言えばいいのか……」
ナナホシは、本当に申し訳なさそうな顔をしていた。
こんな殊勝なナナホシは初めてだ。
贖罪のユルズの能力を使うと、体力だけじゃなくて性格まで移されるのだろうか。
「考えてみれば、ルーデウスさんは年上の方なのに、すごくぞんざいな口もきいてましたし……」
「別にそれはいいよ。こっちではまだ18歳だしな」
「元は何歳ぐらいだったんですか?」
「三十よ……いや、それはいいだろ、やめよう。年齢の話は。ついでに敬語もやめよう、今まで通りで行こう」
「はい」
ナナホシはソーカス茶を一口ずつ、ゆっくりと飲んでいた。
そうやって飲めば、病気によく効くとでも言わんばかりに。
「聞いたと思うけど、お前の病気……」
「治らない、らしいわね」
ナナホシのドライン病は完治しない。
ソーカス草で一時的に体内の魔力を排泄することは出来るが、放っておけば、いずれまた身体に魔力が溜まってしまうらしい。
元々この世界の人間でないせいか、免疫が出来ないのかもしれない。
一応、日常的にソーカス茶を飲めば、病気になる事はない。
だが、わずかな魔力でも、体に悪影響を及ぼす事はあるだろう。
いつ、何時、また変な病気に掛かるかわからないのだ。
そして、その病気がキシリカですら知らないような、太古の昔からある病気の可能性もありうる。
この世界で生きる以上、魔力に触れずに過ごすことはできない。
空気にも食べ物にも、魔力は宿っている。
「ナナホシ。お前は帰らなきゃいけない。こんな世界で死ぬ事はない」
「……はい」
「俺も出来る限り手伝うつもりだ。方法が確立するまでな」
「でも、私は……」
「お礼とかは要らないから、その途中で俺が困ってたら、その時に相談にでも乗ってくれ」
「……」
そう言うと、ナナホシは鼻を鳴らして泣き始めてしまった。
声を殺した嗚咽の中、ありがとうございます、という声が聞こえた。
俺はゆっくりと、ナナホシが泣き止むまで待った。
ナナホシはしばらく泣いていたが、目を真っ赤に腫らして、鼻声で言った。
「でも、私は帰るのよ」
「そうだな、早く帰りたいよな……」
「そうじゃなくて、帰るまでに恩を返しきれない……」
おお、帰るまでに返すつもりでいるのか。
意外に律儀だな。
「そんな難しく考えなくていい。俺だって、お前に何ももらってないわけじゃない」
「私があげたのは、研究を手伝ってくれたお礼よ」
「じゃあ、小さい事でこまめに相談するよ」
「小さい事って、例えば?」
「年頃の女の子が何を欲しがるか、とか。
シルフィとの夫婦生活もこれからだしな。
結婚もして、子供も産んでもらったけど、
でも俺はあのぐらいの年頃の子が何を考えてるとか、あんまりよくわからないんだ。
お前なら、年も近いし、何かわかるだろう?」
「……シルフィの考え?」
ナナホシは顎に手をあて、毛布の一点を注視した。
真面目に考えてくれているらしい。
律儀だねえ。
「今はいいよ。何かこう、喧嘩とかした時にさ、仲を取り持ってくれればさ」
「……わかったわ」
ナナホシは真面目に頷いた。
年齢が近いとはいえ、こいつも異世界の住人、それも結婚した奴の気持ちなんてわかるまい。
俺だって同じぐらいの年齢の奴が何考えているのかわからないのだ。
「じゃあ、そういう事で。まだ体は弱ってるだろうから、お大事にな」
「はい。ありがとうございました」
俺は部屋から出た。
あんまり長い事ふたりきりでいると、またシルフィが嫉妬しちゃうからな。
嫉妬するシルフィも可愛い。
だが、嫁を不安にさせて楽しむ趣味はない。
シルフィには、なんの不安もなく俺に愛されてほしいという気持ちはある。
気持ちだけになってしまってるのが、俺のダメな所だが。
---
廊下を歩くと、窓から綺麗な夕日が見えた。
そして、夕日に照らされる、広大な庭園が。
どこの世界でも夕日は綺麗だ。
俺は高い所はそれほど得意ではない。
でも、この綺麗な庭園から見える、雲海の夕日というものが見たくなった。
たまには、俺も風流な気分に浸りたい。
そう思って、俺は城の外へと出た。
綺麗に刈り揃えられた植木と、見たこともない花々。
それらが雲に沈む夕日に照らされ、幻想的な風景が作り出されていた。
こういう所でシルフィに愛をささやいたら、どうなるだろうか。
彼女の事だから、顔を真っ赤にして俯いて、キュッと俺の手を握ってくるだろう。
きっと可愛いに違いない。
よし、シルフィが回復したら試してみよう。
ロキシーにもやってみたいが……。
彼女の事だから、平然とした顔をして「そんなキザなセリフを吐かなくても大丈夫ですよ?」なんて言うだろうか。
何が大丈夫って、要するに今夜のベッドインの予定が空いているかどうかって話だ。彼女はあれでいて、結構あけすけなのだ。
でも、ちゃうねん。俺はエロい事だけじゃなくて、もっと普通にイチャイチャもしたいねん。
夕日を見て「綺麗だね」とか言いつつ「君の方がもっと綺麗だね」とか言って恥ずかしがるロキシーを見たいねん。
まあ、この場にいないから、出来ないが。
「ん?」
そんな事を考えながら歩いていると、庭園の端に目がいった。
そこには白いテーブルが設置されており、
3人の男女が席について、何やら話をしていた。
「そこで師匠の魔術です。師匠の右手から放たれた紫色の魔力が、アトーフェの体を焼き焦がし、その行動を封じたのであります」
「ほう、アトーフェがあれほど弱ったのは、奴の魔術であったか」
「ルーデウス様の魔術は底が知れませんね」
テーブルを囲んで会話をしているのは三人。
ザノバ、アリエル。
そして、ペルギウスだ。
彼らは夕日の中、何やら楽しそうに話をしていた。
会話には参加していないが、さらに二人の人物の姿も見える。
アリエルの後ろにいるルークと、ペルギウスの後ろにいる、シルヴァリル。
二人は立っていたが、総勢五人がザノバの話を聞いていた。
「余やエリナリーゼ殿も巻き込まれましたが、あの魔術はこの世広しといえども、師匠ぐらいしか扱えないものでしょうなぁ」
「雷光によく似ているように聞こえたが……しかし、アトーフェを動けなくするとなれば、それほどの威力は必要だろう」
「それで、その後どうなったのですか? 戦いの行方は」
「さて、それが、余はそこで気を失ってしまったので……と、噂をすれば」
ザノバの視線がこちらを向いた。
見つかってしまっては仕方がない。
俺は一礼をして、その集団に近づいた。
「お疲れ様です。皆さん、こんな所でお茶会ですか?」
「そうなのです師匠! ペルギウス様がアトーフェとの戦いの模様を是非聞きたいと仰られるので、余が事細かに説明していた所です」
「なるほど」
ペルギウスを見る。
彼は、謁見の間で会った時よりも上機嫌に見えた。
「聞いたぞ、ルーデウスよ。アトーフェがあれほど弱体化していたのは、貴様の魔術のお陰らしいな」
「いえ、ザノバがアトーフェを抑えてくれたお陰です。ただ放ったのでは、受け流されていたかもしれませんしね」
「そうかそうか……ククッ、今思い出しても、奴の姿が目に浮かぶ」
ペルギウスは口元を歪めて、嫌らしく笑った。
そんなにアトーフェの事が嫌いだったのだろうか。
とにかく機嫌がいいな。
「ご機嫌ですね」
「そうだとも。何度も煮え湯を飲まされた奴に、こんな所で復讐の機会がやってくるとは思いもよらなかったからな」
「復讐、ですか?」
「そうだ、長年に渡る因縁のな」
そこから語られたのは、400年前の戦争の話だった。
400年前の戦争で、まだまだ若造だったペルギウスは、冒険者の一人として人間側に加担していた。
戦場は最前線。
魔族側の将軍として前線で指揮していたのはアトーフェ。
ペルギウスは戦場で何度もアトーフェと相まみえた。
しかし、当時まだまだ戦闘力の低かった彼は、アトーフェに勝つことなど出来ず、何度も殺されかけた。
そのたびに、兄貴分である龍神ウルペンや北神カールマンに助けられ、ほぞを噛む思いをしたのだとか。
その後、いずれ意趣返しをしてやろうと思っていたペルギウスであったが、
北神カールマンと不死魔王アトーフェがくっついて、
北神カールマンが死ぬ時に、ペルギウスとアトーフェに殺し合いを禁じて、
自分もまた魔大陸に赴く事はなく、ついぞ機会は与えられなかった。
半ば諦めかけていたところだったが、思いもよらないタイミングで、一方的に殴れる機会を得た。
その事が非常に喜ばしかったらしい。
「お前には礼を言わねばなるまい。よくぞやってくれた」
「北神カールマンとの約束は、守らなくてもよかったのですか?」
「カールが禁じたのは、『殺し合い』だ。一方的に殴るのであれば、文句はあるまいて」
無抵抗の相手を、屁理屈をこねてまでぶん殴りたいとは、野蛮なことである。
だが、それだけ深い因縁もあるのだろう。
「我はお前の事を、少し誤解していたようだ、これは何か、褒美をやらねばな」
「褒美は……別に」
今は褒美はいらない。
そういうのはいい。
力とか求めてない。
「そうだな、ナナホシの体調が戻り次第、我が直々に召喚術を教えてやろう」
「……10年間、家に帰れないとかないですよね?」
「我とアトーフェを一緒にするな」
家に帰れるのなら、断る理由もない。
特に、召喚魔術や転移魔術については、よく知っておきたい。
今回と似たような事が無いとは限らないからな。
ついでに、戦うための術も学んでおいた方がいいのだろうか。
俺は喧嘩が苦手だが、それでもこの世界に生きている以上、危機を切り抜けられるだけの力は持っておいた方がいい。
家族を守るぐらいの力は持っていると思っていたが、ヒュドラや今回のようなのが相手だと、どうにも力不足の感じが抜けないし。
そうそうあのレベルと戦う事は無いと思うんだが……。
でも、何かあったらじゃ遅いからな。
「その、ペルギウス様。召喚術の授業が終わった後でもいいのですが、戦う術というか、稽古のようなものを付けてはいただけないでしょうか」
「ふん、アトーフェに触発されたのか? それとも、アトーフェといい勝負が出来た事で、欲が出たか?」
あ、ちょっと不機嫌になった。
いかんいかん。
「いえ、ただ、またああいった状況に陥った時、もっとスマートに切り抜けたいと思っただけです」
「……一応、我と連絡を取るための道具をやろう。シルヴァリル」
ペルギウスは、そう言って、シルヴァリルへと目配せした。
シルヴァリルは懐から、龍が巻き付いた塔のような笛を取り出した。
「それを我とゆかりのある場所で使えば、轟雷のクリアナイトが聞き届け、アルマンフィが迎えに行くであろう」
俺は笛を受け取り、懐へと入れた。
今の話の流れでこの笛をくれるというのは、何か困った時に助けてくれるという事だろうか。
結果オーライである。
「日が落ちたか」
ふと見ると、いつしか夕日は落ちきり、夜空が見えていた。
しかし、周囲は暗くない。
テーブルと、そして周囲の花々が青白い光を放っているのだ。
「このテーブルは、魔照石で作ってある。お前も席につくがいい、まだしばらく話そうではないか」
そう言われ、俺も席についた。
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「やはり炭鉱族の工芸品は、第二次人魔大戦直前の頃のものが一番ですな」
「そうだな。あの戦争で、炭鉱族の住処が消滅せねば、今頃は素晴らしきものができていただろうに」
ペルギウスは、話してみると中々に面白い人物だった。
知識は深く、芸術を愛している。
また、文化人でもあり、創作というものに関しても理解があった。
「ですが、炭鉱族は滅んでいません。あの種族は手先が器用ですし、いずれはまた素晴らしいものを作り上げる職人が生まれるでしょう」
「そういえば、お前たちも一人、職人を育てているのだったな」
「はい、我が師匠はああ見えて、人形の造詣が深い方ですからな、それを叩き込めば、あるいは新たな境地も見えてくるやもしれません」
「ルーデウスの作った人形は見せてもらったが、中々に面白い。人を抽象化して特徴をわかりやすくするとは、見事だ」
二人は楽しそうに話をしていた。
俺は知識的に少し劣る部分があって、話にはついていけていない。
が、聞いているだけでも興味のそそられる話ではあった。
「それほどでもありません」
「謙遜はするな」
「いいえ、ルーデウス様の腕は、シルフィを通じて私もよく存じております」
このお茶会。
実は、もうひとり参加者がいる。
先ほどから楽しそうに話す二人に「あ、それでしたら」とか「ドワーフといえば」と話に加わろうとしているが、うまくいっていない。
まるでボッチの女の子のようだ。
俺と同様、話の内容がコアすぎて、ついていけてないのだ。
「魔術だけでなく芸術にも造詣が深い、ルーデウス様は素晴らしいお方ですね」
「ありがとうございます、アリエル様」
アリエル・アネモイ・アスラ。
彼女の歯の浮くような言葉を聞いて、俺は苦笑せざるを得なかった。
彼女は先ほどから、相槌とヨイショをするだけの人形と化している。
ペルギウスの協力を得たいのだが、どうやって彼に気に入られていいのかわからないのだろう。
こうして一緒にいても、実のある会話ができているようには見えない。
まあ、先は長そうだな。
「そういえば、ペルギウス様、近々この人形を市場に出そうと思っているのですが、忌憚のない意見をお聞かせ願えませぬか?」
ザノバがふと、そんな事を言った。
そして、足元から、箱を取り出す。
見覚えのある箱だった。
「ほう……」
ペルギウスが興味深そうに箱を見る。
しかし、ザノバがその箱を開けると、見るまに不機嫌な顔になった。
「スペルド族の人形か」
「さすがペルギウス様、ひと目でこの人形を言い当てるとは」
「……」
箱の中から出てきたのは、ジュリの作ったルイジェルド人形だった。
躍動感の感じられる素晴らしいデザイン。
けれども、ペルギウスはお気に召さなかったらしい。
「貴様は、我が魔族嫌いだと知っていて、申しておるのか?」
「ハッ! い、いえ、それは……」
ペルギウスは、ルイジェルド人形を唾棄するような目で見ると、吐き捨てるように言った。
「こんなものを販売するなど……やめよ」
やはりダメか。
ペルギウスは、魔族を憎悪している。
ある程度寛容ではあるようだが、今まで見てきた中で、一番偏見を持っている。
そんな人物にスペルド族の人形を見せても、嫌な気分になるだけだろう。
ザノバだってそのぐらいわかるだろうに。
どういうつもりだ?
「いえいえ、ペルギウス様。あなた様も、この人形のモデルとなった人物には、借りがあるはず」
「借りだと?」
ペルギウスが眉をひそめ、そしてふと目を見開いた。
「まさか、この人形、ルイジェルド・スペルディアか?」
「その通りでございます。以前、ペルギウス様が話して下さった、ラプラスとの最終決戦……そこでペルギウス様方に助太刀をしてくれた、あのルイジェルド殿でございます」
ザノバはツラツラとそんな事を言う。
俺が知らない間に、ザノバはペルギウスとこうしたお茶会を繰り返していたのだ。
そして、ピンと来たのだろう。
いける、と。
「無論、ペルギウス様が魔族の事をお嫌いだという事は重々に承知しております。ですが、師匠の技術が世に出れば、世界に新たな芸術の旋風が巻き起こるでしょう。見てみたくはありませぬか? 人形に溢れる、芸術の世界を」
「うーむ」
ペルギウスは少し難しい顔をしていた。
もう一息なのだろうか、俺も口を挟むべきか?
「スペルド族は嫌いだが、ルイジェルドの助太刀なくば、我は生きてはいまい」
「ペルギウス様。ルイジェルドは、自分のしでかした事を後悔しています」
「後悔?」
咄嗟の言葉に、ペルギウスは首をかしげた。
どう言えばいいだろうか。
「はい。彼はラプラスに騙されていたんです」
「ラプラスか……」
ペルギウスの表情が歪む。
この方向か。
「そうです。凶暴化する槍を渡され、操られ、自分の一族の名誉を穢してしまい、それどころか家族を手に掛けてしまった……そんな自分を恥じ、ラプラスを憎悪しています」
「……」
「彼は、自分の一族の名誉を取り戻すべく世界を回っています。この計画は、それを手助けするためのものです。私もルイジェルドには借りがありますが……ペルギウス様もルイジェルドに感謝しているというのなら、借りを返すという意味でも、許可してはいただけませんか?」
そう言うと、ペルギウスは腕を組み、目を閉じて眉根を寄せた。
しばらくして、ぽつりと言った。
「スペルド族の名誉など知ったことではないが……借りは、返さねばならんな……」
「おお、では?」
「……好きにするがいい」
ペルギウスは、少し面白くなさそうだったが、確かにそう言った。
これで、ルイジェルド人形を販売しても、アルマンフィが現れて店を壊す事はない。
むしろ別の誰かに反対されたら、ペルギウスから許可を得ていると、言える。
ペルギウスの名前がどこまで通用するかわからないが、著名人のパワーはすごいはずだ。
それにしても、流石ザノバだ。
会話から勝算が見えたのだろう。
最近のザノバは本当に光り輝いているな。
俺も見習わないと。
「ご配慮、ありがとうございます」
ザノバと共に頭を下げる。
これで、販売計画はまた一歩前進した。
待っててくれルイジェルド。どこにいるのかわからないけど。
「そうだ、師匠。例の技術をペルギウス様に見せてはどうでしょうか」
ザノバがポンと手を打った。
「例の技術?」
「ほら、何もない所から人形を作り出す、師匠の得意技です」
ペルギウスを見ると、ゆっくりと頷いた。
「見せてみよ。貴様の魔術には興味がある」
というわけで、人形製作を実演することとなった。
やることは、いつもと一緒だ。
土魔術で形をつくり、パーツごとに削って形を整えていく。
今回はね○どロイドぐらいの大きさのものを作ってみる。
このぐらいであれば、俺も楽だし、すぐ作れる。
クオリティの程は高くないが、パーツは単純だしな。
今回は顔の部分を鳥の仮面にしてみた。
シルヴァリル人形だ。
「……これはシルヴァリルか? 器用なものだな」
ペルギウスは、その作業を凝視していた。
興味深そうに、注意深く、俺の手元を観察していた。
彼には、魔力が見えるのだろうか。
見えないが、何をしているのかはわかるのかもしれない。
なにせ、伝説の人だし。
「土魔術をこんな事に使う者がいたとはな。驚きだ」
「注文をいただければ、なんでもお作りしますよ?」
「そうだな、ならば、良きものができたならば持ってこい、我が買い取ってやろう」
お得意様が出来た。
バーディガーディはどこに居るか分からないからな。
こういうルートも確保しておかないと。
「それでしたら」
そこでアリエルも会話に参加しようとした。
「我らがアスラ王国にも、素晴らしい石細工師がございます」
彼女はアスラ王国の石細工がいかに素晴らしいかを語った。
自分が王になった暁にはペルギウスの像を作るとまで言い切った。
ペルギウスは、終始、それを面倒くさそうに聞いていたが、最後に吐き捨てるように言った。
「アスラ王国の石細工など、貴族の見栄だけのために作られているものではないか。なんの面白みもないわ」
「……えっ」
絶句するアリエルに、ペルギウスは追い打ちを掛けるように言った。
「王になったのなら、我の像を作るよりも先にすることがあるのではないか?」
「そ、それは……」
ペルギウスはさらに畳み掛ける。
「それとも、貴様にとって王とは、民の税を使い、贅を尽くすもののことを言うのか?」
「……い、いえ、も、申し訳ありません。出すぎた提案を。お忘れ下さい」
アリエルは眼を伏せ、引き下がろうとする。
椅子から立ち上がり、一礼をする。
その姿からは、いつものカリスマ溢れるアリエルは想像も出来ないだろう。
いくらなんでも、ペルギウスは感じ悪すぎじゃなかろうか。
そんなにアリエルの事が嫌いなのだろうか。そんなに気に障る事を言ったのだろうか。
「まて、アリエル・アネモイ・アスラよ」
歩み去ろうとアリエルを、ペルギウスが止めた。
彼は居丈高な視線をアリエルへと送った。
「貴様にとって、王とはなんだ?
真の王とは、何を表すとおもう?」
「それは……知識を持ち、大臣の言葉に耳を貸し、王である自覚を持っていて……」
「違うな」
ペルギウスは、アリエルの言葉を遮って、首を振った。
「我の知るアスラ王は真の王だが、そんな男ではなかったぞ」
「ペルギウス様の知る、アスラ王?」
「そうだ。ラプラス戦役後に王となった、我が朋友ガウニス・フリーアン・アスラはな」
ガウニス王の話は、俺も少し聞いた事がある。
ラプラス戦役における、アスラ王家の最後の生き残りだ。
立派な王で、戦争によってボロボロになったアスラ王国をまとめあげた人物だ。
アスラ王国は400年前から西部を統治する、たった一つの国だ。
戦後に内乱が起きなかったのは、彼の手腕による所が大きいのだ。
「ガウニス様は、偉大な王と聞き及んでいます。とても私が真似できるものでは」
アリエルの言葉に、ペルギウスはもう一度、首を振った。
「奴は偉大ではなかったぞ。
奴は臆病で、戦いは好まず、いつも逃げまわっているような男だった。
勉強も出来ず、武術の才もなく、いつもこっそり町中に出て酒場にいて飲んだくれ、酒場の娘に色目を使う、そんな男だった。
無論、王になろうなどという野心も持ちあわせていなかった。
だが、奴は王として最も重要な要素を持っていた。
だからこそ、我は奴が真の王だと思っている」
「重要な要素とは……?」
「それを貴様が自分の口から言えば、我は貴様に手を貸してやろう」
ああ。なるほど。
これは試練なのか。
アリエルは試されているのだ。
ペルギウスが、力を貸すに値する人物かどうかを。
「王として、最も重要な要素……」
アリエルは顎に手をあて、じっとテーブルの一点を見始めた。
自分の知る、ガウニス王の逸話を思い出しているのだろうか。
しかし、ガウニス王ってのは、バカ殿みたいな奴だな。
あるいは、織田信長か?
「ルーデウスよ。貴様は何かわかるか?」
そう考えていると、ペルギウスが話を振ってきた。
「さて、私は王族ではないのでわかりかねますね」
「つまらんな、適当でいいから言ってみよ」
そう言われてもな。
王か……王ってなんなんだろうか。
いわゆるファンタジー系の物語における王様ってのは、何してる人なんだっけか。
偉い人、国の長。
総理大臣みたいなものだよな。
前世では、政治の事になんてほとんど興味を持たなかった。
ただ、政治家に対するネットの反応を見て、どうだこうだと言ってただけだ。
だから、さっぱりわからない。
「……自分の能力よりも、国や民の立場に立って考えてくれる人が王様になってくれた方が嬉しいですかね」
「ほう」
当たり障りのない事を言った俺に、ペルギウスは感嘆の息をついた。
「アリエルよ。この男は、お前よりもマシな回答を出したぞ」
「……ですが、民の事だけを考えていては、王は務まりません」
「そうだな。ガウニスも民の事ばかりを考えていたわけではない。だが、周囲は奴に力を貸し、アスラは平定された」
「では、能力ですか? 王に能力は関係ないと?」
「無いと思うか? 暗愚な王を掲げる国が、本当に良い国だと思うか?」
「……」
アリエルは、悲しみと歯がゆさの入り混じったような表情をしていた。
ペルギウスがアリエルに何を言わせたいか、わからんな。
まあ、俺にはわからなくてもいいか。
王になんてなる気もないし。
もしかすると、ペルギウスはアリエルの覚悟やら人間性を知りたいだけで、問いに答えは無いのかもしれないし。
それにしても、王か。
そうまでして、なりたいものなのかね。
「考えるがいい、アリエル・アネモイ・アスラよ……さて、暗くなってきた。そろそろ戻るとするか」
ペルギウスの言葉で、その日のお茶会は終了した。
肩を落としたアリエルと、その後ろをとぼとぼと歩くルークの姿が、やけに印象的だった。
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