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愛すべき『蟲』と迷宮での日常 作者:マスター
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第八十八話:(絹毛虫外伝)嫁入り(2)

一周年記念の絹毛虫ちゃんの嫁入り編を読んでくれてありがとうございます。

◆全部:絹毛虫ちゃん
■一つ目:エルメス嬢


 戦闘力が皆無の絹毛虫ちゃんから、心に殺傷性の高いダイレクトアタックを受ける事になるとは誰が予想できよう。あまりの衝撃的な言葉に思わず血を吐いてしまったよ。

 えーーと、なんだっけ、記憶が飛んだぞ。

 私の聞き間違いでなければ、好きな人が出来た。そして、人になりたいと…いくらお父様が『蟲』の魔法の使い手だからといって、能力には限界がある。蟲というカテゴリーの域を超えないならば、多少の無理は通してみせよう。

 だが、今はそのことよりも絹毛虫ちゃんの成長に驚きを隠せない。確かに、倉庫でお留守番をするのが好きな子だったけど、知らぬ間に随分と大きくなったものだ。

「親が知らない間に子供は成長すると言うけど…これは、辛いわ。心にグサってくる。グリンドールのところに行った絹毛虫ちゃんの時も相当辛かったけど。今回のは特大にでかい」

モキュ(お父様のお心にご負担を掛けてしまい、申し訳ありません。ちゃんと、ご説明いたしますので…その、お心のご準備は大丈夫でしょうか)

 えっ!? まだ、お父様の心にトドメを刺す気なのか…反抗期なのかな。ちょっと悲しい。しかし、ここで聞かないわけにはいかない。なんせ、私の可愛い絹毛虫ちゃんが真剣に相談を持ちかけているのだ。お父様としてここで逃げるわけにはいかないだろう。

 私が『ダメだ』『恋愛など許さん』と言えば、絹毛虫ちゃんは諦めるだろう。蟲達の自由意思は尊重しているが、私の命令に絶対服従という制約は変わらない。その気になれば、グリンドールの元に行った絹毛虫ちゃんすら呼び戻せる。

 それが分からない絹毛虫ちゃんではないはず。よって、この私に事の顛末を話す事で正式に許しを得たいのだろう。それほどまでに真剣だという事だ。

 だから、覚悟を決める。

「あぁ、構わないよ。思っている事を全部話してごらん。想いを全て言葉にする事は難しいだろうが…最後までちゃんと聞いてあげる」

モキュゥゥ~(お父様~。実は………)

 それから、三時間程絹毛虫ちゃんによる恋バナが続けられた。その恋バナを聞こうと蟲達が影から這い出してきて倉庫に溢れかえり、一時は大変な事になってしまった。物理的に狭くなってしまったので、一部の蟲を残して強引に影に戻した、後日、恋バナを聞いた蟲から全体展開する事で落ち着いた。

 しかし、私の絹毛虫ちゃんを餌付けするとわね。

 当然、餌付け程度で心を動かされるような蟲ではない。ギルドの魔の手がどこにあるかわからないのだ。そういった事には細心の注意を払うように常日頃教えている。その中で、ハニートラップもありえると教えている。

 まぁ、絹毛虫ちゃんの女子力を考えるに、ギルドの手駒に落とされるほど愚かではないであろう。人を見る目は、ずば抜けている。外見ではなく、中身をみるという事にかけては私の蟲達は、かなり優れている。

「そうか、話は分かった。だけど、なぜ人になりたいのかな?」

モキューー(はい。一言で言えば、おデブちゃん…えっと、マルコ・ポーレさんのお側に居たいと思っております。それも、モンスターとしてではなくあの人の妻として)

 バタバタバタ

 その言葉に恋バナを視聴していた蟲達が…特に雄の個体が倒れていった。中には泡を吐いている蟲もおり、蛆蛞蝓ちゃんが治療へと向かう。

モナァァァ(全く、失恋程度で情けないわね!! 治療の必要はないわ。お父様の影に戻って泣いていなさい)

 蟲達のように倒れはしなかったが、ベッドの一部を握りつぶしてしまった。

 聞き間違いならよかったが、モンスターではなく人として・・・いいや、妻としてそばにいたいのか。

人とモンスターの境界線は、どこにあるのだろうかと考えた事がある。

昔に読んだ書物には、モンスターの定義を意思疎通不可能、人と敵対する存在などと色々と上げられていたが、その定義で言うのならば私の蟲達はモンスターという定義から逸脱するだろう。言語での意思疎通はできないが、筆談での意思疎通が可能。更に、知能指数でみても人を凌駕している個体も多い。よって、人より優れている点は多々見られる。むしろ、ギルド幹部のように人を人として扱わぬ者達こそ真の意味でモンスターだと思うのだがね。

 他にも、人と交配を行って子孫を残せればモンスターでないという仮説もあった。だが、これはオークという種族がそれを完全否定している。オークは、他種族の牝を孕ませる事が可能である。その際に、生まれてくる子供はオークとのハーフではなく、オークとして生まれてくるのだ。まさに、生命の神秘を感じる。恐らくは、オークの魔力の使い方なのだろう。瀬里奈さんは、魔力を消費する事で交配なしで子供を産めるように、オークも魔力を用いて他種族を孕ませる事が可能なのだろうね。

 話がそれたが、絹毛虫ちゃんがマルコ・ポーレという人物の子供が産めるかと言われれば現状では不可能である。生憎と生命としての規格が大幅に違う。

 だから、生命としての規格さえ合わせてしまえばそれも可能なのだ。

「絹毛虫ちゃんの思いは理解した。結論から言おう…絹毛虫ちゃんが全てを捨てる覚悟があるならば、その望み…全身全霊を持って叶えよう」

モキュ(ほ、本当ですか!? )

「勿論だ。人とモンスターの境界線を超えるのは容易ではない…生命としての規格が違うのだ。だが、絹毛虫ちゃんがモンスターという枠を捨てる覚悟があるのならば、100%とは言えないが人として人生を歩ませる事ができる」

 『蟲』の魔法を持って、月日を費やせば絹毛虫ちゃんの外見を人間と遜色ない姿に変える事はできる。だが、それではモンスターという枠組みを出ていない。更に、妻として一緒の人生を歩みたいという事は、子を残せる体でなければなるまい。

 まず一つ目の問題である身体だが、これは外見を人と遜色ないように私が手を加える。そして、内臓に関しては、蛆蛞蝓ちゃんと一緒に手塩をかけて作り上げた人と蟲の遺伝子を持ち合わせた融合臓器に入れ替えよう。嬉しい事に、ギルドが冒険者という肉体的に非常に優れた駒を沢山提供してくれたので、人と蟲の融合臓器の研究はそれなりに進んでいる。人間というのは案外丈夫だ。徐々に身体に馴染ませるように作り替えていけば、多少の無理は通るのだよ。まぁ、治癒薬を湯水のように消費したがね。融合臓器により、蟲というモンスターの規格を逸脱できるだろう。

 具体的には、私の支配下から離れる事になる。そうなると、ギルドの魔の手が伸びてきそうで怖いが、そこは私が守りきろう。

 そして、二つ目の問題である子供を残す事だが…モンスターと人の間では、子供を残す事は極めて難しい。それは、融合臓器を用いてもだ。

 なぜなら、モンスターの血肉が人間にとって有害であるからだ。絹毛虫ちゃんは絶えられても胎児が死ぬ可能性が高いのだ。しかし、オークというモンスターがその壁を突破するヒントをくれたのだ。魔力を用いて他種族…しかも人すら孕ませられる。ならば、それに近い特性を絹毛虫ちゃんに与えればよいのだ!!具体的には、人の子供を残す事が可能になるようにね。

 大変な労力が掛かるが、可能である。絹毛虫ちゃんに持たせている能力を後付けで改変するのは、絹毛虫ちゃんにも相当負担が掛かるだろうが…覚悟している事であろう。染色体の数など考慮すべき点は多々あるが、絹毛虫ちゃんが人の姿を得るまでには調整しよう。

 近い未来に絹毛虫ちゃんが子供を産めばその子こそ、人類最初の蟲の亜人である。

モッキュゥ(お父様、私どんな事でも耐えて見せます。だから、お願いします!!)

「あぁ、勿論だ。そうそう、マルコ・ポーレという人物は、ギルドが運営している病院に入院中だったね。病院には、私が話しをつけるから明日のお昼に見舞いに行ってやりなさい。見舞いに行くのに手ぶらでは、大問題だ…Aの戸棚から好きなのを見繕って行きなさい」

 倉庫にあるAの戸棚には、治癒薬や蛆蛞蝓ちゃん謹製の薬品が纏められている。敵に塩を送るわけではないが、怪我が原因で死なれては絹毛虫ちゃんが悲しむ。

モキュゥ(お父様、ありがとうございます)

 私の言葉を聞くと絹毛虫ちゃんが寝室を飛び出してAの戸棚を物色する為に走って行った。今から準備ですか、お父様の事を置いてけぼりなんて悲しい。

モキュ(大丈夫ですお父様!! 今日は、私が一緒に寝て差し上げます!!)

モッモキュ(狡いわよ!! )

 私を慰めるかのように次々と絹毛虫ちゃん達が溢れてきた。いつか、この子達も私の下を旅立つ時が来るのだろうか。そう思うと、泣きそうになる。



 さて、絹毛虫ちゃんがマルコ・ポーレのお見舞いに来るのは正午…だから、その前にギルド運営の病院に行って話をつけてこないといけない。さて、病院という性質上、モンスターである私の蟲達を自由に行動させてくれるか微妙だ。

 最悪の場合には、私がマルコ・ポーレがいる部屋まで足を運ぶか。可愛い絹毛虫ちゃんが男に会いに行く手伝いをするとか、胸が張り裂けそうだわ。

………
……


「何度言われても駄目な物は駄目です!! モンスターを病院に入れるのは許可できません。患者の中には、蟲系のモンスターにやられて入院している方も居るのです。パニックを起こしかねません。『蟲』の魔法の使い手のモンスターだからといって例外は、ありません」

「そうか、分かった。確かに、仰るとおりだ」

 ギルド運営の病院だから金を積めば頷く屑ばかりかと思ったら、違ったようだ。この恰幅のよいおばさん婦長…人格者だな。受付に残りの人生を遊んで暮らせるだけの金を積んでみたが、最後まで首を縦に振らなかった。

 これ以上、時間をとらせるのも悪いので素直に引き下がる事にする。病院なのだ、騒ぎ立てるのもよくない。だから、考えを変える事にした。

 絹毛虫ちゃんの入場ができないのならば、マルコ・ポーレを引きずり出せばいいのだ。

「婦長、マルコ・ポーレという入院患者がいるな」

「えぇ、205号室にいる人ね」

「私が引き取ろう。あと数日で病院を追い出される身だ。私がこの場で引き取っても構わないであろう?」

「駄目ですよ。本人の同意もなくそんな勝手な事を」

 この婦長め…いいやつじゃないか。アンタみたいな人がこんなギルド運営の病院で働いているなんて知らなかったよ。病院なんてこの世界じゃ縁がなかったからね。もし、ギルド運営の病院を辞めたらヴォルドー領に来なさい。よい条件で再雇用してあげる。

「全くもってその通りだ。では、本人に同意を得てこよう」

 婦長に会釈してから、病院の中を進んでいった。

 病院…お世話になった事はないけど、レベルの低い医療しか行われていない。衛生面しかり、栄養面しかり、医者の技術もしかり、何もかも足りていないね。治癒薬なんて便利な物が存在しているせいでこの分野の発展が非常に遅い。

 これでは、治る物も治らない。

 膿の切除、切り傷は無理矢理縫合など原始的な治療方法だ。そして、包帯を巻いて後は自然治癒任せか。一応、治癒薬を薄めて患部に当てているようだが、何倍に薄めているんだよ。ほぼ水みたいだ。

 ここか。

「205号室…」

 6人部屋…くっ、くさい。なんだこの臭いわ!! まるで何日も風呂に入っていない男達が集まっているかのような…場所だったね!!

 絹毛虫ちゃんをこんな場所に…おぃおぃ、冗談よしてくれよ。こんな汚くてくさい場所に私の可愛い絹毛虫ちゃんがくるなど許しがたい。あまり、私を怒らせるなよマルコ・ポーレ。

 何人かの入院患者が、私を見て驚愕の顔をする。なんだ、私がここに来たらおかしいのか。もしかしたら、入院患者かもしれないぞ。さてさて、マルコ・ポーレのベッドはどこかな………ここか。

 仕切りのカーテンを開けると、ベッドに横たわるおデブがいた。確かに、絹毛虫ちゃんが言うとおりの容姿だな。はぁ~、心はきれいね…その言葉を信じるぞ。

「死んではいないようだな。マルコ・ポーレ。この私が誰だか分かるかね?」

「あ、あっ…はい」

 コミュ障という情報もあるから、それ以上の回答は期待していない。

 それに、私が会いに来ている事にも心当たりがあるようだ。

「貴様には、ここで死んでもらっては困るのだよ。ここに退院の同意書がある。サインしろ。私が治してやる。なぜとは、聞くなよ…まだ、貴様を認めているわけじゃないからな。お礼をいうならば、絹毛虫ちゃんに言うがいい」

「はい」

 おそらく、私が言っている事の半分も理解できていないであろう。別に理解してもらおうとも思っていないからいいのだ。

 マルコ・ポーレが素直にサインをする。これで、無事に退院が決まった。早速、倉庫の空き部屋に移動させよう。以前に、騎士団の連中を料理したベッドが寂しそうだったからちょうどよい。そこで絹毛虫ちゃんに会わせてやる。




モキュ(まさか、おデブちゃんがお父様の倉庫にやって来るとは…お出かけようにブラッシングをしていたのが無駄になってしまったわ)

 ジャラジャラ

 Aの戸棚から物色した治癒薬盛り沢山…流石にこれだけの量があると重いわね。これだけあれば、どんな怪我も一発で治る事間違いなしだわ。

ピー(お待ちなさい!! 物には限度という物がありますわよ。そんなに大量に治癒薬を投与したら、すぐに治ってしまいますわよ)

モッモキュ(何か問題でもあるの?)

ピッピー(まだまだですね。考えてもみなさい。すぐに治ってしまったら看病ができないじゃないですか!? ここは、アピールするところです。絹毛虫ちゃんが居ないと駄目なんだボクと思わせるんですよ)

モモキュウウ(な、なんと!? その発想はなかったわ。天才か!?)

ピッピ(天才です!! それに、忘れたのですか…お父様が、身体を作り替えるのに一ヶ月はかかると言っていたのを。だから、それまでおデブちゃんにはベッドの上にいてもらった方が安全です)

 確かに…もし、傷が治ればおデブちゃんは、ここを出て行くだろう。おデブちゃんに万が一はないと思うけど、私が身体を作り替えている間に恋人なんてできたら目も当てられない。

 よし!! 蛆蛞蝓ちゃんに頼んで、入院を伸ばしてもらおう。後、淫夢蟲ちゃんにお願いして対モンスター戦の睡眠学習プランも作ってもらいましょう。これで、退院時には少しは戦えるようになるでしょう。

 あぁ~、忙しいわ。全く、これだからおデブちゃんは駄目ね。

………
……


 どれどれ、おデブちゃんは、元気…だったら、おかしいわね。安静にしているかしらね。ふむ、心拍数、脈拍ともに問題なし。やっぱり、蛆蛞蝓ちゃんが怪我の治療をしてくれたおかげね。

モッモキュ(さぁ、おデブちゃん、回診のお時間ですよ~。本日の治癒薬は、なんとイナゴの佃煮味ですよ!! )

 通常の100倍に薄めた治癒薬。これでは効果は微々たるものである。しかし、蛆蛞蝓ちゃんがしっかりと傷を診た上で用意してくれた物だ。きっと、退院時期が思い通りになるように緻密な計算がされているに違いない。

「ごめんね。迷惑ばっかりかけて…本当に、なんとお礼を言えばいいか」

モキュィ(お礼なら溜まったツケと一緒に払ってもらいますとも。それと、私が一緒に居られるのは今日までです。いいですか、完治するまでは絶対安静ですからね!!)

 仲間の蟲が代筆してくれている。

「手厳しいね。そっか、明日からは、こられないんだね。残念。君と話すのは好きだったんだけど…」

 なぜ、こられなくなるかという種明かしをしたいけど…それでは、つまらない!! 一ヶ月後には、間違いなく驚かせる事ができるだろう。その顔が見たいのだ。

モキュ(理由は内緒です。後、私が来ないからといって無茶をしては駄目ですよ。ここに居る時は、絶対に蟲達の言う事を聞く事!! 後、当然ですが、お父様の倉庫の物に触らない事。これだけは絶対に守ってくださいね。万が一はないと信じていますが、何かやったら私じゃ止められませんから)

 お父様の倉庫には、防犯のために蟲達が守りを固めている。ギルドの建前では、何年も泥棒が入った事がないと言っているらしいが、ギルド自体が泥棒みたいなものだからそりゃ入られた事ないでしょう。

 だから、お父様はギルドの言う事なんてまるで信じていないのだ。自分の財産は自分で守る…そういうスタンスなのだ。だから、倉庫の物に触る者が居れば問答無用で蟲達が襲いかかる。

「ボクはそこまで恩知らずじゃないよ。怪我の治療をしてもらっているだけでなく、衣食住まで見てもらって…」

モキュ(まぁ、そんな度胸もないでしょうがね。えっと…うーーんと…その…今日は、一緒に寝てあげます)

 メキ

 扉の向こうで何かがへし折れる音が聞こえた。

 今日でこの身体ともお別れですので、最後くらいサービスしてあげます。

「えっ!! でも、ボクまだ眠く…く、ぐるじぃ」

 女の子の私に恥をかかすつもりですか。思いっきり首を絞めてしまった。いいですか、あなたには素直に「はい」としか回答を期待していません。素直に了承しなさい。

モキュウ(もう一度だけ聞きます。眠たいですわよね?)

「は、はい…」

 素直でよろしい。一緒に寝ましょう。

 筆談をしてくれていた蟲が空気を読んで部屋から退出していった。扉を開けて出て行く瞬間、こちらを見る無数の蟲達…私が居ない間に食べられないか若干心配だわ。




 絹毛虫ちゃんがおデブちゃんに別れを告げて今日で二週間目…経過は順調である。蛆蛞蝓ちゃんに絹毛虫ちゃんを飲み込ませて、蛆蛞蝓ちゃんの体内で新しい身体を作っている。新しい身体を作るに辺り、瀬里奈ハイヴまでやってきた。

 瀬里奈ハイヴの地下深くにある機密区画。ここには、冒険者の亡骸や生かされている冒険者が居る。五体満足の者もいれば、身体の一部しかない者もいる。本来の目的は瀬里奈さんがウ=ス異本のデッサン用に集めていたものだが、私も蟲達の未来のために融合臓器の製造に活用させてもらっている。

 人と蟲が助け合う未来って素晴らしいよね。

「絹毛虫ちゃんの身体の再構成は6割というところか…ならば、そろそろ臓器を組み込むタイミングだな」

モナァ(はい。ですが、本当によろしいのですか? この融合臓器…確かに蟲と人との双方の規格を有した物です。それを絹毛虫ちゃんの身体に組み込めば、お父様の力が及ばなくなります)

 あぁ、その通りだ。この融合臓器は、『蟲』の魔法で異物と判定されてノーリスクで影に取り込めない。重度の目眩が生じる。影に取り込むだけならば、裏技的に蛆蛞蝓ちゃんに食わせて収納する方法がある。

 そして、臓器を組み込む事で一番のリスクは、絹毛虫ちゃんに対する能力付与や命令権が失われる。更に、私の能力を以てしても気配が探れなくなる。

「絹毛虫ちゃんが望んだ事だ。それに、既に新しい能力付与も終えている。これで後はこの臓器を組み込めば子を成せるだろう」

 蛆蛞蝓ちゃんが冒険者の肉体から融合臓器を抉り取った。

モモナァ(お父様、お別れのお言葉はよろしいですか?)

「不要だ。今生の別れでもあるまい」

 絹毛虫ちゃんよ。今から君は、新種亜人の母となるのだ。誇るがいい。そして、幸せをつかむのだ。

 絹毛虫ちゃんの新しい身体…実は、私ではなく、ガイウス皇帝陛下が100%デザインを手がけたのだ。全く、どこから嗅ぎ付けたのか、「そんな大事なイベントに儂を呼ばぬとは、見損なったぞ!!」と声を荒立てて殴り込んで来た。神器プロメテウスを使って絹毛虫ちゃんの事がヒットしたのだろうが…使う頻度が多くありませんかガイウス皇帝陛下。

 世界のいい女を知り尽くしたガイウス皇帝陛下が手がける絹毛虫ちゃんの新しい身体は、傾国という名が相応しい。おデブちゃん…なんというか、頑張ってくれ。羨望と嫉妬の眼差しが絶えないだろう。

 更に、亜人が治める『ウルオール』に黙っておくのも問題だと思い、ゴリフターズをつれて説明と後ろ盾になってもらうために土下座しにいってきた。最初は、義父である国王に話した時は、「頭大丈夫か、よい医者を紹介するぞ」なんて顔をされた。

 そりゃ、新しい亜人なんて言われても困るだろうけど…事実なのだから仕方がない。盛大なお披露目は、絹毛虫ちゃんが子供を産んだ際に行う事になるだろう。その子が最初の蟲の亜人となるのだ。

 ちなみに、挙式をあげる場合にはガイウス皇帝陛下を筆頭に、『ウルオール』の国王、ゴリフターズ、義弟達など沢山の人達が集まる予定だから恥ずかしくない式を頼むよ。お金が必要ならこの私が無期限無利息で貸してやろう。



 身体が重い…最初に感じたのはソレだった。身体の感覚がいつもと違う。まぶたを開けてみると液体に使っているようで目の前がぼやける。だけど、その視界にお父様が見えた。あの、白い髪と深紅の目は間違いない。それに、他の蟲達も此方を見ている。

「まだ、早い。もうしばらく眠っていなさい。大丈夫、何も心配しなくていい」

 はい、お父様。なんだか、眠いのでもうしばらく………。

 それから、時々意識が覚醒するようになってきた。どうやら、蛆蛞蝓ちゃんの体内にいるようだ。身体を少し動かそうとしてみるがうまく動かない。これがお父様が言っていた手足を動かすという感覚なのだろう。難しい。

 モキュ

 モッモキュゥ

 仲間が外で何か言っているが聞き取れない。その瞬間、心の中にぽっかり穴が開いてしまった気がした。可能性の一つとして事前に説明されていたけど、現実を突きつけられて涙が出てきた。

 もう、仲間と話せないのだと。後戻りもできないのだと。後悔はしない…そう、決めたのだ。

「モッ…」

「これが絹毛虫ちゃんの選んだ道だ。悲しいだろうが…安心しなさい。皆、応援してくれているのだよ」

 ありがとう皆。

………
……


 それから二週間後、ようやく蛆蛞蝓ちゃんの体内から解放された。再構成された身体は、身体能力的に言えばランクC冒険者に比肩するらしいが、うまく扱えず四苦八苦した。歩行するのも一苦労、物を持っても握りつぶしたり、何をするのも大変だった。

 だけど、仲間達がサポートしてくれるのでとても心強い。

モキュ

 『今日は、発声練習をしましょう。では、最初に「あ」「い」「う」「え」「お」と私達が発声するので続けていきましょう』とプレートが掲げられる。なるほど、では、早速。

モモモモキュ

「モモモモキュ」

 何か違う気がする。

モキュキュ

 『道のりは長そうですね。ゆっくり頑張りましょう』と言われた。なぜだろうか、正しく発音したのに釈然としない。

………
……


 それから、更に一ヶ月の月日をかけてなんとか身の回りの事を一通りこなせるようになった。会話についても完璧。無意識で、モキュと言ってしまう癖があるらしいけど些細な事。

 お弁当も持った、蟲ダシコーヒーも持った。お手拭きも大丈夫。おデブちゃん改め…マルコさんの予定も確認済み。というか、今日公園にいなかったら、怒りますよ。

 えーと、マルコさんは…居たわ。噴水の前のベンチで一人寂しくランチですか。全く、ボッチを極めるより冒険者を極めて欲しいですね。仕方がありません、ここからは私が力を貸してあげましょう。

「相席してもよろしいでしょうか?」

 ガイウス皇帝陛下直伝の優しい微笑みでマルコさんにお声をかけてみる。これで墜ちない男は居ないと太鼓判を押してくれた。

「あ、うん」

 一瞬、周りのベンチの様子を確認したが…どこも開いている。だが、なぜ、ここに座るのかと問い出せないあたりマルコさんらしい。

 というか、声をかけたのに此方の顔すら見ないとかどういうことですか!!

「ゴホン!!」

 自画自賛をするわけじゃないけど、新しい私の容姿は改心の出来映えであると言える。その私に目を向けるより手に持っているパンに視線を注ぐなんて…ちょっと、酷くありませんか。

「実は、パン屋でプレミアム・メープルサンドをま(・)た(・)買ったんだけど、よければ半分どうですか?」

「ふふ、そうですね。実は、私もお弁当にメープルサンドを持ってきました。よければ、半分ずつ交換致しませんか?」

 マルコさんが照れくさそうにメープルサンドを半分にちぎって渡してきた。そして、一口囓る。

「相変わらず微妙な味ですね………で、何時になったら此方を見てくれるんですか? もう、気づいていますよね」

「え、え~っと…き、絹毛虫ちゃん?」

 やっと、こっちを見てくれた。それに、私の名前も知っているようですね。入院中に仲間から聞いたのでしょう。ですが、今の私の名前は違いますよ。

「はい。とりあえずは、及第点を差し上げます。では、改めまして自己紹介を絹毛虫改め…亜人のイセリア・ヴォルドーです」

「マルコ・ポーレです。…あ、あの、ボクも馬鹿じゃありません。イセリアさんが今の姿になってここに来てくれた事、分かっているつもりです。ですが、ボクは…お世辞にも人に受けるような容姿じゃなくて。だから、本当にボクでいいんでしょうか?」

「えぇ、貴方がいいんです。なんというか、ピピっと来ました。運命の人というやつです」

 これは、なかなか奥手のようですね。仕方がありません。私がリードして差し上げましょう。光栄に思ってくださいね。これからビシバシ鍛えていきますからね。


 ふと、視線を感じたので公園の草むらを見るとお父様とガイウス皇帝陛下…そして蟲達が涙を流していた。の、のぞきはよくないと思います!!




 ギルドでの仕事を終えて、自室に帰ってみれば誰かがシャワーを浴びていた。エリスちゃんかと思ったが違う。台所で晩ご飯を準備中だ。という事は、誰なのだろうか。

 エリスちゃんが自宅にいるのに素通しするだけでなく、シャワーまで提供するという事は私とエリスちゃんの顔見知りという事なのだろう。しかし、人の家でシャワーまで浴びるような人に知り合いなんていたかしら…覚えがないわ。

『おかえりなさい!! 本日は、お客様もいらっしゃいますので一人分多く作っております』

 エリスちゃんが筆談してくれる。お客様…いったい誰だろう。シャワー室の前に脱ぎしてられている衣服から察するに女性である。むしろ、これで男性であった場合は非常に問題だ。

「そうなの。でも、いったい誰かしらね。あら、このワイン…うちのじゃないわね」

 本日のディナーは、豪勢だ…素人目にも分かるような本格的なディナーが用意されている。ナイフやフォークも準備されており、テーブルに用意されたワインは私の給料では手が届かない程の高級品だ。

 生活費は、エリスちゃんに渡しているけどそれだけでは絶対に足りない。

『今日の食材は、全部お客様からの差し入れです。さて、ここで問題です。本日のお客様は誰でしょうか!! 一、マーガレット嬢。二、エリザベス嬢。三、エルメスさんが助けた蟲。四、お父様!!』

 少なくとも四はないわね。衣服や下着が女物ですもの…これでレイア様だったら、私は確実に亡き者にされるわよね。三もないわね。そもそも、シャワーを浴びている子のシェルエットが女の子ですものね。だが、マーガレット先輩やエリザベス先輩とも体格が合わない。

 ならば!!

「消去法で三だわ!! きっと、あのシェルエットは蟲達が集まっているんでしょう。私を驚かせようとしたってそうはいかないんだから」

 あれ?違うの!? エリスちゃん、そんなもったいぶらないで正解を教えて!!

「チャオル、チャオルがない…エリスちゃん。チャオル頂戴」

 シャワー室から、可愛らしい声でタオルを探す手が伸びている。ちらりと見えたけど、あの真っ白な尻尾…亜人かしら。それにチャオルって…。

「いいわ、私が持っていってあげるから料理をお願いね」

 さて、亜人の知り合いは少ない。これだけで候補は絞られるが、特徴と一致する知り合いがいないのはなぜだろうか…。そして、シャワー室の扉を開けた。

「モキュ」

 その姿を見て確信した。人にしては完璧すぎるプロポーション。そして、母性をくすぐる顔と雰囲気。身長は150cm程で銀髪のセミロングの小柄な少女。青い目があどけないい。抱き枕には、最適の大きさだ。そして、心を落ち着かせるような匂い…絹毛虫ちゃんにそっくりだ。しかも、「モキュ」って、そんな可愛らしい声を出されたら危ない人に襲われちゃうぞ。

「も、もしかして絹毛虫ちゃん!?」

 トテトテトテ

 謎の美少女が近づいてくる。そして、抱きついてきた。

「ちょっと、服が濡れる濡れる!! 」

「正解です。エルメスさん、お礼に来ました。ムギューーー」

 何、この可愛らしい生物。お礼と称して、全裸で抱きついてくるとは…私が女でなければ危なかったわ。コロリと堕とされそう。そんな、身体をはったお礼なんて絶対にしたら駄目よ!! いいわね。

 あっ、でも可愛いな。

『立派に成長したわね絹毛虫ちゃん。ささ、晩ご飯の準備ができているわ。着替えて食卓にいらっしゃい。テーブルマナーの復習をするわよ』

 立派に成長!? いやいやいや、立派とか最早そういう次元の話ではない。完全に別存在でしょう。レイア様の蟲達ってこんな立派な子達に育つの!? もしそうだとするなら、全人類の女性が大ピンチに陥るんですけど。

 男を魅惑するために生まれてきましたと言うような存在が大量生産されるとか、女性に喧嘩を売っているとかしか思えない。

 だけど、可愛いわね。お姉さんが、お体を拭いてあげるわね。

「ありがとう。エルメスさん」

「いいのよ。で、絹毛虫ちゃんがなんで人の姿を?」

「えっと、お父様がどうせそういう事を聞いてくるだろうと思うのでこれを見せろって言ってた」

 絹毛虫ちゃんが洋服のポッケに入っている一枚の手紙を持ってきた。恐ろしい事に、ガイウス皇帝陛下のサインと『ウルオール』国王のサインがされている。そこに書かれていたのは、絹毛虫ちゃんの身分を保障するという物であった。しかも、近い将来誕生するであろう新種亜人の母としての物だ。

 正直にいって、何がなんだか理解の範疇を超えている。亜人って、新しく作るとかそういう次元の存在だったかしら。私が生まれたときから、居たので人と同じくそういう存在だと思っていたけど…それを新しく作る!? 夢なら覚めて欲しいと思ってしまう。

 なぜ、こんな事にといいたいが…若干、心当たりがあった。あれは、一ヶ月近く前の事だが絹毛虫ちゃんがマルコ・ポーレ様の情報を聞きにギルドまでやってきた事があった。まさか、それが発端でこんな事態に。

 レイア様が絡むと人の斜め上を行くことは分かっていましたが、これは斜め上どころではない。遙か上空を流れ星のように通り過ぎている。

 それから、口癖でモキュという絹毛虫ちゃんと仲良く食事をした。そして、あろう事か…夜に私のベッドに潜り込んできた。ま、まぁいいわよね。女同士ですもの…抱き枕にしても罰は当たらないはず。

 ほっぺをプニプニ。

「モキュモキュ」

 可愛いな。こんな妹が欲しかったのよ!! 明日は、お洋服を買いに行きましょうね!! お姉さんが何でも買ってあげるわ。

 …うちのエリスちゃんも進化しないかしらね。
現在、ヴォルドー領では独身の男女を大募集しております。
今まで良縁に巡り会えなかった貴方!!
貴方だけを愛してくれるそんな存在に巡り会いたくはありませんか。
決して貴方を裏切らず、尽くしてくれる。
生きる活力を与え得てくれるそんな伴侶が欲しい方は、是非お越しください。
きっと、貴方の理想を体現する蟲がここにおります。

          / /
ご連絡先は、「/   /  パカ」
         / ∩ハ,,ハ
       / |( ゜ω゜)_ ここに来れば理想の嫁と出会える聞いて。
      // |   ヽ/ 
       ” ̄ ̄ ̄”∪
    入居希望者ランクC冒険者30歳男性

■ヴォルドー領の特徴
1.世界最高峰の治安
2.最先端の医療技術
 ※治療経験のない難病は、無償で治療
3.犯罪を未然に防ぐ治安維持機構
4.不正のない政治
5.犯罪者の再犯率は0%
6.農業中心だが、職に困る事はない
7.領民に優しく、行動力のある領主
8.普通の税率
などなど、真面目な人にとってはこれ以上暮らしやすい場所はありません。
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