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愛すべき『蟲』と迷宮での日常 作者:マスター
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第八十話:教団(1)



 巷で噂になっている疲労回復、滋養強壮などの効果が確認されている黒い粉。料理に混ぜるとワンランク上の味が出ると評判で店頭に並べば飛ぶように売れる。主婦達の強い味方の調味料。

 マーガレットが謳い文句と一緒にギルドの受付に黒い粉が入った瓶を置いた。

「そんな粉をうちの実家が専売する事になりました。というわけで、ギルドにも卸ろしておりますので気が向いたら買ってくださいね」

「家業とギルド受付で二足の草鞋を履くのは大変結構だが、ギルドの受付嬢がそんな事をして大丈夫なのか?後、当然のことながら品質も…」

 黒い粉…まるで、前世の白い粉という名のアレを連想させる品物だ。

 まぁ!! 出処は知っているけどね。その瓶にしっかりと記載されている。日本語で『製品名:蟲の素 原材料:蝗 原産地:瀬里奈ハイヴ』とね!! 私の蝗を粉末状にした新商品だ。瀬里奈ハイヴの食料品開発部門の蟲達が考えた誰にでも受け入れられるというコンセプトで開発された調味料。その着眼点にお父様も脱帽ですよ。

 人とモンスターが手を取り合う世界作りに、蟲達が各々考えて行動していると思うとお父様嬉しくて涙が出てくるわ。他にも、蚊取り線香やゴキブリホイホイなどが出荷予定だ。性能は折り紙付きだ。なんせ、本人達がこれは効果アリと太鼓判を押したのだ。まぁ、低ランクモンスター相手でもそれなり効果は出るだろう。

 特に、食料品部門が凄いので数十年スパンで考えれば、食糧で世界を牛耳れると本気で考えている。人件費が掛かっていないから、他所より安価!! おまけに、高品質!! 同じ土俵で勝負できる農家などいるはずもない。

「問題ありません。特に品質については、あのS氏が作っている調味料。商家の間では、素晴らしい品質の食料品を市場に安価で卸ろしてくれる有名人です。まぁ、一部書物も出版しているらしいですが…そちらも、人気は高いですね。特に、プレミア価格がやばい」

 マーガレット嬢の言うとおり他より3割以上安い値段で提供をしている。しかも圧倒的な高品質でね!! そのおかげで、相当数の農家を潰した。特に、『聖クライム教団』へ与えた打撃は相当なものだろう。完璧な生産管理の賜物で、『聖クライム教団』における穀物類の瀬里奈ハイヴ依存度は15%だ。他の大国も5%程を瀬里奈ハイヴに依存している。

 その売上がもたらす純利益だけでも、私より稼いでいる。既に、世界屈指の金持ちの仲間入りをしている。更に言えば、豊富な地下資源を『神聖エルモア帝国』に安価で提供しているとはいえ、塵も積もれば何とやら。

 私も蟲達を総動員して農業に勤しめば今より稼げるだろうが…ロマンがないね。若いうちは遊びたい。

「そうか、一瓶貰っておこう」

「ありがとうございます」

 この状況が非常にまずいという認識を持っている人はどれだけいるのだろうか。なぜなら後一歩で、瀬里奈さんを害す事が不可能に近くなる。

 人は、食わねば生きていけないのだ。大国の第一産業が瀬里奈ハイヴに依存する体制に変わりつつある。瀬里奈さんという存在が居なくなる事で発生する未曾有の大災害を好んで引き起こそうとする愚か者はいないだろう。間違いなく、何十万規模の餓死者が出るだろう。

 だが、考えようによっては、瀬里奈さんは今しか討伐の機会はない。

 何十万の餓死者と引き換えに蟲に依存しない第一産業を手に入れられるのだ。近い将来、私という存在が瀬里奈ハイヴに加わる事で農業に動員できる数は、現状を遥かに上回る。これによって、農産物の生産量を2倍以上確保できるだろう。

 他の農家が潰れたところで価格を徐々に釣り上げていく算段もつけている。

 ちなみに…万が一、瀬里奈さんが誰かの手によって亡き者にされた場合には、この私が黙っていない。疫病で国家存亡の危機程度は覚悟してもらおう。

「レイア様、義姉さんから『お心遣いありがとうございます』と伝言を承っております」

 ギルドと不正な繋がりのあった大商家をフローラ嬢の実家に吸収合併させた件だろうね。そのドサクサに紛れて、フローラ嬢の嫁ぎ先には黒い粉の流通に一役買ってもらっている。だから、気にしなくてもいいのだ…お互い様である。

 それにしても、表向きには、私の名前など何処にも出ていないはずなのによく気がついたものだ。流石はフローラ嬢だね。

「何の事だか、分からないがその言葉受け取っておこう。マーガレット嬢…実家が大商人の仲間入りをして手広く商売をするのは結構だ。しかし、第一産業に手を出す予定があるならやめておけ。必ず事業が失敗する」

「農業、林業などの事ですよね?そんな予定は聞いておりませんが実家には連絡を入れておきます」

 必ず失敗する事業に手をつけてフローラ嬢の実家が借金まみれになったら困るからね。お世話になって人の幸せを守るべく舞台裏で努力するのは紳士の仕事だ。



 ダンボールひと箱はありそうな書類の束。これでも、選別されているというのだから驚きだ。宿にある食堂の一角を陣取り軽食を食べつつ領地運営の書類を確認していると、ゴリヴィエがタルトを引きずって相席してきた。

 首根っこを掴まれて引きずられているタルトの様は、実に愉快であった。

「何用かね? 見ての通り、私は書類確認で忙しいのだが…」

「どうか、このゴリヴィエの為に5分…いえ、3分でいいのでお話を聞いてください」

 ゴリヴィエが真剣な顔をしている。その少し後ろで控えているタルトが必死に顔を左右に振っている。何かを私に伝えたいらしいが…よくわからないぞ。

 『ウルオール』公爵家の長女であるゴリヴィエが頭を下げているのだ。聞いてあげるしかないでしょう。それにしても、随分と逞しくなったね。進化した時より断然肉質が良くなっている。その分厚い筋肉は、まさに肉の鎧と言っても過言で無いだろう。やはり、エルフのモンスターソウル吸収率は群を抜いている。男性の私から言わせてもらえば、羨ましい肉体だ。

「構わん。片手間でよければ聞こう」

「ありがとうございます。レイア様」

 ゴリヴィエが数枚の書類を取り出してきた。ゴリヴィエの真剣な顔に対して後ろで顔芸をするタルト…必死に腕を使って×を作っているが、飼い主に歯向かう子猫はいけませんよ。躾は、大事ですよゴリヴィエ。

 書類には、『筋肉教団』設立…

「最近、働きすぎたかな」

 目元をゴシゴシと擦り再度書類を見てみる。『筋肉教団』…見間違いではなかった。その書類の正体は、教団設立に伴う計画書であった。教祖ゴリヴィエ、副教祖タルト、主な活動は冒険者の支援活動。リーズナブルの価格で亜人…特にエルフのパワーレベリングを引き受ける事を生業とする宗教法人紛いの物だ。読む限り、凄まじく善行である。

 勝手にこんな変な組織を作れない事もないが…秘密結社扱いなので、いつ軍を派遣されて潰されるかわからない。だからこそ、正規ルートでお国の許可を得ようと企んでいるのだろう。

「『ウルオール』で設立すればいいじゃん。ゴリヴィエは、王家の血筋で公爵家だ。それを盾にすれば後援者になってくれる者なんて沢山…」

「いませんでした。むしろ、設立するなら親子の縁を切るとまで言われました」

 それで、『ウルオール』は諦めて『神聖エルモア帝国』で設立を考えたわけか。私の妻達は、ゴリヴィエの従姉妹…さらに言えば、私はガイウス皇帝陛下にツテもある。後援者には最適というわけか。

 しかし!! 宗教法人紛いな物を設立させるのは非常に危ないのだ。なぜなら…『聖クライム教団』という国家規模の宗教国家があるからだ。そこに何のお伺いも立てずに、こんな法人を立てたとなっては領地ごと更地にされかねん。

 しかも、教団とか使わないでよ。

「まず名前が宜しくない。教団はまずいよね…何処とは言わないけど、某国から使者がくるよ」

「えっ!? (違うでしょうレイア様!! そっちじゃないでしょう!! もっと前半部分がおかしいでしょう!?)」

「そこは、あえて教団を使いました。教団員が間違って入団してくれるかなと思いまして」

 間違わないだろう。そんな大事な所を間違うような奴が、教団員になろうとは思わないよ。

「そんな事やると遠からず死ぬよ」

「そこは、レイア様の後ろ盾と知恵を貸して頂ければ解決できるかなと…」

 三国一斉の摘発にご協力頂いた『聖クライム教団』から一度来て欲しいとお声がかかっている事もあるので、その際に私が直接教祖様に認可をお願いする事も可能なのだが…それに見合う対価を出せるのだろうか。

 正直に言えば、私だって『筋肉教団』設立のゴーサインに名前を書きたくないのだ。戦争の火種になりかねんぞ。

「先日、ガイウス皇帝陛下経由で『聖クライム教団』の教祖様から直筆のお手紙を頂いた。近日中に会いに来て欲しいと…要約するとそんな内容だ。その際に、『筋肉教団』設立に認可のお願いをできない事もないが…」

ガタ!!

 ゴリヴィエが立ち上がり、タルトの顔は青くなる。

 もし、正式に『聖クライム教団』が認可を出したならばゴリヴィエは勿論、タルトの名前は世に知れ渡る事になるだろう。間違いなく後世に名を残す!! それはそれで面白いだろう。私とは別の意味での冒険者ドリームを叶えた者の良い例になりそうだわ。

「是非、お願いいたします」

「私としても妻達の従姉妹に対して協力してやりたいのは山々なのだが…今回の一件は少々難しい。まぁ、対価次第では考えてやらんでもないが」

「このゴリヴィエの全てを捧げましょう!! 今ならおまけでタルトもついてくる!!」

 悩まず即答かよ!!

 姉妹だけでもお腹いっぱいどころか物理的に一杯一杯なのに、従姉妹まで加わるとか誰得だよ。うちは、動物園じゃないんだぞ。ゴリフ三人とか許容量超えている。むしろ、筋肉マニアのゴリヴィエにとっては、ゴリフターズと同衾できるだけでなく、『筋肉教団』も設立できるという役得しかないだろう。

 若干、ペットの猫も増えそうだが…それを対価と言われてもね。私の蟲達の方が可愛いしね。愛嬌もあるし。

「ひどい!! おまけ枠なんて!! やっぱり無理ですって…教団なんて設立したら翌日には朝日を拝む前に死んじゃいますって」

「ゴリヴィエの提示した報酬は、私にとって得があるの?」

 抱え込むデメリットは計り知れない。ゴリヴィエは、家柄的に考えてもこちらに得るものがありそうだが…タルトの場合は完全に玉の輿ってレベルだろう。まぁ、いじると楽しいのでそういう面を考えれば得るものはあるだろうがさ。

「ゴリフリーテ様、ゴリフリーナ様、そしてこの私ゴリヴィエ。王家の血筋の中でも血統書付きといっても過言でない私達をまとめて娶る事で『ウルオール』で確固たる地位…にはご興味なさそうなので。エルフが誇るこの圧倒的な肉体美を独占できます!!」

 肉体美…まぁ、間違ってはいない。そう、色々と間違いだらけではあるが、間違いではない。なぜ、線の太いエルフしか私の下に来ないのだろうか。これも神の悪戯か。別に、線が太い嫁に文句はないからいいよ。

 大事なのは中身。

「魅力的な提案だが、これ以上、嫁を増やす予定もないので遠慮しておこう。それに、ゴリヴィエもタルトも年頃だ。恋人ぐらい居…」

 言いかけたところでタルトから何やら嫌な視線を感じた。タルトの恋人は、ウ=ス異本だろう。そんな恨めしそうな目で見るなよ。本の為にお見合いを捨てたんだからさ。ゴリヴィエの腰巾着として名が売れれば近いうちに良い出会いだってあるさ。

「『ウルオール』で近衛騎士団の副団長をやっていた時は、お嫁にしたいエルフランキングという物の上位ランカーでした。そのせいか、毎月沢山の恋文を頂いていたんですよ。しかし!! ここ最近はめっきりお話が無くなって出会いなんて…」

 それは、残念だな。原因は、分かっているが…人の容姿ばかり見るような輩なんて碌でなししかいないぞ。個人的には、以前に蟲カフェでゴリヴィエにお触りを試みた豪傑がおすすめだ。家柄は、ゴリヴィエに劣るが他国の伯爵家の跡取りで人柄も実力も申し分ない。

「そうか、今度良い人を紹介してやろう」

「はっ!! レイア様、私にも是非ご紹介を!!」

 タルトがこの機を逃すべからずと威勢良く返事してきた。

「そういえば、S氏が来週新刊を発行するらしく…ツテで先行印刷版を手に入れた。サイン入りの」

「ブヒィ!! ゴリヴィエ様より先にご結婚を考えるなど従者として恥ずかしい限りです。タルトには、薄っぺらい本で十分です!!」

 変わり身はえーな。まるで、大好物の缶詰を目の前に置かれた猫みたいだ。欲望に素直っていいよね。後で、新作を届けさせよう。

「タルト!! 『筋肉教団』と結婚どっちが大事だと思っているの!!」

 ゴリヴィエがタルトにギロチンをかけている。流れるような早業でタルトが抵抗することすら出来ずに完全に技が決まった。

「じぬ~!! ど、どちらかといえば結…」

「ゴリヴィエ。食堂で漏らされると迷惑がかかるので外してやれ」

 下半身の緩いタルト君だ。ゴリヴィエの関節技で失禁なんて事もあり得る。流石に、こんな高級宿の食堂で粗相など困るのだよ。なにより、私の飯が不味くなるだろう!!

「わかりました。しかし…どうしても、お願いできませんか。もう、レイア様しか頼める人がいなくて」

 そんなポージングしながら迫って来るな!! 暑苦しいわ!!

「設立したら、親子の縁が切られるんだろう。そこまで覚悟しているの?」

「無論です。このゴリヴィエには、夢があります!! 迷える筋肉の申し子達がその才能を開花させる事なく終わるなど、世界的な損失です」

 それは、お前の中だけだ。世の中、筋肉だけが全てじゃないぞ。むしろ、エルフをゴリフに変えるような所業を行えば恨まれる事の方が多いと思うよ。ジュラルドの場合は、自分の殺人容疑で当獄されたからね!!

 むしろ、永遠に迷っているという輩の方が世間的には多いはず。

 まぁ、夢を追い求めて生きるその様は嫌いじゃないがね。かくいう私もロマンとかそういう曖昧なものを追い求めて冒険者やっているくらいだからね。

………
……


 手を貸してやるか。

「親族すべてを納得させろとは言わん。ゴリフリーテとゴリフリーナを説得する事が出来たならば、この私が『聖クライム教団』の教祖様に直々にお伺いを立ててやる。来週には、『聖クライム教団』に行く予定だから、それまでが期限だ。但し!! 認可が下りるかは責任を持たんぞ」

「流石、レイア様!! ゴリフリーテ様とゴリフリーナ様の旦那様で無ければ、惚れてしまうところでした!! では、報酬は何をお望みでしょうか?」

「なーに、私が力を貸して欲しい時にその力を振るってくれればそれでいいさ」

 そう遠くないうちに訪れる気がする。ここ最近、ロンド・グェンダル(蟲)からの定期報告が途絶えた。十中八九、拘束されているか死亡したかのどちらかだろうね。記憶から癖、口調、仕草まで再現させているのにバレる要素として考えられるのは、魔法が使えないという一点だろうね。

 最後の報告では、ギルド幹部が『雷』の魔法の使い手と直接交渉中との事だ。『ヘイルダム』所属のランクBの32歳男性冒険者アーブル・シトレイユ・ベルウッド。私と同じく、ランクAに片脚を突っ込んでいると評判の中年だ。既婚者で娘と息子が一人ずついるらしい。

「わかりました。私達の力が必要な時は、いつでもお声掛けください。地の果てに居ようが必ず駆けつけます」

「え゛!! 私もですか!?」

 タルトが私は関係ありませんよねと言わんばかりのセリフを放つ。ゴリヴィエの片腕であるタルトが関係ないはずがあるまい。

「どうやら、タルト君はゴリヴィエの片腕という認識が不足しているようだ。しっかりと、教育しておくように」

「ゴリヴィエにお任せ下さい!! 教団設立までに必ずや教育を終えてみせます!!」

 嬉しそうな笑顔でタルトを担ぎ上げて走っていった。恐らくは、妻達に会いに行ったのだろう。引越し前だから、まだあの屋敷にいるだろうしよかったね。瀬里奈ハイヴだと遠いからね。
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