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愛すべき『蟲』と迷宮での日常 作者:マスター
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第七十三話:不穏分子(4)



 馬車に揺られてお見合い会場となる場所へと移動する最中、フローラ嬢の日常についてそれとなく聞いてみた。

 話を聞く限りフローラ嬢は、とても幸せそうだ。平凡な日常こそ幸せというやつなのだろう。結婚して子供を産む。子供の成長を家族で見守る。本当に嬉しそうに話す。この人が幸せになれてよかったと心から思う。

 いい女は、幸せにならねばならない。

 フローラ嬢を幸せにする事は、私にもできただろう。しかし、ゴリフターズを幸せにするのは私にしかできない。故に、フローラ嬢の事は任せたぞ…フローラ嬢の旦那よ。

「どうしたのマーガレット。さっきからボーッとして」

「何でもないわ義姉さん。義姉さんが嬉しそうに話すから聞き入っていただけよ。ところで、お見合い相手ってどんな人かしら?」

 見た目こそマーガレットに擬態化しているが、中身は別物なのだ。このような事態になってしまったのだ。お見合いをお膳立てしてやった身としては、しっかりと代役を務める。最低限、マーガレットの縁談が上手く事を運ぶように取り繕ってやろう。相手がどんなブサイクであろうと任せておけ。確実に堕としてやる。

 そして、後のことは任せた!!

「手紙をちゃんと読んでないわね。『神聖エルモア帝国』のギルドを纏めているキース・グェンダル様の御子息のロンド・グェンダル様。マーガレットも聞いた事があるでしょう」

「えぇ、とってもよく知っているわ」

 当然、知っているとも!!

 キース・グェンダルが私の領地を訪れてから調べられる事は全て調べ尽くした。今回は特別にガイウス皇帝陛下の神器プロメテウスすらも使って調べ上げた。神器プロメテウスの性質上、男性であるキース・グェンダルには効果が殆どないが…キース・グェンダルの妻となっている者は別だ。それを主体として、調べ上げたさ。質問内容を上手に選べば全痴全能であろうとも、全知全能と同じ働きをするのさ。調査結果には、実子のロンド・グェンダルの存在もしっかりと確認出来た。

 ロンド・グェンダル…調査が正しければ、ギルドが運営する孤児院を取り纏めている存在。当然、ギルドという組織だ。そんな慈善事業を行うわけがない。入念に調査をした結果、謎の病死や変死体などを多数量産する特別な孤児院をギルドの運営資金で密かに経営している。ロンド・グェンダルが直接運営する特別な孤児院は、ギルド総本山付近の山中にあり人目を忍んでギルド高官達が足を運ぶ。蟲達が遠くから調査を行った結果…孤児院には毎月何名もの子供が入るが、外に出ていった子供を見ていない。代わりに、一定周期で野犬達に肉を与えているらしく、それが何の肉かは言わなくても分かるだろう。野犬を食った美食家の蟲達曰く…人肉の味だったそうだ。

 まぁ、その程度の事はどうでもいい。ギルドの甘い言葉に乗る方が悪い。騙すより騙されるほうが悪いというギルドの基本方針を理解していないのだろうか。まぁ、年端もいかない子供の事だから判断できなかったんだろうし、一言に言えば運がなかったのだ。

私に何ら関係ない場所で関係ない人間が何人死のうが興味すらない。そんな事に一々首を突っ込むのは、正義感あふれる若い冒険者にやらせればいいのだ。

 冒険者に関する英雄譚でも主人公の年齢は10代半ばくらいが一番メジャーである。20代のおっさんが首を突っ込む事じゃない。情報は、適度に流してやるから後は若い者に頑張ってもらおう。時が来れば、正義感に目覚めた若者が頑張ってくれるだろう。私の役目は、せいぜい村人A程度のショボイ存在だ。

「ギルドが運営する孤児院を取り纏めている方のお一人で…なかなか、誠実なお方らしいですよ」

 表向きの顔は、フローラ嬢が言うとおりギルド資金で孤児院を設営して救いの手を差し伸べるなどパフォーマンスを見せている。当然、ギルドもこれを前面に押して出しており、真実を知る者は少ない。

 心配だ…フローラ嬢の性格からして誰かに騙されないか不安で堪らない。私のように全てを疑ってかかれとは言わないが、もう少し人を疑って欲しい。いっそう、信頼できる紳士達の共同執筆でギルドの裏を纏めた本を世界的に出版しようかな。そうすれば、フローラ嬢の役にも立つだろう。

「そうなの、期待できるわね。………ところで、義姉さん。なんで、義姉さんまで一緒にお見合い会場まで行くことになっているのかしら?」

「それは、マーガレット一人だと不安があったからよ。だって、貴方はレイア様を狙っていたでしょう。だから、諦めきれずに駄々をこねると思って。もう、いい年なんだから諦めなさい」

 レイア様の(命を)狙っていたでしょう。だから、(命を狙うのを)諦めきれずに… だとおぉぉぉぉぉぉぉ。

 この私の命を狙っていただと!!

 そうか!! 通りで無理難題の依頼やクソッタレな依頼ばかり持ってくると思った。マーガレットのせいで刺客に狙われたり、ゴロツキに狙われた事なんて数え切れんくらいあるぞ。私の倉庫にあるお宝が目当てなのか!? 遺書を勝手に焼却して無かった事にする気なのか!?

 本当に恐ろしい女だな。

………
……


 まぁ、冗談だがね。

しかし、マーガレットに好意を抱かれていたと今まで感じたことはない。残念だが、私はゴリフターズという最高の嫁がいるからお腹いっぱいである。それに、マーガレットはいい女では決してない。あれは、毒キノコみたいな存在だ。見た目は煌びやかだが、食ったら死ぬ。そういう類のものだ。一流の紳士には、それが手に取るようにわかる。

だから、売れ残るか見た目に騙される者が現れるのを待つしかないのだよ。

「もう、狙うのは諦めたわ。ところで、義姉さんは誰かに恨まれていたりするかしら?」

「恨み? いいえ、思い当たらないわ」

 そうだろうね。

 フローラ嬢が恨みを買うなどそうそう無いだろう。ということは、マーガレット自身が買った恨みかな。それなりに腕が立ちそうな冒険者と馬車がすれ違った。すれ違い様に襲われるかと思ったが、何事もなく横切ったので完全に見えなくなるまで目で追った。

 こんな辺鄙な場所に腕が立ちそうな冒険者が数名いる時点でおかしいと思ったのだが…気にしすぎたか。

「ちなみに、護衛の者なんて雇ってないわよね」

「私とマーガレット…それと馬車の従者しかいないわよ。もしかして、怪しい人影でも見たの?」

 フローラ嬢の位置からでは、見えなかったのだろう。

「いいえ、何でもないわ。それよりさぁ、お似合いって普通親が同伴するものじゃないの? もしかして、義姉さんが指名された?」

「変わったことを聞くのね。まぁ、指名とまではいかないけど是非ご一緒にと書かれていたわ。だから、私が付き添いとして一緒に来ているのよ」

 ふーーん

 なんで、こんなにも香ばしいのだろうか。

 タルトの時もそうだけど、日頃の行いがいいと良縁に巡り会えるって本当だったのか。仮に私の予想通りだとしたら、マーガレットにはお礼をしてやらねばなるまい。金銀財宝でいいかな。



 お見合い会場として選ばれたのは、ギルドが運営する孤児院の一室であった。無論、ただの一室ではない。煌びやかな装飾こそされていないが、どれも骨董品と言える品物だ。お値段も当然新品以上に高い。価値がわからない者が見たら、薄汚い品々にしか見えない。だが、ガイウス皇帝陛下の御呼ばれして王宮に出入りをしている私の鑑定眼を舐めないでいただこう。良い品物ならなんとなく分かる。

 それにしても、ギルドの孤児院を取り纏める者がお見合い場所を孤児院にするとはね。聖職者アピールが気に入らない。

「すみません、このような場所で。本来なら、ちゃんとした場所で執り行うべき事なのですが色々とありまして…」

「いいえ、お気になさらせず。とても良い趣味をされていると思いますよ。私もリラックスできてなによりです」

 空気を吐くように嘘を吐くあたり、二枚舌もここまでくれば褒めたくなる。しかも、実に申し訳なさそうな顔までするではないか。だが、私には分かるぞ…貴様から漂う汚物のような臭いがな。

 胡散臭い野郎には、胡散臭い場所がお似合いである。この孤児院…構造が若干おかしい。

 行き止まりの場所から風が吹き上げてくる。後、部屋と部屋の間隔がおかしい…具体的には隠し通路でもあるような謎のスペースがある。そして、なにより不思議なのが五体満足の子供しか見かけなかった事だ。五体満足など当たり前に思えるかもしれないが、孤児院にいる全ての子供が五体満足などありえんのだよ。私が運営するなら別だがね。

「では、後は若いお二人に任せて…私は少し席を外しますね」

「お気遣い感謝します。狭い孤児院ですがご自由にお回りください」

 フローラ嬢が部屋を退出した。

 フローラ嬢の事だ…孤児達と遊ぶなりして時間を潰すだろう。だから、その時間を使って此方も殺る事はやっておかないとね。

「ロンド・グェンダルさん、貴方は私に何を望むのでしょうか?」

「何を望むとは…お見合いを始めたばかりだというのに手厳しいお方だ」

 好青年を装って笑ってごまかそうとしているあたり、人を見る目が無い者が見たら騙されるだろう。この二枚目の面の下は、歪んだゲスい顔をしているに決まっている。

「正直に仰って頂いて構いませんよ。私とて、馬鹿じゃありません。この孤児院が普通でない事は既に気がついております」

………
……


「ほほぅ、普通でないとは具体的にどのような点でしょうか? これでも真っ当な運営をしているつもりなのですが」

「この部屋にある物は、大半が骨董品ですよね。それも結構値打ち物が多い…ギルドが運営している孤児院とは言え、お金が掃いて捨てるほどあるとは思えません。他にも孤児院の構造が変ですね。部屋と部屋との間にある隠し通路と地下室。それに五体満足の孤児達。孤児院の入口にあった靴跡は冒険者の者でしょう。靴跡のデザインや歩幅から考えるに男性の物でしょうね」

 足跡が新しい事から私達とすれ違った者達の物であろう。

「それで…」

 優男の仮面が段々と剥がれてきているぞ。

「結論から言うと…ロンド・グェンダルは、孤児を使った売春か人身売買をしている可能性が濃厚かしら。もしくは、それに準じかねない何かをしていますよね。一つ確信を持って言えることは、ここが孤児院を装った何かであることは明白です」

「くっくっくはっはっはっは!! まさか、お見合い開始早々そんな事を言われるとは予想外だった。馬鹿な女は嫌いだが、優秀すぎる女も嫌われるぞ」

 『神聖エルモア帝国』内部でこのような孤児院を運営しているとは、灯台下暗しもいいところだ。

「この程度、当然の嗜みです」

 紳士ならこの程度見抜く事など造作もない。それにしても、口が軽い。仲間意識でも芽生えたのだろうか。ありがた迷惑だ。

「では、こちらからも質問をしよう。なぜ、この場に呼ばれたと思う?」

「レイア様の絡みでしょう。フローラ義姉さんは、レイア様が大切に思われている方の一人。そして、私自身はレイア様とよく話をする受付嬢で立場上はフローラの義妹になります」

「正解だ!! 恐ろしい程に頭が切れる。では、この後の展開も予想はできるかな?」

「私達を人質としてレイア様に無理難題を引き受けさせるといった事でしょうね。レイア様の性格を考えれば、普通なら無視される…だが、フローラ義姉さんが絡めば話は別」

 マーガレット嬢だけなら、勝手に死ねと放置する。だが、フローラ嬢が絡めば別問題だ。助け出さなければならない!! 絶対にだ。 そして、犯人は一族郎党含めて皆殺し。

「素晴らしい!! こちらの考えをまるで読んでいるかのようだ。まぁ、そこまで分かっているなら、まどろっこしいことは無しにしたい。どうでしょう、私と手を組みませんか? 報酬として、10億セルをご用意致しましょう」

「引き受けなければ拉致監禁する気でしょう。それなら、引き受けてお金を貰った方が遥かにマシよ」

 と、本物のマーガレットなら答えるだろう。

 それにしても10億セルとは気前がいいね。マーガレット嬢にそっくりお土産としてプレゼントしてやろう。これで生涯独身でも何ら問題ないぞ。

「その通りですがね。しかし、不思議だ…今までの会話で君は、何をするのか一切聞いてこない」

「聞けば教えてくれるのかしら? どうせ、貴方のような悪人が目的を教える時は、冥土の土産だといって死に際と相場が決まっています」

「くっくっく、面白いね君は。いいさ、教えてあげるさ。どうせ、聞いたところで君は何もできない」

 この男…どうやら、聞いて欲しくて堪らないようだな。あれだね、人に話して自分がどれだけ凄い事をしているのか評価して欲しいタイプという訳か。本当に面倒だな。

「楽しい話だと嬉しいわ。期待していいのかしら?」

「勿論だとも。実は、『神聖エルモア帝国』の皇帝が後継者選びに入ったのだ。あれも年だからな、やっと子供に交代する気になったのさ」

 ガイウス皇帝陛下をあれ呼ばわりするとは、何様のつもりだ。親の七光りの分際で偉そうに…今すぐ三途の川へ直送してやりたい。だけど、もう少し情報を喋らせてからでもいいだろう。

 しかし、見た目がいい女って得だよな。男が、言わないでいいことまでベラベラと喋る。だから、古今東西諜報員は女の方が優秀なのだろうね。

「へぇ、じゃあギルドは誰かを担いで裏から『神聖エルモア帝国』を操ろうって魂胆かしら。やり方は、王位継承権が低い者に取り入って、皇帝にしてやる代わりにギルドに便宜を図らせるといったところかしらね。その為には、ガイウス皇帝陛下に忠誠を誓うレイア様が邪魔というわけかしら。一応、レイア様は中立を明言していたと思ったけど」

「やはり、頭が回るな。そうだ…あのレイアという小僧が邪魔なのだ。立場は中立を明言しているが、なにかの拍子で後継者争いに参戦されては困るのだよ。特に、我々と敵対する陣営につかれて困る。あれを味方につけた者が次代の皇帝になるといっても過言ではあるまい。国内の最高戦力であるだけでなく、『ウルオール』という強い後ろ盾も同時に得ることになるのだから」

「そうでしょうね。という事は、ギルドが後ろ盾となっている後継者に協力させると…あわよくば、継承権を持つ者を皆殺しにさせるといった感じかしらね」

 ゴリフターズと私の三名が揃えば、王位継承権が高い者を皆殺しにするなど片手間でできる。だが、ガイウス皇帝陛下の実の子供を簡単に殺すワケがないだろう。それこそ、ガイウス皇帝陛下の命令でもない限りな。

「はっはっは、流石にそこまでは望みませんよ。ただ、脅かして王位継承権を放棄させればいいんですよ。まぁ、場合によっては殺してもらいますがね。王位継承権を持つ者が一人になれば必然的に我々の操り人形の出来上がりといわけです」

 王族殺しの汚名はすべて私に被せるというわけか…いやいや、困った人だな。

そもそも前提が間違っているよ。フローラ嬢は確かに大事な人の一人だけどさ、大恩のあるガイウス皇帝陛下にご迷惑がかかるかも知れない事を人質がいるくらいで簡単に了承すると思うなよ。

 男同士の友情を舐めるな!!

 なぜ、一人の女性のために、私がギルドの犬になり馬車馬のごとく働くと勘違いできる。もしかして、あれか…女のために友を裏切るのは、男のロマンとでも思っているのかコイツ。

「さて、面白い話も聞けました」

 そろそろ、死んでもらいましょう。顔の皮だけ剥ぎ取って、ギルド総本山に送りつけてやろう。

「面白かったですか、なによりです。では…」

「「さようなら」」

 お互いの思いが初めて一致した。
マーガレット(偽)の株価がストップ高。
死神に恥じない働きをせねば。
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