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第六十九話:友情
◆一つ目:孤児
領民から挙げられた要望書…とりあえず、目は通したが酷い物だ。待遇改善の要求に加え、職業の自由と書かれている。そもそも、そのような事をいう権利はあるのだろうか。
「私の財産で施設した第一孤児院出身者達からの嘆願書ね。何が気に食わないのだろうね」
他領地から引き取ってきた孤児。それも重度の障害を抱えた者達一同からのお手紙だ。障害を完治させるだけでなく、衣食住に加え職まで提供してあげたというのに何が気に食わないのだろうか。
謎すぎる。
毎週一日の休暇を許しているだけでなく、労働時間は常識の範疇で8時間労働。確かに、時期によっては繁忙期もあるが、それは農業をする者にとっては当然付きまとうものだ。税も他の領民と同じにしており待遇の差は殆どない。まぁ、農地を利用させているので使用料は常識の範囲で取っている。それでも、真面目に働けば毎月一定額を貯蓄出来るように人生設計を考えてあげたのにね。
他にも栄養失調にならないように、蝗を定期的に食させて健康体を維持させていた。おかげで、病気になったという報告は滅多に聞かない。これだけ気をかけていたのに何故としか言葉が浮かばない。
相談役として連れてきた執事のベレスに意見を求めてみた。私と比べれば一般人に近い思考を持っているだろうし、良いアドバイスがもらえるだろうと思っている。
「時間が経つに連れてレイア様に恩がある事を忘れてしまったのでしょう。更に言えば、時間が出来た事で他者と自らの境遇を肌で感じる機会も出来てしまいこのような事になったのではないかと…」
「身勝手すぎる気もするが、あまり事を荒立てて奴隷にされていたと言われるよりマシか。いいだろう。希望者全員を好きにさせてやろう。第一孤児院の出身者並びに孤児院に現在居る者を全員集めろ」
有無言わさず使い潰すような行為はしないようにしていたのだが、随分と付け上がってくるね。だが、そこまで自由が欲しいと言うならば解放してあげよう。但し、一人で自立して生活ができると誓約書にサインをした者だけをね。
貴族の責務として、生活能力の無い孤児を野に放逐するのは責任問題になる。
◇
ヴォルドー領第一孤児院。ヴォルドー領には、計10個の孤児院が存在している。侯爵ともなれば、受け入れないといけない孤児の数は、一代貴族であった頃の比ではない。その中でも第一孤児院にいる者達は特別だ。一代貴族であった頃から連れてきた者や新たに他領地から重度の障害を持つ孤児を引き取って面倒を見ている場所だ。第一孤児院の大広間に集められた人数は、300名程になった。
「さて、諸君。知っての通り、嘆願書が私の下に届けられた。これを見て私はとても悲しい気持ちになっている。だが、君達が自由を求めるならばそれに応えるのも貴族の務めであると思っている」
私に自由を主張してきた孤児代表らしい者が立ち上がり一礼をした。
「私達のお願いを聞き入れていただきありがとうございます。レイア様、私たちは決して生活に不満があった訳ではありません。それだけは、ご理解していただきたい。五体満足でなかった私達に対してレイア様が治療を施して頂けなければ、既に死んでいた事は重々承知しております」
死なずに済むだけでなく、人並みに生活を送れるように色々と手を尽くしたのに足りないという事か。綺麗事ではいくらでも言える。
「構わん。私からのささやかな贈り物として、君達が行きたい場所へ向かう馬車を用意させてもらった。せめてもの餞別だ」
用意した馬車の数は15人乗りの馬車を10台。この場にいる半数の者が乗れる計算だ。
大広間に左右に分けるように線を引き、残る者と出ていく者を分けさせた。当然、この場にいる全員に対し、出て行く際には二度とこの領地を踏まない事を契約する旨を事前に伝えている。
他にもいくつか制約を用意した。
1.二度とヴォルドー領に踏み入らない事
2.私財は、全て持って行く事※借家に私財がある場合は、一人分の私財(家財含み)を内容に問わず20万セルでヴォルドー領で買い取る
3.貸出していた借地を含み、元の状態に戻すが異論を唱えない事
4.本誓約書にサインをした時点で、1~3の項目に同意したとする
ざっくりとそんな感じだ。
大広間の状況を確認すると、自由という名の苦行を求める者が100人程。賢い者が200名程になった。前者の領地を出て行く者の大半が、一代貴族の頃からの付き合いがある者であった。
まぁ、貯蓄もあるだろうしやっていけると思ったのだろうね。
「思いのほか残ったね。馬車があまりそうだ」
圧倒的に男性が多いが、中には女性もいる。年齢層は、若い世代が多く、冒険者にでもなるつもりなのだろう。運がよければ成功するだろうしね。そして、出来る事なら『ネームレス』希望者が居ない事を願う。顔を見る度に恩を仇で返された事を思い出しそうだ。
「お前ら、一列に並べ。誓約書にサインをしたら、私財買取分の金銭を渡すから、隣の部屋で待っていろ」
後の事は、ベレスに任せて私はカルテを確認しておこう。蛆蛞蝓ちゃんのお仕事が増えちゃうのは申し訳ない。後で、お風呂で背中を流してあげよう。
◆
ガタン
馬車が揺れると同時に意識が覚醒した。
「確か、準備ができてから、レイア様からお別れの言葉をもらってから記憶が。………っ!?腕がない…」
それどころか、足が麻痺している。何が自分の身に起こったのが理解できなかった。いや、理解したくなかった。なぜなら、この体の状態に非常に身に覚えがあったのだ。今まで忘れていたが、これはヴォルドー領に行く前の自分の体そのものであった。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!」
一緒に新天地を目指すはずの恋人であるアイシャから悲鳴が上がった。振り向いてみれば、顔には酷い火傷の跡がある。それだけでなく、手足の爪は剥げ落ちており悲惨な状態だ。
「落ち着けアイシャ!! 落ち着け、落ち着いて考えるんだ…今の僕らの体は、レイア様が治療を行う前に戻っているんじゃないか」
自らの姿を見て悲鳴をあげる恋人をなんとか落ち着かせようと抱きしめながら問うてみた。声での返事は返ってこなかったが、コクンと頷いたのが分かった。他にも目覚めた者達が同じように叫びだした。だが、しばらく叫ぶと状況が理解できたようで少しずつ落ち着きを取り戻していった。
………
……
…
それから、馬車に乗った者達で色々と話し合った。レイア様に直談判やギルドや国家を経由して孤児である我々を放逐した責を問いただそうという意見まで挙がった。だが、ヴォルドー領を出る際に誓約書を書いたのだ…その内容をよくよく考えてみると元の状態に戻すとあった。
それは、引き取った時点の状態に戻すという意味も含んでいたのだ。態々、完治していた我々の体を作り変えるような事を平然とやってのけたのだ。どれだけの手間と労力をかけたのか見当もつかないが、明らかに努力する方向が間違っている。
仮に抗議したとしても取り合ってもらえない可能性が高い。ヴォルドー領に引き返して頭を下げるという案も出た。当然、一番理想的な解決案なのだが…受け入れてくれるかどうかが問題だ。
「多くはないといえ、お金は多少ある。これを元にして治療を行ってくれる者を探してそれから働けばなんとかなるさ」
暗い雰囲気を解消しようと声を皆にかける。
孤児院で一緒だった仲間と世界を回りどこかの街に根を下ろして暮らそうと思っていた。その為に、お金も貯めた。節約すれば一年は食いつなげる予定だが、予定が大幅に狂った。
当然、現実は甘くはない。治療を行うにしても、何年も前になくした腕を再生させるような事ができるのだろうか。ギルドが販売している治癒薬ですら不可能だと思える。失った左腕があるなら繋げる事も可能かもしれないが無から作り出す事など出来るのだろうか。
仮に出来たとしても、治癒薬の値段は非常に高い。この場にいる全員のお金を合わせてもまともに動けるようになれるまで回復させられるのは一人か二人………。
そう、一人か二人。
片腕が無いにしても、この場にいる者の中では一番軽傷…。冒険者になる為に孤児院にあった書物で野草についての勉強もしている。
自生している毒草などを見分けるのは容易い。
ゴクリ
過酷な生存競争を生き残る為には必要な事。現状から考えるに、治癒薬を使って一番効果が出るのは間違いなく自分。そう、これは悪い事ではない。
「とりあえず、食事にしよう。腹が膨れればいい案もでるだろう」
馬車を一時止めた。外に出て、役に立つ野草を探そう。
ズブリ
脇腹から金属が生えている。理解すると同時に腹部に激痛が走る。
「この中じゃ、アンタが一番健康体なのよ。悪く思わないでね」
「あ゛あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
動く腕で思いっきりアイシャの顔を殴り飛ばした。殴られたアイシャは、そのまま馬車に頭をぶつけて血を流して倒れた。
裏切られるだけでなく、先手を取られるとは。
他の者達も馬鹿ではない。
「死ねぇぇぇぇぇ!!」
手足が動く者は、手荷物から刃物を取り出して狭い馬車の中で振り回す。混戦を極め、全員が死に物狂いだ。後先の事などまるで考えていない。死兵と化した元仲間は、まさに誰でもいいから道連れにする気がはっきりと窺える。
………
……
…
「はぁはぁ…こ、これで私を治せる者の手配を」
全身血まみれで血溜りにでも落としたかのようなお金をギルドの受付に置いた。血生臭い話は、ギルドではよくある話だがギルド本部で血まみれの事件が起きる事は非常に少ない。
「構いませんが、外傷を見る限り…本日中に治癒せねば命に関わると思います。先に、治癒薬をご購入する事をおすすめします」
受付の女性が何かを言っているようだが、うまく聞き取れない。最後に、枝で鼓膜を破られたのが原因だろう。
視界が歪む。追い込みをかけるかのように視界が徐々に赤くなっていく。足に力が入らず、ついには床に倒れ込んだ。誰かが医務室に連れて行ってくれるそんな気持ちがあった。孤児院では、体調不良や怪我などをした時には治療を行ってくれる者が居た…それが当然であるかのように錯覚していたが世間は甘くはない。
特に冒険者など使い捨てて当然という職なのだ。だから、誰も手を貸してはくれない。
「あら、レイア様。確か、領地にお帰りになっていたのではありませんか?」
「あぁ、その通りだ。だが、勝手に出て行ったとは言え、うちから出たゴミが人様にご迷惑をかけるのは良くないと思ってね。回収に回っている」
「ゴミですか…もしかして、血まみれで床で倒れている者の事ですか?」
「私は別にどれがゴミかとは言っていないのだがねマーガレット嬢。あぁ、その受付に置かれたお金は血で汚れたギルドの掃除代とこの場にいる皆にお酒でも振舞ってくれ。どうせ、死人の金だ。有効利用するべきだろう」
視界が途切れていく中、レイア様の声と姿が見えた気がした。
だが、気のせいだろう。
こんな事なら農民としてヴォルドー領で暮らしておけばよかった。
ギィ(心肺停止を確認。それでは、いただきまーす!!)
ジィ(は!! 手を洗ってなかった。誰か水を~~)
ゲェゲ(手を洗い忘れるなど笑止!! レバーは貰ったぞ)
ギィィ(では、心臓部分はこちらが貰いますね)
◇
これ以上無いという程に手厚い保護をしてあげていたというのに、本当に愚かとしか言いようがない。なぜ、ここまで恩を仇で返せるのか教えて欲しいものだ。
約束通り、引き取った時の状態に体を戻してあげた。流石に若返らす事は無理なので、カルテと蛆蛞蝓ちゃんの記憶を辿りに身体状態を再現したのだ。大掛かりな手術を施すので痛みを感じないように、全員を催眠状態にした上で全身麻酔をして行った。
そして、従者のいない無人馬車に乗せて各自が望む場所へと解き放った。最後の優しさから目的地まで無事に着けるようにと、護衛の蟲を密かにつけておいた。
だが、その蟲が急に帰ってきたので、報告を聞けば驚きの一言だ。
なぜか、全ての馬車で金銭を奪い合う為の殺し合いが発生したと報告が上がってきたのだ。最初は耳を疑ったね。各自、節約すれば一年は暮らせるだけの金は持っていたというのに、何故そんな事に。
同じ釜の飯を食った仲間が醜い殺し合いをするなど尋常な事態ではない。新種のウイルスの可能性があったので、現場についてみれば実にバカバカしい原因で萎えた。
誰もが自らの治療費を稼ぐ為に、苦楽を共にした仲間相手に強盗を働いていたのだ。
真面目に働く事をやめて、そのような犯罪に走るなど・・・元ヴォルドー領の領民として恥ずかしい限りだ。今後、孤児院の教育課程では道徳を重点的に教えるようにしよう。
「はぁ…全滅した所は、蟲達を派遣して処理に当たらせよう。生き残った者が居たら跡を付けるかな。全く、民度を上げるのも大変だな」
生き残った場合には、一般市民虐殺の罪でギルドに突き出そう。死んだ場合には、蟲達にランチにしよう。
なぜ、人は平和的な解決ができないのだろうか。永遠の課題である。
友情って美しいよね。本当に…
PS:
明日から、再び中部へ(´・ω・`)
週末に投稿できるかはまだ未定ですが、頑張るね。

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