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第六十一話:手紙
◆一つ目:メイドA
◆
貴族の屋敷にご奉公するという事は、女性達にとってステータスと言っても過言ではない。仕える貴族の位が高ければ高いほど良い。故に、貴族の屋敷に年頃の女性が居る家はあの手この手で貴族の屋敷に奉公する方法を模索するのだ。
だが、貴族とて身元がしっかりとしていて益のある者を雇いたいと考えている。その為、貴族の屋敷に奉公出来るのは、貴族の次女達や商人の子供達が殆どだ。肉体関係に転んだとしても双方に益があるのは間違いない。
そんな、この世界の常識を無視するような募集がある時になされた。
『神聖エルモア帝国』で侯爵の位を授かり大貴族の仲間入りを果たしたヴォルドー侯爵家の使用人の公募だ。出自、年齢、性別など本来ならば重要視する項目を一切問わず…求めるのは、能力のみであった。掃除・洗濯・料理は当然として芸術関係の技能や戦闘関係の技能を持つ者を優先的に採用するとの内容である。
募集人数は、たったの5人…四大国の一つに数えられる『神聖エルモア帝国』の侯爵家としては考えられない規模である。他の大国の侯爵家であれば軽く50人は超える使用人を召し抱えている。貴族にとっては、使用人の人数は貴族としての権力の象徴であると考えられている節があるからだ。
ヴォルドー公爵家の使用人採用に当たり書類選考、集団面接、一次面接、二次面接、最終面接という五段階で行われる事になっており書類選考で半数以上が落とされる。
「はぁ~、150倍の倍率を掻い潜って採用に漕ぎ着けたというのに泣きたくなるわね」
「それは、私達も同じです。本国も無理難題を言ってくれますよね。良縁を結んでこいとか。だけど、何も事を起こさないまま国に帰れば処罰される。事を起こせば蟲の餌…」
同僚のメイドが愚痴を言っている。
それは、こちらも同じである。ヴォルドー侯爵家に採用された者は全て他国のスパイであるのだ。それが分かっていながら普通に採用するあたり、大胆不敵である。採用時の最終面接を思い出しただけでも血の気が引いてしまう。
『最終面接と言っても、この場にいる全員は採用が決まっている。『ウルオール』侯爵家に雇われた元冒険者、『ギルド』の犬、『聖クライム教団』の司祭の次女、『ヘイルダム』王家直属のスパイ、南方諸国連盟のスパイ。能力としては十分だ…我が領地の繁栄の為に、頑張って働いてくれ』
偽りの名前と経歴を書類に書いていたのに本名どころか出自や家族構成…得意な得物や魔法まで把握されていた。更に、万が一に備えて近く隠しておいた装備一式は預かっているとまで言われた。必要に応じて返却してくれると言ってくれた。
「今月の給料は、まだ届いてないんで…悪いけど、貸してもらえない?」
「あんたの所、遠いもんね。トイチでいいわよ」
私達メイドの給金は、ヴォルドー卿から支払われてはいない。
『雇用元から給料が出るのに二重で貰うのは良くないだろうと言われた。これほどの能力を持つ者をタダで使えるなどありがたい事だ。雇用元には、首にならぬように適当な報告をしていればいいのさ』
一匹の蟲が手紙を携えてやってきた。
本日の晩ご飯のリクエストである。他にも、領地の測量や街道の警邏やモンスターの討伐などもやっている。既にメイドの仕事の域を超えているが…私達にやらないという選択肢は残されていない。
ヴォルドー侯爵家の屋敷は、作りが特殊で外層と中庭と本邸という三つの層に分かれている。ヴォルドー卿とゴリフリーテ様とゴリフリーナ様がお住まいの本邸と中庭を取り囲むように作られている外層がある。私達は、日頃は外層におり呼ばれない限り本邸へと行く事が許されていない。勝手に入れば、殺されてしまうのだ。
その為、一年以上勤めてヴォルドー卿、ゴリフリーテ様、ゴリフリーナ様をお見かけできたのは片手で足りる。私達メイドのお仕事は、屋敷にいる蟲達の世話なのだ。掃除や洗濯や料理は蟲達が全て行ってくれるので、その報告を纏めて蟲を経由して本邸に届けてもらうのが一番の仕事である。
まぁ、他にも冒険者の武器の扱い方や魔法についての講義を蟲達に行ったり…新人の蟲達に料理の指導や掃除の仕方などを教えたりもしている。
「完全に使い潰されていますよね。私達…」
「何を今更…まぁ、流石に進退を本気で考えないといけない時期に差し迫ってきているのは事実ですけどね。最近、本国からの突き上げが酷くて。何の成果もでないなら、後任をよこすと言われましたよ」
「騙し騙し報告していたけど限界が来たのね。尤も、後任が来ても変わらないでしょうね。『辞めたければ最低でも一ヶ月前に言いなさい。引継ぎ作業もあるだろうし、社会人としての常識ですよ』と言われていますしね」
同じ境遇に加え、同性であり年齢が近ければどのような話でも盛り上がる。
◇
ヴォルドー侯爵領は、治安こそいいが政治などについては何の変哲も無い。税率についても、国家全体的にみて平均値である。
金にも困ってないし、権力にも大して興味がない。『ウルオール』の王家と強い繋がりを持っている為、本気を出せば税率だって0に近づけられる。だが、そんな事をしてしまえば面倒事になるのは目に見えている。
一度、下げた税率を上げるのは大変なのだ。一度、おいしい思いをした人間が付け上がる可能性もある。皇帝陛下から賜った領地の民を無為に蟲の餌にするのも心苦しい。
「使用人達は、しっかり働いているようだね」
「えぇ、スパイとして来ているだけあって優秀で何かと助かっております。領地の測量などは、どうしても人手が要る時がありますしね」
領地に帰ってきて、大事な書類に判子を押すのがお仕事だ。基本的に、ゴリフターズが精査してくれているおかげで私の手元に来る書類は最小限である。本当に、領主として最低限のお仕事しかしていない。
領地運営の基本方針提示や決済書のサイン…これだけ!!
「旦那様、ゴリフリーナ、お茶が入りました。少し休みましょう」
本邸での家事全般は、使用人に任せずゴリフターズと蟲達が行っている。余程の事がない限り信頼のおけない使用人を本邸に入れたくない。それに、使用人が作る飯より二人が作る飯の方が何倍も旨いのだ。
焼きたてのクッキーと紅茶を飲みつつ、妻達と水入らずの時間を過ごしていると手紙のような物を口に挟んだ蟲が一匹やってきた。
ギィ(お父様、お客様~。これを見せれば分かるって)
「客…? 手紙に差出人は書いてないな。代わりに、家紋のようなモノが押してある」
見た事がない模様だ。一応、『神聖エルモア帝国』の大貴族として恥じないように国内にいる有力な貴族の家紋は覚えたつもりだが、どれにも該当しない。となれば、他国の物であろうが…流石に、他国の家紋まで覚えていない。
「これは…『聖クライム教団』のグリンドールが使う物ですよ」
………
……
…
バリーーン
ゴリフリーナの一言で、思わず窓を破って逃げ出してしまった。同様に、ゴリフターズも飛び出していた。すぐにあたりを警戒する。以前、戦った時より射程が伸びている可能性もあるので、可能な限り見通しのいい場所に出る必要があったのだ。
「どうやら、爆発物の類でもないようですね。周囲にグリンドールらしい気配はありません」
「そのようだ…とりあえず、客人を連れてこさせよう。二人共、完全武装をしておけ。下手な動きを見せたら始末するぞ」
グリンドールからの手紙など厄しかないに決まっている。
◇
本邸にある客間に一人の女性が座っている。女性といっても30を超えておりお肌の曲がり角に突入した淑女といったほうがいいかも知れないけどね。
「いま、私の年齢についてお考えになりませんでしたか?」
「滅相もない。で、この手紙はなんだ?」
なかなか、短気な人だ。恐らく、ランクBの冒険者…相当鍛えられている。礼儀を弁えているので目くじらを立てる必要もないな。
「グリンドール様から届けて欲しいと言われたお手紙です。内容については、一切知らされておりません。ご自身でご確認をお願い致します」
恐る恐る手紙の封を切った。
中から数枚の手紙が出てきた。どうやら、本当に手紙らしい。できれば、葬式の案内などの不幸な手紙が嬉しかったが違うようだ。あれさえ居なくなれば、絶対に勝てない相手がこの世から居なくなるのだ。香典には、金銀財宝をプレゼントしてやる。
【まさに、飛ぶ鳥を落とす勢いで名が売れておるな。お主の名前は、我が国でも耳にする。だが、名が売れると厄介事も増えるがお主ならなんとかなるだろう。
それと、本当はもっと早くに言うべきであったが『結婚おめでとう』と言っておこう。あの二人は、私への当て馬として思春期の全てを冒険に費やす事になった可哀想な子達じゃったが、春が来たようで何よりだ。
意外かもしれないが、同じランクAで特別な属性を持つ者として一応気には掛けていたのじゃよ。年齢的にも孫みたいなモノだしな。
本題に入るが、どうにも絹毛虫がお主に何かを伝えたい様子だったので、この手紙を書いた次第だ。よいか、一字一句間違いなく記すからな。後は、お主に託すぞ】
そして、最後にグリンドールの所に嫁にいった絹毛虫ちゃんの手紙を開いた。
【モモキュー】
「モモキュー…?」
グリンドールの達筆な字でデカデカと書かれていた内容をみて驚愕した。何度見ても、裏がしても、逆さまにしてもその一言しか書かれていない。
この世に蟲語検定が存在したら、間違いなく満点で一級を取得する事間違いなしの私が全く理解できないのだ。なんて、斬新な手紙なのだろうか。○ASAでも解読不能な暗号である事は間違いないだろう。
一字一句間違いなく、記したと言っていたが…本当に間違いなく一字一句そのままなんだろうね!!
やばいよ!!
お父さん…娘からの手紙が理解できないとか父親失格過ぎる。
モモナー(どれどれ、ここは私にお任せ下さい。なるほど、これはきっと『妊娠しました』と書いてあります)
えっ!?
蛆蛞蝓ちゃんの一言で思わず、手に持っていたコップを砕いてしまった。
ピピー(いいえ、違います!! このモモキューは、『お父様、元気にしておりますか。私は、グリンドール様の下で日々大事にしていただいております。つきましては、ご相談したい事がございます。実は、来月グリンドール様のご誕生日という事で私から何か差し上げたいと考えております。寒い時期なので手編みのマフラーなどがよろしいかと思っているのですが、どうでしょうか。本当なら直接お伺いできれば良かったのですが、こういうのはサプライズが良いと考えておりぜひアドバイスを頂きたいです。…できれば、グリンドール様に何が欲しいか聞いていただけると娘は喜びます』という意味で間違いありません)
幻想蝶ちゃんの訳に驚愕した。たった一言なのになんて意味深いんだよ。なげーよ!! 長すぎだよ!! それに、手編みってなんですか!? 手なんて、ないでしょう!!
ギーギ(いやいや、これは『お父様、私の事を覚えておられますか…あの時お別れして以来、お手紙一つ頂けなくとても寂しいです。私は、毎晩お父様が元気で過ごせますようにとお空の星にお祈りを欠かさずにしております。 追伸、娘ができました』)
なんだとぉ!?
どういうことだ一郎!! 娘って!? どうやって子供を産んだんだよ!?
ウジャウジャ
影から蟲達が溢れ出てきて手紙を確認し始める。そして、皆が色々と意見を出す。
二時間後。
蟲達の大討論の末に、蟲達の『蛆蛞蝓ちゃんの妊娠説』『幻想蝶ちゃんのグリンドールへの贈り物説』『一郎の娘誕生説』の三つに分かれた。
全員が一歩も譲らず、最終的に私の判断に委ねられることになった。途中から、ゴリフターズも参戦したがふたりの意見は別れ…ゴリフリーテが『一郎の娘誕生説』、ゴリフリーナが『幻想蝶ちゃんのグリンドールへの贈り物説』となった。
これって、どう考えても私が蛆蛞蝓ちゃん説を取らないと可哀想なことが起きる気がする。さっきから、お父様は私の味方ですよねという眼差しが痛い。
誰の意見を選んでも、だれかの立場が悪くない。ならば、選ばぬ!!
………
……
…
あれ?今更だけど、同じ絹毛虫ちゃんの意見をそういえば聞いていない気がする。出ておいで絹毛虫ちゃん!! 今こそ君の力が必要だ。
モキュウウ『もっと頼ってくれてもいいんですよ、お父様。さぁさぁ、抱っこしてくださいね!! お姫様抱っこをしてくださいね!!』
影から這い出てきた絹毛虫ちゃんを抱き上げてお姫様抱っこをしてあげる。実にゴキゲンなご様子。だが、やはり起伏がない体型であり背中とお腹の位置が不明で正しく抱っこできているか不安であったが良かった!! 二分の一の確率に勝利した。
「よしよし、良い子だからこの意味を教えてね」
モキュモキュ(仕方がありませんね。もっと頭をナデナデしてくれたら教えてあげます!! 幸せ…チラチラ)
モナモナ(くぅー!! お父様、私も抱っこしてください!!)
ピッピ(抜けがけはずるいですよ!! 私達も)
ギィー(お父様の膝の上はもらったぁ!!)
蟲達が一斉に私にダイブしてきた。傍から見たら捕食されているようにしか見えないほど蟲達によって抱きつかれた。その様子を何食わぬ顔をしてみているゴリフターズと客人。
………
……
…
モモッキュウ(満足満足~。この【モモキュー】は、『拝啓 木枯らしが吹きすさぶころとなりましたが、お父様いかがお過ごしですか。『神クライム教団』では、先日初雪が降りましてグリンドール様と一緒に雪が降る中を散歩にお出かけいたしました。『聖クライム教団』では、この時期になると親しい者にプレゼントを贈るという風習があるそうで、今年はグリンドール様になにか贈り物をしたいと考えております。マフラーのポジションは私で決まっておりますので、コートを作ろうかと考えておりますがどのようなコートを作ればよいか迷っており、お父様にご相談した次第です。できれば、お手伝いに何人か派遣していただきたくお願い致します』と書かれております)
グリンドールにプレゼントね。絹毛虫ちゃん、一匹ではコート一つ作るのに時間と労力はかなり掛かるだろうね。よし!! 絹毛虫ちゃんを何名かと糸を出すのが得意な蟲達を派遣しようじゃないか。
ついでに、私からもグリンドールにプレゼントを贈ってやろう。うちの倉庫に眠っている瀬里奈さん特製の○イトセイバーをな!! それに合うようなコートを作らせよう。
グリンドールがこれを機に『闇』の魔法を控えて○イトセイバーを振り回すようになれば弱体化は必至!! こちらにとって嬉しい限りである。
「客人…手紙の依頼通り、何名かの蟲を貴様に預けるが信じていいのだろうな?」
「貴方達程ではありませんが、腕には覚えがありますゆえにご安心ください。命に代えてグリンドール様の下までお届け致します」
蟲達に指示をだして倉庫に肥やしになっていた○イトセイバーを持ってこさせた。そして、影の中から三匹ほど絹毛虫ちゃんとそれに同行する蜘蛛達…そして、移動用に百足も用意してあげた。
「私の子達を持ったままでは、馬車にも乗れないだろう。乗って帰ると良い。後、道中の食事代および帰りの代金だ…事が終わったら、蟲達が教えてくれるだろうからここまで送り届けてくれよ」
「代金は、不要です。グリンドール様から十分な報酬をいただいております。帰りも私が同行致しますのでご安心ください」
モッキュウ(お父様とひと時でも分かれるのは、とても悲しいです。ですが、必ずお仕事完遂して戻ってまいります。チラチラ…お父様成分を補給させてくれてもいいんですよ)
何匹か絹毛虫ちゃんを抱きしめて、付き添う蟲達にも言葉をかけた。迷惑を掛けないようにするんだぞと…。
………
……
…
それから、一ヶ月後、グリンドールの文字通りダークサイドに落ちたかのような格好に加え、赤黒く光る○イトセイバーを携えた姿が目撃されたと報告を耳にした。
ふぅ~、書きたかった手紙のお話がようやくかけた。
さて、次回はお約束のデート回…の予定。
女の子とデートとか、SSとしてお約束だもんね。

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