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愛すべき『蟲』と迷宮での日常 作者:マスター
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第五十六話:感染拡大(2)

 ネームレスギルド本部の最大クラスの倉庫が幾つかありその内三つを私とエーテリアとジュラルドの三名がレンタルしている。毎月の維持費が300万も掛かっているが、管理面の事を考えれば妥当な額である。倉庫の中には、何故か台所からお手洗い、風呂場まで完備されておりマンションのような場所だ。

 装備の手入れを行う為に色々と設備を整えているうちに、この形態が理想的と判断されたのだ。ただ…防犯の都合上、窓がなく換気の問題がある為、長期滞在には不適切だ。

 整理整頓は心がけているつもりだが、荷物の量は相当な物だ。蟲を使った人海戦術で宝箱を手に入れた財産が一杯あるのだ。他にも、昔使っていた思い出の品々も収めてある。

ギィィ(見て見てお父様!! これ昔お父様が作ってくれたフリル付きのお洋服…なんで、男なのにフリルだったのだろうか。今更ながら…)

「懐かしいな。フリル付きについては、気にする程でもあるまい。客人から見たら、性別なんてあってないようなものだからね」

ピピ(あ、これってお父様の子供時代のお洋服!? 小さいですね)

「そうだよ。一郎と一緒にこの街に来た時に着ていた服だよ。懐かしいな…流石に、今では着られないけどね。時が経つのは早いものだ」

 荷造りするはずが、蟲達に手伝いを依頼したところ懐かしい思い出の品が溢れ出してくる。お陰で、蟲達が騒がしい。

モモナ(あ、この保存食いつのですか? もう、消費期限切れですよ)

ギギ(保存食、処分するので頂戴~)

ギィイ(大丈夫食べたりしないから…そう、絶対食べないから)

 蛆蛞蝓ちゃんから保存食を受け取った蟻達がペロリと胃袋で処分している。消費期限切れの食べ物を食べて大丈夫だろうか…不安だな。そして、体調を崩して際に蛆蛞蝓ちゃんにお小言を貰うだろうが、自業自得である。

………
……


 というか、荷造りするどころかドンドン散らかっていくのは気のせいだろうか。幻想蝶ちゃんや蛆蛞蝓ちゃんまで、私の私物を物色している。まぁ、その時代の品々は君等がいない時代の物だから気になるのは分かるけど。

 愛されているが故の行為だというのが分かっているので強くは出られない。

モキュ(お父様。この枕、なんですか!? 私というものが有りながら…酷いです)

「いや、その枕は…子供の頃に使っていた物でね。ほら、そんなに拗ねないでよ」

 絹毛虫ちゃんを抱き寄せてブラッシングをしてご機嫌を取る。全く、子供のころの話だというのに…。

もきゅきゅ(背中の方もちゃんとブラッシングしてください)

 せ、背中…果たしてどちらが背中なのだろうか。このレイアの目をもってしてもどこも同じに見える。こ、こっち側背中であっているのだろうか。

 さわさわ

ももきゅ(そこは胸です!! ゴリフリーテ様とゴリフリーナ様に言いつけてやる)

 二人にばらされては大変だ。こうなれば、一緒にお風呂に入った後に、抱き枕にしてご機嫌を取るしかあるまい。

「さて、皆、お風呂の時間ですよ」

 人数が多すぎるから、この倉庫にあるお風呂に入れる者達は極一部だ。領地に帰ったら思う存分水浴びをさせてあげるからしばらく我慢してもらおう。

ピピッ(覗いたらダメですからね)

 幻想蝶ちゃんの一言に蟲達が頷く。だが、当然お約束である。



思い出の品々を荷造りしている内にみんなと話が弾んで、気が付けば三日が経っていた。誰にも邪魔されず過ごす時間は、俗世の事を完全に忘れ去らせてくれていた。換気の問題で少々息苦しい事もあったけど、概ね快適であった。

………
……


「荷造りも終わったし、領地に退避しよう。そして、街道を完全に封鎖した後に領民全員に強制的な身体検査を実施するぞ」

モナ(診察完了です。言うまでもなく、お父様は完璧な健康体です。お父様を蝕む病なんてあったら、世界的にほぼ終わりでしょうけどね)

 確かにそうだよね。

 倉庫で荷物番をさせている蟲を残して三日ぶりに、倉庫から外に出てみると街の様子は急変していた。歩く者達の殆どが口を覆っており、手袋を付けている。露店は、殆ど出ていない。更に、商店に至ってはお店すら開いていない。

 道行く人達も雰囲気が悪い気がするな。

 では、最後にマーガレット嬢を含むギルド職員たちにお別れを言いに行こう。ちゃんと挨拶はしていなかったものね。紳士として、跡を濁さず終わらせなければ。

ギルド本部に入ってみると、見覚えのある格好をした者達が数名居る。少し見渡してみると、エリザベスとマーガレットとエルメスの三人が集まって何やらお話をしているではありませんか。纏めてお別れの挨拶ができるとはありがたい限りだ。

「受付嬢が三人揃って受付を離れるのはどうかと思いますがね…三日ぶりですね」

 一斉に視線が集まる。

「レイア様、まだこの街にいらっしゃったのですね。数日お見かけしておりませんでしたので、既に領地に帰られたかと思っておりました」

「私が顔なじみの受付嬢に挨拶なしで居なくなるほど薄情者に思われていたとは心外ですな。エリザベス嬢も大変な時期だと思うが頑張ってくれ。遠くから陰ながら応援しておこう」

「ふっふっふ、ところがどっこいレイア様。現在進行形でネームレスは軍によって完全封鎖中です!! いや~、困りましたね。本当に困った」

「マーガレット先輩の言う通りで、『神聖エルモア帝国』の第二から第四騎士団までの部隊がネームレスを取り囲んでおります」

 マーガレット嬢とエルメス嬢がこれ幸いという感じがしている。

 というか、毎度の事ながら思うのだけど…マーガレット嬢が困ったと感じると不思議な事が起こっている気がする。本来、もっと早く逃げ出すつもりだったのに何故か三日という時間を蟲達と過ごした。感染拡大中の病があるというのに、その事に何ら疑問を挟まずにだ。

 もしかしたら、特別な属性ではないかと勘ぐってしまう。

「問題ないさ。私の立場は、侯爵だぞ。私のような立場の者が納めている税金で働いている騎士団が雇い主に牙を剥くはずあるまい。当然、素通りさせてもらうさ」

 そのくらいの権力は有しているつもりだ。

 ガタン

 ギルド本部の扉は、強い勢いで開けられた。

「だが、残念でしたねヴォルドー侯爵。たとえ、貴方が侯爵であったとしても皇帝陛下の名において発生された『ネームレス』の封鎖に例外は存在しない!! 特に、俺の目が黒い内は絶対に外には出さん」

 やはり第四騎士団の連中だったか。見覚えがあると思って、まさかとは思ったのだがね。そして、お出でなさいましたシュバルツ副団長!! まるで親の敵を見るような目で私を見ないで欲しいね。今現在となっては、立場も私の方が上なのだからね。

「ご無沙汰しております。で、病が大流行しているこの場所を副団長や団員が直接くるとは…あなた自身も帝都に帰れないのでは?」

「待つものが居ない帝都に帰ったとしても何ら意味などない。むしろ、ヴォルドー侯爵をこの場に押し留める事が出来るなら私にとって至上の喜びですよ」

 そ、そこまでして私に嫌がらせをしたいのか。万が一、私が既にここを離れていた事を考えてなかったのか。だが、今となっては逃げる気など無いよ。

「皇帝陛下の命で封鎖しているのだろう。ならば、私はここに留まろう」

 むしろ、陛下の命とあっては夜逃げしようとする冒険者の確保の手伝いだってしてもいいくらいだ。

「素直でいい事だ。では、我々第四騎士団は治安維持の為に街を巡回するとしよう。騒ぎを起こさぬ事を期待している」

 第四騎士団…最近、何かとガラが悪いと評判がよろしくない連中である。尤も、その事はこの私がよく知っているがね。

シュバルツに連れられて騎士団の連中がゾロゾロと移動を開始した。

「……香水の匂いがしたな。マーガレット嬢、第四騎士団の連中は、歓楽街を根城にしているだろう」

「えぇ、今回の元凶であったギネビア様のお店を…後は、お察しの通りです」

 今回の騒動をネタとして、色々とやりたい放題か。騎士団の給料で抱けないようないい女に難癖つけてタダで抱けるとなれば、団員も付いてくるか。病気すら怖くないとか…マジで凄いな騎士団の連中。ある意味尊敬に値するが、皇帝陛下の騎士団として自覚が足りてないだろう。

………
……


 だが、流石に度が過ぎるよね。

だから、蟲達に指示を出して誰が誰を何回抱いたかメモを取らせよう。後で陛下に提出して給料から天引きしてするように手配する。これで女性の方もお金がもらえるので納得がいく解決策であろう。下手に騎士団の連中を粛清しては女性がヤラレ損だからね…紳士である私はそのような残酷な真似はできない。

「労働に対する正当な報酬が貰えるように尽力する事を約束しよう。安心しておけ。だから、ギルドはこの事態が収束に向かうように頑張ってくれ」

 ギルド嬢達に挨拶をして、さっさと安全な倉庫に引きこもろう。衣食住の全てを自給自足出来る私がヒモジイ思いをするであろう皆の前に居ると顰蹙(ひんしゅく)を買うからね。そのくらいの気配りは出来る。

「ちょっと待ってくださいレイア様!! そこは、『私に全て任せておけ三日で解決してやる』とかいう場面じゃありませんか!!」

「馬鹿を言うな。三日で解決出来る訳が無いだろう。ギルドが感染者を使って早く薬を開発しろよ。他にも、元凶を捕らえるとかやる事はいくらでもあるでしょう」

 蛆蛞蝓ちゃんを使っても、一時的に症状を停滞させる薬を作るのに三日。それから人体実験を繰り返して特効薬を作るのに一週間はかかるだろう。三日など不可能だ。人間できる事には限度があるのだ。

「元凶であったクラフトとアイリスの確保には、エーテリア様とジュラルド様が向かわれました。第四騎士団が二人を捕まえてくれば、無条件で『ネームレス』から出る事を認めるとかで…」

「なにそれ、タダ働きじゃん。あの二人がよくそんな条件で承諾したね」

「来週には、両家のご両親を交えた懇親会が予定されているそうです。あのレベルのお二人をタダ働きさせようなど騎士団の人達は命が惜しくないのですかね」

 エーテリアとジュラルドならば、第二から第四騎士団の全員を相手にしても勝てるだけの実力があるのに素直に従うのは、陛下の命で封鎖されている事が大きいだろう。

「そうか…なら、何も心配する事はないな。ただ、原型が残っているといいね」

「って、さり気なく帰ろうとしないでください。レイア様はレイア様がやるべき事をやってください。ギルドの方は、私達が説得して報酬を出させますから」

 私のやるべき事ね…やっぱり、領地に帰ってゴリフターズや領民を守るのがやるべき事ではないだろうか。まさか、それにギルドはお金を出してくれるという事なのか…太っ腹だな。まぁ、今までギルドの貢献した度合いを考えればありえなくもない話だ。

「領主として、妻を持つ夫としてやるべき事はただ一つ…領地に帰るか。幸い、マーガレット嬢がギルドを説得して金まで出してくれるそうだし」

「間違ってないけど、間違っていますよね。絶対に、わざと言っておりますよね!? 」

「違うの? まぁ、薄々そんな気はしていたがな。どの道、皇帝陛下の命とあっては『ネームレス』を勝手に出るわけにも行かないので適当に働くとしよう。最近、収入が無くて色々と困っていたからね…ちょうどいい商売を思いついたわ」

………
……


 明日からの準備をすべく、倉庫に帰る途中に馴染みのある気配が付いてきた。気配は消しているようだが、まだまだ甘いね。

「なにか私に用事かね? エルメス嬢」

 振り返り声をかけると、物陰から先ほどまで話していたマーガレット嬢の後輩であるエルメス嬢が現れた。身に纏う雰囲気は、いつもと異なっている。

「ガイウス皇帝陛下からの書簡を持って参りました。ご査収ください」

 エルメス嬢が懐から取り出した書簡を受け取った。

「なるほどね。私が依頼を断って三日で軍が動いてネームレスを閉鎖するとは動きが早すぎると思った。ギルド内部に何人の間者を送り込んでいると聞いたが、その一人がエルメス嬢だったとはね」

「本来ならば、素性を明かさぬままで居るつもりでしたが事が重大な故に…」

「問題ない、私はここで誰とも会っていない。それと皇帝陛下には、すべて承知したと伝えておけ」

「書簡の中身をご確認されておりませんが…」

「当然、後でじっくりと確認する。だが、回答は決まっているのだよ。それより、早く戻るといい。あまり遅いと怪しまれる」

 即決即断即行動…やはり、皇帝陛下は素晴らしい。ここまで迅速に事を進めるとは。陛下が頑張ると言うならば、このレイアも頑張りましょう!!



 ナース服を着せた蛆蛞蝓ちゃんの文字通り触診が終了する。

もきゅ(若干、疲労がたまっているようですが健康体です。特に治療は不要でしょう)

「異常なし…疲労がたまっているようだから、適度に休むように」

 診断書を書いて、患者に渡してあげる。尤も、今現在は異常がないが…病が流行中のネームレスでは『不治の病』に明日かかる可能性もあるのだ。故に、気休め程度の安心感しか与える事ができない。

「ありがとうございます」

「気にするな。私がやるべき事をやっているだけだ」

 ネームレスにて医者もどきを始める事にした。無論、行うのは診察だけである。診断結果を元に、患者達はギルドで治癒薬を購入するという手はずである。住人にとっても病気でもないのに高い治癒薬を買うのは踏ん切りがつかない事が多いようで、私の診療所は繁盛している。無論、ギルドとしても品薄状態の治癒薬が本当に必要な者に行き渡るということで概ね好評をもらっている。

 一回の診察料は、20万セルと大変お安くなっている。更に、水や食料も販売している。こちらの方はお値段を勉強させてもらって、一日分の食料でたったの10万セルというのに売れ行きが宜しくない。外部からの食料供給が途絶えつつあるネームレスにとって、私が善意で食用蟲を売っているというのに何故だろうか。

 蝗なんて副作用で治癒薬に近い効果が得られるので食べれば不治の病にも少しは効果があるというのに残念だよね。買っていくのは、紳士淑女だけである。

「さて、今日もよく働いたし店じまいだ」

ギルドの一室を借りて開いた仮設診療所の扉の前には長蛇の列が出来ている。だが、一日に見るのは50名までと決めている。横入りや順番の売買などの行為は、目に余るのでそういう輩は、診ない事にしている。

「お願いです…子供の様子がおかしくて診ていただけませんか!!」

 10歳くらいの衰弱している子供を抱えた母親が順番を無視して診てくれと言ってきた。

「最後尾は、向こうだ。並んでいる人数は80人程だから明後日には診てやる。それが嫌なら、他を当たれ」

 『ネームレス』にも当然、医者がいる。病や怪我をしたものを治す事を飯の種としている連中のはずだが…自らに感染する恐れから、店自体を閉めているのだ。全くもって医師としての責任を果たして欲しいよね。

 故に、私の行いは感謝される事はあっても憎まれ事を言われる筋合いはないのだ。

 私の教え子達なんて、診療所の話を耳にしたときから徹夜で並んでいたぞ。しかも、診察の時はいつもお世話になっておりますと果実の詰め合わせまで持ってきたくらいだ。この状況下でよくぞ手に入ったと思うね。

「貴族なんでしょう!! だったら、私達の事を少しはかん……ヒィ」

 婦人の首筋によく手入れのされたナイフが当てられている。

「ご婦人…それ以上、喋るな。誰に向かって話をしているかよく理解しているのですか? 『神聖エルモア帝国』の侯爵であり、ランクB冒険者。そして、今現在『ネームレス』で唯一の医者と言っても過言でない人です」

「ローウェル君。刃物を当てる位置が誤っていますよ。人間相手の時は必ず、致命傷を与える頚動脈にと教えたでしょう」

 私の教え子の一人であり将来有望だと感じたローウェル・タークス。現在、Cランクにまで上り詰めてメキメキと実力を付けている。今現在も、私に暴言を吐こうとした婦人を黙らせる為に刃物を首に当てて脅している。

 全くもって、正しい判断である。あのまま、一言二言発していたらあの患者は二度と見なかっただろう。発する言葉次第では、蟲達の食料へと早変わりしていた。

「ご婦人、ローウェル君に感謝しておくんだね。それでは、私は用事があるので失礼させていただこう」

 皇帝陛下からの勅命を達成する為に、ギルドにもシッカリとお仕事してもらわねばならないから。

 さて、狩りの時間だ。
懐かしい人物をいろいろ出してみましたヽ(*´∀`)ノ

続きを早々に書き上げたいのですが…来週からしばらく毎日休出が確定しておりクソ忙しいんです><次の投稿は恐らく11月末くらいの予定。
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