新事業創出のための目利き・支援人材育成等事業

世界に飛び立つ日本のチームを応援します

第1弾 元気なベンチャーのつくり方

新事業創出目利き事業の支援者であるグロービス・キャピタル・パートナーズの仮屋薗聡一氏と、ベンチャーキャピタルファンドANRIの佐俣アンリ氏。
ベンチャー企業に出資する二人が、起業をめぐる変化や今後への期待を語ります。

METI Journal
METI Journal8・9月号※本稿は、「METI Journal8・9月号特集2 対談(16~17ページ)」の補完版として
同紙の紙幅で掲載できなかった内容を加筆し構成しています。

対談者紹介

仮屋薗聡一氏

仮屋薗 聡一 かりやぞの・そういち

慶應義塾大学法学部卒、米国ピッツバーグ大学MBA修了。株式会社三和総合研究所での経営戦略コンサルティングを経て、1996年、株式会社グロービスのベンチャーキャピタル事業設立に参画。現在、株式会社グロービス・キャピタル・パートナーズ マネージング・パートナー。

佐俣アンリ氏

佐俣 アンリ さまた・あんり

1984年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。株式会社リクルートのメディアテクノロジーラボを経て、クロノスファンド、East Venturesに参画。計4社を立ち上げ、個人としてラクスル株式会社を創業以来サポート。2012年、自身でベンチャーキャピタルファンドANRIを創設。

変化する日本のベンチャー

佐俣氏佐俣6~7年前、若い人による起業ブームのような時期がありましたよね。
でも実際は、一部の人たちに限られた特別な出来事だったと思います。ところが、最近の学生を見ると、例えば留学とか、サークルの運営に積極的なタイプの優秀な大学生たちにとって、自ら起業することは社会へ出るときのナチュラルな選択肢になりつつあると感じます。
仮屋薗なるほど。実際、17年前、僕がベンチャーキャピタリスト(VC)になりたてのころ多かったのは、営業の馬力で成功するベンチャー企業でした。それがやがて、ITなどの隆盛とともに、知的重視型企業が台頭し始めた。そういう企業では、起業家をはじめ経営陣の全員が、大企業で働いても評価を集めそうな人たちです。
現に、大企業で成功体験を積んでから起業する人もいますしね。 米国と同様、エリートにとって起業が一つの本流になりつつある。そこは、佐俣さんの指摘どおりだと思います。日本では起業件数がまだ少なくても、その質が変化してきたことには注目すべきですね。

佐俣まさに私の出資ターゲットは、大企業出身の20代後半の起業家が中心。それから学生です。「自分は若い年齢から価値を発揮できる」というプライドをもつ若年層は、大企業に勤めてトップに立つまで30年近くも待っていられない。自分の全能力をすぐにでも事業に反映させたいと考え、起業へ向かうんです。 ただ、当時のドリームゲート(注1)発のような学生で起業した会社は、学生マーケティングを中心にした事業を展開しているため、ある程度の規模になって伸び悩む会社もありました。

仮屋薗現在支援している起業家は、学生のときに起業し、ある程度成功した後、企業をより大きくするために、一旦、休業して経営を友人に任せ、大企業に入社。そこに3年勤め、改めて、起業した会社を大きくするために会社に戻るというキャリアを積んでいる。
例を挙げると、Oisixの高島社長も、学生で起業し、休業して大企業に入社し、再びOisixに戻り、事業を拡大させているよね。 学生で起業する人には、起業をゴールとしないで、自分達の人生設計の中で、中期的な観点で今何をすべきかを考え、起業を含めたキャリアを描く人が増えてきている。学生で起業し、起業した会社をM&AでExitをして、その後、大企業で腰を据えて働き、改めて人生設計をし直し、次のフェーズに進む、そういうキャリア形成が今後増えてくると思います。
(注1)ドリームゲートは、経済産業省の後援を受け、2003年4月に発足。約500名のエンジェル経営者、新進気鋭起業家、大学関係者、約400名のベンチャーキャピタリスト、弁護士、会計士、中小企業診断士など起業支援専門家の協力の基で、ポータルサイト「DREAMGATE」の運営・セミナー・イベント・ビジネスプランコンテスト・起業家表彰制度などを実施している日本最大の起業支援プラットフォーム。

成熟産業の再活性にも

仮屋薗氏×佐俣氏仮屋薗かつて経済的な成功がメインだった起業へのモチベーションも、変わったと思います。リーマンショックや東日本大震災が大きな転機となりました。「お金儲けがもたらす名声に意味があるのか?」「儲かれば本当に楽しい人生なのか?」「そもそもビジネスの成功とは?」そうした問いの数々が、たくさんの人々の心に投げかけられたのでしょう。

佐俣言われてみると、「こんなモノがあったら世の中が面白くなるよな」っていうシンプルな思いから動き出す起業化が目立ちますね。もちろんステークホルダーが増えるにつれ経営責任の幅が広がり、結果的に外部株主や従業員に対する金銭的なリターンも大事になってきます。それはそれで、新たなモチベーションになると思います。

仮屋薗確かに利益の最大化と再投資による企業価値の向上も企業としての務めである一方、ベンチャーには新しい働き方とか生き方の提供も期待したいですね。

戦後の日本を成長させた産業構造や終身雇用制がますます変化を迫られるなか、ベンチャーの新しい社会の仕組みづくりに貢献してほしいし、必然的にそうなると思います。

佐俣本当ですね。事実、ベンチャーは従来と違った働き方の就業機会を増やす力を大いにもっています。分かりやすいところでは、インターネット系のベンチャーがクラウドソーシングによって、フリーランサーに仕事を供給するといった形があります。

仮屋薗例えば、私の投資先でもあるフォトクリエイトやピクスタは、写真業界で調達のクラウドソーシングを進めている。雑誌や会社の資料等、業務用の写真をカメラマンが撮影し、サイトにアップし、それを会社の担当者が購買し、採用するという仕組みを通して、カメラマンというフリーランサーに仕事を供給している。

このように会社とフリーランサーとの契約機会が増えることで、フリーランサーという働き方を許容する社会ができ、フリーランサーの就業機会を増やすことにつながるんじゃないかな。

佐俣確かにそうですね。あとは、ベンチャーが成熟した産業を、インターネットを使ったビジネスモデルで再活性化している例もあります。私の投資先でもあるラスクルは、印刷の価格比較や、印刷に不慣れな人にも易しい発注などを実現するポータルサイトの運営会社です。供給過剰な印刷業界で細やかにニーズをすくい上げ、稼働率アップをサポートしています。

仮屋薗それは弁当業界でも起きている。これらの業界に限らず、日本には多くの零細企業による分業がなされ、統合やM&Aによる効率化が進んでいないため、需要に対して供給側がオーバー状態にあることが多い。そのような中で、インターネットを活用して稼働率を上げるビジネスモデルが生まれている。

このモデルは、現在産業の中にある企業にはできない。外部から戦略性を持って業界に入り、中立的な立場でハブになるからこそ、新しい付加価値を生みだすことができる。ベンチャーが長年、産業構造が変わっていない成熟産業に進化を促す動きといえると思います。

また、このようにテクノロジーベンチャーとして成熟産業を再活性化する動きのほかに、地元・故郷・地方に戻って家業・中小企業を再活性化するマネジメントベンチャーの動きもでてきている。今の若者は地方や古い物をかっこよく愛でたり、そこに新しい価値を発見する意識が高いので、地方の再活性化という効果も期待したいですね。

起業家の伴奏者として

仮屋薗氏仮屋薗僕たちVCの重要な役割の一つは、投資先企業の成長過程でアクセルとブレーキの踏みどころをガイドすることでしょう。VCには、ベンチャーの起業から成長期にかけての、多くのケースが蓄積されている。それをうまく使えば、投資先企業が担う市場の特性や、経営のやり方などを考え合わせ、今後起こる事態をある程度は予測することもできる。ただ、そこは当社が設立17年を経てなお経験知の域を脱しきれていません。形式知への変換を進め、最適な活用法を確立することが急ぐべき課題です。

佐俣氏佐俣私自身も事業を立ち上げたことがあるので、起業家たちが日々何か起こるたびに「勝った!」と盛り上がったり、逆に、「もう終わりだ・・・」と落ち込んだりする感情がよく分かります。まだ私はVCとしての経験は浅いですが、起業家たちの一番近くで客観視する目を保ち、彼らが混乱に陥っても、ともに苦難しながら絶対に逃げない伴走者でありたいと思っています。尊敬するVCとして、アラン・パトリコフ氏(注2)、ロン・コンウェイ氏(注3)等がいます。彼らを目標として、起業を目指す人たちに対して、彼らのようにその時点では資本主義の中では評価されにくい才能や言葉に表せない強い気持ちを大切にし、その才能を解放してあげたいです。

仮屋薗世界で成功しているベンチャーには、圧倒的な技術をもつベンチャーは少なく、サービス化をして、顧客価値を提供し、資産を構築していくという経営マネジメントで成功しているベンチャーが多い。つまり、ベンチャーの成功の鍵は、優秀な人材を獲得し、その人材がモチベーション高く働くことができるかにある。「経営者がビジョンを語ることができる」「社会的意義を語ることのできる事業がある」「社員が死ぬ気で働きたいという想いを持つ企業文化がある」といった、社員が勝手にイノベーティブになる会社であることが競争優位の源泉となると思います。

佐俣それは、各社員が会社と自分のビジョンを合せて、仕事を「他人事」でなく、「自分事」とすることができている会社ともいえると思います。私が所属していたリクルートはそれができていました。社員が会社の文化を「自分事」として捉え、自立的に働く会社をつくることが重要ではないでしょうか。

仮屋薗これまで、ベンチャーがやることはプロダクト開発とセールスマーケティングで、それをやれば十分だと思っていた。ただ、今後はブランディングも必要になってきます。
例えば、ブランディングが成功した会社としてライフネット生命がある。ライフネット生命は、その会社で働いてみたいと思う人や会社のファンをつくるために、出口CEOが会社についてプレゼンする際には、会社の商品を紹介するのではなく、「自分達が何をしたいのか」ということを伝えている。
(注2)アラン・パトリコフ(Alan Patricof)は、米国のベンチャーキャピタル業界の父として知られている人物。エイバック・グループ創始者で、米国クリントン政権のベンチャー企業推進委員会委員長を務める。
(注3)ロン・コンウェイ(Ron Conway)は、シリコンバレー屈指のエンジェル投資家として知られている人物。1998年-2005年にAngel Investors LP fundsのマネージング・パートナーとして、アーリーステージのGoogle、PayPal等の投資に携わった後、個人のエンジェル投資家として投資を行っている。

起業家になるためには

仮屋薗×佐俣氏仮屋薗優れた起業家像を言葉にするのは僕には難しいけれど、「誠実で高い志」「覚悟をもってやりとおす力」「人を集めて活かす力」の3つが成功への基本だと思います。

逆に、「見ているところが小さく、視座が低い」「ここぞというときに覚悟がなく100%できない」「非常に優秀で他人に任せられない」という場合には成功は難しいよね。

佐俣確かにプロフェッショナリズムが強すぎる人は他人に仕事を任せることができないため、こういう人は規模を拡大することができないと思います。

仮屋薗ただ、起業家は初めから、3つの成功への基本のすべてを備えている必要はありません。それよりも重要なのは、「成長意欲の高さ」「自分が変化する思考」「柔軟性」。それらがあれば、3つの成功への基本を知り、その中で自分に何が不足しているのかが分かることで、50%位の人が今は不十分でも、起業家として成長することができると思います。

こういった人たちが、日本の元気の源となるよう、私たちもしっかりベンチャーを後押ししていきましょう。

Q:ベンチャ―企業には、どのような役割がありますか?

仮屋薗氏仮屋薗 成熟した日本社会において、次の雇用を担う役割や、産業セグメント間の人材流動性を増す役割を果たす、ベンチャー的な動きをする企業に対する社会的な重要性が高まっています。ベンチャー企業は、一つには、成長しつつある分野を示すバロメーターとしての機能を持っています。ある面で、ベンチャーは活力の象徴でもあるのです。

佐俣ベンチャーは、今後求められる多様な働き方を許容する社会をつくりだします。クラウドソーシングで示されたように新しい雇用を拡大させる効果があると思います。

また、衰退産業や構造変化に対応できていない産業から新しい動きを生み出すことも可能です。

Q:ベンチャー支援で行政に期待することはありますか?

仮屋薗新事業創出目利き事業をはじめとして政府の支援策が強化され、ベンチャーに対して、日本経済のけん引役としての注目が集まってきている点は評価できます。

佐俣氏佐俣ただ、ベンチャー支援として、補助金なども大切ですが、資金面であまり甘やかしすぎないことも重要です。規制緩和などを進めることで、ベンチャーを活性化してほしいと思います。

Photo by Kosuke NAKATA