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第五十話:(過去編)従軍(5)
想像以上の速さで撤退準備が行われて、シュバルツ司令官から撤退の話を聞いて1時間かからずに撤退行動が開始された。今までの行動から考えても信じられない程の行動力である。しかも、餞別だといって武器や食料の類を山程置いていった。
シュバルツ達が持っていったのは撤退に必要な最小限の食料のみで、ケチなシュバルツ司令官からは考えられない行動である。どうにも、ヒシヒシと嫌な予感がしてきた。だが、お仕事はキッチリこなす私の名が廃れないように働くとしよう。
「思ったより良質な武器が多く残っているな」
敵が何人で来るか分からないが、これだけの武器の類があれば投擲するだけで数百人は殺せる。手近にあったブロンズソードを手に取り、百メートルくらい先にある木に向かって投擲してみた。
ざくりといいと音を立てて突き刺さったのはいいが…予定では、隣の木に突き刺さるはずだった。だが、問題あるまい。下手な鉄砲数うちゃ当たる作戦もできる!!
………
……
…
待つ事数時間、昼を過ぎあたりで異変が起こった。
前線拠点から見える景色が変わったのだ。具体的に言うと、前線拠点の前方にあった山が沈んでいっている。そんな馬鹿な事があってなるものか。
シュバルツ司令官からの嫌がらせが酷いあまり、心労が蓄積していたのだ。間違いない!!
そのせいで、山が沈むなんて幻覚が見えるんだ。あのクソ司令官め。後で、実家を調べて蟲のハウスにしてくれるわ。白蟻とか家屋に大ダメージを与える蟲達を選別して送り届けてやるわ。
そんな事を考えているうちに山が沈みきった。おかげで地平線が見える。
ギギ(ぜ、前方の山で隠れていた者達…約10万匹が全滅しました)
ゾクリ
今までに感じた事がない寒気がした。
山が存在していた方向から悠々と闊歩してくる一人の男性がいる。戦場とは思えぬような服装。まるで、社交の場に出るかのような身なりをしている。黒いスーツにツバ付きの帽子、手には杖を持っており、整えられたお髭に渋みのあるお顔…まさに紛う事なき紳士である。
まだ、数百メートル離れているにもかかわらず、鳥肌が立つ程の魔力を感じ取れる。意図的に漏らしているのか、無自覚なのかは知らないが…洒落にならない。自慢じゃないが、私の魔力総量は、並みのランクBを引き離しておりランクAに近いとすら自負している。
今、目の前にいる男の魔力は、軽く見ても私の4、5倍近くある。男が一歩近づく度に私が一歩後退する。安全距離がどの程度必要か分からないが、本能的に距離をとってしまう。
間違いない…こいつの間合いは、先日の冒険者を上回る。
「察しが良いの。少し、話をせんか少年よ」
歩みを止めてこちらに話しかけてきた。お互いの距離は、約300m程あるがはっきりと聞き取れる。
「構いませんよ。何が御用事ですか?ご老体」
見た目通りの年齢だとすれば、おそらく50代だろう。考えたくない可能性だが、50代で『聖クライム教団』に居て…私より強い人物となれば誰かは特定できる。実際、会った事はないが、フローラ嬢から色々と他国の冒険者について聞いた事がある。
「年寄りに山道は堪えるとは思わないかね?」
「私が知っているお年寄りの定義が貴方に適用されるかは疑問ですが、普通のお年寄りなら辛いでしょうね。ちなみに、おいくつですか?」
「今年で53になる」
「16歳の私からみればお年寄りですね。……お初にお目にかかります『闇』の魔法の使い手であるグリンドール・エルファシル殿。お噂は、人伝で色々と伺っております」
人生の大先輩にして、冒険者の大先輩に頭を下げた。無論、打算的な考えはあった。このまま何事もなく『聖クライム教団』にお帰り頂けるなら何も言う事は無い。
「最近は、荒くれ者の冒険者が多いと思ったが中々見所があるの。『蟲』の魔法の使い手レイア・アーネスト。覚えておこう」
こちらの素性が完璧にバレている。という事は、蟲を使った奇襲も効果が薄いと見て間違いないだろう。いや、このレベルの冒険者になれば、どのような事態であれ臨機応変に対応するから、どちらにせよ変わりはない。
「『聖クライム教団』へのお帰りでしたら、あちらです。私が邪魔でしたら直ぐに道を開けますのでどうぞお通りください。幸い、食料も豊富にあるのでお好きなだけお持ち帰りして結構ですよ。今なら、お土産に最適な帝都饅頭も付けましょう」
「若いのに気が利くの。なに、食料など不要じゃよ。だが、お土産と言うならば、お主の首を貰い受けよう。我が祖国に甚大な被害を与えた事と『聖クライム教団』の教義を蔑ろにする者に神罰を」
「第四騎士団副団長シュバルツ司令官の命令だったので…首ならあの人が最適です。それに、そちらの教義を蔑ろにしているわけでなく、私は無宗教な訳であって宗教に興味はありません」
首が必要だというなら、私のような一介の冒険者でなく国家的に地位がある者が望ましいだろう。シュバルツなんて最適だと思う。此度の司令官でもあったし、拠点制圧や拷問を命じたのもアレである。
「地位が高いだけの者など脅威ですらないのは、お主もよく知っているじゃろう」
「ですな…実力差を考慮してハンディキャップの申請は可能ですか?」
「却下じゃ」
グリンドールは、あらゆる面でこちらを上回ると見て間違いない。こちらの勝機があるとすれば、『蟲』の魔法を使った攻撃で攻めるしかないだろう。無論、相手の魔法がどのような性質なのか知らない…だが、『闇』を関する魔法。故に、幾つか推測は立つ。
グリンドールがこちらに一歩踏み込むと同時に、蟲を前面に展開した。様子見など不要である。最初から第二形態まで変身して全力で足止めをしてみせる!!
メキメキ
肉体は一回り大きくなり、触覚が生え、背中から羽が生え、三本の尻尾が生え、複眼になった。『モロド樹海』50層台に生息する蟲の特性を取り込み。人間を止めている存在に立ち向かうには、こちらも人間を止めるしかあるまい。
空を飛んで逃げると言う手もあるが…それでは、目的が変わって皇帝陛下の首でもお土産にとか話になったらそれこそ洒落にならん。陛下の事だ…『聖クライム教団』との戦争という事で、『闇』の使い手が出てくる事も考慮していたはず。故に、時間を稼げば何とかしてくれるはず。
「ヌルイ」
グリンドールの一言で正面に展開した蟲達が、突如蟲達を中心に発生した黒い球体に飲み込まれていった。しかも、一つではない一気に百近い数の球体が出現して蟲達が消失していった。
蟲達が一瞬で壊滅させられた事も異常事態だが…それ以上にやばい事実に一つ気がついた。
魔法は、その術者から発生して対象に衝突するまでの過程が存在する。私が知る最高の魔法使いであるジュラルドですらそれは変わらない。故に、魔法使いに求められるのは、モンスターにそれを当てる術を磨く必要がある。
しかし、グリンドールはその過程を一切無視した。私が気づかない程の速さの魔法だとも考えたが…第二形態にまでなった私の眼ですら見切れない速さだったら、初撃で私は死んでいてもおかしくない。
『闇』にしかない特性が絡んでいるのか、それともカラクリがあるのか。どちらにせよ…生き残るには見極める必要がある。
「ランクB冒険者が使う魔法でも耐える蟲達がボロ雑巾のように…」
などと、軽口を叩いているが内心焦っている。
魔法である以上、耐性に特化した蟲達ならば耐えられる。と思っていたが考えが甘かったのだ。一撃でその身を削られて死んだのだ。第二形態の私はこの蟲達と同じ特性を有している。故に、グリンドールの魔法には耐えられないと言う事を意味している。
近接に踏み出す事も考えたが止めた。グリンドール程の男が近接戦闘を不得手としているとも考えにくいし、過去に私と同じように考えて近接戦闘に賭けた者もいただろう。故に、万全の対策が取られているはず!!
「踏み込んでくれば良いものを。用心深いの…」
「未知の魔法相手にご冗談を。ですが、何もしないのは失礼ですので…クタバレェェェ!!」
懐にあったミスリル製のダガーをグリンドールに投擲し、地中に待機させていた蟲達を使いグリンドールの足場を崩させて、襲いかからせる。
「数の暴力と言うやつか面白い。それに、本人も中々出来ておる。だが…」
グリンドールを中心に黒い粒状の球体が出現した。
それにナイフや蟲が触れた瞬間、全て消えていった。無論、地中にいた蟲達も同様に地面ごと削り取られた。
「効果範囲において距離に関係なしに即時魔法発動。相手の防御を完全無視。追尾性能はないらしいですね」
確かに、見た目は『闇』だが…その特性は消失に近い。触れるもの全てを消失させる。中二病的に考えればブラックホールみたいなものかと思ったが、全てを飲み込むような魔法なら空気の流れに異常が感じられるはず。
「随分と目がいいの。しかし、見ていて飽きぬ。『蟲』の魔法…その特性を己自身に取り込むだけでなく、蟲系モンスターを洗脳し懐柔できる類じゃろう」
「分かりやすい能力だとすぐバレるから困る。というか、その絶対防御は汚い!! なんだよ、そのイカサマ。ふざけるな!!」
前に殺した冒険者の戦利品であるオリハルコン製の矢を試しに投げてみた。
すると、不思議な事に消失した。
オリハルコンは、世界最強の強度を誇る金属であり、迷宮の宝箱からしか入手する事が出来ない希少金属である。末端価格は、1g10万セルと目が飛び出る程のお値段である為、オリハルコン製の装備はそれだけで一財産になるのだ。
「オリハルコン製の矢を勿体無いの」
「まさかと思ったが、オリハルコンすら通さないとは。まぁ、おかげで分かった事があるけどさ」
オリハルコンを上回る物といえば、歴史上、片手で足りる程度しか発見例が報告されていない神器しかない。皇帝陛下から神器プロメテウスを借用して、鈍器として活用できるかとバカみたいな事も思ったが却下だ。最悪の場合、神器すら破壊され兼ねない。
よって、正面切っての戦闘は止めた。これは、無理ゲーすぎる。
「聞いてやろう」
「先ほどの特性に加えて二点気がついた事があります。魔法は球状にしかできない。更に、視界に映っている場所を中心にしか発動できない」
全方位から迫ってくる蟲を相手に球状で対応するのは、おかしいと思っていた。平面にして押しつぶすなりしていれば一瞬で処理できていたはず。更に、地面の削られ方が半球になっている。
よって、最初山が沈んでいくように見えたのは、実は削られていったと言ったほうが正しかったのだ。
「うむ、正解じゃ」
「では、ご褒美に一つ私の質問にお答えくれませんか」
「言ってみるがいい。可能な限り答えてやろう」
「傭兵依頼の終了期日はいつですか?」
グリンドールも冒険者だ。この場にいる以上、ギルドと契約してここに来ているはず。最も、私が知らない間に軍属になっていたら、それまでだがね。
「面白い事を聞くの。答えは、明朝までじゃよ」
「時間にして残り17、18時間くらいか…それなら、なんとかなりそうかな」
擬態能力をフル活用して背景に溶け込んだ。
そして、迷宮の中で一番嫌われている蟲を限界まで呼び出した。
迷宮の全ての層におり、一番嫌われている蟲。それは、害虫の王と名高いゴキブリである。なぜ嫌われているかは、生理的嫌悪感としか言えない。モンスターのくせに、モンスターソウルが無いに等しく、迷宮で大事な食料がゴキブリの犠牲になる事件が多く発生しており本当に困った存在である。1匹居たら100匹いると思えと言われる程である。
実は、迷宮だけでなく街の至る所にもおり、黒い悪魔として異名を持つほどである。
私の蟲でも一番数が多く、繁殖力も絶大である。ちなみに、純白になっている為、白い悪魔とでも言うべき存在であろう。
「そうくるか」
初めてグリンドールが焦りを見せた。今まで涼しげな顔をしていたが、口元が少し苦笑いになっている。その顔はよく知っている。この蟲を見た時に大体の者がする顔である。
「卑怯と罵られようと…私は自分が生き残る為に全力を尽くす!! 全軍突撃!!」
白い悪魔が津波になってグリンドールに襲い掛かる。最強の冒険者であるグリンドール相手に、白い悪魔が何匹集まろうともダメージ一つ与える事はできない。だが、嫌がらせとしてはこの上ない。
「このような戦い方をされるのは初めてじゃが、付き合ってやろう。だが、貴様が攻撃の手を止めて逃げたと判断したら、帝都まで散歩する事にしよう」
「いいだろう。だけど、明朝までこちらが生き残れば大人しく帰ってもらおう。冒険者だ…契約内容は守るべきだろう」
自然豊かな場所で『蟲』の魔法の使い手を相手にするとどうなるか教えてあげよう。
Gを関する悪魔に頼るしかない。
お前ならやってくれる!!
※レイアのお尻で潰されていたモンスターには、Gもおります。
ないよりマシな程度のソウルは持っているのでね。
私事ですが…仕事と通院で少し執筆が遅くなります。
申し訳ない。
過去編終わったら、全体的に修正するんだ。
読み直していた色々と誤字脱字や名称誤りを見つけたので><

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