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第四十一話:(過去編)駆け出し(1)
◆一つ目:フローラ嬢
ギルド倉庫を拠点として活動を始めた初日。まず、やった事と言えば、ギルドに備え付けられている書物を読みあさった。優先して読んだのは、モンスターの生態系に関する本と植物図鑑だ。
冒険者になっていきなり飛び出すのは愚策。何事も知識をつけてから出かけるべし、いつ何時自分を助ける事になるか分からないからね。そして、モンスターの急所や売れる部位などを入念に確認する。
他にも冒険者の心得などが書かれている本もあり読んでみたが…流石にわからない文字が沢山あった。図説が多いのは何とかなったが、文字ばかりのだと流石に辛い。乳母に教わった程度では完璧には程遠かった。
だが、問題無い!!
「フローラお姉ちゃん~、ここどういう意味?」
「レイア君は、年に似合わず賢いわね。9割以上の冒険者は、書類提出と同時に依頼を見繕ってモンスター討伐などに行くのにね。今は仕事中だから、お昼休みでも教えてあげるわ」
「はーい、じゃあそこら辺で待っているね」
こうして、知識豊富のギルド嬢からタダで情報を絞り取る。実に簡単で美味しい。言っておくが、この手が使えるのはカワイイ盛りの子供くらいであろう。中年の小太りの男性が同じセリフを言ったら間違いなく自警団によって檻に入れられるだろう。
流石は、瀬里奈さんの教えだ。面白いように、女性が引っかかる。
………
……
…
それから三日…冒険に出る事はなく本を読むのに全ての時間を費やした。流石に、三日目になると他の冒険者達からの視線が痛い程、突き刺さる。冒険者は基本的に他人を気にするような連中じゃない。だが年端もいかない子供が居座るだけでなく、憧れの受付嬢に手とり足とり教えてもらっている様が気に食わないようだ。
なかには、「我々も同じ扱いを受ける権利がある」「子供は、ゴミ箱でも漁っていろ」とか言い出す最底辺の中年冒険者まで現れる始末。
いやだね…男の嫉妬は見苦しい。
だが、その見苦しい感情程恐ろしい物がないのも事実。これ以上、ギルド嬢の手を煩わせると闇討ちされる可能性もあると思い真面目に活動をする事にした。来月の生活費を稼がないと行けないし、ちょうどいい切れ目だ。
『ネームレス』周辺に住むモンスターは、覚えたので私単体でも立ち回りに気をつければ何とかなるだろう。だが、問題はモンスター素材の買取値段だ。はっきり言うと…『ネームレス』周辺のモンスター素材なんてジュース一本分程度しかない。ランクEモンスターだから、安いのはわかっていたけどこれは酷い。
だが、理由を聞いてみれば納得がいく。そもそも、冒険者全体を見ればランクEやランクDの人達が大半だ。そういった連中が、迷宮や『ネームレス』周辺で日々の生活費を稼ぐ為にモンスターを殺している。よって、低ランクモンスター素材が山ほど集まるのは当然の帰結。
ギルドとしても、本来在庫が沢山ある素材を買取りたくないが…買い取らなければ冒険者が犯罪者に鞍替えする事になるのが見えている。故に、治安維持の観点からギルドが搾取した中間マージンの一部がこれに当てられているそうだ。
そう考えると、低レベル冒険者って高ランク冒険者のおかげで毎日の飯にありつけているんだよね。高ランク冒険者が寝ている方向に足を向けて寝られないね。
という訳で『ネームレス』周辺のモンスター退治の依頼を受けていざ出陣。歩合制である為、成果がない場合には一銭も稼げないが問題無い。現時点で私には、歩合制の依頼しか選択が残されていないのだ。
『モロド樹海』の上層で狩ろうと思えば、能力を使う必要がある。上層は、冒険者が多く、私の能力が誰に目に留まるか分かったものではない。故に、上層を力でねじ伏せられるようになるまでは、人気が少ない場所で力を蓄える必要があるのだ。
幸い、『ネームレス』周辺では、ランクC以上のモンスターが発見される事は極めて希だと教えてもらった。人目に付かなければ瀬里奈さんから分けてもらった分隊諸君が活躍できる。
親切なフローラ嬢から危なくなったら帰ってきなさいよと声を掛けてもらえるあたり好感度が上がっている証拠であろう。
「さて、目的地は北に5kmか…」
日帰りでも十分余裕があるが、何があるか水と食べ物だけは三日分用意した。さて、出発するとしよう。
◇
「ふっふっふ、やはり不人気な狩場を選んで正解であった」
蟲系のモンスターが好む場所を選んだ。
蟲系のモンスターは、ある意味逆ランク詐欺に近いモンスターが多い。その理由は、単体での戦力というより群れでのランクとして換算される事が多いからだ。故に、蟲系のモンスターの単体戦闘力は、ワンランク下がる事が殆どだ。勿論、瀬里奈さんのような単体でランクB判定されるモンスターも中には居る。
そんな蟲系が沢山居る場所がなぜ不人気かというと…モンスターの発見が困難な事と毒や糸などの間接的な攻撃を多用してくるためだ。その為、毒対策などが求められる。
まぁ、私には関係ないことだ。蟲系のモンスターならば襲ってきた者から取り込んで味方に引き込む。更に言えば、蟲系モンスターの気配察知が可能で何処にどの程度の数が隠れているか把握できる。自分を中心に半径30m程だがここでは十分だ。
「えーっと、ここら辺でお金になるのは、蜂蜜くらいか…」
嗜好品などでハチミツは需要が高い。モンスター素材なんかより断然高く売れるのだ。もちろん、それを手に入れるには蜂の巣を文字通り制圧する必要がある。『火』の魔法が使えればモンスターもろとも巣を破壊できるが…当然、蜂蜜も使い物にならない。
その為、真っ向から攻略するか時間を掛けて蜂を少しずつあぶり出して殲滅する方法がベターなのだ。モンスターの生息域で長時間かけて蜂の巣を狙うのは時間効率的にも悪い。真っ向勝負でも小型の蜂は、鎧の隙間から入り込み刺されてショック死する事もしばしばある。
「巣ごと影に取り込めば万事解決だね。キャパの問題もあるし、とりあえず周辺のモンスターを狩ってから考えよう」
瀬里奈さんから分けてもらった子達を限界まで取り込んでいるため、既に私のキャパ限界。それを拡張する為にも全力でモンスター達を殺しまくる必要があるのだ。
「では、5匹で一チームとします。私の護衛に3チーム残して、残り7チームは見つけたモンスターを狩りまくれ。危険を感じたら直ぐに逃げ帰ってくる事!! 死なない事もお仕事です」
1チームで対応出来ないモンスターが出た場合には、私を含めた護衛達の3チームも参戦して殲滅にあたる。瀬里奈さんから分け与えられた子供達は図鑑情報によればランクC相当のモンスターだ。単体での実力では、ランクD相当だろうが…数が揃えば脅威には違いない。
ギギ(E分隊出発します。モンスター素材は期待しないでねお父様。美味しく頂いて参ります)
ギィギ(F分隊も行ってまいります。成果を期待していてください)
真っ白な蟻達が次々に影から這い出して、森の中に消えていった。これで、後はモンスターソウルを吸収した蟲達の帰りを待って私に還元させるだけだ。無論、私だって遊んでいるだけじゃない!! 護衛達と一緒にモンスター討伐に出る。
蟲達に寄生プレイも可能だろうが…それでは、実力がつかない。冒険者として真の意味で一流になるには、何事も実戦経験である。躊躇なく、命を奪えるようになる心構えを身につけるのだ。
鋼鉄製のナイフを手に迫り来るモンスターにご挨拶をする。
「今日から冒険者を始めました。レイア・アーネストです。ゴブリンさん、どうぞよろしく」
RPGの中でもスライムと並ぶ有名な雑魚モンスター。この世界ではスライムというモンスターは存在しないのでゴブリンが初心者の登竜門として名高い。
緑色の肌に棍棒を持った蛮族スタイルのモンスターである。身長は1m程度だが子供の私からしてみれば、あまり体格差がない。
なにか叫んでいるが、さっぱり理解できない。やはり、蟲の言葉しか理解出来ない。
「では、護衛の皆さん…ゴブリンの行動パターンや耐久度を見たいのでやっちゃってください」
ギギ(えぇ!! 流れからしてお父様の初めての戦闘じゃ…)
ギィィ(B分隊特攻します!! あ、足はB分隊の取り分だからね)
ギィギ(じゃあ、C分隊は腕貰います)
続々と影から飛び出てくる蟲を見てゴブリンが「なんだよそれ!! きたねーだろう」と言っている気がしてならないが気のせいだろう。戦いとは、不条理な事が多いのだよ。
◆
ギルドとしては、誰か一人に肩入れするのは宜しくないのだけど、今朝方出て行ったレイア君が心配で暇があっては帰ってきていないかギルドの入口や受付を見てしまう。
「だから、もっと美味しい依頼を紹介してくれって言っているだろう。モンスター素材の買取値段もゴミ値じゃないか。そんな額じゃ生活すら出来ないだろう」
「美味しい依頼と言われましても、ランクEで構成されているアドル様達のパーティーにご紹介できるのはこれで精一杯です」
『ネームレス』底辺冒険者代表格の一人であるアドル。年齢は既に30代後半で20年近くランクEという才能の欠片も無い者だ。だが、ランクEとしては、強い方で新人虐めやタカリの常習犯。虐めた新人に追い越されて痛いしっぺ返しを食らった事も沢山の経歴を持つ人物。
大事な事だから言っておこう…人間のクズみたいな連中だ。悪い意味で教科書に載せてもいいくらいの人物。
「っち!! まぁ、いいさ。………そういえば、最近、可愛らしい子供がギルド内をちょろちょろしているよな。『ネームレス』での暗い夜道は物騒だし、郊外ともなれば何が起こるか分からねーよな」
あ、安定のクズ。
年端もいかない子供を脅しのネタに使おうなどクズとかそういう次元を越す。早く、モンスターの餌になって死んでくれないかと切実に思う。こいつらが持ってくるモンスター素材は、どれも低ランクで倉庫の肥やしになるしか道がないのだ。
よって、居なくなっても全く問題が無い。むしろ、居ない方が良いと自信を持って言える。
「ギルド本部で犯罪予告ですか?」
「憧れのフローラ嬢のお気に入りに対して滅相もない。ただ、俺等のような紳士と違って不届き者の冒険者が勘違いして、よからぬ行動に出るかもしれねーぜ」
………
……
…
「今回だけ、一割増で精算してあげるわ。次はないから覚えてなさい」
「毎度あり」
こんなクズたちに比べれば、レイア君は地上に舞い降りた天使と言ってもいい。何が天使かと言われれば全部だ。可愛い、賢い、清潔、小さいどれをとっても満点。
まぁ、一番の理由は、レイア君がこんなところで潰されていい存在じゃない事だ。今まで受付嬢として数々の冒険者達を見てきた。そんな中で、レイア君は間違いなく逸材だと乙女の直感が言っている。
買取値段を一割上げる事でレイア君への危険が減るならば安いものだ。
大事な事だが、受付嬢に買取値段を勝手に上げる権限など持ち合わせていない。故に、損失分は、本人負担となる。事故ならば未だしも故意に買取値段を上げた責任は、当然取らねばならない。
しかも、さり気なく低ランク素材の中にランクCモンスターの素材を混ぜ込んできている辺り最初から脅して買取値を上げさせるつもりでいたのがよく分かる。
アドルパーティー全員分の精算を終えて、金を渡してさっさと出て行かせた。
「給料日まで二週間もあるんだけどな…パンと水で凌ぐしかないわね」
先輩や後輩にお金を借りるという手もあるが、こうなる事はわかっていてやったのだ。頼るのはプライドが許さない。
ダイエットだと思えば、何とかなる。
………
……
…
日が落ちてきた夕方、レイア君が帰ってきた。
リュックからはみ出る毛皮を見ると、初めての狩りで成果は上がったようだ。目立った怪我や汚れがない事から、実に期待できる新人だ。
軽く手を振るとレイア君も手を振り返してくれた。
………言っておくが、私の守備範囲に一桁は入っていない。ただ、可愛い者は人類の資産。故に、守らなければならない。淑女として当然の行いである。
「フローラお姉さん。これお勘定お願い」
ゴブリンの耳とバンデッドウルフの毛皮…数こそ少ないが、弱冠七歳の子供が一人で持ってきたせいかとして十分過ぎる。ゴブリンは一匹あたり50セルの報奨金、バンデッドウルフの毛皮は、100セルで買取している。
「ゴブリンが18匹とバンデッドウルフの毛皮が6枚で1500セルね。初めての成果としては、上出来よ」
「一食分か…みんなが一杯食べるから(ボソ」
ここで本来なら、お祝いにご馳走してあげたいけど…先ほどの一件もあり、自重する必要がある。
「五体満足で無事に帰れたんだし、次があるわよ」
「あ、後…これフローラさんにお土産」
複数個の黄色い液体が詰められた瓶がカウンターに置かれた。甘い匂いを発しており、直ぐにそれが何なのか理解した。蜂蜜である。
砂糖や塩と異なり、安定供給が出来ない品物である。蟲系モンスターの巣から手に入れるしか現在入手ルートがなく、結構いい値段がつく。100g辺り1万~3万セルが相場である。
「これハチミツよね? 100gで1万~3万セルも値段がつく物よ」
「知っていますよ。フローラお姉ちゃん…ここは、ありがとうと言って収めておいてください。一度、出した物を返されると男の格が下がります」
「でも、受け取っちゃうと…年端もいかない子供から初めての報酬を巻き上げているように思われない? さっきから、視線が痛いし」
「問題ありません。先日、他のギルドのお姉さんが言っておりました『男に貢がせてこそ、受付嬢』だと」
その問題発言をしたのが誰だが直ぐに分かってしまった。優秀な受付嬢なのだが、性格に多少問題がある同期だ。本来、その姿こそが理想とされる受付嬢なのだが、どうも私には合わない。
「はははは…ありがとうレイア君。美味しく頂くとするわ」
「喜んでもらえて何よりです。それじゃあ、今日は疲れたので寝床に戻りますね」
元気にギルド本部から立ち去るレイア君を見送る。
蜂蜜を仕舞おうと後ろを振り向くと、「あんな子供に貢がせるとか無いわ~」と某同期が笑顔で言ってきた。「鏡を見ろ」といってレバーブローをお見舞いしたが決して私に非はない。
◇
暗くなる前に帰らないと行けないと思ってギルド本部の入口に来てみれば、理想的なクズ野郎達を見てしまった。どんなクズかと言えば、私が大変お世話になっているフローラ嬢に対して買取値を釣り上げるように脅しを掛けているのだ。しかも、脅しのネタに私が使われているあたり頭が痛い。
「脅すなら、本人を脅しに来いよ」
話がついたようで金を握ってギルドの外に出てきそうだったので急いで物陰に隠れた。ギルド内部の様子を探るべく聞き耳を立ててみれば、どうやらフローラ嬢が自腹を切って対応をしてくれたらしい。そのせいで、二週間もパンと水で過ごさないといけないなんて言っている。
………
……
…
今日の成果物に蜂蜜が1kg程あったよね。蟲達へのご褒美でもあったけど…我慢してね。今度手に入れたらちゃんと分けてあげるからと伝えると皆から気にしないでと言われる。
私がどの程度、フローラ嬢の損失を補填できるか分からないけど…可能な限り対応するのは、紳士として当然。
唯一の不安要素は…安定のクズ達がこれを機に調子づいて何度も同じ事をしてきそうだという事だ。そうなれば、男として責任を取る必要があるよね。
某同期は、マーガレット嬢に受付嬢のイロハを教える人になります。

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