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第四十話:(過去編)生みの親より育ての親(3)
◆一つ目:瀬里奈さん
◆
ワタシの横で可愛い寝息を立てて寝るレイアちゃん…子供が育つのは早いというのは事実だと改めて認識した。
ギギ『あらら、また布団と蹴り飛ばして寝相が悪いわね』
秋とはいえ、布団を掛けないと巣穴は冷える。風邪でも引いたら大変なので、そっと布団をかけ直してあげる。
明日でちょうど七歳になる。カワイイ盛りのレイアちゃんを手放すのは本当に惜しい。だが、このままでは一生ここを離れずに居るだろう。可愛い子には旅をさせろ…レイアちゃんの人生はこんな巣穴で一生を終えていい物ではない。
なにより、最近はレイアちゃんが遠くに見える街をよく見るようになった。やはり、外の世界に行きたいのだろう。
そんな望みを叶えてこそ、母親だ!!
レイアちゃんの能力から考えて、ランクDまでなら安定してモンスターを処理できるだろう。故に、冒険者として十分に一人で暮らせる域に達している。唯一の問題点は、その能力が過去に類を見ない為、人目につけば何をされるかわからないと言う事だ。
こういってはアレだが…人間は、何をしでかすか分からない。自分より強い者や理解できない者に対しては、非情な行動を普通に取る。そういう事から考えられるのは、レイアちゃんが人体実験の材料にされる可能性が大いにあるという事だ。
………
……
…
まぁ、そんな事は本人も理解しているだろう。幸い、体は子供だが頭脳は大人…自分が外の世界でも十分に取り繕っていけるだけの演技力はある。
そうなると、やはり問題は腕っ節になる。蟲を使役しない場合のレイアちゃんの力量はランクEに届くか微妙なラインだ。なんせ、所詮は七歳…手足の長さを考えれば一方的にやられる恐れもある。
本当は、付いて行きたい…だが、それでは無理なのだ。レイアちゃんの能力は、モンスターソウルの吸収により成長しているが、ワタシ自身や千を超える子供達を全員取り込む容量は持ち合わせていない。
それに、私がこの山から居なくなれば縄張り争いが勃発して、モンスターだけでなく近隣の集落にも被害が出るだろう。そうなれば、人間達が討伐の依頼を掛けてきて命の危険にさらされる恐れもある。故に、動けないのだ。
レイアちゃんのポテンシャル上昇を待つ事も考えたが無理だ。この山に居る低レベルのモンスターとて数に限りがある。それだと何年かかるか見当もつかない。
レイアちゃんが真の意味で成長する為にも巣立ちは必須なのだ。理想的な環境で言えば迷宮であろう。そして、迷宮の近くにあるという『ネームレス』の街を拠点として活動する事が望ましいと考える。
ギィギ(お母さん、オークの所から冒険者が使っていた装備など分けてもらってきたよ)
どれも錆びや汚れが酷い。そんな中から、比較的にまともな装備で且つレイアちゃんが持てそうな品物を選別する。無難にナイフの一択であろう。汚れは朝までに落とすとして…後は着替えか。新品を作り上げるのは、蜘蛛に頼めば簡単だが…新品の衣服を着て街をであるかせるのは些か危険である。
使い古した服とローブあたりを持たせるのがいいだろう。
………
……
…
朝日が昇ると同時に目が覚める。
「瀬里奈さん、おはよう~」
まだ、眠いようでフラフラしている。
ギィギ『おはよう。顔を洗ってきなさい。ご飯にするわよ』
そして、食事の際に話題を振った。
◇
『レイアちゃん、薄々気づいていると思うけど…ここに居ては、レイアちゃんは成長できないわ。外の世界へ行きなさい』
成長できない…薄々気づいていた。最近になり、影に格納できるモンスターが頭打ちになったのだ。レベリングを行っているが力が付いたという実感が湧かなくなってきているのも事実。
「瀬里奈さん…ここに居ちゃダメなの?」
何やら、最近こそこそと瀬里奈さん達が裏で動いている。おそらく、私の誕生日なのでそれに関係する事だと思い見て見ぬふりをしていたが…昨晩、一郎達との会話を聞いてしまった。
ギィ~『必要な物は用意したわ。今日にでも、お行きなさい』
瀬里奈さんの事だから分かる。本当に私の事を考えて辛い決断をしたのだろう。この人、優しすぎるのだ。本気でここで骨を埋めるつもりで居たというのに…そんな、泣き面で言わないでよ。こっちまで涙が流れてきた。
「せぇりなしゃん…嫌だよ。ずっと、一緒に居たいよ」
本当の母親以上に母親であった瀬里奈さんに抱きついた。瀬里奈さんも優しく私を抱きしめてくれた。
ギギィ『この七年間レイアちゃんと一緒に居られただけでワタシは幸せでした。レイアちゃんにはワタシと違って人間です。もっと広い世界で生きてみなさい。きっと、辛い事も沢山あるでしょうが、それ以上にイイ事もあるでしょう。辛くなったら、帰ってきていいから』
「でも、私が居なくなったら逆ハーレム作れなくなるよ。誰が通訳するの」
………
……
…
あれ…感動のシーンのはずなのに、瀬里奈さんの開いた口が塞がっていない。
まさか、私しか意思疎通が出来ない事実が完全に記憶の奥底に埋もれていたのか。それとも、逆ハーレム計画を忘れて、レイアちゃん育成計画に移行していたかもという事実に今頃気が付いたのだろうか。
ギッギィ『だ、大丈夫よ。きっと、レイアちゃんのような子がまた舞い降りて来るはずだから』
些か無理があると思う。そんな都合よく出会えるなら、今までに何度も出会いは来ているだろう。全く、瀬里奈さん自身の事より私の事ばかり優先するから、無計画になるんです。
「無理言っちゃって…。瀬里奈さん!! 必ず、毎年会いに来るから。何があっても絶対に来るからね!!」
ギー『うぅぅぅ、自分で言い出しておきながらレイアちゃんと別れると思うと辛いわ。あぁ、悪い人に騙されないか心配だわ。ご飯もちゃんと食べるのよ。レイアちゃん可愛いから寄ってくる女は、みんな害虫よ』
害虫って…そこまで言わなくても。まぁ、実の親があれだったからね…悪い女どころか既に人間不信レベルだから大丈夫だよ。信じるのは、自分自身と瀬里奈さんと蟲達だけ。
そして、瀬里奈さんが用意してくれたナイフと衣服を受け取った。街の位置はだいたい把握している。徒歩で三日程度の距離であろう。そこから、迷宮があるという『ネームレス』まで馬車で移動するといいと教えてもらった。
用意してもらった衣服に着替え終わり、いざ旅立ちの時がきた。瀬里奈さんチョイスにしては珍しく中性的な服でなく、男性が着るような服だ。世の中、可愛けりゃどちらでもいいという変態が居るから、中性的な服を着せて外を歩かせるなど論外だそうだ。
「瀬里奈さん」
手招きして瀬里奈さんの顔を下げる。
ギィー『忘れ物?』
「うん、忘れ物…チューーーーー」
瀬里奈さんが私の事が忘れなくなるような強烈なのをお見舞いしてあげた。
ギギィ(やりやがった!!)
ギィィ(きゃー、お母さんが痙攣している)
ふむ、予想通りだ。瀬里奈さんが立ったまま放心している。別れ際の良い景気づけになっただろう。
「瀬里奈さん、初めてだったんですよ。じゃあ、行ってきます。お母さん」
『はっ!! 一瞬、天国に…じゃなかった。お母さんって…レイアちゃん。うぅぅぅ…体には気をつけるんだよ。行ってらっしゃい』
そして、出発して気がついたのだが・・・朝食を食べかけであったが、さすがに戻るわけにも行かず、非常食に直ぐに手をつけるハメになった。
◇
近隣の町から馬車に乗って移動すること三日、やっと『ネームレス』まで到着した。はっきり言おう…柄の悪い連中が多い。裏道などは絶対に避けるべきだろうね…間違いなく碌でもない事が待っている。
大通りも行き交う人にぶつからないように気をつけて移動する。どんな事でいちゃもんをつけられるか分からないからね。それに、スリなども居るだろうし財布は大事にしまっている。
そして、ついに到着したのが『ネームレス』ギルド本部。
これぞ、RPGの醍醐味といってもいいくらいの門構え。さて、今日から冒険者として頑張っていくぞ。意気込み十分で中に入ってみると、刀身をむき出しにした装備をした人達が沢山居る。見るからに、強そうな人が沢山いるが…中には、そうでもない人も居る。なんというか、あれだね。見た瞬間、コイツなら勝てそうだとなんとなく分かる。
トコトコトコ
受付らしき場所にやってきて手続きを移動した。受付のカウンターは、私の背丈以上だが、椅子があったのは幸いだ。椅子に座る事で、やっと受付の人と視線があった。
「珍しいわね…アルビノなんて初めて見たわ。迷子かしらね。お父さんかお母さんは一緒じゃないの?」
「冒険者になりに来ました。必要な書類と初心者の心得を教えてください」
何やら、受付嬢が困惑しているようだ。ギルドは、新しいカモ…じゃなかった、冒険者はいつでも大歓迎ですという謳い文句だろう。入口の張り紙にも『来れ冒険者』と書いてあったぞ。
「冒険者って…親が心配するわよ。それに、冒険者は坊やが思っている程簡単な職業じゃないわよ」
「その親に行っておいでと言われたんだ。生きていくには冒険者しか無いの…お願い、お姉ちゃん」
瀬里奈さんの名言その一…女なんて所詮チョロインしか居ないわ。お姉ちゃんとでも言ってあげれば大体なんとかしてくれるはずよ。
「お姉ちゃん…イイわ。冒険者になるんだったかしら? お姉さんがなんでも教えてあげるわ」
………
……
…
それから滞りなく受付嬢により事務作業が行われた。入念に説明されたが…平たく言えば死んでも自己責任。ギルドは一切の責任を負いません。問題ごとは当人同士で解決してね。という事だ。
後は、ギルドの仕組みや比較的楽な依頼などを教えてもらった。そして、何よりありがたい事に、『ネームレス』での危険な場所や危険人物の情報について内緒で教えてもらえた事だ。個人情報保護の概念なんて全くないのだと改めて理解した。
「なるほど。さすが、ギルドのお姉ちゃん。後、ギルドって倉庫とか貸出していますか?」
「あるわよ。冒険者の装備やモンスター素材などの保管を引き受けているからね。小さい倉庫でも毎月15万セルの維持費が掛かるわよ」
「警備万全なの? 盗む人とか出てきそうだけど…」
「ギルドの信用問題にもなるから、専任の警備を雇っているし警備体制は万全よ。もちろん、倉庫には鍵もかかるし過去10年一度も盗まれた事が無いのが自慢かしら」
なるほど…では、そこに決めた!! 聞けば、小さい倉庫でも3畳分はあるらしいから余裕である。
「そこ借ります!! これお金…契約書をください」
即金で一ヶ月分のお金を支払った。これで、残されたお金は日々食いつなぐのが精一杯な金額のみだ。元々、オークが物珍しさに冒険者の死体から拾い集めた物だ。一ヶ月暮らせるだけのお金があっただけでも良かったと思うべきである。
明日からは、モンスター素材を集めて生計を立てないといけない。採取系の依頼もあるかと思いきや…殆どないのだ。一部珍味などの珍しい食材は買取をしているが、採取系は基本的に割が合わないので依頼が滅多にないとの事。
「契約するのは構わないけど。今の坊やに必要なのは、倉庫より装備や宿じゃないかしら…早死するわよ」
「大丈夫。今日からギルドの倉庫が拠点だから。読む限り人が住んだらダメだと書いてないし。ギルドに近いし、警備体制も万全、ギルドのバーで安い食事もある。当面の生活に困る事は無さそう」
我ながら実に良いアイディアだと思う。安心して眠れる環境を手に入れられたのだ。これで冒険者の生活が充実する事間違いなし。
悩ましい顔をしている受付嬢とは裏腹に、冒険者という職業になれて気分はウハウハであった。
ふぅ~、やっと『ネームレス』までこれたお。
これから、レイアの華麗(笑)生活が始まった。

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