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第三十七話:生誕祭(5)
◆一つ目:セシリ
◆
折角、色々と手を回して皇帝陛下主催の晩餐会に参加出来たというのに、著名のお方には誰一人お近づきになれなかったわ。社交の場に滅多に出てこないヴォルドー候爵にすらご挨拶が出来なかったのが、本当に残念だ。
『神聖エルモア帝国』で随一の出世頭で、若くしてランクB冒険者最強の一角と名高い何でも超人。領民に手厚い保護を行うだけでなく、孤児達にまで手を差し伸べているとか。その紳士な振る舞いは留まる事を知らず、剣魔武道会での出来事が切っ掛けで書籍化までされた程の人物だ。奥方は、『ウルオール』の王族にしてランクA冒険者…傍から見たら付け入る隙など無い。だが、奥方には申し訳無いが女としてなら勝てる自信がある。王族相手にこういっては問題だが…アレは、ないわね。
故に、ライバルが多いのも事実。女性的な部分を売りに付け入ろうと考えるのは誰しも同じであった。
「晩餐会で沢山の女性から関係を求められたというのに全く噂が流れてこないのよね。お父さんは、何か聞いている?」
「聞いておらぬ。誰かとお戯れにでもなっておれば間違いなく噂が流れるのだが…。はぁ~、それにしても挨拶すら出来なかったのはハイネスト家として痛手だ」
………
……
…
「その事なのですが、お父さん。実は、晩餐会以外でヴォルドー侯爵にお会いしている気がするんですよ。正確に言うと、アルビノのそっくりさんなのですが…ほぼ、間違いなくご本人ではと思うのです」
「よくやった!! それで、いつどこで会ったのだ?直ぐに商会で自慢の逸品を持ってご挨拶に伺おう」
これ幸いと喜んでいるお父さんを見て、言い出そうか迷ったが…言わないと話が進まないだろう。知らなかったとは言え、やらかしてしまったのだ。
「いえ…そのですね。ヴォルドー侯爵とお会いした場所は、例のショバ代を最初に徴収したお店です。しかも、9千万セルもショバ代を渡されました」
何やらお父さんの顔が真っ青通り越して死人みたいな顔色になっている。
「なんと言ってお金を徴収したのだ? 一字一句思い出して正確に言いなさい」
「『ハイネスト家は帝都でもそれなりに力があります。お店を構える以上、ショバ代を出すのは当然のルールですよ』と…すると、最初は渋っておりましたが直ぐに大金を包んで持ってきました」
後は、二重徴収に来たらハイネスト家に連絡をよこせとか差し障りのない会話だったはずだ。
「そ、その金はそのまま残っているのだろうな?」
「晩餐会に身に付けていく宝石や衣装のツケで消えてしまいました」
思わぬ臨時収入のおかげで、晩餐会の為に用意していた衣装や宝石などのツケが綺麗に精算できたのだ。もちろん、あのお金がヴォルドー候爵のお金だと分かっていたら、そんな行動はしなかったが…知らなかったのだ。仕方がないと割り切りたい。
「そんな話、わしは聞いてないぞ!! この馬鹿者が!! 大至急、金を集めさせろ。二束三文の値段になっても構わぬ。衣服や宝石を全部質屋に持っていけ。帝都のある支店からも金を全部集めてこさせろ」
お父さんが、気が狂ったかの如く荒れている。しかも、貴金属など高価な品を二束三文で構わないから売り捌けとは、商人の言葉ではない。
常日頃、利益を考えて行動しなさいと諭すお父さんの言葉とは到底思えなかった。
「そんなにお金を集めてどうするのですか!? 」
「理解していないのは、セシリ…お前の方だ!! お前は、曖昧なニュアンスを使ってヴォルドー候爵から大金を騙し取ったのだ。貴族でなければ何とでも押し通せるだろう。それに、資料に書いてあっただろう。皇帝陛下への絶対忠誠を誓っているヴォルドー候爵にとって、公然のルールとは、皇帝陛下が定めたルールの事だ。我々が思っている暗黙のルールなど通じるお方ではないのだぞ」
晩餐会に向けて有力な諸侯の好みなどを把握する為に情報屋から買っている。確かに、ヴォルドー候爵の情報には、注意書きで『頭おかしい。危険物。君子危うきに近寄らず。皇帝陛下に絶対忠誠。規則やルールを絶対遵守。蟲可愛い。』などと書かれていた。
「という事は、私が言った事を皇帝陛下が正式公布したルールと解釈されたと…」
「間違いなくそうであろう。そうでなければ、ヴォルドー候爵が金を出す事などないだろうしな。だから、事が大きくなる前にこちらが金を積めるだけ積んで頭を平に下げで謝罪をするのだ」
その通りだ。
万が一、このままの情報が皇帝陛下のお耳に入ったら間違いなく一族郎党の首が飛ぶ。相手が勝手に勘違いしたとは言え、それを強く責めて押し切れる程ハイネスト家は強くない。
ドンドン
屋敷全体に響き渡る程の大きな音がした。今日は、パレードも無い筈だというのに何の音だ。
「気になりますかね。あれは、ゴリフ応援団一同の壁ドンですよ。なんでも『ウルオール』では、好きな女性が結婚した際に片思いだった男性一同がギルドを通じて夜の生活を邪魔する依頼を出すとかで、面白い風習ですよね」
………
……
…
お父さんとわたししか居なかった部屋にいつの間にか第三の人が…しかも、現在進行形で話題となっているヴォルドー候爵が椅子で寛いでいた。
◇
なるほどね。
私が勘違いした部分もあるみたいだが、関係ない。事実、私は理不尽なショバ代を徴収されたのだ。しかも、既に使い込まれているとか八つ裂きにしてあげたいね。更に、ハイネスト家はギルドに虚偽の依頼を出して、冒険者を使い私以外からもショバ代という金銭を集めていたという事実がある。
だが、何より大事なのは…動き出した有志諸君を止める術はもう無いのだよ。既に、着々とハイネスト家の存在自体が闇へと葬られていっている。
ドンドン
おや、応援団一同による解体作業が始まりましたか。
体を覆っていた蟲達を影に格納して擬態を解除した。
「気になりますかね。あれは、応援団一同の壁ドンですよ。なんでも『ウルオール』では、好きな女性が結婚した際に片思いだった男性一同がギルドを通じて夜の生活を邪魔する依頼を出すとかで、面白い風習ですよね」
時給2000セルと安い割に、『ウルオール』では大人気の依頼でランクBの冒険者も受ける事が多いらしい。流石は、ゴリフ…じゃなかったエルフが治める国だ。
「この度は、娘が申し訳ありませんでした。うちの娘が候爵様から徴収いたしましたお金につきましては、2倍…いえ、3倍でお返しさせて頂きますので、どうかこの件はお心に留めていただきたく」
「申し訳ありません。何卒、お許しを」
親子揃って神速の土下座だった。
私がこの場所に何故いるのか。どうやって入ってきたかなど疑問もあるだろうに。それすら、気にせず土下座外交とは、見所はある。だが、残念だわ。
「流石は、豪商と言われるだけの事はあるね。瞬時に損得勘定が出来るのは、優れている証拠だよ。でも、少し遅かったわ」
「と、申されますと…」
そんな分かりきった事を聞きたいのだろうか。まぁ、現実を受け止めさせよう。
「ハイネスト家は、存在しなかった…そう処理されるのだよ」
「いくら、ヴォルドー候爵でもそんな事は…。家に仕えている者や取引先だって生活はあります。どうか、ご容赦を」
なにやら、少し勘違いしているようだ。紳士な我々が、そんな事を忘れているはず無いだろう。
「思い違いがあるようなので正しておきましょう。証拠を残して三流。証拠を残さなくて二流。何事も無かった事にするのが一流なのですよ。仕えている者の再就職先は既に抑えている。取引先も別の商家に依頼をして滞りなく取引が行えるように調整済み」
ギルド情報だって、既に有志が数人向かってハイネスト家に関わる情報を闇に葬りさっている。一流の紳士・淑女達にかかれば、ギルド書類の物理的抹消など朝飯前だ。王宮にある書籍などは、後日皇帝陛下が破棄予定だ。
うちの領地で孤児院に人手が足りなくて人員が欲しいと要望もあったのでちょうど良かった。優秀そうな使用人を数名は、今と同じ待遇で引き取る予定だ。
「そ、そんな馬鹿な…」
「驚かれなくても一流の冒険者達にかかればこの程度造作もありません。帝都内にあった支店は、応援団一同によって刻々と解体されている。親族に至っても、生誕祭という事で帝都に集まってくれており手間が省けましたよ」
貴族になったお祝いも兼ねて集まっていたのだろう。本当に好都合だったわ。
一流の冒険者の力を間近で感じたいという願望があったと、尋問をした冒険者から聞いた。きっと、肌で感じてもらえただろう。こうして、命が風前の灯の少女に対しても圧倒的な気遣いが出来るのは、まさに紳士の神業だといえよう。
涙を流しているあたり、一流の腕前を見られて感動しているのだろう。
間違いない!!
「じゃぁ、お母さんや叔母さま達は!?」
「最初から存在などしていない。で、他に聞きたい事はあるかね。こちらとしても周りに迷惑がかからないように最大限の配慮をしているつもりだ。安心するといい」
解体工事にしても周りに被害が砂埃で迷惑がかからないように『風』の魔法で周囲を覆っている。騒音についても、音を出す事に優れた蟲を派遣して音波を相殺している。故に、騒音も埃も立てずに綺麗に解体されているのだ。
「こ、この人でなしが!! 」
顔を真っ赤にさせてハイネスト家の当主が怒り狂う。だが、壁に飾り付けられている剣を手に取る事はない。どのような武具を身に付けようが、実力差的に考えて私を傷つけることはできないだろう。
いや、むしろ武器すら手に取る事が出来ないと言った方が正しい…物理的な意味でな。
「人でなしとは、ひどい言い草ですね。むしろ、人間だからこんな仕打ちをするのですよ。後、人間って意外と丈夫なんですね。そんな状態でも、まだ死なないなんて」
二人が土下座したあたりから、痛覚と触覚を麻痺させる無色無臭の毒を部屋に充満させた。そして、お腹を空かせた蟲達に本人達に気づかれないように上手に血肉を貪らせていた。
最早、筋肉や神経がずたずたにされて立ち上がる事すら叶わないのだ。
私が何を言っているのか理解できないようだったので、優しく指を指してあげた。
「いやあぁぁぁぁぁ!! わたしの足が髪がぁぁぁぁ」
「この腐れ外道がぁぁ」
床を這いずりながらも娘を貪る蟲達を跳ね除けようとする様子は、まさに感動である。自らも貪られているというのに、その心意気素晴らしいね。
目の前で繰り広げられる親子愛…それを見ながら食べるお菓子は美味しい。
「なかなか、良いお菓子ですよね。ガイウス皇帝陛下もお一ついかがですか?」
「貰おう。ふぅ…いい汗かいたわ。やはり、全盛期と比べて体力の低下は否めんな」
ハイネスト家に雇われたランクB冒険者の首を携えて部屋に入ってきた皇帝陛下にお菓子をお勧めした。
皇帝陛下の剣技は、なかなかの物である。対人戦においては初見殺しもいいところだ。魔法剣紛いな事も当然できるし、何より…『風』の魔法を応用して刀身を不可視にしたり、間合いを誤魔化したりとえげつないやり口をしてくる。
回避したと思ったらバッサリ切られるなんてザラよ。
というか、皇帝陛下が自ら戦っていたのかよ!! 念の為、エーテリアとジュラルドにお願いして側に付いて貰ったのに何をやってんのよ。対峙した冒険者も皇帝陛下の顔見たら即座に武器捨てろよ…と思ったら、皇帝陛下がフルフェイスのヘルムを持っていた。
「いや~、わりぃ。皇帝陛下とジャンケンで負けてな。だから、万が一に備えていつでもぶった切れるようにしてたんだぜ。だから、アタイは悪くない!!」
そっか…ジャンケンなら仕方がない。
エーテリア程の動体視力があれば皇帝陛下にジャンケンで負ける事は無いだろう。しかし、淑女であるエーテリアは、そんな卑怯な手は使わず本当に運任せのジャンケンをしたのだろう。流石すぎる。
「ならば、仕方がありません。あ、ガイウス陛下…餌にする前に砂は払ってくださいね。軽く水洗いしてもらえると蟲達も喜びます」
皇帝陛下の魔法で生首を綺麗に洗浄して、床に横たわる親子に向かって首を放り投げた。新しい餌が来たので蟲達がお礼を口にする。
ギィギィ(ありがとう。皇帝陛下!! お父様が一番だけど、陛下も大好き。…あ、これ塩が塗りこんである。塩肉美味しい)
流石、皇帝陛下だ…ただ洗うだけでなく下味まで付けるとは、侮れん。
「はっはっは、遠慮なく食べるがいい。まもなく、追加も届くだろうし。蟲達が食事を終えたら、撤収するとしよう」
「皆さん酷いですね。私を置いて行ってしまうなんて、お土産です。若干、こんがり焼けておりますが大丈夫でしょう」
遅れてジュラルドが残っていたもう一人の冒険者の生首を持ってきた。ジュラルドは、身に付けている衣服に砂埃すら付いていない。流石である。
「そりゃ、相手は魔法使いだったからな。ジュラルドだって、遊んでいただろう。相手の魔法を軽く相殺して遊んでいたせいで、奴さん相当切れていたぜ」
あぁ、聞いただけで想像がつくわ。相手が全力で放つ魔法を同系統の魔法で軽く打ち消す。簡単のようだが、相当の実力差が無いと難しい。なんせ、ランクBともなれば無詠唱で魔法を放ってくるのだ…それを後出しで打ち消すとか難しい。
ギギ(おぉ!! 部位によって焼き加減が調整されている。一粒で三度美味しい!! チラチラ、おかわりをくれても良いんですよ)
むむ!! ジュラルドも皇帝陛下に負けず蟲達に大人気だな。
このままでは、お父様の立場がなくなってしまう。こんな事なら、もっと工夫を凝らした殺し方をすべきだった。
グララ
「どうやら、まもなく倒壊するな。有志達も仕事を終えているだろうし、蟲カフェに戻るとしよう」
皇帝陛下の号令で全員が撤収した。
この時をもってハイネスト家の存在はなかったものとされた。屋敷やお店があった場所がいつの間にか更地になっている事に疑問を感じる者もいたが、生誕祭が終わる頃には気に留める者は誰もいなかった。
ひと段落した><
次回…過去編:レイアちゃま0ちゃいΣ(゜д゜lll)に始まり成長の様子をやろうかと思う 若しくは ゴリフとの日常をやります。
作者の私事ですが「2回OVL大賞応募作」に出してみようと思います。
タグが増えますが気にしないでね。
ヒロイン一人以上という注釈があるが…ゴ、ゴリフターズがいるから二人換算だよね。幻想蝶や蛆蛞蝓や絹芋虫達もいるしね。別に人間って指定されていない!!

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