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第三十六話:生誕祭(4)
◆一つ目:マーガレット嬢
◆
生誕祭も残すところ三日。『ネームレスギルド本部』は、生誕祭で喫茶店を運営している。もちろん、ただの喫茶店ではない。受付嬢が男性に大人気のメイド服を来て給仕を行っているのだ。
よそのお店も似たような場所はあったが、容姿端麗のギルド受付嬢達が自ら給仕を行う事が口込みで広がり行列が出来る人気店だった。メニューのお値段もコーヒー一杯800セルと…原価の20倍近く取っており暴利だが文句を言うもの達は居ない。
ボロい商売である。
「いやー、それにしてもレイア様達がご来店した時は、驚きましたね。炎天下の中で律儀に20分も並ばれるなんて」
「流石に私達も肝が冷えましたね。『神聖エルモア帝国』候爵であるレイア様、『ウルオール』王族のゴリフリーテ様とゴリフリーナ様、『ウルオール』公爵家のご令嬢のゴリヴィエ様、おまけでタルト様を炎天下の中お待たせしてしまうなんて…首が飛んでもおかしく無かったですからね」
後輩受付嬢エルメスと先輩受付嬢エリザベスさんが先日の衝撃的な出来事を思い出した。
全くその通りである。特権階級である人達が一般人に混じって並ぶなど頭に蛆でも湧いているんじゃなかと思ってしまう。
ギルド長が真っ青の顔をして飛び出して、どうぞ中へお入りくださいと言ったら「列があるのだから、並ぶのは当然だろう」と平然で言うあたり流石は高ランク冒険者。紛う事なき正論だけど、どこかおかしい。
「おかげでレイア様がご出店なさっているお店の招待状が頂けましたけどね。以前よりご出店なさっていると聞いていたのですが、場所は教えてもらえなかったので楽しみですね」
それにしても、一見様お断りの喫茶店とは…何を考えているのかさっぱり理解できない。しかも生誕祭中しかお店を開けていないとか、普通なら潰れている。流石は、高ランク冒険者なのだろう。金持ちの道楽というやつだろう。
「受け取ったのは、お店に入る為の招待状だけでしょう? 噂で聞く限りは、レイア様のお店は結構いい値段するわよ」
「ご安心を。先日ボーナスも出ましたし、チップも沢山貰ったのでそれなりに余裕があります。今回は、私がご馳走致します。先輩には、色々とお世話になっていますし…後輩にご馳走するのも先輩の役目ですしね」
「流石、マーガレット大先輩。ご馳走になります!!」
現に財布の中には、50万セルも入っており、スリや強盗を警戒するレベルである。だがエリザベス先輩がいる限り、安心である。なんせ、元ランクC冒険者なのだ。ギルド嬢としては非常に珍しい経歴だ。現に、先程から下心いっぱいで声をかけてくる輩を処理しているのだ。心強い事この上ない。
さて、目的の場所に着いたが…外の看板には『・・・触れ合いカフェ』という文字がギリギリ読める。これだけ見ると、夜の怪しいお店にしか思えない。ある意味、夜の怪しいお店のほうが幾分かマシかもしれない。なんせ、どんなお店かわかっているのだ。
………
……
…
エリザベス先輩曰く…高額な料金設定。生誕祭の間しかオープンしない。一見様お断り。『触れ合いカフェ』と怪しいと通り越してイヤラシさ満点の看板。
まさか、アダルトなお店なのか。
「早くお店に入るわよマーガレット」
エリザベス先輩に急かされて扉をノックしてみると、ドアの小窓からレイア様が顔を出した。
『ネームレスギルド嬢御一行か。ようこそ、私のお店へ。歓迎しよう』
扉が開かれると中から冷気が漏れてきた。帝都の高級店では、暑さ対策で魔法が得意な冒険者を雇って気温調整をしているのが普通である。レイア様のお店もそれに漏れずといった事なのだろう。
「流石は、レイア様のお店ですね。一流の魔法使いを雇われているんですね」
「この冷気の事か? 何を言っている。私のお店は、食材からこの冷気に至るまで自然素材100%を売りにしている」
魔法なしでこの涼しさを再現するなんて、どんな手品を使っているのだろう。店内に入り中を見渡して見ると恐ろしい光景が広がっていた。
国家転覆可能な悪の組織と言っても過言でない程の過剰戦力が集まっていたのだ。むしろ、それ以上だ。ギルド嬢なら知っていて当然と言われる『神聖エルモア帝国』…いや、世界的に名が売れている屈強の冒険者達が集まっている。魔法に長けた者、武具の扱いに長けた者、策謀に長けた者、暗殺に長けた者などそれぞれの分野のスペシャリストが一堂に揃っているのだ。世界に四人しか居ないランクAが二人もいるだけでも異常事態だというのに…。
「エリザベス先輩!! あの方って…」
後輩が誰かを指さそうとした瞬間、エリザベス先輩が止めに入った。
後輩の視線の先を見てみると、つい先日お城の上から帝国の民に対してありがたいお言葉をくださいました…『神聖エルモア帝国』の某皇帝陛下が居た。
しかも、楽しげに釣竿を持って店内でフィッシングをしているのだ。もう何がなんだか理解が追いつかない。しかも、某皇帝陛下の横には、世界的に有名なエルフでありレイア様の義弟が「くっそ!! 負けてたまるか」と言って同じく釣りをしている。
この店内のどこで釣りをしているかと言うと、レイア様の影に向かい餌になる食べ物を紐に結んで投げ込んでいるのだ。流石のレイア様も悟りきっている顔をしている。
「良いですか、二人共。我々は、何も見ておりません。ただ、レイア様のお店にランチに来たのです」
「えぇ、その通りですね。他人の空似でしょう…とりあえず、空いている席に座りましょうか」
各席には、レイア様の蟲達が配備されている。だが、それを気にするようなモノが誰も居ない。むしろ、各席に置かれている毛むくじゃらの蟲を抱きしめて寝ている者までいる。他にも幻想蝶と呼ばれる幻の蝶まで店内を飛び回っており、その美しさに思わず足を止めてしまった。
客席にいる蟲に触ってみると、「もきゅもきゅ」と愛らしい声で鳴く。更に、上流階級の貴婦人が付けるような上品な香水に勝る香りがする。手触りも絹のようでお持ち帰りしたい衝動に駆られてしまう。
「きゃー、この子可愛い。いい匂い。マーガレット先輩…この子に負けていますよ」
ドヤ顔で偉そうな事を言ってきた後輩を殴り倒そうと思った。とりあえず、鏡を見ろと言ってやりたい。だが、我慢である。冒険者業界で著名な方ばかり居るこの場所で大人げない態度を見せるわけにもいかない。
「そ、そうね。私もまだまだかしら…後で、覚えておきなさいよ(ボソ」
規格外の実力を誇り他国の王族である某ランクAがメニュー表と氷が入った水を持ってきてくれた。本当に、恐れ多い。胃がキリキリする。
「氷ですよ!? 糞暑い真夏だというのに!? これ一杯でうちのコーヒー何杯分!?」
後輩が驚くのも無理はない。いくら帝都といえども物理的に手に入る物と手に入らない物がある。真夏の氷などは物理的に手に入らない物にカウントされる。無論、大貴族などが金に糸目をつけないならば可能かもしれないが、割に合わない。
この時期で氷を手に入れるとなると、隣国の氷山に登るくらいしかない。輸送の問題やモンスター処理などがあるのだ。それを全てクリア出来る人なんて……目の前に居たわ。
「ただの氷水程度で驚くとは…驚くなら、メニュー表を見てからにしてもらいたい。定額の時間無制限のバイキングだ。好きな物を頼むといい。氷菓子も用意しているぞ」
それを聞いてメニュー表を見てみた。
一言で言うと…高ランク冒険者は、頭おかしい。いや、どこかおかしくないと高ランク冒険者になれないと言う事なのか…できれば、そうでないと信じたい。
「私は、『ゴリフのパンティーセット』を頂こうかしら」
「本当にいいお値段しますね。ですが、本日はマーガレット先輩の奢りなので遠慮なくいっちゃいます。『ゴリフの手絞り100%果汁のジュース』を林檎とパイナップルのミックスで。あと、『蟲一本釣りセット』をお願いします」
『蟲一本釣りセット』…まさかとは思うが、先程から某至宝達と某皇帝陛下がレイア様の影に糸を垂らしているあれの事ではなかろうか。怖いもの知らずとは恐ろしい限りだ。
大物なのか馬鹿なのか分からないが…本当に将来期待できる後輩だ。できれば、関わりたくない程に。
とりあえず、どうにでもなれと思いメニュー表を改めて見た際に衝撃が走った。「時間無制限バイキング お一人様100万セル」という冗談のような事の記載があった。まぁ、氷菓子やランクAやランクBが給仕するのだからある意味当然の価格かもしれない。
客層的に考えれば100万なんて半日あれば稼げるような頭がおかしい人達しかいない。故に、納得の価格である。
そう、自分が払わないのであれば納得の価格である!!
「レイア様…このメニュー表に誤記がありますよ。ほら、ここら辺0の数が多くありません…具体的に二つ程」
「何を言う。適正価格だ。最高級の食材に加え、他では真似できない製法での料理だ。むしろ、材料費や労力だけで赤字覚悟のご奉仕価格だ」
他にもスタンプ景品という物があり、生誕祭中に毎日来ると1000万セル相当の品が貰えるという。他では手に入らない蟲産の非売品。特に、女性に人気なのが『蛆蛞蝓シリーズ』でお肌が10歳若返ると大好評らしい。
普通に欲しい。というか、このレベルの商品を貢いでくれる冒険者に是非とも懇意にされたい。
「レイア様…ツケでもよろしいですか」
「金が無いなら体で払ってもらおうか。何、簡単なお仕事だ。二日ほど蟲達に体を明け渡すだけでいい」
涼しい顔で恐ろしい事を平然と言ってくる。確かに、金が無いなら体で払うという話はよくある事だが…それは、人間相手での事だ。蟲相手にするとか…レイア様の過去の所業を考えれば廃人まっしぐらなのは手に取るように分かる。
「じょ、冗談ですよね」
「私が冗談を言うように見えるのかね? ………まぁ、半分冗談だ。知らない仲ではないからね。まぁ、『ネームレス』に戻った際にでも徴収させてもらおう」
間違いなく、こちらが顔面蒼白になるのを楽しんで見ていた。それでも半分冗談とか笑えないレベルである。万が一、顔見知りでなければ間違いなく蟲に餌食にされていただろう。
はぁ…それにしても300万セルは痛い出費だわ。どこかに金蔓でも落ちていないかしら
ドンドン
「来客か、ゆっくりしていくといい。あと、スタンプ景品だが大量消費しなければ店頭にあるサンプルを使っても構わないぞ」
あそこに並んでいる超高級品が使いたい放題だと!! それを聞いた瞬間、エリザベス先輩も後輩も我先にとサンプル品を使いに行った。
『なんだ、先日集金に来たハイネスト家の護衛だったかね? なに、あれでは不足で更に今日までの売上の一割がショバ代として必要だと!? (皇帝陛下が)規則を改訂した!? ならば、仕方がない。しばし、待たれよ』
今、ショバ代なんてとんでも無い言葉が聞こえた。生誕祭において、ショバ代はギルドですら徴収を行っていない。理由は定かではないが、裏では皇帝陛下がショバ代なんて悪しき風習は廃止すべきだと言って、かなり昔にギルドや有力な貴族達に通知されたとか。
というか、今の流れ的にこの間もショバ代を払ったようだ。更に、今回も普通に支払おうとしている。どう考えても詐欺だというのに、それに対してツッコミを入れる者が誰一人とて居ない。
本当に大丈夫かランクB冒険者!?
「陛下!! お金が必要なら直接言っていただければ幾らでもご都合いたしましたのに。こんなに近くに居るのに使者を通じて言わなくてもいいじゃありませんか。長いお付き合いだというのに、悲しい限りです」
レイア様が、某皇帝陛下の前にいき涙を流しつつ語っている。
「金? なんの事を言っている? ……えっ!? わしの名を使って規則と称してショバ代を徴収だと!? 」
何やら、雲行きが怪しい方向になってきた。皇帝陛下の名を使ってショバ代集めなど一族郎党死罪間違い無しの重罪だ。しかも、某皇帝陛下が居るこの場でそれを実行するなど頭がおかしいとかそんな可愛いレベルじゃない。
「死んだわねアレ。高ランク冒険者って色々な意味で規格外が多いわね」
「全くです」
「やった!! 千年百足を釣り上げましたぁ!! …二人共深刻な顔をしてどうしたんですか?」
後輩は、間違いなく大物になると思った。
◇
まさか、この私を騙すだけでなく皇帝陛下の名まで使い規則を捏造するとは…万死に値する。
「皇帝陛下!! 貴族が一族郎党居なくなる事なんて帝都では日常茶飯事ですよね?」
オリハルコン製のサーベルを嬉しそうに手入れをしている皇帝陛下にお声掛けをした。
「当然だ。ハイネスト家だったか…そんな家など最初から存在しておらぬ。金を徴収に来た冒険者もな。善意でピクニックに参加してくれる者は、生誕祭最終日にわしの家に招待して晩飯をご馳走しよう」
ガタ
その瞬間、店内にいた全員が各々の武装を手入れし始めた。無論、ゴリフターズとゴリヴィエも準備を始めた。
みんなが一つの目的の為に動く一体感。いいよね。
「さて、ギルド嬢諸君…ハイネスト家について知っている事があれば独り言を言ってくれて構わんのだよ。独り言を喋ってくれるのなら、食事代を無償にしよう。更に、お好きなスタンプ景品を一点だけお持ち帰りを許そう」
マーガレット嬢がチャンス到来といった顔で嬉しそうな顔をしている。
「ハイネスト家は、最近帝都で力をつけてきた豪商です。先日、賄賂で貴族の仲間入りをしております。家族構成は…」
家の所在と家族構成などが分かれば十分だ。後は、尋問をした後に各々が散り散りになって一族を始末していけば遠い街にでも親族がいない限り1時間とかからずに殲滅できるだろう。
「紳士淑女の代名詞でもある冒険者諸君。最早、私が言わずとも最高の仕事をしてくれる事は分かっている。故にオーダーは一つだ。帝国臣民に迷惑を掛けず、速やかに処理することを期待する」
この期に及んでも一般市民の心配をされる皇帝陛下の優しさに脱帽だ。確かに、その通り!! お祭りを楽しんでいる者達にご迷惑を掛けるなどあってはならない事だ。
まずは、表で金銭の徴収しに来た愚か者を店内に引きずりこんで尋問を行おう。仲間の能力から武装まで知っている情報を死ぬまで吐かせよう。拷問が得意なお得意様も居る事だし本職のお仕事ぶりを見せてもらおう。
喜べギルド嬢諸君…食事と一緒に滅多に見られない高ランク冒険者のお仕事ぶりが見られるぞ。
間近でな!!
ハイネスト家に雇われた冒険者の勝手な行動が思わぬ事態に@@
いくらレイアが善良で金払いがいいからといって何度もくるとはね…。

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