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第三十三話:生誕祭(1)
◆一つ目:セシリ
『』扉越しの会話
◆
『神聖エルモア帝国』における最大の祭り、それは皇帝陛下の誕生日を祝う生誕祭である。祭りは丸一週間も続き、皇帝陛下に祝いの言葉を贈る為、各国の使者や行商人達の出入りが活発になる。
4大国の一つでもある『神聖エルモア帝国』は、他国に負けないように毎年盛大に行っている。
その需要の恩恵を受けるべく、商人達は並々ならぬ努力をしているのだ。中でも、豪商として近年帝都で力を付けてきて、多額の賄賂の末に本年…男爵の地位を賜り貴族の仲間入りを果たした者にとっては、まさに力の見せ場でもある。
「生誕祭…皇帝陛下もお忍びで城下を見て回っていると噂がある。故に、新興貴族して名の浅いハイネスト家が生誕祭の露店や店舗を見回り良からぬ輩から守る必要がある」
「はいはい、カッコつけて言わないお父さん。生誕祭に向けて準備しているお店からショバ代を貰うのは無理に決まっています。既に、裏ではシマの割り当ても決まっているでしょうしね。我家の入り込む余地など…」
セシリ・オービス・ハイネスト…帝都で勢力拡大中の新興貴族のドリルヘアーがトレードマークの一人娘。親の跡を継ぐべく、一流の家庭教師の下で学問を身につけた。若干、偉そうな態度をするが基本的に優しい性格で、雇っている者達からの評判もよい。スタイルも良く、政略結婚のコマとして活躍が期待できる。
「それが聞いて驚け セシリ…なんと、ショバ代という風習が無いのだよ。信じられると思うか? 皇帝陛下の生誕祭だというのに、どの貴族も裏稼業の連中もショバ代集めをしていない」
「…冗談でしょう? 普通、どんな小規模な祭りでもショバ代を取る代わりに用心棒として荒事を引き受ける連中が存在するというのに…。帝都の祭りってそんなに民度が高かったかしら」
今まで参加した生誕祭を思い返してみる。
治安は…微妙だったと認識している。スリも居れば、乱闘もある。夜には女性が一人で出歩くなとまで言われている。他国の者や流れ者が沢山来るので仕方がない事である。
「無論、わしとて馬鹿ではない。色々と調査したところ…自前で冒険者を雇ったところに少し金を出して一緒に守ってもらっている事が殆どであると分かった。だから、ハイネスト家が高ランクの冒険者を雇って店を守る代わりにショバ代を頂こうという案だ」
「なかなか、いいアイディアだわ。では、その任は私が引き受けますわ。今後の為に色々と勉強にもなりそうですしね」
高ランク冒険者の力を間近で見られるだけでなく、家の名前が売れるチャンスでもある。どこで皇帝陛下が見ているかわからないし、祭りの治安を守るために働く私を見れば好感度は上がる事はあっても、下がる事はないはず。
こういった、チャンスを積み上げる事が出世に繋がる。
………
……
…
帝都にあるギルドで早速依頼を出した。表向きは生誕祭における護衛と治安維持活動としてランクB冒険者3名を用意して欲しいと依頼を出しておいた。
先に冒険者を用意して、ショバ代を徴収に行くか…事前交渉をした上でショバ代を徴収するか迷った。しかし、ショバ代を持ち逃げするつもりと言われる可能性や低ランクを雇って差分を懐に入れるつもりだろうなど言われるのは目に見えている。
だから、先にこちらが本気である事を見せつける為に冒険者から準備する事にしたのだ。生誕祭に向けて遊びに来ている冒険者も多く、意外と早くランクB冒険者は見つかった。
出費は大きかったし、回収する算段も出来ているとはいえ計画倒れになれば事業の一つを潰す事になるだろう。
店舗の売上の10%をショバ代として頂く代わりに揉め事などはこちらで引き受ける予定だ。平均的なショバ代は売上の20%が妥当な線だから、設定している料金は良心的である。
今までショバ代を払う事が無かった連中が多いだろうから、素直に払うかは疑問なところもある。しかし、帝都外から出店しにくる者も居るだろうし、問題ない。狙い目は、そういった連中だ。
最悪の場合は、自作自演を行う事になるが許容範囲であろう。
「ギルド付近で問題を起こすバカ野郎は少ないでしょうから、遠い場所から交渉していきましょう。さぁ、貴方達…私に付いてきなさい」
………
……
…
「ショバ代を出せだぁ? お嬢ちゃん…これでも元冒険者なんでね。必要ねーな。他をあたりな」
これで、5軒目だ…どの店も同じく、お断りしてくる。なぜだ!! ショバ代を断るという事は、因縁を付けられて店を荒らされても文句は言えないのが普通である。こっちには、ランクB冒険者が3名も居ると言うのに、なぜどの店もショバ代を払わないのだ。
「やっちまいますかお嬢さん」と冒険者が声を掛けてくるが、流石に止めた。真昼間から堂々とグレーな徴収をしている事が公に出れば、問題になってしまう。
「一体どういう事よ!! これじゃ、大損じゃない。次に行くわよ 次に!!」
次に目標に定めたのは露店ではなく、店舗を構えているちゃんとしたお店だ。
これなら、期待できる!! 露店と違って帝都に店舗を構える店なら、生誕祭の後もこの場所に残るのだ。故に、帝都で豪商として名が売れ始めたハイネスト家と対立しない為にもショバ代は払ってくるだろう。
一応、少し強めに交渉しておきますか。
えーと、店名は『触れ合いカフェ』…何と触れ合うのか文字がかすれて読めない。更に、店の入口には、『一見さんお断り』と書かれている。
カフェだというのに、何を売りにして経営を成りたてるつもりなのか想像もつかない。カフェでお茶をするのに紹介状などがないと入れないなど、店主をアホと言いたい。
店の中からは人の気配もしており、まさに生誕祭に向けて開店の準備をしていると思われる。ベストタイミングだ。
◇
毎年の事だが、この時期になると私の下にある手紙が届けられる。しかも、ギルド経由とかではなく『神聖エルモア帝国』の正式な使者を使っての書簡だ。
内容は、最重要機密に指定されており、使者ですら内容を知らない。だが、大貴族であり高ランク冒険者として名が売れている私に直接渡される物だから、人には言えないような依頼だと思っているに違いない。
まぁ、本当に人には言えないような依頼なのだけどね!!
あの一件以来、皇帝陛下が味をしめてしまい毎年必ず出店するようにと催促が来るのだ。
「この時期になると使者の方が必ず来ますよね。皇帝陛下直々に書簡とは、流石レイア様です。で、今年も生誕祭に?」
「当然、出店する。ここ10年、毎年参加しているのだ。今更、出店を取りやめてしまったら固定客にも申し訳ないしね」
「我々『ネームレスギルド本部』も帝都の生誕祭で出店する事が決まっておりますので、レイア様のお店を見つけましたら皆でお伺い致しましょう」
「コーヒーの一杯くらいは、サービスしてやろう」
さて、やる事はたくさんあるぞ。まずは、店の掃除、従業員の制服作り、メニューも新しくしよう。店員には、ゴリフターズとゴリヴィエ辺りにやらせれば問題ないな。裏方をタルトにでも手伝わせよう。
………
……
…
という訳で、生誕祭の準備をすべく帝都に所有している家を訪れた。
冒険者として帝都に家を持っておくのはステータスだと思い、買った家だ…前の持ち主が自殺したとかで曰く付きの物件であった為、比較的安く買えたのだ。当時の稼ぎのほとんどを費やしてしまったがね。
「さて、掃除などは蟲達にお願いするとして我々は飾りつけをするぞ。ゴリフリーテとゴリフリーナ、ゴリヴィエはウェイトレス。タルトは裏方だ。メニューについては既に考えているから後で教える」
全員、納得の布陣だ。
ちなみに、考えているメニューは『ゴリフのパンティーセット』『ゴリフの手絞り100%果汁のジュース』『蟲ダシコーヒー』『蟲パン』『迷宮の朝食セット』『かき氷(みぞれ味※蟲産)』等である。
更に、一回お店を訪れる度にスタンプが1個貯まる。だけど、一日に複数回訪れてもスタンプは、一回しか付けてあげません。生誕祭開催期間中にスタンプが一杯になると漏れ無く粗品をプレゼント『絹芋虫ちゃん香水』『蛆蛞蝓の再生薬』『淫夢蟲と淫靡なアバンチュール一日券』など、市場に流出する事がない蟲産の非売品が盛りだくさん。
スタンプが貯まらなかった人には残念賞で絹芋虫ちゃんストラップをプレゼントする予定だ。
「旦那様と一緒にカフェ経営…弟達に執務を全部押し付けてきて良かった。ありがとうミルア、イヤレス」
「えぇ!! 弟達にもたまには頑張ってもらわないといけませんよね。私達の幸せの為に」
『ウルオール』を代表して『神聖エルモア帝国』の皇帝陛下にお祝いのお言葉を贈る役目を完全にブッチした二人がここに居た。勿論、『ウルオール』にある実家…王家には、手紙を送って丁寧にお断りしている。
「そんなに喜んで貰えるのなら呼んだかいがあった。それと…よく似合っていますよ、その衣装」
従業員が着る予定のドレスを既に着て準備万端のゴリフターズを褒める。蟲達の糸を使いゴリフターズが編み上げた逸品である。繊細な刺繍に加え、宝石、ミスリル、オリハルコンなど貴金属を加える事で煌びやかな衣装に変わっている。売り出せば、軽く億は超える従業員服である。
ゴリフターズが恥じらいのあまり握っていた鉄板を捻りきった。
「不良品か。タルト…新しい鉄板を買ってきなさい」
「今朝、買ってきた新…いえ、なんでもありません。直ぐに買ってきます」
さぁ、駄目猫が補強用の鉄板を買いに行っている間にカフェを綺麗にしましょう。
『蟲との触れ合いカフェ』…通称蟲カフェ。知る人ぞ知る隠れた名店もとい迷店(笑)。オープンは、生誕祭期間中だけという極めてレアなお店。リーズナブルなお値段とスタンプ景品目当てで紳士淑女達が集う場所なのだ。
店内のメニューは、時間無制限の食べ放題…料金は、100万セルと分かりやすい料金が設定されている。紳士として、祭りを盛り上げる為に赤字覚悟で商売するのも大事な事さ。赤字分は、他で補充すればいいしね。
スタンプを貯めて貰える景品は軒並み1000万セル相当の商品群だ。故に、生誕祭の7日間を毎日来れば必然的に客の方が黒字になるのだ。しかも、美味しい食事も食べられて一石二鳥。
こうして掃除及び改装作業に入る事数時間…作業効率は一人でやっていた時の数倍で非常に楽であった。一番大変な作業になるだろうと思っていた地下室の建造がゴリフターズの『聖』の魔法のおかげで、一瞬で片付いた。
なんせ、指をクイと曲げて「はぁぁぁぁ!!」と叫んだら、大穴が空いたのだからね。『蟲』の魔法だと半日はかかる作業を一瞬で終わらせるあたり攻撃力の差が顕著にでるな。
その地下室にゴリフターズと一緒に雪山に行って採ってきた氷を置いた。お店で出すかき氷用の物だ。ついでに、冷気が上に流れるように手を入れて天然のクーラー替わりにもしようと思っている。
空調管理に加え、氷菓子まで準備しているお店など帝都中を探してもここしかないと思える。
ドンドン
「レイア様、客人が来たようですがどうしますか?」
「私が対応しよう。ゴリヴィエは、店内の飾り付けを続けてくれ。全部の席に絹芋虫をおいてブラッシングしてあげてくれ。あと、幻想蝶を各席に行き渡るように配置しておいて」
お店に来てくれる人には、可能な限りリラックスしてもらえるように全席に幻想蝶と絹芋虫を配備。これで、快適なお昼寝も出来る。
さてさて、先程から我がお店の扉を叩くのは誰だろうか。
扉の小窓から覗いてみると、高飛車そうなドリルヘアーの少女と護衛だと思われる冒険者3名がそこに居た。全く身に覚えがない面構えである。だが、誰の紹介という事もあるので一応確認だけはしてみる。
『まだ、開店準備中ですが…どなたかの紹介ですか?』
『わたくしは、ハイネスト家のセシリ・オービス・ハイネストよ。生誕祭に向けて善からぬ輩が多いから、用心棒を引き受ける代わりにショバ代を徴収させて貰うわ』
『ハイネスト家?知らんな。ショバ代なんて初めて聞いたぞ。悪いが、用心棒は間に合っている。他を当たれ』
従業員も含めてランクB以上しか居ないこの店に用心棒など不要だ。更に言えば、世界で四人しかいないランクAが二人もいるんだぞ。むしろ、こちらが金を貰ってもいい立場だと思うくらいだ。
『いいのですか。そんな事を言って…ハイネスト家は帝都でもそれなりに力があります。お店を構える以上、ショバ代を出すのは当然のルールですよ』
『ルール…(皇帝陛下が決めた)規則だというのか。ここら辺を管理するのが、ハイネスト家と認識で問題ないか?』
『えぇ、その通りです。ショバ代は、(暗黙の)ルールです。万が一、他の家が二重徴収に来たならばハイネスト家にご報告なさい。直ぐに排除して差し上げますわ』
ふむ、些か胡散臭いが…皇帝陛下が定めた規則ならば従うのが通りだな。平民の模範である必要がある貴族が知らなかったから、ショバ代を納めませんでしたでは恥だ。
『理解した。いくら払えばいい?』
『そうですね。後払いならば、生誕祭の最終日に売上の20%を頂きましょう。前払いなら、昨年の売上の10%で手を打ちましょう』
固定額出はなく、売上比率で持っていくのか…だが、この場合は後者の方がいいな。本年度の方が昨年度より売上は伸びそうだしね。
『分かった。しばし、待たれよ』
昨年度の売り上げが3億程あったから、10%なので3千万か…少々痛手だが許容範囲だ。
「なんでも、ショバ代の徴収が来てな。なんでも、規則らしく前年度の売上の10%を渡すようにと」
いい具合にゴリフターズ、ゴリヴォエ、タルトが一階に揃っており全員の意見を一応確認する事にした。
「皇帝陛下が定めた規則ならば喜んで払いましょう。皇帝陛下には、旦那様とのご結婚を認めていただいた事や爵位を上げていただいた大恩もあります。それに、貴族として規則は守るべきです。そうですよねゴリフリーナ」
「その通りです。上の者が示しをつけないと下の者達は付いてきません。むしろ10%と言わず20%でも30%でも私が出しましょう。そのくらいの蓄えはあります」
流石は、よくわかっている妻達だ。
「用心棒ならこのゴリヴィエが喜んで引き受けるというのに…だが、規則なら仕方がない。皇帝陛下の顔に泥を塗るわけには行きません!!」
「いえ…あの…何でもないです」
満場一致の結果、喜んで支払う事になった。
そうですよね。あの皇帝陛下が必要とされて課した規則だ。何を迷う事があった。ここは、疑ったお詫びの意味も込めて前年度の売上の30%程を包んでおこう。
『待たせたな。お詫びの意味も込めて色を付けておいた。(皇帝陛下には)よろしく頼む』
『随分と重いわね。まぁ、いいわ。これからも、長く付き合える事を期待しているわ』
この後、「なんですの!! この大金」という声が遠くから聞こえた気がした。だが、ハイネスト家の連中が戻ってくる事は無かった。
詐欺られたお。
皇帝陛下の名前を使って規則を捏造した悪党がいるよ。これは、貴族として冒険者として見逃せませんよね。
そろそろ、ネタが尽きてきた。レイアの過去編とか書こうかな。
生誕祭編を書き終えたら…作者、グンマーにツーリング行くんだ。
更新が途絶えたら察してください(´・ω・`)

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