26/137
第二十六話:特別講師(1)
◆一個目:マーガレット嬢
毎日、迷宮の肥やしになっている冒険者が居るというのに『ネームレス』にいる冒険者の数は一定数を保っている。これも、冒険者育成機関が毎年出荷しているおかげである。
まぁ、新人冒険者は一年で半数になるがね。
学生気分が抜けずに潜ると直ぐにあの世行きだ。自己の実力を過信している連中が多すぎるのが問題だ。更に、先輩冒険者の顔を全く知らず無礼を働くアホも少なからずおり、手痛い洗礼や一つしかない命を散らした者も居る。
「で、冒険者育成機関の学生達に講義をして欲しいと…」
「はい。ソロ冒険者のレイア様に迷宮で生き残る秘訣や強くなるコツなどを講義して欲しいと強い要望がありまして」
一言、「死ぬ気で頑張れ」で終わらせてあげたい。
そもそも、死にたくないというなら迷宮に潜る事が間違いである。料理人や商人にでも転職した方がいい。女性なら娼婦という道もある…金も稼げるし、死なない。まぁ、男性もそういう特殊な道もあるがお勧めはしない。基本的に客層がド変態しかいないらしいからな。
「冒険者育成機関の講師って確か、元高ランク冒険者だろう? なんで、わざわざご指名が掛かるか理解に苦しむ」
元ランクB冒険者ならば、そういった事を教えられるだけの知識はあるだろう。そもそも、その知識目当てで引退後の冒険者を高額で雇っていると聞いている。
要するに、私を指名する理由は、他にあるという事だ。
「元ランクBや元ランクCが殆どですよ。ご指名の理由は、教えられませんが…毎日二時間の講義を一週間で5000万セル!! 」
「随分と高いな。…だが、断る」
話が美味すぎる。
休みを入れて一週間か分からないが、実働日一週間として計算しても14時間の講義で5千万は、ありえない高額だ。迷宮の50層でレベリングさせてくれというなら、少しはわかるが…ただの講義でその額は異常。
「え、断るんですか!? こんな美味しい依頼なんて滅多にありませんよ。大丈夫ですよ、報酬もしっかりとお支払い致します。不安でしたら、前金でも構いませんよ」
「他を当たってくれ。私は、さっき見つけた『モンスター掃討依頼』をやりたいのでね」
迷宮の外でコボルトやゴブリン、オークなどが徒党を組んで小規模の村を襲っているらしく掃討依頼が出ている。
本来、帝都にいる軍がやるようなお仕事なのだ。だが、軍隊というのは腰が重い。故に、自分たちの身を守る為に複数の村が共同で金を出し合って掃討依頼を出す事がしばしばあるのだ。
徒党を組んでいる事から上位のゴブリンやオークなどが混ざっているのだろう。金払いも悪くないし、群れで移動しているようだから空から見つけて食い荒らせば直ぐに片が付く。
時給換算すれば、『モンスター掃討依頼』の方が美味しい。更に、人からも感謝されるだろう。一粒で二度美味しい。
「その依頼、ランクBが4名以上~が最低受注条件ですよ」
「えっ!? なにそれ、じゃあランクB相当の蟲達を10匹ほど出すからそれで受注する。問題なかろう?」
どうして、依頼に無駄な条件を付けるのだ。私なら一人で殲滅できる自信がある。だが、ルールは守らないといけない。世知辛い。
「残念です。そちらの蟲達にランク認定はできません。規則ですので」
何という事だ…ならば、名前だけ貸してもらうしかないね。
「じゃあ、受注する時だけ不足人数分のランクBを連れてくるわ。これで問題なかろう?」
昔よくあった。部活存続のための名義貸しみたいなものだ。まぁ、美味いメシでも食える程度の金を握らせればいいだろう。
「レイア様…お好きでしょう? 楽して金儲け。なのに、こんな美味しい依頼をなぜ避けるんですか?」
楽して金儲けが嫌いな人間がいたら是非あってみたいが…概ね、その通りだから否定しない。
「話が美味すぎるからね。そこら辺にいる冒険者なら喜んで食いつくだろうが、私は疑うよ。エーテリアやジュラルド辺りに話を持っていかないようだし、裏があるに決まっているじゃん」
「………領地間における関税の緩和」
ピクピク
「どこの領地と?」
「講義にご参加する予定のお子さん達のご実家です」
ほほぅ、それはなかなか美味しいね。依頼料よりこっちの方が遥かにうまい。
ゴリフ達により文字通り山が消し飛ぶ勢いで開墾が進んでおり、しばらくすれば農作物が沢山出荷できるだろう。領地間の関税が引き下げられれば、領地にとってこれ以上ありがたい事はない。
「それだけ? まだ、出せる引き出しあるでしょう?」
「大きな声じゃ言えませんが、機関の子にお手つき自由です」
………
……
…
「お手つき自由? 本当に? よくそんな事、許されたね」
冒険者育成機関には、『試される大地』という迷宮が存在する。その中にいる蟲達にお手つき自由とは太っ腹だな。要するに、迷宮を食い荒らしていいのだ。
食料も豊富で弱いモンスターしかいない『試される大地』なら、蟲達が繁殖に用いても危険は少ない。子供達にも、きれいな環境で遊ばせてあげたいしね。
「まぁ、レイア様は侯爵様でもありますからね。是非にと、言われております」
「そうか…そこまで気を使ってくれていたのか。だが、本気でやると使い物にならなくなるよ」
ゴリフ達を娶った私に対して、こういった形で恩を売る事で何あれば援助して欲しいという事だろう。蟲達に対して気が回せる紳士な貴族がいるとは嬉しい限りだ。
「それは、流石に…。壊れない程度、お願い致します。後は、ご自由にお使いください」
まぁ、迷宮の生態系をギリギリ維持できるまでに留めておくか。半年くらい使い物にならなくなるが許される範囲だろう。
「わかった。その依頼を引き受けよう」
「ありがとうございます。では、馬車停留所に直行便を手配しておりますので今すぐお願い致します」
「用意がいいな。さて、久しぶりだし本気を出すとしよう。壊さない程度に手加減は、難しいが何とかなるだろう」
何やらマーガレット嬢がにやにやしているのが気に掛かる。きっと、この依頼を受けさせた事でボーナスでも貰えるのだろう。
蟲達の他の迷宮への旅行!! 食べ放題付きと伝えたら、「楽しみですわお父様」と返事が返ってきた。お父さん、子供達の為にもクソガキ共に講義をしてあげよう。
◆
レイアが馬車に乗って『ネームレス』を立ち去るのを見送ってギルドに戻った。
「それにしても、予想外に食いついてきたわね」
レイアがお手付き自由という事に、想像以上に乗ってきたのが不思議であった。まぁ、男である以上、そういう事が好きなのは分かる。
「そこまで気にしないでもいいんじゃありませんかマーガレットさん。これで、何人かは側室に入れそうですし」
王族や大貴族には、正妻の他に側室や愛人がいるのが当然である。
そして、大貴族の仲間入りとしたレイアに側室や愛人でもいいので嫁がせたいと思っている貴族が沢山いる。『神聖エルモア帝国』の出世頭でもあり、ランクAと拮抗した事でランクA目前の高ランク冒険者でもあるレイアと友好関係を築きたいのは当然である。
友好関係を築くのに一番早いのが娘を嫁にやる事なのである。古今東西、この手の手法は往々にしてある。
そして、冒険者育成機関に娘を通わせている貴族達が仲良く手を組んで今回の依頼を企てたのだ。「娘をキズモノにされたんだ。引き取るのが筋だろう」と言う準備も万端である事は、レイアは知らない。
「まぁ、そうよね」
「不安なのは、レイア様の底なしの体力に相手がついていけるかですよね。さり気なく、壊してもいいのかとか…見た目と違って過激なんですね」
顔を赤らめている後輩を見て…このメス豚がと思わず口にしそうになった。最近、帝都でウ=ス異本という名称で流行っている艶本の影響なのだろう。
「はいはい。馬鹿言ってないで仕事しなさい」
貴族達からの依頼は、受注させたのだ…しかも、ちゃんとお手付き自由と伝えた。後は、貴族の娘達の器量に掛かっている。
だけど、あのレイア様が見ず知らずの女性にお手付きね…ありえるのかしら。
◇
『ネームレス』を出てから、馬車で丸一日かかるとは思いの外、遠い場所にあった。
初めて来たが予想外に大きい。更に言えば、冒険者育成機関の周りに小規模ながら街が出来ているのだ。冒険者育成機関は、国営機関だけあって石造りで4階建てと…この世界では珍しい作りだ。
そして、街と冒険者育成機関を取り囲むように外壁があり、万が一の場合に備えて篭城戦が可能な作りをしている。
「仮にも貴族達の子供が通う場所という事か」
冒険者育成期間に着く前に再度依頼書の内容を確認する。
『冒険者育成機関の特別講師として、生徒達に迷宮の厳しさ等を教えて欲しい。基本的に、講義内容は自由であるが、生徒達からの質問には可能な限り答えてあげてくれ』と簡単に纏めるとこんな感じだ。
流石に、お手付き自由といった内容については依頼書には書かれてないようだ。まぁ、構わないがね。
だが、せめてどういう講義をして欲しいかくらいは事前にヒアリング程度はしておいて欲しいよね。もしかして、その場で考えて二時間も喋らないといけないとか無茶ぶりだぞ。頑張るけどさ。
馬車が、冒険者育成機関の敷地内で止まる。
馬車の扉が開けられて降りてみれば…随分と小奇麗な学び舎だな。それに、手入れのされた植木達。随分と生ぬるい環境で飼育されているらしい。これが、純粋培養というやつか。
ひとりの少女が馬車から降りた先で待っていた。
「お待ちしておりました。レイア・アーネスト・ヴォルドー様。冒険者育成機関の最上級生当代を務めております………」
何やら、着飾った女性が自己紹介しているようだが、どうせ14時間の付き合いだ。名前や顔を覚える必要はないだろう。まぁ、将来有望な人材になりそうな学生なら覚えておいて損はないだろうがね。
「自己紹介ありがとう。早速だけど、どこで講義をすればいいのかな? 今日からでいいの?」
「えっと、機関の長に会われないのですか?」
機関の長ね…恐らく、学園長といったポジションなのだろう。だが、機関の長って悪役臭いよね。
「必要なかろう。長とやらは、私の依頼主ではない。依頼主が既に長に話を通しているのは当然の事だ。故に、必要ならば向こうから会いに来るだろう。どうした、時間が無駄になるだろう」
「いえ、講義開始は明日からですので、本日はどうなさいますか?」
何やら、こちらに言いたそうだがよくわからない。どうしますかって…宿を取って、『試される大地』の下見に決まっているだろう。なんせ、明日から可愛い子供達のバカンス会場になるのだ。危険がないか下見するのは当然だ。
「講義場所まで案内してくれ。明日は、直接そこに向かう。それから、野暮用を済ませてから宿で休むさ」
「わかりました。では、こちらへ」
女生徒に連れられて、学び舎の中に入ってみたが…ジロジロと視線が集まる。アルビノがそんなに珍しいのだろうか。
それにしても、私と年齢層が…近い奴らが多いな。下手したら、私より年上もいる可能性もある。だって、顔が明らかにおっさんっぽい生徒もいる。一体、何年生徒をやっているんだろうか、引きこもりここに極まりだな。
講義を行う部屋の前まで案内された。
「では、指定時間通りにここを訪ねてこよう。それと、悪いが明日までに講義参加者全員分の番号札を作っておいてくれ。必ず、机もしくは身につけるようにしておくように指示を頼む」
「分かりました。では、必要でしたらお呼び下さい」
いや、今頼んだから呼ぶ必要ないでしょう。なぜか、会話が微妙に成立していない気がする。
まぁ、気にする程の事でもない。早速、『試される大地』への入口も見つけたし、下見に行かせていただこう。
迷宮で蟲達をバカンスさせつつ、真面目に講義をしますよヽ(・∀・)ノ
金・権力・人脈…迷宮ではこれがあれば生きていける。間違いないよね。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。