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第二十四話:貴方の子よ(1)
『黒紋病』も収束に向かい、『ネームレス』の街には平穏が訪れていた。特需狙いでの冒険者達は、各々の拠点に戻っていく。そのおかげで、商店などの売上は落ちるが治安が改善された。
もっとも、治安に一番貢献したのは間違いなく私である。マーガレット嬢が人目につく場所で大金を渡したせいで、「迷宮に潜るより、アイツを討伐した方が儲からね?」と考える不埒な輩を両手で足りないくらい、土に還したのだ。
おかげで、『ネームレス』郊外の荒地の一部に草木が生え始めた。公共の場を緑溢れる場所に変えようとする行い…誰も褒めてくれないから自画自賛しておこう。
さて、迷宮から帰ってきたばかりだから今日は宿でゆっくりとしよう。これでも、『ネームレス』でトップクラスに稼ぐ冒険者だ…少なからず街に貢献する為に、可能な限り宿に泊まってあげるようにしている。
本来、野宿でも快適に過ごせる自信はある。だけど、冒険者として街に貢献するのもお仕事の一つである。経済を回すのは、金持ちの仕事だ。
『ネームレス』にある一番上等な宿のスイートルームに宿泊している。普通の冒険者が泊まるような安宿では、紳士としての品が下がる。それに、この宿は従業員もしっかりと教育されており、礼儀正しい。更に、食事もお値段相当でおいしい。
エーテリアやジュラルドもこの宿に泊まる事が多い。故に、紳士淑女の溜まり場なのだ。ここに泊まれるようになったら一流と名乗ってもいいだろう。一泊、20万程だが大した額ではない。
そして、おいしい食事を堪能して部屋に戻ってみると、入口にバスケットが置かれているではありませんか。
「日頃の行いがいいと、こういう差し入れもあるのか」
街のゴミ掃除から緑化活動、更に経済を回すためにお金を惜しみなく使う。感謝される為にやっているわけじゃないが、こういう差し入れを貰えるのは嬉しい事だ。
さて、中身はなんだろう。食べ物かな…それとも、日用品かな。
こんな手の込んだ事をしないでも直接渡してくれていいのにね。人目を憚るとは、恥ずかしがり屋なのだろうか。
えーーと、手紙がついているな。中身を確認する前に手紙を先に読んでみる。
「どれどれ、『貴方の子です。名前は、ギュオといいます』」
………
……
…
走馬灯のように今までの人生が映像で流れた。
み、身に覚えはないぞ。多分、ないぞ…!! 少なくとも、ゴリフターズ以外を抱いた記憶は無い。紳士たるこの私が、性欲に溺れて一夜だけの関係を築くとか有り得ないでしょう。
そう、きっとこれは誤字だ。本当は「貴方の蟲です。」と書くつもりが勢い余って子と書いてしまったのだろう。
間違いない!!
蟲の気配が分かるこの私でも、このバスケットから全くと気配が感じられない。この私相手に気配すら悟らせないとは…恐るべき蟲だ。
慎重に、恐る恐るバスケットにかかっている布を持ち上げる。
そこには何と…深紅の眼をした真っ白な赤ん坊が居た………人間のな!!
バサ
再び布をかける。
バサ
再確認する。
「最近、働きすぎたかな。幻覚が見える程とは、これは蛆蛞蝓に治療をして貰う必要がありそうだ。………現実逃避をしても始まらんな」
再度、アルビノの赤ん坊を見てみる。健やかに眠っている。万が一、言葉が通じるなら今すぐたたき起して事情を説明させてやりたい。とりあえず、調べてみる。
本当に私の子ならば責任を取らねばならないだろう。
蛆蛞蝓を呼び出して赤ん坊を丸呑みさせた。遺伝子情報を読み取り肉体再生を行う程の優秀な蟲だ。
私のDNAを持つかを調べる事など造作もない。
明日の朝には、検査結果が出るだろう。万が一、私の子でない場合には、犯人には地獄を見せてやらんとダメだな。
事が大きくなれば、戦争にまで発展しかねない事態だ。ゴリフとの仲が決裂から始まり、血で血を洗う戦争になるだろう。首謀者の首一つでは済まさんぞ。
ゴリフはいい女だから、そんな事で目くじらを立てないかもしれない。だが、私自身が嫌だ。ゴリフを幸せにすると誓った宣言が嘘になる。
「犯人は、現場に戻るというし念の為に配備しておくか」
私が赤ん坊を回収したかを確認にくる可能性がある。怪しい奴は、全員捕えて尋問してくれる。
◇
蛆蛞蝓から報告が成された…結果は、完全に白!!
「一時はどうなるかと持ったが、身の潔白が証明されたな」
モナー(間違いありません。お父様のDNA情報と照らし合わせましたが全くの他人です。恐らく、アルビノという事で良からぬ事を企んだ者がこれ幸いと押し付けてきたかと思われます)
「で、他の情報は引き出せたか?」
モナモナ(勿論です。ギュオ…生後13ヶ月、性別牝。体に付着しておりました花粉から『ネームレス』の者ではなく余所者であると考えられます。この花粉は、4大国の一つ『ヘイルダム』に咲く花の物です)
「『ヘイルダム』からわざわざ子供を捨てにこんな場所までご苦労な事だ」
『ヘイルダム』…魔法の才能0でランクAまで上り詰めた超肉体派のキチガイの出身国。そのおかげで、魔法の才能が無い冒険者が第二のランクAになるべく沢山集まっている。各国から人の出入りが激しい為、この世界において珍しく様々な国の人が集まる多国籍国家だ。各国の知識が必然的に集まりやすく、首都は知の都とも言われる程だ。冒険者からは脳筋国家と呼ばれる事もしばしば。
モモナー(全くです。それと、胃の中に残留しておりました母乳の成分を分析いたしました。お父様がお食事をされていた物と同じ物を食べていた可能性が非常に高いです。故に、この宿の客人であったのでは無いかと思われます)
「流石だ。そこまでわかれば犯人探しは難しくはないだろう。そうと決まれば、あとはギルドに金を積んで依頼でも出してやろう。たまには依頼を出す側になるのもいいだろう」
まぁ、私より先に犯人を見つけられたら報酬を支払うという条件付きの依頼だがな。
では、朝食を食べ次第、ギルドへ足を運ぶとしよう。
「死なない程度に体液を飲ませてやれ」
モナナ(かしこまりました。分析した母乳と同じ成分の物を飲ませておきます。お父様………)
「何かね?」
モナモモナ(ゴリフリーナ様とゴリフリーテ様にお子様が生まれた際は、是非私にもお世話をさせてくださいね)
「当然だ。私の子供は、君らみんなの家族でもあるのだ」
影にいる蟲達からも「ヤッホー」という大歓声が聞こえる。
◇
ギルドに向かう大通りは空いているが、いつも以上に注目を集めている。
やはり、赤ん坊を大型の百足に咥えさせて歩かせている事が原因なのだろうか。だが、仕方がないだろう。なぜ、我が子でも無い子供をこの腕に抱かねばならない。
最初にこの腕で抱くのはゴリフターズの赤ん坊と決めている。
そして、ギルドの扉を潜った。私が入店した事と背後にいる大型の百足のせいで、いつも以上に注目の的だ。更に言えば、百足が咥える赤ん坊に一番注目が集まっているのは言うまでもない。
さて…いつもなら、マーガレット嬢がこれ幸いと微妙な依頼を持ってくるのだが本日に限っては、あいた口が塞がらないようだ。
「さて、マーガレット嬢。依頼を出したいのだが、用紙をくれないかね」
「れ、レイア様が依頼を出すなんて…初めてじゃありませんか?」
その通りだ。依頼なんて受ける側で出す側に回るのは今回が初めてだ。それもこれも、この赤ん坊が原因なのだ。全く、親が見つかったら然るべき処理をする必要があるね。
後、先程からギルドにいる者達、全員に視線が赤ん坊に釘付けだ。横で「あ~ぁ~」と楽しそうな顔をしている。
「言っておくが、私の子供じゃないぞ」
「「「「「なんだって!!」」」」」
ギルド嬢達だけでなく、モブ冒険者達も総出で顔芸をしてくれた。
この一体感…素晴らしいな。これが冒険で役に立てばもっといいのだがな。
「お前らの目は、節穴か? この赤ん坊と私とどこが似ているというのだ」
冷静になってみてみれば、私と似ても似つかない。更に言えば、遺伝子情報も異なっているのだ。
「はははは、そうですね…あ、依頼書が書き終わりましたら受け取ります」
「あぁ、書き終えた。では、ギルドがしっかりと仕事をしてくれる事を期待している」
マーガレット嬢が、赤ん坊と私を見比べている。冒険者のような荒くれ者でなく、教養のあるギルド嬢なら分かってくれるはずだ。この赤ん坊と私が似ても似つかないという事を。
それにさ…アルビノが子供に遺伝するとか聞いた事がない。
「確かに承りました。えっと、報酬金額5000万セル!! 」
そのくらいの報酬金額は、当然だ。迷宮でなくただの人探し…この場にいる冒険者にとっては美味しい依頼であろう。
依頼も受領してもらった事だし、赤ん坊をギルドに預けてこちらも調査に入るとしよう。依頼書の備考に赤ん坊はギルドにて預かる事を明記している。それを受領したのだ…後はギルドの責任だ。
「では、あとはよろしく頼むよ。私が先に犯人を見つけるか君らが早いか競争しようじゃないか」
こちらが知り得た情報は全て記載している。条件はイーブンだ。
百足が赤ん坊をマーガレット嬢に渡した。
「まぁ~ま」
………
……
…
ギルド全体の時が止まった…騒いでいた連中も静まり返り、まるで街から誰も居なくなってしまったかのような静寂が訪れる。
ギルドの死神マーガレット嬢がついに、その魔の手を私に伸ばしてきたか。まさか、直接的な手段でなく、このような搦手で来るとは恐ろしい。
だが、その野望もこれでおしまいだ。
策士策に溺れるとはこの事だ。まさか、赤ん坊を連れてギルドに来るとは思っていなかったのだろう…今までに見た事がない顔をしている。あの顔は、理解できない現象が起こった際に人がよく見せる顔だ。
「何を思って私を嵌めようと考えたが分からぬが…マーガレット嬢の人生もここまでだ」
「そんな訳無いでしょう!! 私がいつ子供を産んだっていうのよ。お腹が大きくなっているところみた事あるの?」
うーーん、そう言われてみれば、ここ一年の間にマーガレット嬢の体格が妊婦みたいになった事はない。
「無いな。じゃあ、この赤ん坊がママと言ったのは何故だ?」
「ふっ、見てなさいよ」
マーガレット嬢が赤ん坊を手に取り、私の方に向けた。その行動に意味があるかは不明だが、とてつもなく嫌な予感がする。
「ぱぁぱ」
………
……
…
再び時が止まった。
50層台の迷宮でもこれほどまで衝撃を受けた事はない。ここまでの精神攻撃を受けたのは初めてだ。
「どう?わかったかしら。………レイア様、ここは共同戦線を張りましょう」
「いいだろう。そちらはギルドの情報網を使って犯人を洗い出せ。こちらは、足を使って探そう。犯人が割れれば、こちらが確保しよう」
「分かりました。全力で調べあげましょう。棺桶の準備は、ギルドの必要経費から出させますのでご安心を」
お互い、不要な噂が立つのは好ましくない。このままでは私とマーガレット嬢の隠し子説が流布しそうだ。そうなる前に、犯人を文字通りつるし上げて解決する必要がある。
絶対逃がしはしないぞ!!
赤ん坊は、男性ならパパ。女性ならママっていうことありますもんね。
全く、ひどい事件だ。

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